小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小島健輔が指摘「プライム会費値上げで露呈した宅配依存というアマゾンの弱点」』 (2019年04月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アマゾンジャパンがプライム会員料金の値上げに踏み切ったことが話題を集めているが、昨春には出品企業に対する手数料の値上げと協力金要請にも踏み切っており、4割といわれるヤマトの宅配料金値上げや人件費の高騰によるコストプッシュを吸収しきれなくなったと見られる。それはアマゾンだけでなくEC事業者に共通する課題で、宅配料金値上げを契機に大半の事業者が送料の顧客転嫁に転じている。その一方で先進的な大手小売チェーンは宅配物流に依存しないC&CでEC専業者に対するアドバンテージを確立しつつあり、守勢を脱して反攻に転じている。

宅配外注費がEC事業者を圧迫

 アマゾンジャパンは5月17日以降の切り替え分からプライム会員の年会費を従来の3900円(税込、以下同)から26%アップの4900円に、月会費を400円から25%アップの500円に改定すると発表したが、米国でもプライム会員年会費は2014年3月に79ドルから99ドル、18年5月に99ドルから119ドルへ値上げされており、今回値上げしても米国の4掛け以下と割安であることには変わりない。それでも利用者の困惑や反発が話題になっているが、アマゾンにしては無理もないことだ。 

 アマゾン米国本社決算の直販事業売上げとサードパーテイ収入から推計される商品販売額(直販とアマゾンが宅配外注費を負担するFBAの合計)に対する「シッピングコスト」負担率は、宅配料金が日本の倍以上という米国売上が68%(AWS事業を除く)を占めることもあって14年(12月期、以下同)の9.5%が15年は10.6%、16年は11.8%、17年は12.2%、そして18年は13.3%と年々、高騰して採算を圧迫している。アマゾンジャパンの平均的なFBA出品手数料率から推計すれば「シッピングコスト」だけで手数料収入の半分以上が吹っ飛んでいる計算になるから、後述する他の理由もあって宅配業者に依存しない自前の宅配体制の拡充を急ぐのも当然だ。

 アマゾンの海外事業は18年も658.7億ドルの売上げに対して21億4200万ドルの赤字で採算改善が急がれる中、宅配料金の大幅値上げに圧迫された日本事業(AWSを除く海外売上げの21%を占める)の収益は大きく悪化したはずで、出品企業に対する手数料の値上げや協力金だけでは埋めきれず、プライム会員料金を値上げせざるを得なくなったと思われる。

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 宅配料金の大幅値上げに圧迫されたのは他のEC事業者とて同様で、ZOZOの取扱高対比「荷造運賃」比率は17年3月期の4.2%から18年3月期は5.2%と24%、18年第3四半期の5.0%から19年同期は6.5%と30%も上昇している。宅配運賃値上げを受けて主要ECモール事業者は送料の顧客負担に転じており、16年(3月、以下同)調査で4モールあった「完全無料」が18年調査では皆無になり、「買い上げ金額に関わらず定額徴収」が1モールから9モールに増えている。

※AWS(アマゾン・ウェブサービス):クラウドコンピューティングサービスで推計34%と世界一のシェアを確立しており、売上げは全社の11%でも営業利益では58.7%を占める。

※FBA(フルフィル・バイ・アマゾン):アマゾンに在庫を預けて宅配出荷まで委託する出品サービスで、FBAを選択しないMP(マーケットプレイス)出品はアマゾンから注文・宅配情報を得て出品者が宅配出荷する。

宅配業者の自己都合がC&Cを広げる

 宅配業者の採算と待遇の改善を図った大幅値上げはEC事業者の採算を圧迫して顧客に転嫁される結果となっており、送料の顧客負担が広がればわが国で主流だった「宅配受け取り」が見直されることになる。

 宅配料金がわが国の倍以上で不在率も高い欧米では早くから店舗や専門受取所(英国のPUDOやハンガリーのPPPなど)での受け取りが定着しており、英国では過半を占める。店舗小売業者のECでは注文品の引き当てや出荷もわが国のように物流倉庫からとは限らず、顧客に近い店舗の在庫を引き当てて店から顧客に宅配出荷したり顧客の指定する店舗で渡したりする方が主流だ。そんなECと店舗の連携と店舗の物流拠点化を英国では「C&C」(クリック&コレクト)といい、米国でも観念的な「オムニチャネル」から現実的利便の高い「C&Cオムニコマース」へ急速に移行している。

 欧米諸国に比べ安くて速くて便利で正確だった故、日常生活に定着した「宅配」だが、大幅値上げや不採算サービスの切り捨てでその前提が崩れれば「宅配」の抱える根本的な問題が露呈し、わが国でも欧米型のC&Cへ移行していくことになる。

 顧客としては送料負担を避けたい、自宅以外の都合の良いところで受け取りたい、早く受け取りたい、面倒な返品手続きを避けたいから試してから決めたい、売り手としても宅配外注費を抑制したい、競合社より速く届けたい、返品率や返品消耗率を抑制し返品手続きを効率化したい、在庫引き当てを効率化したい。そんなニーズに非効率で融通が利かない今の宅配システムは応えようがないのが現実だ。

宅配システムが抱える根本的問題

 便利で日常生活に定着した「宅配」だが、実は根本的問題を抱えている。それは以下の4点だと思われる。

1)勤労核家族崩壊による宅配利便の低下

 かつては勤労核家族の男女分担などで在宅率が高かったわが国も、少子高齢化による社会負担増と核家族の減少(両親と子供という典型的な「家族」はもはや全世帯の26%ほど)で老若男女勤労総動員が進む今日では在宅率の低下が著しく、「宅配」は便利でも効率的でもなくなってきた。「個宅」ではなくスマホとともに移動する「個人」の受け渡し利便が問われる今日では「宅配」が主流であり続けるのは難しい。

2)労働生産性が低い「個配」は高コストに過ぎる

 さまざまな形状・重量の荷物を集配して「個配」する労働生産性は低く、人間が運転するトラックで「宅配」する限り、今回の大幅値上げで済むとは到底思われない。外国人労働者を活用しても(物流倉庫は既にそうだ)、ロボットやドローンを駆使しても効率化には限界がある。欧米の半額とはいえ、EC事業者にも顧客にも負担の限界が迫っている。

3)全国区集配という壮大な無駄

 宅配システムはドライバーが集めた荷物を地域集配所からリージョナル・ターミナルに集荷・仕分けして夜間に大型トレーラーでターミナル間移送し、リージョナル・ターミナルで仕分け、地域集配所で細かく仕分けてドライバーが宅配するもので、リージョナルが異なれば近県でもこの全国区物流を経由することになる。全国どこでも翌日か翌々日に届く便利な仕組みだがエネルギーの無駄であることは否めず、ローカル物流に比べれば時間もコストもかかる。

4)デイサイクルの限界

 宅配便は前述した全国区集配システムで動くデイサイクル物流であり、地域集配所の夕刻の締切を過ぎれば翌日のプロセスに回される。ECで24時間絶え間なく受注しても、宅配便に依存する限りはどこかで締め切ってデイサイクルで出荷するしかない。それを超える速さを実現するにはアマゾンやヨドバシのような独自のローカル宅配体制を築く必要があるが、そんなに大げさに構えるものでもない。店舗出荷のネットスーパーやお酒のカクヤスなど店舗を拠点とするローカル(ネバフッド)宅配は往時の御用聞きと大差ないのではないか。

C&Cで攻守は逆転

 個客向けの宅配物流に依存するEC事業者は宅配外注費の負担が重くデイサイクル物流の限界もあり、ITを活用してもお試し利便の限界は否めず返品コストも抑制できない。その壁を越えようとすればアマゾンのようにローカルな出荷拠点を大量に布陣するしかなく、それがまたコストを肥大させる。対して店舗小売チェーンは店舗を受け取りお試しと物流の拠点として、桁違いに低コストな一括店舗物流でコストを抑え、店舗在庫を引き当てて最速に提供できる。

 ウォルマートなど欧米の大手小売チェーンはデジタル化で在庫と個客の一元管理・運用体制を確立し、店舗を受け取りお試しと物流の拠点とするC&Cで「デス・バイ・アマゾン」の守勢を脱し、攻勢に転じている。デジタル化とC&Cは店舗小売チェーンのEC専業者に対する決定的アドバンテージだと実証されたのではないか。

 それは売上げが頭打ち、消化歩留まりも経営効率も悪化するアパレルチェーンとて同様で、インディテックス(ZARA主力)など先行する欧米の大手チェーンはデジタル化を背景に宅配物流と店舗物流を効率的に組み合わせてC&Cを実現し、顧客利便と在庫効率を高め、物流コストを抑制するとともに、在庫を積んだ旗艦店とミニマム在庫でテザリング補給する衛星店舗、サンプルだけのショールーミングストアを組み合わせてローカルドミナント布陣を再構築する店舗リストラを急いでいる。ローカル単位にEC売上げの拡大とともに店舗のC&C拠点化を進めて顧客利便を高め、店舗布陣を効率化するというオムニコマースのセオリーが見えてきた以上、高コストで受け取りお試しの利便も欠く宅配物流だけに依存するEC専業者は守勢を免れない。攻守は逆転したのだ。

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