小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年11月号
『専門店復活の構図 プロジェクトX成功の条件』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 前世紀末ではSPA躍進の影で専門店チェーンの多くは低迷を余儀なくされたが、世紀が替わって人の手の温もりを感じさせる手工業的商品が志向され、個店や顧客にきめ細かく対応する店が見直されるに至って、再びチャンスが廻って来た。既にセレクトショップは過熱的なブームとなっているが、従来の専門店チェーンの中からも新業態開発やリコンセプトでV字回復するケースが目立って来た。
 その中には開発・調達体制やオペレーション体制の抜本革新によるものも見られるが、従来の体制に新たなコンセプトやMD展開を乗せたというケースも少なくない。苦戦を続けて来た専門店チェーンにとっては、どちらでも良いから突破口が欲しいというのが本音だろうが、アパレルメーカー系、リテイラー系が競い合って次々と新たな事業モデルが登場している今日の競争環境では従来体制のままでは成功確立が低い。離陸は果たしたにしても、やがては厳しい競争に晒されて頭を打ってしまう事になる。
 このような実情を踏まえ、V字回復への“プロジェクトX”成功の条件を離陸と成長継続の両面から考えてみた。

1)空白市場の開発
 リテイラーによる業態開発では、商社やOEM業者等のAMS機能を活用しても商品差別化が徹底せず、同質化による価格競争に巻き込まれ易い。リテイラー間の競争もともかく、アパレルメーカー系SPAとのバリユー競争には極めて弱体だ。これを避けるにはライバルが少ない空白市場を開発し、強力な競争者が出てくる前にシェアを確立してしまうのが一番だ。
 ターゲットやテイスト、価格帯やカテゴリー展開、立地等のマトリックスで空白ポジションを狙うのが常道だが、あまり小間割りするとマーケットが小さくなるし、かえってフォーカスも暈けてしまう。むしろ強烈なコンセプトや面感でマトリックスを超えるインパクトを狙い、ニッチに成り過ぎない間口を確保した方が成功率が高い。

2)提供方法のインパクト
 強烈なコンセプトで間口を確保したにしても、前述したように商品だけでは差別化しきれないから、MDの組み方とその見せ方を核とした提供方法(VMD)のインパクトがなければ顧客を引き付けるのは難しい。MDの組み方に技があって陳列に合理性と韻律があり、購買プロセスに革新性があるのはもちろん、店舗環境のビジュアルなインパクトも不可欠だ。
 商品や売場を皮膜に包んでインダストリアルデザイン的なパッケージ感覚を訴求するのが最近のトレンドのようだが、ナチュラルな生活感で包んで和ませるという定石も根強い。どのようなVMD手法や店舗デザインが旬なのか、研ぎすまされたアンテナで掴むセンスが必要だが、顧客のメンタルな嗜好を外しては意味を為さない。
 ここまで確立されたとしても、離陸の条件であって成長継続の条件とはならない。ライバルが参入しても成長を継続するには、商品の独自性とバリュー競争力が不可欠なのだ。

3)商品の独自性とバリュー競争力
 コンセプトや提供方法に如何にインパクトがあっても、商品の独自性とバリュー競争力が無ければ空白市場でしか生きられない。その業態が初期の成功を得て離陸しているなら、遅かれ早かれ必ずライバルは参入してくる。そんな時、シェア確保のキーとなるのが商品の独自性とバリュー競争力なのだ。
 商品の独自性を高めるには、開発段階での素材とデザインの創造性、生産段階での仕様と仕上がり感(面)の詰めが不可欠だが、メーカー別注やOEM調達では同質化の枠を超え難い。会社の中にせよ外にせよ専任の開発チームを抱えると、相当の固定費負担になるか原価への上乗せが重くなる。それを吸収してバリュー競争力を確立するには、仕入れサプライ体制とは格段の店舗網が必要になってくる。
 この川を渡れば成長継続のパスポートを手にする事が出来るが、多店舗へ適正に商品を送り込んで消化していくには情報体系やオペレーション革新への投資が嵩む。その体力や意志が無いなら、その手前で成長はストップし、やがてはバリュー競争力に優るライバルに切り崩されていく事になる。
 ちょっと前までのセレクト系SPA業界のように、ライバル事業者が悉く高コストな商品開発・調達体制のジュニアチェーンに留まっている場合は例外的な均衡が継続されるが、それもセレクト的なリミックスMDをより低価格で訴求するメーカー系SPAの台頭で一角が崩れはじめている。 

4)商品開発体制の競争力
 独自性とバリューを競う開発・調達体制の深耕は限りなく、コスト負担を伴う正攻法に加えてデザイナーや専門メーカーとのコラボレーション等、目的とコスト/ロットによって様々な手法がある。が、スポット的なコラボレーションを連打して人気を呼ぶ事は出来ても、長期的/本質的な競争力はオリジナル商品のバリュー向上によってしか入手出来ない。
 オリジナル商品の継続的なバリュー向上にはアパレルメーカー的な企画・開発チームの存在が不可欠で、OEMにせよ直接に生産を管理するにせよ、商品のインダストリアル仕様と面仕上げまでこのチームが関わるのが理想だ。バリューを向上すべく企画・開発チームの陣容を拡充するにも生産コストを削るにもロットの拡大は避けて通れないから、必然的に多店舗化が進む事になる。
 問題はそのマーケットの規模と変化速度であり、多店舗化がその限界に達すれば消化率が急落して拡大は頓挫する。クィック・レスポンス型のSCMや各店配分/店間移動の消化管理システム革新でそのハードルを押し上げる事は可能だが、多くの場合、イメージの希薄化は避けられず、それまでとは別のメジャーな存在に化けてしまう。それを良しとするか否とするかは個々の企業のアイデンティティによるが、マーケットと展開規模の自然なバランス点で止めるか、それを超えたテクニカルな拡大を狙うのかは、ファッションビジネスとして決定的な分かれ目となる。 

5)旬の世代が切り開く新体制
 従来の専門店チェーン、中でも低迷期間が長かった企業ではリストラで旧体制を支えた世代が去り、若手の人材にチャンスが回って来た事も最近のV字回復の一因となっている。若手ばかりで機動的に仕掛けて来るストリートビジネスのようにはいかないにしても、それまでとは次元を画する新鮮な発想や身軽な動きが可能となったのだ。
 “プロジェクトX”のリーダー達は皆、30代の旬の人材であり、先行するセレクトショップやメーカー系SPAから素直に学び、商社等の外部の力も借りて短期間に今日的な事業モデルを組み立てている。業務の精度はともかくとして、旧世代の人材では何も始まらなかった事は確かであろう。
 旬を過ぎた人材には酷かも知れないが、セレクト系やアパレル系が旬の世代に絞って低コストで機動的かつマーケットに敏感な組織を確立している以上、専門店とてそれに互して闘える組織は旬の世代で構成するしかない。“プロジェクトX”は旬の世代が切り開く新体制によってこそ成功のチャンスが得られるのだ。 

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