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商業界オンライン 小島健輔が警鐘
『このままではECの未来がつぶされる』(2020年02月12日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 Zホールディングス(ヤフー)によるZOZOの買収、そのヤフーとLINEの経営統合に続き、楽天が出店者負担による送料の一律無料化(税込み3980円以上)を打ち出して公取委に独占的地位の乱用を問われ、スマホ決済の草分けだったオリガミがメルペイ(メルカリのスマホ決済子会社)にゼロ円で身売りするに及んで、プラットフォーマーとフィンテックの壮絶な資本戦がネット販売に依存する小売業者ばかりか店舗小売業者まで振り回す状況に至っている。このままでは資本の論理で業界の再編が進み、その資本コストが小売業者そして顧客に転嫁されるのは避けられない。狂気の資本戦にベンチャーもネット小売業者も押しつぶされていくのだろうか。

資本戦に押しつぶされたオリガミとメルペイ

 16年からスマホ決済を始めた草分けのフィンテックベンチャー、Origami(オリガミ)がメルペイに身売りすることになったが、その対価はゼロ円とも1円(全株で256万円)とも報じられている。全社員185人のうち整理される者が7割とも9割とも伝えられるから、事実上の経営破たんだったことが推察される。同社はこれまで88億円を調達してローカル中心にスマホ決済を広げてきたが、18年12月期の売上高2億2200万円に対して営業損失は25億4400万円と前期の13億600万円から倍増し、資金繰りに行き詰まった。

 それは買収する側のメルペイとて大差なく、百億円単位のキャンペーン戦に巻き込まれ、膨大な赤字を垂れ流している。親会社のメルカリはセグメント情報を開示していないので米国メルカリ事業とメルペイ事業の詳細はつかめないが、20年6月期第2四半期累計(7〜12月)では国内メルカリ事業が売上げを265億円と20%、営業利益を67億円と50%も伸ばしても、139億600万円の営業赤字を計上している。単純計算で両新規事業の合計損失は206億円に上るが、19年6月期にも121億4900万円の営業損失、137億6400万円の純損失を計上しているから、19年2月に提供を開始してからの累計損失はメルペイだけで200億円を軽く超えるはずだ。

LINEPayもPayPayも膨大な累損

 先行投資で親会社の屋台骨を揺るがしたのはLINEPayとて同様で、18年12月期の売上高44億円に対して営業費用が97億円にかさんで53億円の営業損失を計上し、累計損失は100億円に迫った。親会社のLINEも18年12月期は売上高2271億円に対して161億円の営業利益を計上していたのに、19年12月期は売上高こそ2274億円と9.8%伸びたが389億円の営業損失、468億円の最終損失に転落。LINEPayを中核とした戦略事業は赤字が665億円に肥大した。

 流石にこのままでは危ないと見て第3四半期からキャンペーン費用など投資を抑制したがてきめんに利用者数が4割減少し、事実上、スマホ決済の覇権争いから脱落。ヤフーとの経営統合へ追い込まれることになった。経営統合におけるZホールディングスとLINEの株式交換比率が1対11.75であることがその事情を推察させる。

 百億円単位のキャンペーンを繰り出して勝ち残ったはずのPayPay(Zホールディングス)とて無傷ではない。19年3月期は売上高5.9億円に対して販管費371億円を要し、367億円の営業損失を計上。20年3月期第3四半期累計(4〜12月)でも、5月にソフトバンクが増資して出資比率を50%から25%に下げたのにPayPay関連で156億円の特別損失を計上している。出資比率の変更タイミングと損失計上の関係がつかみ切れないが、この段階までで累損はZホールディングスだけで523億円、ソフトバンクと合わせて1300億円を超えたのではないか。

4000億円の回収が小売業者にのしかかる

 スマホ決済は大小20以上の企業が手掛け、その累積投資は4000億円を超えるとみられる。日経BP社による19年10月のキャッシュレス利用率調査でクレジットカードの84.8%に次ぐ2位にランクされ、37.2%と楽天ペイの19.0%、LINEPayの18.1%を引き離し、2月2日段階で登録者数が2400万人を突破したPayPayにしても巨額投資の回収はこれからの課題で、引き離された他社など投資を回収する算段は全く見えない。

 巨額の還元キャンペーンで無理やり広げた登録者数も、各社のキャンペーンや政府のキャッシュレス還元が終了すれば使わなくなる人が多いという調査結果も見られるから安泰ではない。消費増税対策とキャッシュレス普及を狙った政府のキャッシュレス還元が6月末に終われば何が起こるか、想像に難くない。

 キャッシュレス決済もQRコードによるスマホ決済だけではなく、従来のクレジットカードやプリペイドICカード、スマホ決済もFeliCa系のタッチ方式がある。レジでのスムーズさや操作工程数という点でも信頼性という点でも高単価品ではクレジットカード、低単価品ではFeliCa系のICカードやそのスマホ決済たるタッチ方式の方が圧倒的に使い勝手がよい。

 百億円単位の消耗戦が激化するQRコード系スマホ決済陣営に対して利便性で凌駕するFeliCa系スマホ決済(タッチ方式)陣営は静観を決め込んできたが、多額のキャンペーン効果もあってQRコード系スマホ決済が急伸。20年1月の利用率はQRコード決済が29.3%とタッチ決済の25.2%を抜くに及んで(MMD Labo調査)、FeliCa系スマホ決済陣営も反撃に転じる。ソニー子会社(FeliCaはソニーが開発して商標登録した非接触型ICカード技術)のフェリカネットワークスが「Suica」「楽天Edy」「WAON」「nanaco」が参加するスマホ決済の共通ポイント「おサイフマイル」(利用100円ごとに1マイル)の実証実験を4月から始める。交通系と流通系のメジャーがそろい、スマホ(おサイフケータイ)でもICカードでも使えるから、本格展開に移れば形勢は逆転するのではないか。

「決済」と「精算」をごっちゃに認識している人が多いが、両者は全く別のプロセスだ。スマホ決済はID認証して「決済」するだけで、購入品目と数量を確認して「精算」する機能はなく、画像解析AI系やICタグ系の無人「精算」システムが普及すれば消えていく確率が高い。

 4000億円の投資は回収を見込めないのが現実だが、それでも巨額を投資したプラットフォーマーやフィンテック企業はあの手この手で課金して回収を図るに違いない。既にそんな動きがネット経済圏からリアル経済圏まで広がっている。

スマホ決済で手数料率は上がる

 決済手数料率も期待外れで、スマホ決済になっても手数料率は下がらなかった。国家戦略としての中国の0.55%とスマホ決済をごっちゃにして期待した風潮もあったが、経済産業省の指導にもかかわらずキャッシュレス決済の手数料率はほとんど下がらず、政府のキャッシュレス還元期間が終われば行政指導で下げていた料率を元に戻すという決済業者が多い。それより問題なのはスマホ決済の乱立で多様な端末の導入やシステム改修、メインテナンスを強いられた商業施設デベのコスト転嫁だ。

 今日では路面の独立店より商業施設のテナント店の方が主流だが、テナント店はユニクロなどよほどの強大企業でない限りアクワイアラと直接契約するのは困難で、商業施設デベがアクワイアラと包括代理契約してテナント店は決済を委ねることになる。テナントは商業施設デベが定める手数料率に従うしかないが(出店契約書に明記しているケースが多い)、その料率は直接契約より1〜1.5ポイントほど高い(クレカの格差が大きい)のが実情だ。

 従来は商業施設デベへの入り値は2%前後で、端末のリース料やメンテコストを乗せて4.0%〜4.5%ぐらいでテナントに提供できていたが、スマホ決済の乱立で端末のリース料やメンテコストが上がってしまい、大手駅ビルなど5%を超えるケースが出てきている。複雑なキャッシュレス還元への対応もありスマホ決済だけが要因ではないが、スマホ決済乱立が少なからずコストアップを招いたことは否めない。

 プラットフォーマー各社の巨額投資と膨大な損失はスマホ決済に限らず、他にもシェアオフィスやライドシェアへの出資や携帯電話事業などで1000億円単位の投資と損失を計上している。それに比べればZOZOのPB投資など桁違いにかわいいものだったが、本業を圧迫して出店者に負担をかける結果は大差ない。

 回収が怪しい巨額投資にのめり込んだプラットフォーマーとしては、取扱流通のどこかに課金しないと回収のめどが立たない。プラットフォーマー間の物流利便競争やシステム投資もかさむ中、本来、プラットフォーマーが負担すべき領域まで出店者に負担を強いるケースが広がっている。

過ちの玉突きで業界が沈む

 スマホ決済騒動以前にも、似たような過ちの玉突きがプラットフォーマーから出店者まで波及して不幸の輪が広がった悲劇を忘れてはなるまい。その余波は今もネット販売を脅かしている。

 急成長してきたネット販売に冷水を浴びせたのは17年10月にヤマト運輸が口火を切った宅配料金の大幅値上げで、それに佐川急便や日本郵政も同調して大口利用者ほど大幅な値上げとなった。収益を圧迫されたECプラットフォーマーは出店者にコストを転嫁し出店者は顧客にコストを転嫁し、それまで主流となりつつあった「送料無料」のサイトは18年3月までに皆無となった。

 それでも物流コストを吸収し切れないECプラットフォーマーはローカルの宅配業者や自営運送業者を組織して速くて安い自前の物流体制を築く一方、高収益な新規事業を求めてPBやフィンテックに走った。その失敗が経営を揺るがしてZホールディングスに買収され、PayPay経済圏に組み込まれることになったのがZOZOの悲劇だ。

 ZOZOの取扱高は19年3月期までの20%前後の伸びから20年3月期に入って急減速し、第3四半期(10〜12月)は0.3%増とほとんど成長力を失い、営業利益は六掛けを割り込んだ。19年12月期も売上高を14.1%伸ばしたアマゾンジャパンはともかく、水面前後で停滞していた宅配便取扱個数が19年10月以降、一段と落ち込んだのを見る限り他ECサイトも急減速しているはずで、コスト転嫁の玉突きに消費増税が輪をかけた。

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 業界のリーディング企業が自分本位のコスト転嫁に走り、それが玉突きに広がって結局は顧客に転嫁され、成長業界が斜陽に転ずるという暗転劇はEC業界に限ったことではない。92年以降、バブル崩壊による売上急減を納入掛け率の切り下げ(百貨店の利幅拡大は6年間で12ポイント)で埋めようとした百貨店業界の狂気が取引アパレルの原価切り下げを招き、素人目にもあからさまに分かるほどお値打ちが劣化して顧客が駅ビルやSCに逃げ出してしまい、近年の閉店ラッシュと百貨店アパレル業界の崩壊を招くに至った前例を忘れてはなるまい。

 宅配料金の大幅な値上げに続き、プラットフォーマー各社の新規事業への膨大な投資と損失のしわ寄せが出店者と顧客に及ぶなら、ECの未来は半分閉ざされたようなものだ。

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