小島健輔の最新論文

マネー現代
『アバターからトイ・ドールまで
「着せ替え人形」が大流行する時代の「正しい見方」』
(2022年01月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 世を挙げてメタバースに期待を注ぎアバターでバーチャルな交遊を夢見、TikTokやYouTubeでは国籍不明のコスプレや衣装を凝ったMMDが入り乱れ、若者から大人まで着せ替え人形に夢中になるというご時世は、現実の世界がよほど息苦しくなっているのか、現実のファッションが行き詰まっているからなのだろう。そんな「着せ替え人形」ブームに注目するのがファッション流通ストラテジストの小島健輔氏だ。

 

■アバターファッションに熱い期待

 Facebook社が「∞Meta」に社名を変えてまで未来を託すメタバース(Metavers)とはインターネット上の三次元仮想空間だが、そこでの商機を狙っているのはIT事業者だけではない。オンラインゲーム事業者やエンタメ事業者に続き、遅ればせながらファッション事業者もアバターに着せる3Dデジタル衣装に期待を寄せ始めている。

 3Dデジタル衣装は日本発ボーカロイドキャラクターによるMMD(MikuMikuDance)が先行し、近年はCGゲーム事業者のRPG(ロールプレイングゲーム)キャラクターに広がる中、アニメ産業と同じく桁違いの市場規模と資本力で中国企業が台頭している。

 04年にヤマハが開発した「ボーカロイド」(音声合成ソフトで「ボーカロイド」も「ボカロ」もヤマハの登録商標)を起点に、07年にクリプトン・フューチャー・メディアがボーカロイド音源デジタルキャラクターの「初音ミク」を発売して以降、多くソフトウエア事業者が様々なボーカロイド音源キャラクターを発売。08年に樋口優氏が3Dキャラクターを自在に踊らせるCGアニメーションソフト「MMD」を開発してフリー配布したのを契機に、ボーカロイドキャラクターとそのユーザー改変モデルが広がり、ボカロP(ボーカロイド音楽アーチスト)が次々と生み出すヒット曲とユーチューブダンサーが創造する振付に乗ってMMDは世界に広がっていった。

 世界に広がるにつれ中国や韓国などアジアからのMMD投稿も急増する一方、日中ゲーム事業者のRPGキャラクターも加わってグローバルなエンターテイメントに発展。スクウェア・エニックス「ニーアオートマタ」のヨルハ二号B型、SEGA&Colorful Paletteコラボ「プロジェクトセカイ」の白石杏/小豆沢こはね、DMM.com&角川ゲームス「艦これ」の艦娘など日本のRPGキャラクター、中国CGゲーム企業Manjuu&Yongshi共同開発の「アズールレーン」、同じくmiHoYaの「Genshin Impact」など中国のRPGキャラクターが日本風や中国風、欧米風の多彩な衣装で踊るMMDが次々と投稿されて飽きさせない。

 開発費の桁が違うRPGではキャラクターの衣装もデザインチームを使って競われ、MMDやコスプレなど二次創作も広がり、メタバースのアバター衣装につながる有力ソースになると思われるが、ようやくデジタル企画が始まったばかりのアパレル業界は二歩も三歩も遅れている。ボーダレスな仮想空間のデジタル衣装が先行してトレンドが形成され、生活感に囚われた現実空間のリアル衣装は置いていかれた感がある。

 

■着せ替え人形が先行

  メタバースのアバター衣装がビジネスになるのは何年か先になるとしても、リアル空間のアバター衣装である「着せ替え人形」衣装はビジネスになって久しい。

 メジャー販売「着せ替え人形」の元祖は米国マテル社が1959年に発売した「バービー」(身長30cm)とされるが、初期は日本で生産されていた。その日本ではバタくさい顔つきやグラマラスなボディラインが不人気で販売不振が続き、タカラが67年に発売した親しみ易い「リカちゃん」(身長21cm)に押されて撤退している。その「リカちゃん」も90年代の一時期は「セーラームーン」に売上で抜かれたこともあったが短期で抜き返して半世紀に渡ってNo.1の座を保ち、タカラ(現タカラトミー)のコーポレートキャラクターとしてタレント活動も盛んだ。

 メジャーな「リカちゃん」の対極にあるのがひとつひとつ個性が違う「ブライス」(現実には大人向けなので「ちゃん」を付けない)だろう。1972年に米国のケナー・プロダクツから発売されたが子供に人気がなく、数年で生産が打ち切られた(今は「ヴィンテージ・ブライス」としてプレミアム価格で取引される)。三頭身だが頭がグレープフルーツほど大きく、頭の後ろから出ている紐を引っ張れば瞳の色を4色に変えられる。

そのまま忘れ去られていたが、2000年にジーナ・ガランによる写真集が出たのを契機にパルコがキャンペーンに使用して日本で火が付き、2001年にタカラからレプリカ(「ネオブライス」身長28.5cm)が発売され、グッドスマイルカンパニーに受け継がれて今日まで260種以上が次々とリリースされている。2002年にはタカラトミーから「プチブライス」(身長約11cm、瞳の色は一色だが寝かせると瞼が閉じる)、2010年には「ミディブライス」(身長約20cm、瞳の色は一色だが瞳の向きを変えられる)が発売され、これらも多くの種類がリリースされている。

ブライスに特徴的なのは、人形自体が個性的で多くの種類があるゆえか、メーカーや専門業者が販売する衣装以外に個人のクリエーターが手作りしてフリマアプリで販売する衣装が広がったことだ。それは以降の着せ替え人形にも広がり、メルカリやラクマの一ジャンルとなっている。

 

■新機軸キャラクターの登場でブーム再燃

 「リカちゃん」は半世紀、「ブライス」も20年以上、人気を保って来たが、近年はコミック感覚の新手「着せ替え人形」が次々と手頃な価格で登場し、アクセサリー感覚でメジャーな広がりを見せている。

 先鞭をつけたのは2017年に全米No.1玩具となって世界で5億体以上を売り上げた「L.O.L.サプライズ」で、日本では18年7月にタカラトミーから発売された。フォトジェニックなミニドール(身長9cm)とカラフルポップなコーディネイトなど7アイテムがカプセルに封入されるが、28種あるコーディネイトのどれが入っているか開けるまで判らず、開けていくにつれ次々とアイテムが出てくるマジカルな包装で、ガチャ感覚が楽しめる「サプライズ・トイ」だ。複数購入したり顧客間で交換・売買すれば着せ替えも楽しめ、独自にコーディネイトしてジオラマ的な背景も仕立てSNSに投稿する人も多い。

 ファッション業界でも16年10月、神戸のバッグメーカー、スタジオアオタが11月の東証マザーズ上場に先駆けて発売したのがアクセサリー感覚の着せ替え人形「ハッピードール イーマリーちゃん」(身長17cm)だ。髪色と靴が違う五つ子とシークレット2種の7体のどれが入っているか包装袋を開けるまでわからない「サプライズ・トイ」であること、フォトジェニック(SNSに投稿したくなる)であることは「L.O.L.サプライズ」と共通している。ジオラマ仕立てのSNS投稿も共通しているが、指操作でぎこちなく踊らせて(それがカワイイ)TikTokに投稿する人も見られる。

 違うのは複数購入での着せ替えではなく別売アイテムの購入による着せ替えであることで、安価なワンピースやスウェットパーカ、バッグやスニーカー(カプセル入りで色柄は選べないがバラエティ豊富)で着せ替えが楽しめる。特に本業のバッグは1.5cm×3.0cmと小粒で安価(税込500円)ながら、お人形用にしては目を見張るほど凝っている。ライセンシングや卸ではなくメーカー直販のD2Cビジネスで、TVCMやSNS広告によるメジャーマーケティングは共通しているが、YouTubeやブログの手作り感覚の投稿作戦はD2Cらしい親しみを感じさせる。

 

■「着せ替え人形」が流行るご時世は

 「L.O.L.サプライズ」も「ハッピードール イーマリーちゃん」もZ世代好みのファッション感覚でフォトジェニックなインパクトがあるが、人間用のファッションは未だ量産女子向けやルーズ女子向けが溢れて味気ない。現実のライフスタイルに衣装も引きずられるのが人間だが、アバターにせよトイ・ドールにせよ「着せ替え人形」ならそんなシガラミに囚われることなく好き勝手な夢を追える。「着せ替え人形」が流行るのは、それだけ現実の日常が閉塞しているからなのだろう。いずれコロナが収束しても、この国の閉塞感は晴れそうもない。

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