小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『値上げの明暗に見るビジネスモデルの根源的選択』
(2022年06月28日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 戦乱やコロナ禍による物流の混乱や資材コストの上昇、円安の急進などによるコストインフレを売価に転嫁しきれず、収益を圧迫される事業者が大半である一方、コスト上昇を主な理由に一方的な値上げを繰り返して高収益を謳歌するラグジュアリーブランドもある。同じ状況でも事業の構造やマーケティングスタンスにより全く逆の結果が出るわけだ。

賃金低迷下の急激なインフレという最悪の状況に直面しては、テクニカル対応に四苦八苦するばかりでは報われるはずもなく、この機会に事業構造とりわけCCCとマーケティングスタンスを革命的に変えてしまうという選択も在りだ。資金にゆとりが在りさえすれば一見、狂気に見える革命も実現してしまうが、資金にゆとりがなくても、金余り不況下の今日では幾らでも手はある。

 

■値上げできるブランドと出来ないブランド

 値上げできるのはSNSなどのマーケティングの積み上げが創造する「仮需」に商品・サービスの供給が追いつかないブランドであり、OEMやODMはもちろん工場外注さえ否定して、ゼロから設備投資して(あるいは買収して)職人を養成した自社工場生産に限る(実際は一部アイテムは合理的必要性に応じて外部専業工場に長期契約で生産委託している)。完成度の高い商品を安定して生産するには高額な設備投資と熟練の職人が必要で、マーケティングの創り出す「仮需」には慢性的に追い付けない。

 

[生産の壁]

 縫製工場の実務を知るものには常識だが、縫製部位や使用する素材、デザインディティールによって必要とされる工業用ミシンは極めて多岐に渡るし、その多くは百万円前後から数百万円もする。加えて、実際に縫製するには縫製部位や素材の厚み毎に針先へ素材を誘導する「冶具」(その形状からラッパなどと言われる)が必要で、新しいデザインディティールが登場する度に新たに開発するしかなく(数万円を要する受注生産品)、そのディティールが忘れられても縫製工場には何百という「冶具」が溜まっていく。針先への誘導冶具が必要なら運針をガイドする「押さえ」も同様に必要で、これまた極めて多岐に渡る。「押さえ」や「冶具」は縫製産業が衰退しても国内専門業者が中国需要に支えられて分厚いカタログから供給してくれるが(例外品は受注生産)、いつまで続けられるのだろうか。

 3D・CADとCAM裁断機を導入すればDXが進むと単細胞的に考える川下のアパレル関係者は多いが、多種多機能な工業用ミシンはもちろん、ひとつひとつ「押さえ」と「冶具」を揃え、生産設備と人員配置(熟練度ミックス)、生産ロットに即してTSS※などをベースに日々の生産工程をきめ細かく運用するマネジメントが問われる。それに高額な設備投資を計画償却する「稼働率」という手強い目標が付き纏うから、工場経営は容易ではない。川下のアパレルチェーンなどが「直貿」だ「自社生産」だと騒ぐ内容は生産現場からは掛け離れた、商社やサプライヤーにおんぶに抱っこの断片的なものに過ぎない。

※TSS(トヨタ・ソーイング・システム)・・・一枚流しの複数工程分担リレー生産方式で、立ちミシン方式とも言う。

 

[時間とファイナンスの壁]

 生産設備に大規模な先行投資を行い、時間をかけて手の込んだ商品を仕込むとなると、投資負担と在庫負担に耐えられる財務の余裕がまず問われる。LVMHのワイン&スピリッツ部門など、仕込みから販売まで4年近くを要しているが、コレクション制のファッション&レザー部門とて年に2回転しない。
 しかも、時間をかけて計画生産した商品は必ずしもマーケットで受け入れられるとは限らず、SNSなどで注目されれば逆に極端に不足することもある。予約品の納品を半年も一年も待ってもらえる製品への期待感(高額アウトドアSUVなどでは数年待ちも珍しくもない)、需要とすれ違った製品を値引き処分せず、需要と一致する未来のシーズンまでひたすら持ち越す時間感覚(アーカイブMD)はラグジュアリービジネスに共通する。

  そんな時間感覚を支えるのは不動産投資などとも共通する長期投資の利回り回収感覚とファイナンスのスキルで、短期の損益管理感覚とは次元を画する。Jフロントやマルイが実行中の構造革新もこれに近似した小売業から不動産業やファイナンス業への大回頭で、ここ数年で急進したクリーニング業からコインランドリー業への転換(人海戦術から金回戦略へ)と共通している。

ワールドはファイナンスのスキルはあるのに人海戦術のシーズン損益小売業から金回戦略のアーカイブブランドへの時間感覚の転換など考えてもいないし、ユナイテッドアローズはブランド神話の維持に固執しながらファイナンスの根本問題を解決しようとしていない(コロナ禍の巨額借入を返済時期未定の永久劣後ローンにすれば一発で解決できたのに!!)。

 公然と値上げできるブランドは製品化と販売回収の時間感覚がシーズンを超えて長く、それに耐えられるファイナンスの理念とスキルがある。それがないならシーズン毎の損益に窮して大切な商品を叩き売ってブランド価値を損ない、小幅な値上げにもマーケットとライバルの顔色を伺わざるを得ない。今シーズン、来シーズンと変わり映えのしない人海戦術商売を続けるのか、公然と値上げしても顧客がついて来る時間軸を超越した投資利回り型事業構造に転換するのか、値上げのやり方に右往左往する前に原点から考え直しても良いのではないか。

 

■交叉比率発想か投資利回り発想か

 小売業の経営はマーチャンダイジングの生産性を高め運営経費率を抑制することで成り立つ。マーチャンダイジングの生産性は実現粗利益率×在庫回転数=交叉比率であり、どちらの選択も可能に見えるが、粗利益率の上限である100%に近づくに連れ回転数は極端に落ちる一方、回転率の上限は生鮮食品など週サイクルに近づいても粗利益率は極端には低下しない。アパレルの粗利益率志向は80%×3回転=240あたりが限界である一方、回転率志向は07年2月期のアダストリア(60.3%×12.14回転=732)、同しまむらの30.9%×12.43回=384という実例もあり、かなり高い効率が追える。

 この辺りが有償への切り替え点か?

 回転率志向は少ない資本を高速回転させて利益を得ようというロジック、粗利益率志向は余裕のある資本を計画的に回して確実な利回りを得ようというロジックであり、前者は人海戦術に流れて経費率が上昇すれば利益が出なくなり、後者は調達金利が高くなり過ぎれば利回りとの鞘が薄くなって利益が望めなくなる。

 回転率志向で成功する鍵は1)調達リードタイムの短縮と発注ロットの適正化(リードタイムの長い大量ロット発注は定番商品に絞る)、2)補給在庫リスクの回避(部分的VMIの活用、売れた分だけ仕入れる)、3)CCCの死守による運転資金の極小化(極論だが、売れた分だけ払う)で、回転率が高ければ粗利益率はギリギリでも資金繰りが回り、事業規模の拡大で経費率が低下して収益が拡大する(そうならない場合もある)。

 回転率志向で経費率が肥大すれば即、収益低迷で、それを回避すべく調達原価を切り詰めて値入れを稼げば即、在庫回転が落ちて値引きロスが肥大し、結局は粗利益率が低下して利益が出なくなる。回転率を指向しながら極端な低コスト調達で値入れを稼ぎ、タイムセールや週末セールなど値引き販売を繰り返して消化していく「二重価格商法」もアパレル業界には付き物で、かつては三貴グループ、近くはストライプインターナショナルなどが目立っていた。独占禁止法の景品表示法で「有利誤認」と指摘される違法行為(消費者庁に管轄が移って以降、アパレルの摘発がないのは問題だ)であるだけでなく、着用期間・耐用期間が短い商品が過剰生産されるのはサステナビリティに反する行為でもあり、一刻も早く終焉させるべきだ。

 運営経費では4)人時生産性を高め人件費率を抑制する、が最大の課題だ。一人当たり売上が低いと真っ当な給与が払えず、利益も出なくなる。粗利益率にもよるが、年間2000万円を割り込めば正社員販売員に年俸300万円を払えなくなる。高単価ブランドを扱うセレクト店などでは年間3000万円以上が可能で正社員販売員の長期雇用を実現できていたが、コロナ後は2000万円強に落ちて長期雇用が困難になっている。値引き販売で平均売価が落ち込むと給与が払えなくなるボーダーラインを割り込むから、調達コストインフレで値上げが競われる中、平均売価を押し上げるようなMDミックスとプライスミックスを図るべきだろう。

 隠れ人件費としてマークすべきが物流費で、宅配料金は解りやすいが倉庫運営費は外注費に計上されて隠れてしまう。ちなみに、ZOZOの22年3月期の荷造運賃外注費は取扱高対比6.8%、倉庫運営業務委託費は同3.7%だった。回転志向型の人件費率は18%までで、これには自社ECの倉庫運営委託費を含むべきだ。同様にモールECの出品手数料率は地代家賃に含み、これも18%を超えたら利益が出なくなる。正確には家賃に減価償却費等を含めた不動産費率で見るが、生活圏ロードサイド店舗が大半を占めるしまむらの6.6%は別格としても、テナント出店型では16%までに抑えないと利益が残らない。大半の店舗で不動産費率が限界を超えるようなら業態が小商圏化していると見るべきで、MDを再構築して商圏集客力を回復するか、低コスト出店立地に移るべきだ。ちなみに、大商圏モール型SCと生活圏中小規模SCでは家賃水準は3倍も違う。

 投資利回り型は資金にゆとりのある事業者が志向するもので、D2Cで不動産費は抑制できても、高粗利率を実現するにはそれなりの生産設備投資や開発費用(デザインチームの人件費や素材開発費、サンプル費用など)、在庫に加え、市場導入ブランディングでの集中的なマーケティング費用(インフルエンサー契約、アフィリエイト契約、ギフティング、検索エンジン広告、SNSコンテンツ作成費用など)が必要で、初期の自己資金が少ないと容易に資金ショートしてしまう。米国では資金調達で赤字を埋めながら採算ライン(初期投資が大きいと1億ドル近くなる)到達を目指すが、その前に資金が尽きるD2Cが少なくない。

繰り返すが投資利回り型は資金にゆとりのある事業者が手がけるべきもので、IPOが見えて来るまでは自己資金で走るべきだ。アパレル事業というより不動産事業に近い感覚で、先行投資が完工後の運用で一気に収益化する。そこまで資金が持たないような事業者が手がけても頓挫は目に見えており、D2Cが容易な軽投資ビジネスの如く業界メディアで吹聴されている現状は問題がある。

 

■アパレル事業者のDNAはもう使えない

 アパレル事業者の大半は、もはや実態と乖離してしまった幻想を抱いているのではないか。ひとつは、自分達の感性や情報が消費者を大きく凌駕しているという幻覚。ひとつは、自分達の遠い日の成功体験がまだ使える、あるいは復活する日が来るという儚い願望、そして、自分達は最新のビジネストレンドに乗っているという錯覚だ。

 遠い昔、ファッションは感性に先んじたアパレル業界が消費者に提案して導くものだったが、「ノームコア」と業界がお手上げして以降は消費者の望む物を開発して提供するという立場に逆転した。その間の70年余に渡る変化を刻々と時代検証した公益財団法人日本服飾文化振興財団刊行の力作「ジャパン ファッションクロニクル インサイトガイド」を通読すれば、誰もがその変化を理解できるに違いない。私自身の理解としては、戦後のパリプレタ導入期を経て日本のカジュアルは60年代に開花し、とりわけメンズファッションはVAN(アメカジ・アメトラ)、JUN(ユーロカジュアル)、エドワーズ(コンチネンタル〜モッズ)の3本の系譜から発展してきたように思われる。

過剰なクリエイションはマーケットと乖離して売れ残り、完成度を追い過ぎれば着こなし着崩しという使い手側のクリエイションを阻んでしまう。値引きや売れ残りを見込んで原価を切り詰めた商品は耐用性を欠いてリユース市場でも人気がなく早々にリサイクルに回るが、原価抑制を図った合繊混素材はウエスにもリサイクルにも適さず、焼却処分するしかない(燃料にはなる)。

 遠い日の成功体験がDX化によって蘇るというケースは少なくないが、それは伝統産地がリープフロッグなデジタル環境変化で変貌するケースや仕入れ慣行だったVMIがDX化によって顕在化・効率化するケースであり、非効率化していた事業慣習がDX化によって飛躍的に効率化するというシナリオが必要だ。それには相応の投資が必要で、ここにもファイナンスの主体とスキルが問われる。

 自分達は最新のビジネストレンドに乗っているというのも多くは本人の希望的錯覚だ。Eコマースは次々と便利なサービスやアプリが増えて急激に高コスト化しているが、上から目線な言葉の遊びと不要なコストを少なからず含み、物流費の課題は未だ解決策が見えないまま肥大の一途を辿っている(飽和点到達と劇的崩壊が来ると思う)。メタバースはIT業界や通信業界、ゲーム業界やビジュアルコンテンツ業界が10年前から競って投資しており、YouTubeやTikTokなどプレ・メタ市場の裾野が急激に広がっている。アパレル業界は何周回も遅れて騒いでいるだけで、投資すべき技術や商品化ツールも見えないままイメージだけで盲打ちしているのが実情だ。

 アパレル事業者の伝統的DNAはもはや使用に耐えず、それぞれの分野で先行する者の事業観とスキル、不動産業からコインランドリーFC業まで周辺の変化に学び、適切なファイナンス主体の理解を得て、真っ新な事業観とスキルで新たな勝負に出るべきだと思う。

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