小島健輔の最新論文

週刊エコノミスト2007年9月4日号掲載
『「三越・伊勢丹」統合へ成否のカギ握る三越への「現場主義」浸透』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

※実際に掲載された文章とは一部、異なります。

 大丸と松坂屋ホールディングスの共同持株会社J.フロントリテイリング設立が9月に迫る中、三越と伊勢丹は8月23日、それぞれ取締役会を開いて経営統合することを正式決定した。来年4月1日に持株会社「三越伊勢丹ホールディング」を設立し、それぞれの暖簾は残す形で統合する。統合比率は伊勢丹1に対して三越0.34となった。持株会社の会長には伊勢丹の武藤信一社長、社長には三越の石塚邦雄社長が就任する。持株会社の本社は三越銀座店に置き、役員は両社から3人づつ就く。これにより、J.フロントリテイリングの26店舗、1兆1736億円を抜いて32店舗、年商1兆5859億円の業界トップ企業が誕生する事になるが、両社の統合には単純合算を上回る効果が期待される。

三越VS.伊勢丹

 三越は全国一の売上を誇る日本橋本店以下、全国に19店舗を展開しているが本店以外は二番店、三番店ばかりで売上、収益ともに伸び悩んでおり、07年2月期も売上が4.5%減の8041億円、営業利益が17.4%減の126.2億円と減収減益に終わっている(以下、特に断りのない数字は連結)。本店への依存度は伊勢丹ほどではないが、単体売上の37.4%を占める。大阪店など4店舗の閉鎖を軸にリストラを進めているが営業利益率は1.6%と低迷し、有利子負債も1714億円(売上対比21.3%)に達する。自己資本比率も28.2%(単体では20.3%)と低い。
 ダイヤモンドシティ(8月21日にイオンモールと合併)と組んでの郊外SC進出も期待の成果を得られない中、2010年の銀座店大増床や2011年の大阪駅北口出店など今後6年間で1800億円の投資が控えており、収益力の低さから資金不足が指摘されている。株価時価総額も3000億円を割って低迷しており、不動産含み益などを材料に買収の噂が絶えない。それでも老舗の暖簾価値は絶大で、高齢富裕層中心に顧客の支持は厚い。ファッション関連もミセス/アダルト中心で特選プレタ/ラグジュアリーに強い反面、ヤングやOLは手薄だ。
 一方の伊勢丹は売上高全国2位の新宿本店以下、首都圏中心に7店舗を展開する他、岩田屋など5店舗の連結対象系列店と持ち分法適用のジェイアール京都伊勢丹を持ち、名鉄百貨店、東急百貨店とも提携している。07年3月期の連結売上は2.9%増の7818億円、営業利益も7.3%増の322.5億円と増収増益を継続。営業利益率は4.1%(単体では4.8%)と業界トップクラスの高水準で、有利子負債も605億円(売上対比7.7%)と少なく自己資本比率も44.9%(単体では47.0%)と健全だ。株価総額も4300億円前後と三越を4割強上回る。ファッションで突出した強みを誇り高収益を継続しているが、具体的な出店計画を欠いており資金にはゆとりがある。
 「ファッションの伊勢丹」と表されるものの衣料品の粗利益率は高島屋、阪急に続く第3位で、単体の衣料品売上高も高島屋、三越に次ぐ第3位に留まる(婦人服は第4位、紳士服は高島屋に次ぐ第2位)。突出しているのは新宿本店で、売上高こそ三越本店に続く2位だが、販売効率は断トツの首位。衣料品、婦人服・洋品、紳士服・洋品とも2位以下を突き放して売上高首位に君臨している。レディスはヤングにも強く、OLからミセス、特選、ラグジュアリー、イレギュラーサイズまでほぼ全ゾーンで最強の売場を構築。メンズも03年9月のメンズ館全面刷新以来、成長が著しく、直近1年間では都内百貨店紳士服・洋品売上の28%を占めるほどだ。
 ブランドの枠を超えた統一環境での自主編集を押し進めており、服飾雑貨ではラグジュアリーブランドまでアイテム別に編集している。他の百貨店がブランドの品揃えをそのまま消化仕入れしているのに対し、伊勢丹でしか買えない別注商品が多いのも魅力で、マーチャンダイジング力は他百貨店を突き放している。
 新宿本店は伊勢丹単体売上の実に56.5%を占めており、松戸店、立川店が健闘しているものの支店の販売力は本店に遠く及ばず、新宿本店の突出した販売力が「ファッションの伊勢丹」を象徴しているのが現実だ。府中店など低迷する支店もあって新店の開発には慎重な姿勢を崩しておらず、新宿本店と持ち分法適用のジェイアール京都伊勢丹を除けば魅力的な店舗網とは言い難い。
 伊勢丹の最大の強みは現場の組織活力で、管理組織やスタッフ組織が厚い三越に較べると現場組織が厚く、権限も現場の部課長クラスに集中しており、現場の意見が経営陣を突き上げるほどの勢いがある。現場経験を積んだ優秀な人材がひしめきあっており、伊勢丹出身者が業界の一大勢力を形成しているほどだ。「ファッションの伊勢丹」は同時に「現場主義の伊勢丹」でもあるのだ。

メリットが多い両社の組み合わせ

 この両社の組み合わせには様々なメリットが指摘される。店舗は福岡(岩田屋)と札幌(丸井今井)、新潟、新宿で重複しているが、新宿三越は既に専門店ビル化しているし新潟も商業地区が異なるから、実質的な重複は福岡と札幌に留まる。統合によって伊勢丹は間接的ながら銀座や日本橋に拠点を得るだけでなく、既に限界的な効率に達して週末などは立錐の余地もない新宿本店を別館方式で一挙に拡大出来る。持株会社制で両社の暖簾は継続されるとは言え店舗の再編は必至で、新宿三越本館(アルコット)と南館は伊勢丹本店別館として活性化される公算が高い。これは伊勢丹にとって多大なメリットとなる。出店計画を欠く伊勢丹にとって2011年開設の大阪駅北口店も得難い拠点となるだろう。二番店、三番店の弱味が指摘される三越の地方店とて、伊勢丹の手でファッションストアに特化されるなら手頃な規模と言ってよい。
 三越にとってもこの統合には多くのメリットがある。伊勢丹の人材や調達力で若々しいゾーンを拡大して高齢層に片寄るファッション分野を活性化出来、地方の二番店、三番店のファッションストア化も推進出来る。伊勢丹流の現場主義が浸透すれば、販売効率もジリジリと上昇して行くに違いない。加えて、伊勢丹の資金力で懸案の出店/増床投資にも目処が付く。
 当然ながら、統合による管理コストや物流コストの圧縮はもちろん、調達の一本化による仕入れコストの削減も進む。ファッション分野ではこれらに加え、ブランド揃えの強化も期待される。よって、両社の統合効果はJ.フロントリテイリングを上回るというのが結論だ。

限られるデメリット

 もちろん良い事ばかりではないが、想定されるデメリットはメリットに較べると遥かに小さい。両社が統合されると三越の低収益性に引っ張られて統合会社の営業利益率は2.8%程度になってしまう計算だが、私はそうはならないと見る。
 三越の低収益性は販売効率の低さがもたらすもので、営業経費の絶対水準は伊勢丹より0.9ポイント高いに過ぎない。この程度は販売効率が数%上昇すれば容易に解消されるものだ。三越の坪販売効率は456.1万円と伊勢丹の同571.7万円の8掛けに留まるが(いずれも単体)、伊勢丹のノウハウが入って行けば暫時上昇して行くと期待される。粗利益率にしても伊勢丹の28.9%に対して三越は27.2%と1.7ポイントの差があるが、統合で調達の一本化が進めば近い水準まで詰められる。「2013年度には5%」という統合会社の営業利益率目標も実現可能な範囲なのだ。営業収益が改善されれば有利子負債も統合時の2318.6億円から圧縮が進み、自己資本比率も統合時の35.7%から漸次改善されて行くと期待される。
 最大の懸念は伊勢丹流の現場主義に順応出来ない三越幹部が続出する事だが、明晰な人材が揃っているだけに杞憂に終わると思われる。統合によって現場主義が浸透し、営業効率も急ピッチで改善されるのではないか。それこそ、三越の経営陣が統合に期待する最大の成果なのかも知れない。

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 三越の店舗網と顧客、伊勢丹の商品力と資金力、両社の人材を最大限に活用せんとするのがこの統合の骨子だが、暖簾を超えた店舗網の再編や人事交流がどこまで実現するか、統合後の進展が注目される。

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