小島健輔の最新論文

販売革新2015年1月号掲載
2015年 流通業界の読み方
『物流大転換で始まったインフレ時代のチェーンストア革命』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

■「ユニクロ」は直流から交流へ

 昨年の10月14日、ファーストリテイリングは大和ハウス工業と合弁で物流事業会社を設立して消費地物流センター(DC)を全国に5〜10ヶ所設置し、『店舗への機動的補給』と『宅配パートナーとの連携』を図ると発表した。これは壁に当たっていた在庫回転と店内物流業務負担を改善し、3%台に留まっていた「ユニクロ」のEC比率を急拡大する大転換であり、これまでマス・メリットを追求して来たチェーンストアのロジスティクスと店舗運営を根底から見直そうという‘革命’の号砲でもあった。
 近年、国内の物流費や物流加工費の上昇に対応して大手流通業や商社は中国など生産地の出荷基地で検品・検針から物流加工・仕分けまで済ませ、コンテナ単位で国内クロスドッキング拠点に輸送してパッキン単位で店舗に配送する「直流」が主流になりつつあった。しかし、国内消費地にピッキング拠点を持たない「直流」方式では店舗で異なる販売動向へのきめ細かい補給が出来ず、店舗後方に大量のストックを積み上げる事になって在庫が滞留するだけでなく、ECへのピッキングもアウトソーシング依存になって売上拡大に見合うコスト逓減メリットが得られないという限界が露呈した。国内「ユニクロ」の坪在庫が二期で5割近く肥大して在庫回転が1.28回転も悪化した事も、脱「直流」の決断に繋がったと推察される。
 ECの自社運営コストは売上に比例して5〜10億円で30%、100億円で25%、1000億円で20%を切ると見られるが、「ユニクロ」はECで先行しながら「直流」物流の制約もあってか近年はEC比率が3%台半ばで低迷しており、260億円に迫る売上スケールをコスト圧縮と顧客利便に繋げられないでいた。
 米国ギャップ社がEC比率を14.2%に伸ばして2300億円も売り上げ、店舗部門より11.5ポイントも低い経費率で全社の利益率を押し上げている(14年1月期)のを横目で見て、スタートトゥデイ社が1147億円を売り上げて経費率を18.4%に切り下げた(14年3月期)のに驚き、さらにはインディテックス社(主力業態は「ZARA」)がECの急増に対応して「直流」から「交流」への物流改革を断行した事が決定打となり、今回の決断となったと思われる。
 ちなみに、インディテックス社は国内外の工場からすべての商品をスペイン国内のカテゴリー別DCに集荷して物流加工・仕分けし、陸海空の集中ポートから世界の各店に直送する「直流」ロジスティクスを極めていたが、在庫回転の悪化とECの急拡大で各国消費地毎にECへのピッキング出荷と店舗への即日補給を行う消費地DCを布陣する「交流」との併用に転換せざるを得なくなった。マークダウンロスの肥大や週二回の空輸コストも「交流」への転換を促したと推察される。

■店舗運営の物流労働からの解放

 コスト優先で機動性を欠く「直流」物流が店舗在庫を高止まりさせ後方ストックの家賃負担も嵩むのに加え、「ユニクロ」創業期から続くウェアハウス型陳列が店内物流業務を肥大させ、最近の若年労働者不足による賃金の上昇もあって店舗運営コストがジリジリと上昇し、営業利益を圧迫していた事も今回の決断に繋がったと推察される。実際、国内「ユニクロ」の営業経費率はこの5年間で6.5ポイントも上昇して営業利益率が5.1ポイントも低下していた。
 店舗の運営経費を左右するのは売上ではなく在庫だから、「直流」物流で店舗に大量の在庫を積み上げるウェアハウス型店舗はインフレ局面になるとコスト上昇に直撃されて運営経費が肥大してしまう。店舗要員不足に対応してパート&バイトの正社員化を進める「ユニクロ」には負担がさらに大きくなりつつあった。
 ウェアハウス型店舗では店内労働に占める物流関連業務(品出しや商品整理、色/サイズの在庫探し、ピッキングや棚卸しなど)が大半を占め接客業務は数パーセントに過ぎないから、販売員と言っても店内物流要員というのが実態だ。ゆえに給与水準は物流要員と大差なく、キャリアアップの可能性も限られてしまい、企業内貧富差を招いている。実際、リクルートジョブスのまとめた14年10月の三大都市圏求人情報における販売・サービス系のバイト平均時給は944円と、物流・清掃系の950円より低いぐらいだ。
 その元凶は、販売商品をすべからく店頭に物流して積み上げる古典的なチェーンストア・ロジスティクスに他ならない。大量生産を大量消費に繋ぐ大量流通システムとして1920年代に確立された化石化した手法が未だ流通の大勢を占めているのは、IT革命を経たオムニチャネル時代の今日にはあまりにもそぐわない。単純労働者が低賃金で大量に供給された過去の時代の遺物であって、若年労働人口が減少し、とりわけ店舗勤務志望者が限られる現状では、もはや継続出来ない流通なのではあるまいか。
 その解決策はオムニチャネルな販売と物流の分離であり、店舗在庫を最小化すれば不動産費も人件費も大きく圧縮出来る一方、店舗要員は接客に集中出来るから売上も大きく伸ばせる。それがどれほど圧倒的な効率を実現するか、「アップルストア」の1770万円という年間坪販売効率と21.4%という営業利益率が実証している。
 若年労働人口の減少に景気の回復が重なって人手不足が深刻化し、これまで低賃金の若年労働者に依存して来た小売業や飲食業が悲鳴を上げているが、極めて好ましい事だと思う。悲鳴を上げているのは低賃金の若年パート/バイト/社員の使い捨ての上に成り立って来た「蟹工船」的ビジネスモデルの事業者であり、多くは大なり小なり「ブラック企業」の指摘を受けて来た当事者だからだ。
 若者を低賃金で使い捨てるビジネスモデルが蔓延しては若年世代への所得移転が進まず、消費が萎縮して不況から脱却出来ないばかりか、結婚や子育ても躊躇させて少子高齢化を加速させ、日本の将来をシュリンクさせてしまう。日本の未来を明るいものにするには若年世代に職業技術習得の機会を与え積極的に所得を移転させ、将来に希望を持たせて家族と資産を形成させなければならない。
 流通業経営者は低賃金店舗労働者の使い捨ての上に成り立って来た「蟹工船」的チェーンストア経営を原点から見直すべきだ。その要は販売と物流を分離するショールーム陳列を軸とするオムニチャネル戦略であり、「直流」から「交流」への物流改革はその第一歩となる。
 「直流」の足かせが外れた「ユニクロ」は急速なEC拡大とオムニチャネル戦略に移るのは明らかで、恐らくは遠からず不動産費/店舗運営費/物流費の三大コストを画期的に圧縮するショールーム陳列ストアを立ち上げてウェアハウス陳列からの脱却を図るに違いない。怒濤の海外投資と国内の運営コスト増で低下した収益力を回復する決定打になるものと期待される。

■入店禁止の新業態

 古典的チェーンストア・ロジスティクスからの脱却を急ぐのは「ユニクロ」だけではない。オムニチャネル消費が急速に拡大する米国ではウォルマートが入店禁止の新業態を立ち上げて業界の注目を集めている。
 昨年の9月末、ウォルマートが本社を構えるアーカンソー州ベントンビルで営業を始めたドライブスルー専用スーパーの実験店「ウォルマート・ピックアップ・グロッサリー」は店舗でありながら顧客は立ち入り禁止で、駐車場の指定位置に車を止めたまま、ネットで注文した商品をスタッフがカートで運んで来てトランクに乗せてくれるのを待つだけという、クリック&コレクト方式(ネット購入品の受取所渡し)の進化形と位置づけられる。
 顧客は同社の近隣型小型スーパー「ネイバーフットマーケット」の食料品や日用品など一万品目の品揃え(価格も同じEDLP)から選んで決済を済ませ、決済から2時間以降の午前7時から午後10時の一時間枠の受け取り時間を指定する。店ではピッキングした商品を生鮮/冷蔵/冷凍/その他と区分して保管し、顧客が駐車場ゲートのタッチパネルで会員ナンバーを入力して指定位置に駐車すると5分以内にカートで車まで届けるという仕組みだ。
 これが何で画期的かと言うと、まず顧客にとっては寒い店内(生鮮・冷凍・冷蔵区画)で震えながら長時間、商品を選んでピックアップしてレジまで運び、レジの列で待たされるか自らバーコードをスキャンして決済し、商品を分類して運び易いよう袋に詰め、広大な駐車場に停めた車までカートで運んで積むという長丁場の労働を回避出来るメリットが大きい。週一でまとめ買いする米国の消費者にとっては結構な労働だから、利用したい人は結構多いのではないか。
 店にとってはキャッシャー人件費も頭の痛い万引きロスもゼロ!に出来る。多店化して専用エリアDCでピッキングするようになれば店舗を受け渡し場所に割り切れるから、各店舗の在庫の偏在と二重物流を解消出来るし店舗の不動産コスト/設備コストも画期的に圧縮出来る。ピッキングコストも二重物流や品出し陳列作業の解消で相殺されるのではないか。ベントンビルの第一号店は既存の「ネイバーフットマーケット」を転用したようなので店舗面積も同寸(15000sq)だが、多店化すれば保管と受け渡しに限定して小型化されるのだろう。
 店舗のショールーム化(販売と物流の分離)もロジスティクスの効率化とコスト削減に直結する画期的な進化だが、クリック&コレクトという受け取り方式も欧州では既に一般化しており、「ウォルマート・ピックアップ・グロッサリー」の登場は必然の進化だった。セルフチェックアウトレジなどに較べれば顧客のメリットが解り易く企業のメリットも大きいから、オムニチャネル化とともに日本でも急速に広がるのではないか。

■インフレ時代へ抜本転換を急げ

 長らく続いた円高デフレが震災とアベノミクスで円安インフレに転じた後も、長年のデフレ対応癖が抜けなかった流通業界だが、消費増税の反動による消費の冷え込みとさらなる円安が重なった‘円安スタグフレーション’が現実のものとなるに及び、ようやく舵を切り始めたようだ。
 デフレ下ではバリューを後回しにしてもスピードと低価格を訴求する者が優位に立てる一面があったが、価格を抑え難いインフレ下ではバリューで勝る者が圧倒的優位に立つ。14年春以降のブランド別売上や小売各社の業績を見ても、自社企画・開発で計画生産するブランドや企業が堅調〜好調な反面、OEMやODMで引きつけて低価格を訴求するブランドや企業の業績は陰りが目立つ。一見は効率的に見える外資ファストファッション業態にしても、毎週のようにファストに商品を投入しても在庫は年間で4回転もせず(H&M社は3.73回転/INDITEX社は3.88回転、どちらも直近4四半期平均)、消化歩留まりは7割を大きく下回ると推計される。
 アパレル業界は「失われた20年」のデフレ局面では単価下落による市場の縮小に苦しんだかもしれないが、実は購買単価の下落巾より調達単価の下落巾の方が大きい状態が続き、業界はその‘さや’で凌いで来たというのが実情だった。ところが3.11を契機に円安に転じ、アベクロミクスと消費増税で円安が加速するにつれ、調達単価の上昇が購買単価の上昇を上回る‘逆ざや’状態に転じ、調達コスト増と諸経費のインフレで行き詰まる会社が続出するという最悪の状況になってきた。それはアパレル業界に限らず、海外調達に依存する消費材分野に共通する状況ではないか。
 デフレ局面では価値を創造出来ない会社でも速く調達して安く売れば‘さや’で生き延びられたが、‘逆ざや’が開いて行くインフレ局面では本物の価値を創造して顧客に価格上昇を受容してもらえる会社しか生き残れない。デフレ時代に蔓延した52週MDやOEM/ODMが潮が引くように減少し、自社開発の計画生産という原点に回帰する会社が増えているのも動物的な生存本能が作動しているからだろう。11月に行った当社のSPAC研究会メンバーアンケートでも、「自社開発」「計画MD」「開発の前倒し」「素材軸」「定番品」へのシフトが顕著で、MDサイクルも「細分化」から「集約化」に転じ、スピードやコストよりオリジナルな付加価値を志向する回答が大勢を占めた。
 調達コスト増を価格に転嫁すれば客が離反して売上が減少し、転嫁しなければ‘逆ざや’で干上がってしまう。まさに引くも進むも地獄という状況なのだが打つ手は明快で、長年染み付いたデフレ型からインフレ型へ経営戦略を転換すればよい。そのポイントは以下の四点に尽きる。
1)スピードや低価格より手間かけて確かなバリューを創造する事。OEM/ODM活用の期中企画を一掃し、デザインチームを抱えて素材から開発し計画生産に徹するべきだ。
2)原価率を政策的に上げてバリューを高め、MDのロジックとロジスティクスを一新して消化歩留まりを格段に高める。業界平均の歩留まり率は75%程度だが、ファストSPAは70%を大きく下回る一方、自社開発で高原価率政策に徹する人気ブランドは90%以上だ。
3)家賃も在庫も人件費も嵩む店舗を増やさずECを拡大し、その圧倒的コスト差と在庫回転改善で経費と値下げロスを圧縮して収益を伸ばす。
4)店舗はショールーム陳列にして在庫(=不動産費と人件費)を最小に抑え、ECと連携する「交流」物流で消費地DCからの顧客直送比率を高め、店舗に機動的に補給し、在庫回転を最速化するとともに、接客集中で店舗の販売効率を高めて運営経費率を大きく圧縮する。

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 ECとショールームストアを連携するオムニチャネル販売と交流ロジスティクスはもはや避けては通れない現実の課題だが、その速やかな実現には商品企画〜開発・調達〜ロジスティクス〜提供方法を一貫してバリューと効率を最大化するロジックと組織体制が問われる。生産と流通と消費を一元化し販売と物流を分離するロジックこそ、前世紀の「蟹工船」的チェーンストアを脱して明日の繁栄を築く新世紀「流通革命」の鍵となるはずだ。

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