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WWD 小島健輔リポート
『東コレへの提言 クリエイションは創る側と使う側が分かち合うもの』
(2019年10月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 スポンサーがアマゾンから代わって初めての「楽天 ファッション ウィーク東京」(東コレ)が「ヨシキモノ(YOSHIKIMONO)」を皮切りに10月14日から始まったが、世界のコレクションシーンにおける存在感の低下は否めない。トーキョーのアイデンティティーを打ち立て、グローバルなポジションを確立するにはどうすればいいのだろうか。

ポスト「ファッションシステム」のクリエイション

 ファッションマーケットは長らく、ブランドとファッションジャーナリズムが連携して一般消費者との情報格差を仕掛けて高付加価値を実現する、古典的なファッションシステムが支配してきた。それがSNSによる情報民主化の奔流に「ノームコア」を宣言して屈服したのが2014年。以降は過剰なデザイン性は抑制されシンプルな服を「ウエアリング」(着こなし、着回し)で楽しむ傾向が強まっていった。

 ブレグジット(英国のEU離脱問題)やトランプ大統領就任など分断と対立の社会潮流がファッションにも波及してか、17年以降は世界各国でローカルなファッションやブランドが盛り返し、グローバルなモードトレンドが勢いを失ってグローバル展開のアパレルチェーンやブランドが次々と店を閉め撤退している。

 アパレルはもともとローカルなもので、エスニックマーケティングとローカルフィットが欠かせない。08年から8年間のグローバリゼーションの奔流下では、そんな現実を無視したグローバル展開が押し進められたが、マーケットが正気に返ったとき、逆流も激しかった。

 アパレルの世界的な過剰供給で需給のギャップが広がり、企画先行のプロダクトアウト型ブランドも大量生産の売り減らし型SPAも壁にぶつかった。一方で、IoTによるデジタル企画〜生産が刻々と広がってC2Mのビジネスモデルが次々と離陸し、服飾雑貨などでは3Dプリンタによる即時生産販売さえ現実味を帯びている。そんな中、クリエイションも創り手側が完成させたスタイリングの発信から使い手側の「ウエアリング」を誘発する再構成可能な提案に、半年以上もタイムラグがあるコレクション受注生産から実需に即応するC2M生産に転換する必要がある。

 成功しているかに見えるラグジュアリーブランドとて、グローバル統一の流通体制を確立しているのはごくわずかで、各国現地法人のコレクション発注による計画生産では期中の在庫融通もなく(ローカルフィットの壁もある)、在庫回転は最良でも2回転に届かない。2回転以上しているのはOEM(相手先ブランドの生産)調達による雑貨類だけではないか。非効率なビジネスのコストを法外な値付けで顧客に転嫁し、利益をむさぼっているのが現実だ。

 欧米型のコレクション受注生産体制を志向してトーキョーのスケジュールを前倒ししようという声もある。だが、それではかえってトーキョーのアイデンティティーは見えなくなる。デザインから生産まで一貫するデジタル化でリードタイムを極小化し、ストリートの熱気をタイムラグなく商品化してこそ、トーキョーはグローバルなポジションを得られるのではないか。

※C2M(Consumer to Manufacturer)…IoT仕掛けのデジタル生産でパーソナル対応と無在庫販売を実現するビジネスモデルで、短納期パーソナルオーダーや店頭3Dプリンタ出力販売などが挙げられる

トーキョーストリートの「ウエアリング」

 世界のモードトレンドは長年、アングロサクソン系とラテン系の欧米コレクションシーンがリードしてきたが、近年はモンゴロイド系のグレーターチャイナ圏(中華圏)ストリートにお株を奪われた感があるし、ネグロイド系やアラブ系がモードを主導する日が来るかもしれない。

 今やトーキョー〜ソウル〜台北とつながるグレーターチャイナ圏ストリートは欧米のコレクションシーンがとうてい及ばない熱気を帯び、欧米のデザイナーもアイデアソースを求めて毎シーズンのように訪れる。ハラジュクでも最先端はアジアの若者が闊歩するスニーカー通りであり、表参道はブランド礼賛のお金持ち観光客、キャットストリートの千駄ヶ谷側はユーズド志向のローカルな若者、キャットストリートの渋谷側や明治通りは外国人観光客や関東圏の一般客が訪れる。

 そんなトーキョーストリートの旬の「ウエアリング」をトーキョーのランウエイがキャッチしているかというと、多くは服の造形とスタイリング提案に終始するだけで「ウエアリング」を競ってはいない。欧米モードの文法に沿うか文法の破壊を試みるだけで、「ウエアリング」をクリエイションしているのはごく一部の人気ブランドに限られる。

 創り手が「スタイリング」をクリエイションするように、使い手にも「ウエアリング」のクリエイションがある。トーキョーデザイナーのクリエイションには、それを誘発する再構成可能な仕掛けが求められているのではないか。

欧米モードの限界とジャポニスム

 人体賛美のフェティシズムが通底する欧米モードは、「服」の完成度を追ってトワルを詰めていくからボディーコンシャスな造形に流れがちで、着崩したり気回したりする余地が限られる。キモノのように「布」を自在にまとう着る側のクリエイションを想定していないのだ。キモノの世界では創り手のクリエイションは「布」で終わり、「ウエアリング」のクリエイションは使い手に委ねられるが、モードの世界ではスタイリングまで創り手が完成させてしまう。

 オートクチュール系のプレタポルテなど、創り手が想定したプロポーションまで使い手に強いてしまう。欧米モードのコレクションシーンを見るたびに、ランウエイを闊歩するモデルたちが規定されたプロポーションとスタイリングを忠実に表現するアンドロイドに見えてしまう。そこには使い手側のクリエイションはみじんも見られない。

 そんな欧米モードの堅苦しさを逃れようと、使い手側のクリエイションが楽しめるキモノへの憧れは19世紀のアールヌーボー初期から見られ、浮世絵に触発された多くの画家がキモノを描き、服飾デザイナーも中世から続くローブの緩いデザインに取り入れた。70年代に日本人デザイナーがパレコレに進出して高い評価を得たのは異国趣味などではなく、アールヌーボー期以来のジャポニスム、とりわけキモノへの憧れが根底にあったからではないか。

「現代キモノ」が損なった使い手のクリエイション

 「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」や「サカイ(SACAI)」のクリエイションは、創る側のリメークと着る側のリメークの境がなく、時に分割や合体など“洗い張り”感覚の着崩し着回しまで着る側に委ねられる。そこに通底するのは「現代キモノ」によって着こなしが規格化される以前の、おそらく明治・大正・戦前昭和期のキモノ文化ではなかろうか。

 創り手のクリエイションがテキスタイルに終わるキモノの世界では「ウエアリング」のクリエイションは使い手に委ねられるから、江戸時代には歌舞伎役者や花魁、芸妓はもちろん、茶屋娘や町娘、大通や若旦那、遊び人や職人までさまざまに装いを工夫し、ストリートのウエアリング文化が花開いた。

 キモノは基本的にジェンダーレスだから、花魁と遊客、彼氏と彼女がキモノを交換して着るなど日常的なことだったし、庶民のキモノはほとんど古着かリメークだったから、新品と中古の境のないサステイナブル市場だった。それは明治・大正・戦前昭和期でも同様で、洋服が権力機構によって規定される一方、花柳界からカフェの女給まで、高等遊民から車夫までキモノは創造性に満ちていた。
     

     
帯板や詰め物、何本もの紐で縛って無理やり整形する「現代キモノ」が着る側の創造余地を限定して、「ウエアリング」の楽しみどころか機能性も着こなしの幅も損なって、マーケットを7分の1に萎縮させた過ちを対岸の火事と見てはなるまい。洋服のクリエイションとて、創り手と使い手が分かち合ってこそ盛り上がるのではないか。

 東コレの再興をファッションシステムや欧米コレクションビジネスの枠組みに求めるのは間違っている。それらはとっくに役割を終えた“遺構”であり、トーキョーのクリエイションはグレーターチャイナ圏ストリートの若者たちの熱気が生み出す「ウエアリング」をデジタルなIoTサプライで“旬”のままグローバルに問うのが正解だと思う。

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