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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小売業のサスティナビリティとは供給の継続だ』(2020年03月31日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナウイルス蔓延のパンデミック下、マスクや消毒剤からトイレットペーパーやティッシュペーパー、果てはお米やレトルト食品まで欠品が続き、詰め寄るお客への対応に疲弊する店も少なくないが、お客を責めてはいけない。責められるべきは求められる商品を用意できないお店側にあるのは明白だからだ。

買いだめで露呈した調達力

 パンデミックパニックでマスクはもちろんトイレットペーパーからお米まで品不足が続いているが、一体いつまで続くのか、需要と流通在庫や生産の関係を洗ってみた。

 マスクの通常需要は月間4.5億枚で供給も同量あったが、コロナウイルス蔓延で需要が瞬間20億枚に膨れあがる一方、輸入が3.1億枚(うち中国2.8億枚)から半減し、国内生産を1.4億枚から4億枚以上に増産しても供給は6億枚止まりで、需要に追いついていない。政府は4月から7億枚に増産するとしているが、輸入の拡大も含め10億枚まで供給が増えない限り、品不足の解消は難しい。マスクの場合は消費量の異常な急増が原因であり、流通の問題というより生産キャパの問題と思われる。

 トイレットペーパーは流通在庫が2万トン強(1週間分)、工場在庫が6万トン、計8〜8.5万トンあり、通常の月間需要も供給量も8万〜9万トンで拮抗している。国内自給率も97%と輸入が急減しても供給に不安はないが、かさ張るため1週間分しか積めない流通在庫は買いだめが始まると瞬時に枯渇してしまう。増産して工場在庫を増やしても物流の限界があり、店頭への供給が需要に追いつくには何週間かかかるが、消費量が増えるわけではないから家庭の備蓄が一巡すれば品不足は収まっていく。トイレットペーパーやティッシュペーパーについては、欠品騒ぎは近々に終わるとみてよいだろう。

 流通業に求められる安定供給が近年、これほど全国区で問われたことはなく、生産能力だけでなく物流加工や物流のサイクル、キャパシティまでサプライチェーン制御の力量が露呈した。ベンダー/メーカー頼りの実状を痛感し、自らの調達力の限界を思い知った小売チェーンも少なくなかったのではないか。口先だけの「サスティナビリティ」では消費者の期待には応えられない。供給の継続性こそ、小売チェーンに求められる原点的「サスティナビリティ」なのだと再認識すべきだろう。

コロナパニックより恐ろしい飢饉に備えよ

 人気銘柄こそ欠品したものの全面的な欠品とはならなかった家庭用主食米だが、こちらの方が先々を考えると事情は深刻かもしれない。年々減少しているとはいえ、月間需要は60万トン強あり、精米や小口化という事情もあって流通在庫は2週間分程度しかなく、パニック的な買いだめが発生すると欠品してしまう。未精米の出荷段階と生産段階には十分な在庫があるから早々に欠品は解消されるが、銘柄によっては在庫に限界があり、次の収穫が終わって新米が出始めるまで欠品することになる。

 93年の冷夏では作況指数が74に落ち込んで生産量が783万トンしかなく、当時の主食米需要1026万トンを補えず100万トンの政府備蓄を取り崩しても緊急輸入に頼る結果となったが、世界的な飢饉となったら輸入には頼れない。直近の19年では主食用米需要は726万トンに減っているが、その分が小麦(パン食)にシフトしており、世界的飢饉となれば小麦の輸入も途絶える。工業製品と違って穀物は短期の増産が効かず翌年の収穫を待つしかないから、世界的な飢饉が2年も続けば工業化社会の食料備蓄は脆くも枯渇し、先進国とて少なからぬ餓死者を出すことになりかねない。

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【出典】農林水産省「米をめぐる関係資料」(平成30年7月)

 そんなことは起きそうもないと思われるかもしれないが、古代〜中世の文明の多くが飢饉とそれに伴う疫病で衰亡したし、太陽活動の極小期入りや地球軌道の真円化による夏季日射量の低下(ミランコビッチ理論)など、温暖化から寒冷化に暗転する兆候もそろっている。

 地球温暖化を憂うキャンペーンが花盛りだが、寒冷化に転ずれば17〜19世紀前半の小氷期に匹敵する大飢饉に見舞われ、農業も畜産業も破綻して食糧危機が訪れる。温暖化が進んでも餓死者は出ないが、寒冷化すれば工業化した現代文明の脆弱な食料生産剰余は瞬く間に尽き、少なからぬ餓死者が出る。近年の異常気象は安定した温暖期から小氷期へ転ずる前兆と見るべきかもしれない。

 コロナウイルスが世界的なパンデミックとなって人類の文明活動を一時停止させたカタルシスに何を学ぶべきか、もう気づいてもよいのではないか。効率とスピード、快楽と利潤より、もっと大切なことがある。

「サスティナビリティ」とは美しきブランディングなどではなく、平穏な生活と文明の継続を守護する人類共通の責務ではなかろうか。小売業にとって顧客に担保する「サスティナビリティ」とは、いかなるパニック下においても供給を絶やさぬことだ。遠からず訪れる飢饉に備え、揺るがぬサプライ体制をベンダー/メーカーや生産者と共に築いてほしい。

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【出典】農林水産省「米をめぐる関係資料」(平成30年7月)

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