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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『ICタグ革命が加速するリテールDX』(2020年01月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_64a193135ecaa7e6c966320fb3740f6e129355東レの「プリンテッドICタグ」

 東レは炭素原料でICチップを直接印刷する「プリンテッドICタグ」を単価2円以下で商品化し、22年にもICタグ事業に参入する。これによりICタグの普及が爆発的に加速するのはもちろん、画像解析AIとICタグが競い合うリテールDX(デジタルトランスフォーメーション)のトレンドも大きく変わるのではないか。

単価2円の衝撃!

 この「プリンテッドICタグ」は高電導性の高強度カーボンナノチューブ(CNT)でICチップ回路を直接印刷するもので、低コストRFIDタグのみならずバイオセンサーにも活用できる画期的なものだ。技術そのものは東レが17年2月に発表済みだったから、読み取り精度と量産技術にめどがついて商品化にこぎ着けたと思われる。

 耐水性や耐熱性、洗濯堅牢性など、どこまでクリアされての「2円」なのかはまだ明らかにされておらず、水気のある生鮮食品や加熱提供する惣菜、繰り返し洗濯するレンタルユニフォームなどまで使用が可能なのか分からないが、衣料品や生活雑貨、グロサリー食品など大半のアイテムをカバーできると期待される。

 低価格RFIDタグは大日本印刷も手掛け、今年中に5円以下、25年に1円を標榜しているが、こちらはICチップの小型化によるもので「プリンテッドICタグ」ではない。ICチップの小型化では村田製作所も先行しているが、東レの「プリンテッドICタグ」によるICタグ事業参入は各社のシェアも一変させるのではないか。

 ICタグは単価がネックとなり、ブランド衣料など高単価アイテムでは普及が進んでも生活雑貨や食品など低単価アイテムへの普及が進まないでいたが、22年以降はスーパーマーケットやコンビニなどにも広がるに違いない。人手不足と人件費が小売業の経営をジリジリと圧迫する中、在庫管理(賞味期限管理も!)と精算を画期的に効率化できるICタグが低コストで普及すれば店舗のデジタル化/省人化が一気に進む。

※ここで言うICタグ/RFIDタグは低コストなパッシブROM型を指す。

無人精算もPOSレジ並みに普及する

「Amazon Go」が火を点けた無人精算も“実験”段階を過ぎ、POSレジ並みの普及が目前に迫っている。NTTデータは19年9月から提供しているQRコード認証のレジ無し精算システム「Catch&Go」に「顔認証入店」と「店頭在庫連携ダイナミックプライシング」を導入し、22年度末までに1000店舗への導入を目指す。

img_6495a4c1923f95bdf528098f464e88b969830NTTデータのデジタルストア構想図

「Catch&Go」は「Amazon Go」と同様な画像解析AIと重量センサーによるレジ無し精算システムで、中国のCloudPick社と提携して導入したもの。「Amazon Go」と同様、ICタグは使っておらず、在庫管理も精算も画像解析AIベースで、サプライチェーン総体のDXは視野に入っていない。

 なんちゃらPay騒動でケチがついたとはいえ、QRコードや生体認証による無人決済、画像解析AIや重量センサーによる無人精算(ICタグ方式もある)は、もはや先進技術からコストと扱いやすさが問われる普及技術の段階に入っており、どこのシステムがデフェクトスタンダードになるかゴールが迫っている。米国でも「Amazon Go」を追って幾つものシステムがリリースされているが、決済プラットフォーム(CAFIS)を握るNTTが顔認証やダイナミックプライシングまで踏み込んだ実用的なパッケージの普及を急ぐ意味は大きい。

 これまで国内ではローソンやトライアルカンパニーなど個別企業の“実験”が注目されたが、人手不足が小売業最大のアキレス腱となる中、メジャーなプラットフォーマーによるPOSレジ並みの普及が始まろうとしている。

企画・生産のデジタル化も急進する

 リードタイムの長さも災いして過剰供給と需給ギャップが慢性化しているアパレル業界だが、サスティナビリティの旋風もあって抜本的に変わるかもしれない“革命”が急ピッチで広がりつつある。それは企画~仕様開発~生産を一貫するDXで、時間とロスを画期的に圧縮すると期待される。

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 これまで、企画段階ではデザイン→仕様開発→サンプル作成を繰り返し、企画が決定してもパターンメイキング→グレーディング→マーキングを職人技で進め、素資材・付属の手配を経て裁断し、生産工程を組んで縫製機器をセッティングするという前工程に膨大な時間を要してきた。早くても1カ月、手こずると2カ月はかかる。そこからの生産はロットとコストによって分業方式が異なるが(セル生産/ライン生産)、小ロットのセル生産なら1日から数日、大ロットのライン生産でも4週もあれば十分だ。工程間物流を除けば、物流に要する日程は国内なら一両日、中国沿海部なら1週間以内(航空便なら1日)、南アジアでも2週間を見ればよい。

 つまり、生産リードタイムの大半は縫製に入る前で、そこを圧縮できればリードタイムは一気に短縮できる。アパレルの需給リスクはリードタイムに正比例するから、短縮するほど売れ残るリスクも小さくなる。

 企画~仕様開発~生産をデジタル化すれば、サンプルを何度も作ることなく3Dモデリングで企画を決定できるし、決定すればパターンメイキング→グレーディング→マーキング→裁断という手間のかかる職人仕事をCADCAMで半自動化できるから、1週間も要せず縫製に入れる。前工程を4分の1に圧縮したという事例もあり、パターンオーダーでは1日で済ませるという神業も実現している。

分断されたDXで良いのか?

 店舗運営でも企画・生産でもDXは加速度的に進んで実用普及段階に入っているが、重要な課題が指摘される。それは両者のDXが別々に進んで店舗運営とサプライチェーンがつながっておらず、間に入る物流のDXも別途に進んでいるという空恐ろしい現実だ。

「Amazon Go」もNTTデータの「Catch&Go」も画像解析AIベースでICタグを使っていないし、企画・生産プロセスはDX(デジタルグラフィック)化しても、ICタグ(インレイプリント)が付くのはネーム付け工程か検品・物流加工段階だ。工業製品では生産工程で内蔵させるが、衣料品では例外的だ。

 製品ごとにICタグを付けても物流工程の多くはパッキン単位のバーコード管理で、ICタグ管理になるのは消費地倉庫の入荷検品かピッキング段階からが多い。消費地倉庫の出荷検品あるいは店舗の入荷検品以降はICタグ管理になるが、売場に入ったら画像解析AI管理に移るとは考えにくい。

 当然、ICタグで一貫してトレースし、画像解析AIは精算や防犯、フェイシング管理をサポートする(ICタグで精算も防犯もフェイシング管理もできる)、あるいはマーケティングデータを収集・解析する役割にとどまるのではないか。マーケティンクデータにしても、ICタグは個別店舗を超えた商業施設単位/地域単位の収集・解析が可能で、この分野でも両者は覇権を競うことになる。

 DXはデジタルグラフィック、画像解析AI、ICタグ、二次元コードの技術体系が混在しており、店舗POSとEC受注の連携と同様な混乱を引きずるとしたら、サプライチェーン総体の効率化に支障をきたし普及も遅れかねない。その意味でも、ICタグの革命的低価格化は突破口になると期待される。

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