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ダイヤモンド・オンライン
『イトーヨーカ堂「ファウンドグッド」の成否 GMSの衣料売場はアパレルの草刈場になるのか?』
(2024年03月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 衣料品の直営から撤退するイトーヨーカ堂がカジュアル衣料売場の商品供給をアダストリアに丸ごと任せて量販店業界と衣料品業界に激震が走ったが、他の量販店もアパレルブランドのコンセやアパレルメーカー/アパレルチェーンと組んだショップを拡大して直営売場をどんどん圧縮している。量販店の衣料品はアパレルメーカーやアパレルチェーンの草刈場となって直営の衣料品売場は無くなってしまうのだろうか。

 

■「ファウンドグッド」はどこまでカバーできるのか

 23年3月に衣料品(下着や靴下などを除く外衣)の直営から撤退すると公表したイトーヨーカ堂が2月15日、大手アパレルチェーンのアダストリアが商品供給する子育て世代向けカジュアル衣料売場「ファウンドグッド」を木場店(東京都江東区)と立場店(横浜市泉区)で立ち上げた。

アダストリア(ビジネスプロデュース本部)が商品を企画・生産して供給するのみならずストアプランやVMDも主導し、イトーヨーカ堂スタッフに接客研修や商品説明も行い、アダストリアのスーパーバイザーが巡回してOJTも指導するというから、商品供給型フランチャイズ契約に近い。モデル店舗となる木場店は200坪に迫るスケールの大型平場(壁やウィンドウで囲わないオープンな単品構成売場)で、6月にかけて100坪〜300坪の売場を64店舗に広げると発表している。

 イトーヨーカドー衣料品の顧客は高齢化が進んでミセス/アダルト〜シニア層に偏っており、世代交代で若返る商圏顧客をイオン系商業施設などに取られてストア総体の売上も低下するという厳しい状況にあったから、30〜40代子育て世代の取り込みが喫緊の課題となっていた。

 イトーヨーカドー衣料品は「カジュアル衣料売場」以外に「婦人服」(ミセス〜シニア向け)、「紳士服」(アダルト〜シニア向けとビジネス)、「フォーマル」「ランファン」「肌着」「服飾雑貨」、「子供服・服飾雑貨」「スクール用品・文房具」などから構成されるが、「フォーマル」「ランファン」はブランドメーカーのコンセ(コンセッショナリー・・・売上歩合のインショップ)で、「婦人服」「紳士服」内もブランドコンセが多くを占めている。「肌着」「服飾雑貨」を残して直営から撤退すれば、「婦人服」「紳士服」「子供服」もブランドコンセだけで構成されるようになるが、ブランドコンセは直営平場より価格が嵩むからカバーできる客層は限られる。

「ファウンドグッド」は30〜40代子育て世代に向けた、今風に抜けて着回せる軽快で機能的なナチュラルモードカジュアル(「グローバルワーク」に近いが「レプシィム」的な要素もある)でまとまっており、ウィメンズ50%、メンズ25%、キッズ5%強、服飾雑貨と生活雑貨が20%弱という構成だからキッズは極めて手薄で、ミセス向けやアダルト向け、子供向けの手頃な衣料品平場を代替するわけではない。大型ではあるがテイストがまとまったSPA型の平場ショップであり、多様な世代やテイストをカバーするわけではないから、「衣料品平場を丸ごとお任せ」とはいかないのが現実だ。

イオンスタイルストアでは子育て世代を中心としたノンエイジな単品SPA業態「トップバリュコレクション」(「ユニクロ」に近似)やミッシー向けの「エシーム」とは別にアクティブライフスタイル提案の「スポージアム」も配し、ミセスやアダルト、シニアに向けてコンセ主体の「オトナギ」、ビジネスやフォーマルには「スマートメドレー」で対応し、ティーンズ・ヤング向けにも「ダブルフォーカス」「スクェアフィールド」を配しているのに加え、巨大ライフスタイル業態「キッズリパブリック」でキッズも十二分にカバーしている。

それと比較すれば「ファウンドグッド」がカバーできる領域は極めて限られるから、ミセス/アダルト向けやアクティブライフスタイル、ティーンズやキッズ向けの売場は何処か他のアパレルと組むことになるのだろう。

イトーヨーカドーの顧客は「ファウンドグッド」どう受け止めるのだろうか。後述するようなウエアリングや品質感の相違もあって、30〜40代の子育て世代は取り込めても従来のミッシー〜ミセス層やアダルト層は離反すると思われるから、新たに獲得する顧客と離反する顧客の足し引きで客数と売上はどう動くのか、「ファウンドグッド」だけでなく衣料品全体、さらには食品も含めたストア全体の動向を見極める必要がある。

 

■価格と品質は顧客の期待に応えられるのか

 「イトーヨーカ堂PB衣料と同等かやや安い」とアナウンスされている「ファウンドグッド」の価格だが、税込(以下同)でウィメンズのボトムが2900〜4900円、ブラウスが1900〜3900円、カットソー900〜4900円、アウター3900〜9800円ほどだから、「ユニクロ」の松竹梅価格構成の竹と梅に相当し、ミセス/アダルト層もカバーしていたイトーヨーカ堂PB衣料に対しても同様に竹と梅に相当し、裾値アイテムは「しまむら」とも重なる。品質感にこだわる高年齢層とは異なって、軽快に着回せる機能性商品を求める子育て世代向けには「松」クラス商品は不要ということなのだろう。

「松」クラスは欠いてもアパーポュラープライス(中産階級価格)であって、ロワーポピュラープライス(庶民価格)の「GU」や「しまむら」より一格高いが、客層やTPOで求められる品質感は異なるから価格だけで捉えるべきではない。

イトーヨーカ堂PB衣料もアパーポュラープライスだったが、コンサバなテイストとウエアリング、規格品質の縫製仕様で在来のミッシー〜ミセス/アダルト客には安心感があった。今風に抜けて着回せる軽快で機能的な「ファウンドグッド」は使う素材も薄手で軽くフィットも緩いから、コンサバなミッシー〜ミセス/アダルト客からは安っぽく見えてしまうかも知れないが、子育て世代にはライフスタイルに適った使い勝手も着心地も良い値頃な商品に見えるのだろう。

とは言ってもウィメンズの合繊パンツなどは薄っぺらな素材のチープさが目立って、ウエアリングが近い「GU」や「スマイルシードストア」(アダストリアの地域圏業態で「GU」価格)と比べると割高に感じられるし、安くても素材やデザインに凝った「coca」に比べれば凡庸さは否めない。イトーヨーカドー店舗の多くが店齢を経た箱型独立店舗で客数の限られる地域圏立地※(実勢商圏はせいぜい十数万人)であることも考慮すれば、ロワーポピュラープライスの「GU」や「coca」、ひいては「しまむら」と比較されることも避けられないから、「お値打ち」の評価基準は厳しくなる。果たして「ファウンドグッド」はそんな「お値打ち」評価に耐えられるのだろうか。

※店舗小売業の立地・・・・最寄り性の強い「近隣商圏」(コンビニなどが立地する人口5000人前後の商圏)、「生活商圏」(「しまむら」などが立地する人口25000人前後の商圏)から、最寄り性と買い回り性が交錯する「地域商圏」(CSCやパワーセンターが立地する人口10万人前後の商圏)、多数の店舗が集積する買い回り性の「広域商圏」(RSCやターミナル商業施設が立地する人口40万人以上の商圏)に大別される。

 

■SPAチェーンによる商品供給に競争力はあるのか

「ファウンドグッド」は一格安いロワーポピュラープライスのライバルと「お値打ち」を比較されてしまうと苦しいかも知れない。SPAチェーンによる商品供給はアパレル企画問屋や専門商社による商品供給より割高になってしまうからだ。

イトーヨーカドーなど量販店のPB衣料品より「しまむら」の衣料品は一格安いロワーポピュラープライスだが、「お値打ち」も品質も一格落ちるとは私は思わない。なぜなら流通コストが違うだけで生産コストは大差ないからだ。

「しまむら」衣料品の粗利益率は売上対比32%弱だが、ロス率を6%強に抑えているから仕入れ原価率は62%程度と推計される。しまむらの上位納入問屋の平均的な粗利益率は20%に届かないから、ロスを大きく見ても生産原価率は48%弱と極めてコスパが高い。

イトーヨーカ堂のPB衣料品がどのような取引条件なのか知る由もないので、量販店PB衣料の平均的な粗利益率と取引条件を想定してみよう。粗利益率は売上対比33%前後と「しまむら」と近似していてもロス率は20%近いから、仕入れ原価率は48%を切ると思われる。取り組む専門商社の粗利益率は15%程度だから、ロスを考慮しても生産原価率は38%弱と「しまむら」より10ポイントも低い。

同じ生産原価(品質と近似)なら量販店PB衣料は「しまむら」より小売価格が27%高くなり、同じ小売価格なら生産原価は「しまむら」の79%になる。だから、小売価格が量販店のPB衣料より一格安くても「しまむら」の品質は同格だと判じて良いのだ。

専門商社でなくSPA型のアパレルチェーンが商品供給すれば、どんなコスト構造になるのだろうか。自社工場の生産比率が高い(23年5月期のミャンマー生産子会社供給比率は23.9%)ハニーズの60.9%は例外として、外部に生産を委託するSPAチェーンの粗利益率は50〜55%で(23年2月期のアダストリア単体は53.5%、22年2月期は54.8%)、ロス率は15%前後だから、仕入れ原価率は30〜35%と推察される。SPAチェーンの商品生産を受託して納入する専門商社やOEM業者の粗利益率は15%程度だから、ロスを考慮しても生産原価率は23〜27%と、専門商社から調達するより11〜15ポイントも高くなる。

最もコスパの良い27%だとしてもSPAチェーンが供給する商品は専門商社が供給する商品より1.41倍割高になり、同じ品質なら1.41倍の価格、同じ価格なら71%の生産原価になる。ましてや「しまむら」と比べれば同じ品質なら1.78倍の価格になり、同じ価格なら56%の生産原価になってしまう。

そんなに割高なSPAチェーンの衣料品が何故売れるのかというと、顧客を見据えた商品企画力・開発力に加え、店舗とEC、SNSを連携した情報操作と見せ方、売り方によるブランディング効果と言うしかないが、相応のコストがかかる。SPAチェーンの中でもアダストリアはブランディングに抜きん出て、他社と類似した商品もハーフライン高めのプライス(3900円に対して4500円など)を可能にしているが、一人当たり売上は2077万円に過ぎず(23年2月期の単体、連結では1953万円)、販管費率は50%前後(22年2月期単体は51.6%、23年2月期は48.2%)に達する。

現段階で「ファウンドグッド」のオンライン販売は行われておらず(.stでも扱っていない)、販売員によるスタイリング投稿やSNS 投稿も存在せず、EC注文品の店受け取りもあり得ないから、OMO効果による売上の上乗せは期待できない。そもそもセルフ販売の人時効率を前提としたイトーヨーカ堂の売場運営で期待する売上が得られるか、私は極めて疑問だと思う。

売上が期待値に届かないと在庫が消化せず、粗利益率の着地も危うくなる。アダストリアの価格設定から見て消化率が高ければ粗利益率は60%を超えるはずだが、現実の着地は53.5%だからロスの大きさが推察される。アダストリアの在庫消化運用スキルは決して高くないから、イトーヨーカ堂がその面でも期待しているとしたら失望することになる。在庫消化運用スキルは往時のイトーヨーカ堂衣料品の方がはるかに高かったから、皮肉と言うしかない。

アダストリアの付加価値政策自体はブランドビジネスの定石であり、ハイブランドに比べれば控え目な方だと思うが、買い回り性の広域大型モールや駅ビルで成り立っても、最寄り性の強い地域圏立地のイトーヨーカドー顧客が仕掛けに乗ってくれるかという根本的な疑念も否めない。私は極めて難しいと思う。

 

■量販店衣料品復活の条件

ブランディングというソフト価値は定量化が難しく長期の継続も難しい「水もの」で、「サマンサタバサ」から「スノーピーク」まで時流とすれ違えば失速が避けられないが(米国では「ザ・ノースフェイス」さえ失速)、生産コストに裏付けられた品質というハード価値は大半の顧客に理解され継続性もある。

アダストリアの「ファウンドグッド」はイトーヨーカ堂の子育て世代向けカジュアル平場の商品供給を丸ごと引き受けるという快挙で業界を出し抜いたが、前段で解説したようにアパレル企画問屋や専門商社と比べればコスパに大差があり、順調に離陸できるか懐疑的な見方もある。アパレル企画問屋や専門商社は出し抜かれたとは言え圧倒的なコスパ優位にあるから、今風のウエアリングと使い勝手の良い機能性を百坪二百坪といったスケール感のあるストアマーチャンダイジングに落としてシーズンを回せるなら、オセロ返しで量販店衣料品を制することも可能だと思うが、量販店側の課題を解決しないと絵に描いた餅で終わりかねない。

アパレル企画問屋や専門商社は単品の開発には精通していても、大型平場のMD編成を組んで「縦売り」の継続補給企画と「横売り」の売り切りリレー企画を適切に組み合わせてシーズンを回していくスキルは欠いているから、小売マーチャンダイジングに精通した外部の協力が必要だと思う。

量販店側の課題は、供給された商品を売り切っていく編集陳列スキルと店間移動集約スキル、値引きが避けられないなら最小化するタイムリーなキックオフやSKU別値引きなどの売価変更スキルの確立だ。それ無くしてはロスが肥大して仕入れ原価率を切り下げないと利益が残らないから、これまでの踏襲に終わって割高な商品になり、顧客が離反してプロジェクトは行き詰まる。

90年代初期までのイトーヨーカ堂衣料品はどちらも卓越したスキルを持っていたが、鈴木敏文体制下のPOS依存データマイニング経営で現場の運用スキルが失われ、品揃えが縮小均衡のスパイラルに陥って減収減益の坂を転げ落ちていった。イトーヨーカ堂衣料品を復活させるには当時の原点に回帰することが必定で、アパレル企画問屋や専門商社を自在に活用して自主再建が可能なはずだが、不採算の非主力部門としてリストラを繰り返した果てに人材もスキルも失われ自主再建の意志さえ捨てた今となっては難しいのかも知れない。

他の量販店はイトーヨーカ堂衣料品の凋落を背面教師として、イオンスタイルのように過度な大商圏買い回り志向に流れて地域圏顧客から乖離することなく、小売マーチャンダイジングと在庫消化運用のスキルを磨き、アパレル企画問屋や専門商社を活用した大型平場とブランドコンセの現実的な組み合わせで地域商圏に密着することを心がければ、衣料消費のダウンサイジングが進む中、復活のチャンスは大いにあるのではないか。

 

 

 

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