小島健輔の最新論文

ファッション販売2006年4月号掲載
小島健輔の経営塾4
『店を元気にする7つの魔法』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 前回は「見えなくなったら店に立て」と提じたが、店を元気にする具体的な手法を欠いては状況に呑み込まれるだけだ。「元気にする」といっても現場を盛り上げて躁にするだけでは効果は極めて一時的で、継続した売上向上には繋がらない。「元気にする」とは具体的かつ継続的な手法によって継続的な売上向上を実現する事だ。様々な経営指標から見て売上と最も相関する要素を見つけ、継続しうる手を打つのがCOOの仕事というものだろう。

 1)販売員の質量を上げる
 では、売上と最も相関する指標とは何か。上場企業の決算書や多くの改善事例から見て、それは坪当たり人件費だと言い切れる。坪販売効率との相関率はほぼ百%で、販売員の量と質を向上させれば確実に売上は増える。売上不振店に応援を派遣したり増員したり、キャリアのある販売員に入れ替えたりするのは定石の手法だ。
 確実な効果を狙うなら、売上が集中する曜日/時間帯に販売力あるスタッフを厚く張り付け、接客業務に集中させる事だ。売場業務の過半は品出しや陳列整理などの販売外業務で接客時間は精々1〜2割というのが実情だから、販売外業務を極力圧縮して販売ピーク時にかからないよう業務体系を改善すれば、売上は確実に増える。ピーク時間帯では陳列整理や補充は新米やバイトにまかせ、販売能力あるスタッフが接客に集中出来るようにするのも良い。
 売上と逆相関するのがパート&バイト比率だ。正社員/契約社員販売員をサポートする程度の比率なら問題ないが、正社員勤務時間換算で過半を超えると明らかに販売効率が低下してくる。
 パート&バイト比率が7割8割というチェーンも多いが、ほとんどセルフセレクションで色/サイズ捜し程度の接客しか行わず、大半が店内物流/在庫管理業務という仕組みで動いている。これらは衣料スーパーの一種と見るべきだが、それでも接客要員を増やすと売上の向上が見られる。
 正確を期するなら、開店準備から閉店処理まで1週間は店に張り付いて誰がどんな業務をしていたのか1分単位で記録し、入店客数/買上客数/売上/入荷などと各業務の発生関係、人員配置との因果関係を1時間単位に解析するという「人時棚卸し」を行うべきだが、大変な手間がかかる(手法そのものは意外に簡単)。
 何十店、何百店もあるチェーンなら定期的に標準店舗で「人時棚卸し」を行って人員配置と業務プロセス(後方含む)の改善を積み上げて行くべきだが、小さなチェーンや個店では曜日・時間帯別の個人別配置/売上を検証するだけでも適確な手が打てるのではないか。

2)在庫を積む
 売上を伸ばす一番安直な方法は在庫を積む事だ。バラエティを絞り込んで同一商品を積み上げ、あるいは同一商品の在庫は増やさなくてもバラエティを広げ、ともに機会ロスを売上に転換する手法だ。前者はバリュー感を訴求するSPA商品の大商圏展開に向いており、後者は選択巾を訴求する仕入れ商品の小商圏展開に向いているが、ユニクロは小商圏でも大商圏でも前者の手法を使っているし、セレクトショップは大商圏で両方の手法(オリジナルは前者/セレクトは後者)を組み合わせている。
 在庫積み上げの初期は積んだ以上に売上が伸びるが、2周目、3周目と効果は逓減。3周目では積み上げても売上の伸びはわずかなものとなり、在庫回転が急速に悪化して行く。2周やったら在庫圧縮に転じ、元の水準まで下がったらまた在庫を積んで行くという在庫循環が鉄則だが、一度、積み上がった在庫を圧縮するのは極めて難しいのが現実だ。
 在庫積み上げによる売上増を上手くやるポイントは、1)積み上げるアイテムを絞る、2)長期間分の在庫を積まず、売れる要素を新企画に乗せ替えて行く、3)積んでも売上に繋がらないと解ったら即、処理する(分解再編集/店間移動/マークダウンなど)、4)売れる要素/売れない要素を見極めて再編集する手法を確立する、5)限界を超えて総在庫が積み上がったら在庫処理に徹する、などであろう。

3)補給頻度を上げる
 在庫を積み増さなくても補給頻度を上げれば売上は伸びるが、補給する在庫を何処かに積んでいる事には変わらないから、キャッシュフロー上では在庫を積み増しているのと同じだ。それが店頭なのか自社のDCなのか仕入れ先の倉庫なのかの違いでしかない。 補給頻度の向上が在庫積み増しとならないほど短サイクルな調達とは現物仕入れやごく引き付けたOEM調達ぐらいなものだが、現実にそれで軽在庫・高頻度補給体制を確立して売上を伸ばしている会社が存在するのだから、トライする価値は十分にある。
 在庫コントロールは調達〜補給プロセスまで遡っての改善が不可欠で、店頭だけで済む問題ではないし、買い掛け発生から売り掛け回収までのキャッシュフローとして捉える必要がある。理想的な軽在庫・高頻度補給はトヨタやデル、ウォルマートのようなオンライン生産補給体制だが、アパレルではインディテックス社(「ZARA」)ぐらいしか見当たらない。中小ロットのビジネスでは短サイクルの製品買いOEMを上手く活用するのが限界なのかも知れない。

4)再編集運用能力を高める
 どのような在庫状況になっても売れる要素で再編集して最速で消化させる技術体系を確立出来れば、なんと心強い事ではないか。
 売れる要素やルックは刻々と変化していくし、ライバル店舗と商品が類似すれば供給過多となって値崩れもする。売れると思って計画したカセットやルックが流れが変わって失速したり、類似品氾濫で値崩れしたりは日常茶飯事だ。そんな時、手持ち在庫を解体して旬の売れる要素とルックで再編集すれば、また在庫は動き出す。
 単品ではカセット解体再編集とバラ残品の差し込み処理、アウターではキーアイテム組み換えとルック回転陳列などが主な手法。カセット解体再編集は最も普遍的な手法で、かつては有力専門店の多くが活用していた。単品カセットは素材軸で企画・投入されるのがほとんどだが、特定のデザインやカラーが売れる要素となった場合、その要素を含む幾つかのカセットを解体して売れる要素で新たなカセットを作る。
 問題はその要素から溢れた残りの商品で、決してまとめず、幾つかの売れるルックやアウターに差し込んで消化を図る。この手法はカラー/サイズが切れたバラ残品の処理にも活用され、カラー群別やサイズ別にまとめ直したり、売れるアウターやルックに差し込んで消化する。
 キーアイテム組み換えとは、投入段階ではキーアイテムと期待されていたアイテムが外れた場合、アウターならボトムかインナー、ボトムならアウターかインナーの売れるアイテムにキーを切り替え、ルックを組み直して訴求する手法だ。その際、強力なルックに絞れれば良いが後付けゆえにそれが困難な場合、少しづつ異なるルックの着回しストーリーをルック回転陳列に組む。この手法はセレクトショップなどでリミックスのストーリーを表現する場合にも活用されている。
 ルック回転陳列とは、コレクションの楽屋裏でモデルの出て行く順番に着付けする全アイテムをハングしておく“ランウェイ・ラック”が原点。同一シーンのラック内なら総べてのアイテムが着回し可能で、どの一点を手に取っても左右のアイテムがコーディネイト出来てしまう。この“ランウェイ・ラック”は売り切る編集と言うより一種の連続ディスプレイで、売場の一等地で訴求されるべきものだ。
 これらの再編集は売れる要素とルックが解っていれば誰でも出来そうだが、実際に陳列した時の効果はルックの決まり具合、色配列やフォルムの韻律で大差が出てしまうから基礎的な研修が不可欠だ。当社では年2回、定期的に公開セミナーを開催しているし、大手セレクトショップなどで月例の売場実習も行っている。基礎的な知識と技術の修得に加え、その時点でのトレンドや売れるルック、在庫状況に即した応用が要だから、売場実習の積み重ねが必要なのだ。
 加えて言えば、5)再編集運用の頻度を上げる、6)IPの数と変更頻度を上げる、という手が関連した手法として挙げられるが、手間と効果のバランスを見て行うべきだろう。

7)顧客対応力を高める
 高級ブランドショップなどでは顧客カルテを作成してサイズや好み、買上げ歴などから様々なアプローチを行っているようだが、在庫(投入予定も含む)の掌握とルック提案力を欠いては売上には直結しない。百貨店などでは買上歴から自動検索でDMを送付するデータベース管理が盛んだが8割方はピントはずれで、マンツーマンの対応にはかなわない。
 売上向上には機会ロスの売上転換が鉄則で、デジタルな管理よりも試着落ちや接客会話中の不満を吸い上げるのが効果的だ。顧客カルテのメモを定期的に本部に吸い上げるのはもちろんとして、日常の接客時に適確に応える事が大切なのではないか。
 顧客側から見れば自分の体型/サイズと仕上げ寸法を記録して対応してもらえるのが顧客扱いの原点で、これを実行するだけでも売上向上が見込める。その上で、好みを掴んで提案すれば確実にストアロイヤルティが高まるはずだ。
 これらの基本の上に究極の顧客対応として在るのが“プライベート・ラック”だ。高級セレクトショップなどで予約来店顧客のために好みと目的に応じてプライベートな“ランウェイ・ラック”をセッティングしておくサービスだが、店内で接客しながらラックを組んでフィッティングへ御案内というシーンも欧米の高級店ではよく見かける。
 雲の上の話と取るのはセルフサービスに近い販売を行っている店であって、ちゃんと顧客対応している店ならそんなに高級でなくても現実的な手法だと解るはずだ。“ランウェイ・ラック”に慣れたら次は“プライベート・ラック”と技術を研鑽して行けば、最高の販売消化力を発揮する店に化けるのも夢ではあるまい。

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