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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『値引きと売れ残りが氾濫する理由』 (2018年10月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレル業界はオーバーストアと過剰供給が続いてバーゲンしてもアウトレットで叩き売っても過半が売れ残る惨状に陥っているが、どうしてそんな不条理から抜け出せないのだろうか。そこには狂気の業界慣習が潜んでいるようだ。

狂気の業界慣習

 値引きと売れ残りの泥沼から抜け出せない理由の多くは業界の狂気に起因している。

(1)値引きと売れ残りを“予約”する予算組み立て

 どこの業界でも年度予算を組み立てるが、年間売上高を月度に落とし、各月末在庫と各月の発生値引きから逆算して投入予算を割り出していく“エクセルワーク”が一般的だ。そこに潜むのが期末残在庫と各月の値引きを“予約”してしまう落とし穴だ。期末残在庫と値引きの実績を組み込んでしまうと、その分を投入に積み増すことになり、売れ残りと値引きを予約してしまうようなものだ。販売不振の中で年々繰り返すと雪だるま式に投入がかさむ泥沼に陥りやすいが、アパレル業界はその落とし穴をもろに演じている。そんな馬鹿な!と思われるかもしれないが、それが現実なのだ。

(2)値引きと売れ残りを上乗せした原価設定

 似たような狂気が調達原価率の設定で、値引きと売れ残りを前提に利益を確保しようとすれば調達原価を切り詰めるしかない。調達原価を切り詰めればお値打ち感が削がれ、さらに売れ行きが落ちる。そこで、さらに調達原価を切り詰める。そんな狂気を長年繰り返した挙句がアパレル業界の惨状なのだ。90年代初期と比べれば百貨店ブランドで13ポイント、駅ビルやSCのアパレルチェーンでも10ポイント近く切り詰められたのだから、年々売れ行きが落ちていくのも必然だった。

(3)原価を切り詰めるべく販売力を超えたロットを調達

 調達原価の切り詰めにデフレや生産地(主に中国)の人件費高騰も加わり、アパレル業界はコストの安い南アジア(ミャンマー、ベトナム、バングラなど)に生産地を移転していったが、コストの安い生産地ほど非熟練工の分業による大ロット生産になるから、販売力を超えた大量調達に陥りやすい。数千枚が適量の企業が数万枚という“桁違い”に踏み切るケースもあり、ロットをまとめるために無理に類似デザインや色数を広げて大量に残すという悲劇があちこちで見られた。

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 どうして誰も止めないのかと不思議に思われるかもしれないが、委託生産の水平分業では垂直分業(卸し流通)のような需給調整は働かないから発注者の思い込みを止める者はいない。

(4)見切りを渋って傷を拡げる

 売れ残れば期中値引きなどで処分を急ぐ必要があるが、手頃なSPAはともかくブランドメーカーはイメージの低下を嫌って期末のセールまで倉庫に在庫を抱く慣習が強く、百貨店業界も正価販売を維持すべく期末セールの後倒しを画策するなど処分が遅れ気味で、ブランドメーカーでは期末に15〜20%も残して持ち越すケースが多かった。それでも近年は百貨店の期末セールを待てずECセールやファミリーセールを先行し、期中にアウトレットに回すなど処分を急ぐようになったが、週サイクルで消化進行を見て機敏に値引きをかけるSPAチェーンに比べれば在庫処分の遅れは否めない。

 不振在庫は処分が遅れるほど傷が深くなる。シーズン初めなら調達原価を多少割り込む程度だが、セール時期が近づくと原価の半額、持ち越せばその半額と処分業者の引き取り相場もつるべ落としに落ちていく。それでも持ち越して捨て値で投げ出すケースが多いのは不思議というしかない。

狂気の背景には優越と楽観がある?

 値引きと売れ残りを上乗せした原価切り詰めにせよ、販売力を超えた大ロット調達にせよ、見切りの引き伸ばしにせよ、合理性を欠く行動の裏にはアパレル業界特有の「感性の優越意識」があるようだ。

『自社の商品には顧客を引きつける魅力がある』『自社の企画やものづくりは突出している』と各社が思い込んで大量の商品を市場に送り込めば供給過剰になるのは目に見えているし、そうしてあふれた商品が格別の評価を得られるはずもないのに、『当社の商品は来シーズンに持ち越しても売れる』と見切りも引き伸ばしてしまう。

 他社より消費者より自社の感性が優越していると思い込むところに全ての狂気の原点があるのだが、それが彼らの存在意義でもあるから難しい。『良いものを創れば必ず売れる』と思い込むビョーキはどの業界でも大なり小なりあることだが、「良いもの」でも供給が需要を上回れば売れ残るのは必然だ。

矛盾をどう解決するか

 結局のところは淘汰と世代交代が解決していくしかなく、アパレル業界の過去を振り返れば、まさしくその通りだった。膨大な無駄と割高な価格と引き換えに、消費者にはそれだけ選択肢があるという見方もあるが、現実には偏りが激しく、売れ残り商品があふれる一方で買うものがない難民もあふれ返っており、選択肢が豊富とも言いかねる。

 この矛盾の解決は「ZOZOスーツ」や「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」などに象徴されるIT仕掛けの受注生産パーソナルD2C、マクアケ型クラウドファンディングなど受注先行の無在庫販売、「ホールガーメント」などIoTな消費地近接の高速生産が期待されるが、豊富な選択肢と需給の整合を両立するのは難しい。需給のギャップであぶれた商品はオフプライス流通、あぶれた消費者は越境ECとタンス在庫やデッドストックのリセールが補完することになるのだろう。

 いずれにせよ、思い込みで一方的に生産された商品を積み上げる店舗販売が消費の主流であり続ける可能性はゼロに近い。そろそろ覚悟を決めた方がよさそうだ。

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