小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『怖すぎる「EC侵略の現実」』 (2018年07月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 毎月の商業施設やブランドの販売実績を検証していると「?!」と思わされる異変に気が付くことがある。ブランドの売上前年比が店舗とECでどんどん開いていくのにも戦慄するが、ついには商業施設の売上前年比にも“異常値”が広がり始めた。

アパレル企業の大半は店舗を見切っている

 当社では毎月、独自に商業施設やブランドの売上動向を検証しているが、アパレルの店舗とECの売上前年比が年々開き、今や大手アパレルでも20〜40ポイント、月によっては50ポイント以上も開くことがある。

 当社でまとめたEC売上げ10億円以上のアパレル企業44社の17年度EC売上げは前年から20.5%(605億円)増加して3563億円となった一方、非EC売上げ(大半が店舗売上げ)は970億円(2.8%)減少し、前年比格差は23.3ポイントも開いた。経済産業省のEC調査(7.6%増)とは乖離が大きいが、業界の実感はこちらに近いのではないか。ファッション市場が停滞している現実を見るなら、ECで増えた605億円はまるまる店舗から流出したと見ざるを得ない。

 大手アパレル企業8社の直近決算でもECと店舗の売上前年比格差は12.1〜48.9ポイントも開いており、単純平均で25.2ポイント、売上合計でも20.6ポイントも開いているから、前述した44社平均の前年比格差23.3ポイントと符合している。これら8社のEC比率は6.0〜25.6%と幅があるものの平均すれば13.8%、売上合計でも10.8%に達している。

 中でも百貨店売上比率の高いTSI、オンワード、三陽商会の合計ではECで97億円増やした一方、店舗売上げは203億円も減少しており、ECと店舗の前年比格差は29.0ポイントとさらに開く。ECへの流出が百貨店市場で著しいことが注目されるが、それには必然的背景が指摘される。

 百貨店は地方店や郊外店の閉店やブランドの撤退が加速しており、“買い場”を失ったブランド難民が都心店やECに雪崩れ込んでいる。ブランド難民は愛顧するブランドのパターンやサイズ感を熟知しており、試着できなくてもECへの抵抗感は薄い。チャット接客やコールセンターを充実しポップアップストアを巡回して顧客対応を深めれば、『無理して採算の悪い店を維持する必要はない』という判断になるのは必然だ。

 アパレル企業の多くは、進化に取り残され利便でも採算性でもECに引き離された百貨店や商業施設など「モルタル館」をもう見限っている。それに気が付かない神経は相当に麻痺しているのではないか。

商業施設からECへの流出も拡大している 

 アパレル業界は店舗売上げが食われることを覚悟の上、全力でEC拡大に走っているのだから、百貨店はもちろん駅ビルやファッションビル、SCのアパレル売上げが無事なはずもない。前述した決算売上高に見る格差はもちろん、毎月のブランド別売上前年比を見ても、ECと店舗の格差は目をむくほど拡大している。

 百貨店や駅ビルではECへの売上流出を恐れてブランド側のタブレット持ち込みを禁止したり、館が運営するモールにアクセスを限定したりしているが、それでは品揃えのバラエティや在庫の確保に限界があり、欲しい商品の在庫が無ければ顧客は自らのスマホやタブレットでブランドのECサイトに移動してしまう。接客プロセスを考えれば必然の移動であり、顧客のショールーミング行動までは阻止しようがない。

 店頭からのショールーミング流出(逆にウェブルーミング流入もある)が館売上げのどの程度かは類推するしかないが、タブレット規制の厳しい百貨店や駅ビルとそうでもない館の前年比には3〜6ポイントも説明のつかない格差が生じている。ECへの移動は顧客のデバイスからだが、ブランドのタブレット接客で在庫が見つからないことが契機になりやすい。だからといってタブレットの持ち込みを禁ずれば店頭在庫を超えての販売は成り立たないし、利便を損なえば顧客は離れてしまう。

百貨店や商業施設は死に体となるのか

 ネットにせよ、リアルにせよ、プラットフォーマーのパワーは顧客利便と品揃えのバラエティで決まる。「品揃えのバラエティ」は「ノーリスクで人質に取った在庫の幅と奥行き」と言い換えてもよい。わざわざ時間と交通費を労して出向き購入品を持ち帰らねばならない店舗の利便はECに及ぶべくもないし、物理的に制約される店舗の品揃えはECには桁違いに及ばない。ましてや、店舗に行っても在庫が見つからずECでの確保も妨げられるとしたら、誰が店舗に出掛けるだろうか。

 ショールーミングを妨げては販売機会が損なわれて売上減少が加速し、ブランドも利便を損なわれた顧客も離れてしまう。ならば百貨店や商業施設デベは何百億円かけても有力ECモールに対抗できる自社ECのプラットフォームを構築し、ウェブルーミングで店舗へ誘導しショールーミングで品揃えを拡張して店舗とEC一体の顧客利便を実現しない限り存続が危ぶまれる。それを放棄するなら『お前はもう死んでいる』と烙印を押されてもやむを得ないのではないか。

 三井不動産の「&mall」は膨大な投資に見合う売上げにはまだ遠いが、この喫緊の課題に正面から取り組んでいる。それをはたで見て採算性を笑う商業施設デベや百貨店こそ未来を放棄している。ECの侵略は大方の予想を超える勢いで急進しており、アパレル分野では米国の20%を超えて英国並みに過半に迫る脅威になりかねない。そこまでいけばECが主役で店舗は脇役に回り、店舗はECのプラットフォームに乗るショールームストアやTBPPに変貌してしまう。「死に体」になるか否か、モルタルプラットフォーマーに最後の戦略判断が問われている。

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