小島健輔の最新論文

販売革新2015年12月号掲載
特別企画[ストア大変革]
『在庫の呪縛を脱してオムニチャネル拠点に変貌せよ』
(株)小島ファッションマーケティング 代表取締役 小島健輔

 量販店からアパレルチェーンまで日本でも米国でもモルタル店舗の大量閉店が広がっているが、その元凶となっているのがEコマースのシェア拡大とモルタル店舗の効率低下だ。

加速するEC
 直近の14年度、英国ではECが小売販売の13.5%、中国では10.6%に達し、米国でも6.4%(15年上半期では7.1%)、日本でも経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」に拠れば前年から13.5%増加して4.8%と5%に迫っている。その内訳を見ると、EC比率が24.1%に達して6.9%増に留まった家電・PCを10.2%増加した衣料・服飾雑貨(EC比率8.1%)が抜いて最大分野となり、ネットスーパーが広がる食品・飲料(EC比率1.9%)、ショールーム化が進む家具・生活雑貨(EC比率15.5%)、書籍・映像ソフト(EC比率19.6%)と続く。
 経済産業省が行った「ファッション市場関連調査」ではEC比率がまだ8%程度と低位に留まる衣料・服飾雑貨は20年には14%まで伸びると推計しているが、EC売上を公表しているアパレル関連大手18社平均の13年度EC売上伸び率は19.8%、SPACメンバー平均の14年度EC売上伸び率も18.9%と前出の経済産業省の統計値より一回り高いから、前倒しで到達するのは確実だ。EC比率がわずか1.9%に留まる食品・飲料も大手GMSからローカルスーパーまでネットスーパーが広がる中、クリック&コレクトやドライブスルーサービスが定着すれば英国のように二桁に乗るのも時間の問題と思われる。
 欧米では通販売上の10%を超えるBtoC宅配物流費負担も、ヤマト運輸/佐川急便/日本郵政がシェアを争う我が国では欧米の半額を下回る負担で済む事もECの拡大を後押ししており、コンビニなどでのクリック&コレクト、家電店のサービス機能付き自社宅配、ネットスーパーの双方向型近隣自社宅配も加わって欧米以上に加速して行く事は疑う余地もない。

格差が開くECと店舗販売
 店舗小売業の既存店売上は消費増税以来の低迷こそ脱したものの、円安インフレ転嫁の値上げによる客離れも足を引っぱり、インバウンド需要に潤う大都市圏を除けば水面の攻防が続いており、経済産業省「商業動態統計」では14年度の101.7から15年1〜8月は99.9と減速している。その一方、前出の経済産業省の統計ではECは14年度、13.5%も伸びており、うち食品・飲料や家具・生活雑貨は20%以上も伸びている。同統計では衣料・服飾雑貨の伸びは大手カタログ通販業者を含むため10.2%に留まるが、アパレル関連大手の平均伸び率は20%に迫る。
 企業別に見ても、米国アパレルチェーン11社の店舗部門平均が99.4と前年を割ったのに対して同EC部門平均は111.6と伸び率に12.2ポイントの差がある。EC部門の伸び率を公表している国内大手アパレルチェーン18社の平均でも、店舗部門の107.0に対してEC部門は119.8と12.8ポイントもの差がある。
 売上伸び率以上に格差が大きいのが収益性だ。店舗部門とEC部門の損益を分けて公表している米国アパレルチェーンでは、ギャップが店舗の営業利益率11.0%に対してECは22.5%と11.5ポイントも高く(13年1月期)、ルルレモン・アスレティカも店舗の19.6%に対してECは34.6%と15.0ポイントも高い。アバークロンビー&フィッチに至っては店舗が▼0.6%と赤字に対してECは19.1%と19.7ポイントも上回っている。日本でもANAPは店舗が▼2.9%と赤字に対してECは18.4%と21.3ポイントも上回っている。
 この差は同じ売上を稼ぐのに要する営業経費の大差に起因している。当社SPACメンバーの自社ECサイト平均売上対比運営経費率が32.2%、手数料率の高いモールサイトでも平均37.7%に収まるのに対し、株式公開アパレルチェーン16社の平均営業経費率は49.3%と、17.1(自社ECサイト比)〜11.6(モールサイト比)ポイントも高い。
 モールサイト部門の経費率が著名モールの手数料率の高騰で年々、高くなる一方、自社サイトの経費率はECサポート業者間の苛烈な競争で低下傾向に在り、フルフィルメント業務が本来持つスケールメリットもあって、売上規模の拡大とともに経費率が加速度的に低下する傾向が顕著だ。当社のSPAC研究会メンバー平均の自社サイト運営経費率は規模の拡大とともに二年間で1.2ポイント低下したが、同期間にモールサイトの運営経費率は3.1ポイントも上昇している。取り扱い小売総額が1300億円に迫るスタートトゥデイ社の小売売上対比営業経費率は年度によって18.4%〜20.6%と格段に低く、EC事業の加速度的なスケールメリットを印象づける。
 店舗小売業ではスケールメリットをスケールデメリットが相殺して事業規模の拡大が必ずしも収益力の向上に繋がらないが、その元凶は多店舗への在庫の偏在に拠る機会損失と値引きロスの肥大に他ならない。ECで加速度的なスケールメリットが見られるのは在庫の偏在によるスケールデメリットが極めて限られるからで、多数の店舗に在庫が偏在する店舗小売業に較べれば幾つかのDCで全国をカバー出来るECの在庫引き当て効率は格段に高い。
 ECでも島嶼部を除く日本全国に翌日配達するには10ヶ所のDCでカバーしなければならないし(アマゾンジャパンの現行体制でありユニクロが三年後に目指す体制でもある)、広大な米国ではアマゾンが55ヶ所のDCを布陣しても翌日配達出来る地域は限られるが、ECの場合は至近のDCに在庫が無ければ次近のDCから引き当てて発送すれば済む事で、在庫の偏在による機会ロスは極めて限られる。
 投資効率でもECは店舗事業を格段に上回る。アパレルで同じ一億の売上を得る為に必要とする初期投資は、テナント事業では敷金や内装費など立地によって2500万円〜3600万円も要するが、ECモール出店なら初期費用は極めて小額で済むし、自社サイトをゼロから専門業者に発注して構築しても今時は1000万円を超える事はないだろう。フルフィルメント体制を構築するにしても、サードパーティーからEC専門業者までクラウド感覚で代行するサービスが目白押しだから、時間をかけて直接投資する必要はないはずだ。
 成長性も収益性も在庫効率も投資効率も格段の差が明らかなのに、なぜ出店し店舗小売業を続けるのかと問いたくなるのが現実で、このままでは店舗小売業はECに淘汰されてしまう。その奔流を押し返そうと欧米で始まったのが‘オムニチャネル戦略’であり、その本質は‘店舗とECの一元化’、もっと踏み込んで本質を言えば‘店舗事業のEC化’なのだ。

オムニチャネル戦略はモルタル側の反撃
 オムニチャネル戦略はECに市場を奪われショールーミングに怯えるモルタル側(店舗小売業)の反撃として始まったもので、モバイル環境を背景に(それ以前には成り立たなかった)、店舗という多数の拠点を持つ利点を活かして『いつでも何処でも調べて買って受け取れる』利便を追求し、顧客に接する拠点を持たないEC事業者より優位に立とうとするものだった。
 ゆえに店舗顧客をECに送り(ショールーミング)、ECを見た顧客を店舗に誘導し(ウェブルーミング)、双方の顧客と売上を積み増して売上を伸ばし(O2O効果)、EC受注品の店舗受け取りや店舗在庫からの発送といった初期段階から、初期投入は直流でも各地域のEC向け交流DCから毎日補給して店舗の後方在庫を圧縮・解消し、ECと店舗のロジスティクスを一元化して店舗事業の在庫効率をECに近付ける本格段階へと体制をステップアップしていくのが正しい定石だ。
 店舗小売業は商品に直接、触れて試せて販売員と双方向な確認が出来る事に加え、ECの出荷拠点とは比べ物にならないほど多数の受け取り・出荷拠点(実店舗)を活用出来る事も顧客利便上、極めて優位で、店舗を拠点とした自社物流で付加価値を訴求したり近隣のご用聞き配送で受注したりと様々な展開が可能だ。日本でもヨドバシカメラが店舗を起点としたサービス機能(設置や設定)付き自社物流を武器に業績を伸ばすなど、顧客への配送を宅配業者に依存して対面サービスをカバー出来ないEC業者の弱点を突く動きが広がっている。
 米国でも店舗小売業のオムニチャネル攻勢、とりわけ店受け取りや店取り置き、店出荷など、実店舗を活用した顧客利便の追求が奏功する中、ウォービーパーカーやボノボなどEC事業者の一部がショールームストアを布石しているが、ショールームストアは店舗小売業のオムニチャネル戦略の究極の到達点でもある。

店舗販売を在庫から解放する‘流通革命’
 店舗小売業の多店舗展開‘チェーンストア’は販売する商品を悉く店舗に運んで積み上げ、店員が棚入れ・整理してお客がピッキングして持ち帰る‘物流センター’という宿命を背負う限り、在庫の偏在と店内物流作業という呪縛から逃れられない。それゆえ大きな売場?と大量の在庫を抱えて低賃金労働を強いるブラックな蟹工船体質を免れなかった。それがオムニチャネル流通に組み込まれると、EC軸のリージョナル多頻度補給と顧客直送比率の高まりで店舗に在庫を積み上げる必要が薄れて後方在庫を持たなくなり、やがてはサンプル陳列だけのショールームストアも夢物語ではなくなる。
 在庫を抱えない分、家賃も作業人件費も圧縮され、店員は接客に集中出来て売上が伸び、在庫を積み上げない分、美しく陳列された空間で顧客はゆったり疲れずショッピング出来、重たい商品や嵩張る商品は宅配か近隣指定場所受け取り(クリック&コレクト)にして身軽に動ける。在庫を抑えた分、店舗への在庫の偏在が抑制され、EC軸で引き当てれば店舗の在庫効率もECに近付いて行く。運営経費が圧縮され在庫効率が高まれば収益性も飛躍的に高まり、店員の作業負担も軽減されて給与水準も高まり、蟹工船体質を脱却出来る。
 このシナリオが店舗販売をEC軸で在庫から解放するオムニチャネル時代の‘流通革命’に他ならない。店舗小売業のジョーシキを真っ向から否定する‘革命’もEC比率が高まった企業では自然な移行プロセスであり、ヨドバシカメラ(推定EC比率12.3%)などの家電量販店はもちろん、EC売上25億ドル/EC比率15.2%に達したギャップ社が11月13日、後方ストックを排して多頻度補給する、標準店の半分サイズという省在庫型ストアの実験を世界で最初に玉川高島屋SCマロニエコートからスタートした事も注目される。
 食品・飲料分野では近隣宅配やドライブスルーのネットスーパー、衣料・服飾分野でも試着専門のショールームストア、家具・生活雑貨分野では大型母店から供給するサンプルだけのショールームストア(IKEA)など、ECの拡大とともに欧米でも日本でも様々な試みが広がっているが、店舗を持たないEC事業者と多数の店舗に在庫を抱える小売業者ではスタンスも課題も異なる。オムニチャネルの奔流に対応して解決すべき最優先の経営課題は何なのか、そこから必然の‘革命’を仕掛けるべきで、店舗は在庫の呪縛から解き放されてオムニチャネルなサービス拠点に変貌していくに違いない。

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