小島健輔の最新論文

販売革新2014年2月号掲載
特集「セブンイレブン1万6000店の奇跡」
『セブンイレブンは‘ラスト・ワンマイル’の切り札となるか』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 

 セブン&アイHDが仕掛けるオムニチャネル戦略の‘ラスト・ワンマイル’を担う切り札としてセブンイレブン1万6000店が注目されているが、果たして本当にそうだろうか。コンビニ受け取りサービスの現状と今後を検証してみた。

コンビニ受け取りは社会インフラにはほど遠い

 『何時でも何処でも選んで買って受け取れる』オムニチャネル戦略の‘ラスト・ワンマイル’を制すると期待されるコンビニ受け取りだが、その実態はコンビニ各社や大手流通グループの利害、物流体制や情報システムの未整備もあって未だ顧客に不便な点が多く、社会インフラにはほど遠い。それにセブン&アイHDによる戦略アドバンテージ確保を意図した排他的動きが加わるのだから、顧客にとって使い勝手の良い受け取り方法とは言えないのが実情だ。
 最大拠点数を誇るセブンイレブンで受け取れるのはセブン&アイHDグループ企業商品だけで、それもセブンネットショッピングやセブンミール、eデパートなどに限定されており、アカチャンホンポやオッシュマンズなどグループ企業総体のeコマース商品が受け取れる訳ではない。グループ全体のコンビニ受取体制が確立されるのは2018年になるという気の遠くなる話だ。グループ外企業の商品をセブンイレブンで受け取れるのは知る限りヤマト運輸の「宅急便店頭受取りサービス」だけで、クロネコメンバーズに登録すれば手数料無料(ヤマト運輸が負担)で全国のセブンイレブンを含む契約取次店で受け取れる。
 アマゾンや楽天ブックスなど通販大手数社の商品は契約しているコンビニチェーン店頭で受け取り可能だが、セブンイレブンでは受け取れない。契約コンビニで受け取る場合、事前に決済すれば手数料はかからないが、コンビニ受け取り時に支払うと260円〜525円の手数料がかかる。ちなみにアマゾンはローソンとファミリーマート、楽天ブックスはファミリーマートとサークルKサンクスで受け取れるが、コンビニ受け取りは様々な問題があって廃止する通販企業が多く、もはや例外的な受け取り方になりつつある。コンビニに支払う手数料に加え、決済済み商品の未引き取りや受け取り時支払い商品のキャンセルも多く、手続きが煩雑でコストに見合わないからだ。
 事前決済すればコンビニ受け取り手数料を無料にしたり事前決済のみにしたり、未引き取りやキャンセルを繰り返す顧客を排除したりと様々な対策を打つものの根本的な解決とはならず、コンビニ受け取りを使う通販業者は急速に減少し今や数社に限られる。キャンセルのリスクがない受け取りサービスに特化したのがヤマト運輸の「宅急便受取場所選択サービス」で、2012年9月24日から化粧品のオルビスを最初の契約先にサービスが始まったがセブンイレブンは協力せず、契約通販業者の広がりも限られているようだ。
 顧客にとってもコンビニへの商品到着と到着案内や受け取り認証コードのメールが届くまでの時間的ずれが煩わしく、必ずしも便利な受け取り方とは言えないのが実情で、不在がちで自宅での受け取りが困難だったり勤務先近隣での受け取りのほうが便利だったりするケースに限定され広がりを欠いている。
 こんな状況に大手流通グループの戦略思惑が加わるのだから、コンビニ受け取りが便利な社会インフラになるのか疑問符が付く。加えて、流通各社各事業の物流網や宅配ルートが無秩序に交錯したままオムニチャネル消費が拡大すれば交通や物流の壮大な無駄と混乱を加速させてしまう。個別企業のオムニチャネル戦略が社会インフラを疲弊させかねない状況には危惧を禁じ得ない。

受け取りサービスはWi-Fiのような社会インフラになる

  セブン&アイHDがセブンイレブン1万6000店でのコンビニ受け取りを自社グループ商品に限定したりヤマト運輸の「宅急便受取場所選択サービス」を拒絶したりと、オムニチャネル戦略の具としている以上、コンビニ受け取りは社会インフラとして国民の生活に定着しない。ならばセブン&アイHD以外の第三者が公的見地から社会インフラとしての近隣受け取りサービスを確立する必要がある。そんな状況下、ヤマトHDがネット通販の後払いサービスを1月から始めた事が注目される。
 「クロネコヤマトの宅急便」で知られる我が国最大の宅配業者ヤマト運輸を中核とするヤマトHDは『社会インフラとしての宅急便バリューネットワーク』を社是に‘ラスト・ワンマイル’の顧客利便を追求して来たソーシャル企業であり、セブン&アイHDがコンビニ受け取りを自社利益追求の具とする姿勢とは対極の社会理念が評価される。これまでも「宅急便店頭受取りサービス」(セブンイレブンでもグループ外企業の商品を受け取れる)や「宅急便コレクト」などで通販商品の決済・受け取り利便を担って来たが、今度はeコマースなど通販商品を顧客が受け取って確認や試着の後、返品や決済が出来るサービスでオムニチャネル消費の利便を一段と拡充する。このサービスは宅急便にファイナンスを加えたもので、グループのヤマトクレジットファイナンスが与信管理を担当する。
 『何時でも何処でも選んで買って受け取れる』オムニチャネル消費が急拡大する中、コンテンツや提供方法はともかく‘ラスト・ワンマイル’の受け取り利便を戦略優位の具とする事には疑問を呈さざるを得ない。セブン&アイHDがセブンイレブン1万6000店を戦略の具とするなら、より社会的見地に立った大手宅配業者がオムニチャネル時代を見据えた新世代の取次店ネットワークで社会インフラを構築する結果を招き、戦略的アドバンテージは短期で失われてしまうのではないか。
 新世代の取次店ネットワークは街の中小零細商店とは限らない。セブンイレブン以外のコンビニチェーンやミニスーパーからオムニチャネル消費の恩恵に加わりたいガソリンスタンドやクリーニング店はもちろん、ファーストフード店やコーヒーショップ、医療・福祉施設まで様々な近隣拠点がデジタル端末を置いて受け取りのみならず双方向のオムニチャネル拠点になるとすれば、自己本位の企業戦略など社会インフラに飲み込まれてしまう。Wi-Fi無料サービスが様々な店で享受出来るように、受け取りサービスも様々な近隣拠点が提供する社会インフラになっていくのではないか。ゆえにセブンイレブン1万6000店の巨大ネットワークは‘ラスト・ワンマイル’の切り札とはならないし、そうさせてはならない。オムニチャネル社会でも「三方よし」や「たらいの水」の商道徳は不滅であって欲しいものだ。

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