小島健輔の最新論文

チェーンストアエイジ2009年6月15日号掲載
『SPAから学ぶ事』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 昨11月の「H&M」銀座店、今4月の「フォーエバー21」の原宿店と外資SPAの上陸が国民的話題となる一方、国内SPAでは「ユニクロ」の一人勝ちが注目され、‘ファストファッション’というキーワードが業界の枠を超えてマスメディアに氾濫しています。‘ファストファッション’という定義も様々で、‘SPA’と一言で括っても各社のビジネスモデルはそれぞれに異なっていますが、恐慌下で消費が凍り付き価格の常識が一変する中、マーケットへの斬り込み方とビジネスモデルの優劣を競うSPAウォーズが過熱しているのです。

‘ファストファッション’って何!

 元々は‘旨い速い安い’ファストフーズから転じてアパレル業界で使われるようになった言葉で、使い捨て出来るほど低価格な衣料品、あるいはそれをタイムリーに提供するビジネスモデルを指しています。
 ‘ファスト’と一言で言っても様々で、「H&M」は‘モードなトレンド商品が安くて(投入が)早い’、「フォーエバー21」は‘旬のLAカジュアルが劇安で(回転が)速い’、「ユニクロ」は‘高品質高機能ベーシックパーツが割安’、と微妙に使われ方が異なります。「H&M」はトレンドを捉えた投入タイミングは‘早く’ても消化のバラつきが激しく回転はけっして‘速く’ない一方、「フォーエバー21」は劇安価格とバイイングSPAの機動性で回転が‘速い’のです。「ユニクロ」は機能と品質に対して割安ですが、今や劇安なライバルが増えて‘安い’とは言えなくなりましたし、手間暇かけた大ロットの自社開発体制ゆえトレンド的な‘早さ’も商品回転の‘速さ’も望み難いのです。トレンド的な‘早さ’や商品回転の‘速さ’では「フォーエバー21」に近似したバイイングSPAの「セシルマクビー」(ジャパンイマジネーション)や「ローリーズファーム」(ポイント)の方が遥かに凌駕しています。
 消費者にしてみれば、ワンシーズンで使い捨ててもいい手軽な価格、トレンド的な鮮度や品質など価格に較べての価値が納得出来ればいい事ですが、それに応えるSPAのビジネスモデルは実に様々なのです。

SPAのビジネスモデル

 SPA(Specialty Store Retailer of Private Label  Apparel)とは『自社企画自社ブランドによるアパレル製造直売専門店』と定義されるものですが、今日ではアパレルに限らずソックスやランジェリー、シューズやバッグ、アイウエアやジュエリー/アクセサリーまで広くファッション関連の製造直売事業を指すようになりました。最近ではニトリを‘インテリアのSPA’と呼んだりするように、扱い商品にかかわらず製造直売事業総体を指す使われ方も見られます。
 実店舗に限らずカタログ販売やネット販売を主力とするSPAも含まれ、近年では店舗/印刷カタログ/ネット/TVなど多様な販売チャネルに展開するビジネスモデルが主流になって来ました。米国の「VICTORIA’S SECRET」など典型的な事例ですが、最近のファッションブランドでは店舗とネット/ケータイを連係するのが当たり前で、ネット発SPAの台頭も注目されます。
 これら広範なSPAに共通しているのが価値と価格の革新性です。商品開発から販売まで一貫するダイレクト体制ゆえ中間業者のコストや取引によるロスがなく、格段に割安な価格が設定出来るのです。但し、そのメリットを価格に反映するか品質やブランディングに反映するかは経営戦略であり、‘劇安’を訴求するSPAもあればラグジュアリーブランドのように高価格でステイタスを訴求するSPAもあるのです。
 ‘自社企画自社ブランド’と言っても商品企画や開発・調達の手法は様々で、「ユニクロ」のように実生産以外は何もかも自社で貫徹する企業もあれば、「フォーエバー21」や「ポイント」のように企画・開発まで納入業者に依存する企業もあります。ラグジュアリーブランドでは「エルメス」や「ルイ・ヴィトン」のように自社工場で生産まで貫徹する企業も見られます。本物のステイタスを保つには生産を自社工場に限り、品質を徹底するとともに外注製造工場による横流しを防止する必要があるのでしょう。
 一般に自社に企画・開発組織を抱えれば品質は徹底出来ますが商品化のスピードが遅くなり、よほどロットを大きくしないとコストも高くなりがちです。逆に企画・開発を外部供給業者に依存すれば商品化のスピードは速くなりコストも抑制出来ますが、品質は徹底出来ず類似商品との競合にも晒されます。自社工場生産なら究極の品質が期待出来ますが、スピードは遅くコストは高くなってしまいます。
 かつては大手アパレルの多くが自社工場を持っていましたが、コスト競争に晒されて外注生産に切り替わっていき、今日では企画・開発機能まで外部依存するケースが増えています。それは家電業界とて大差ないようで、ソニーのソレクトロン(EMS)への国内自社工場売却やパソコン業界のファブレス化は端的な事例です。
 ‘旨い速い安い’を追求すれば外部依存度が高まり、究極はODM業者(企画・開発機能を持った企画提案型OEM業者/家電業界ではEMSと言う)に依存するバイイングSPAになります。逆に品質とブランディングを追求すれば社内依存度が高まり、究極は自社工場生産に徹するファクトリーSPAになります。「ユニクロ」のように何もかも自社で貫徹しようというSPAはむしろ高級品の手法であり、低価格品では例外的な存在なのです。

SPAから何を学ぶか

 「ユニクロ」的手法を妄信する大手量販店衣料部門も見られますが、かつてのチェーンストア理論同様、現実から乖離したイデオロギーになってしまえばマーケットに受け入れられず、成功の果実は手に入りません。SPAにも様々な手法があり、狙うマーケットによって最適なビジネスモデルは異なります。食品でも生鮮三品とグローサリーでは調達手法も物流手法も異なり、大商圏店舗と小商圏店舗では品揃えも棚割も違うではありませんか。  重視する要素が‘鮮度’ならローカルな調達と機動性が最優先ですし(SPAではODM調達になる)、‘価格’ならナショナルな直接調達とロットが最優先でしょう(小ロットのゲリラ的調達の方が安い場合も多々あるが)。衣料品でも食品でも顧客ニーズと供給背景を最速/最短/最低コスト/最低ロスで繋ぐのがリテイリングの醍醐味であり、必然的にローカルな(フォーカスを絞った)対応の方が効率的です。イデオロギーに囚われる事なく供給背景の実体を正視し、柔軟に最適ビジネスモデルを構築すべきでしょう。
 衣料品業界では90年代以降の急激な生産の中国移転とコスト/売価両面の急ピッチな低下、その一方での企画・開発コストの高止まりが多様なODM業者を急増させ、アウトソーシングを活用したSPA化が急進して行きました。それは同様な変化に直面した家電業界とて大差なく、デジタル化の急進でキーデバイス企業(インテルが代表)に収益が集中する一方で製品単価が急落して生産の海外移転が進み、ソレクトロンに代表されるODM業者(EMSと呼ばれる)が急増して家電メーカーはファブレス化していったのです。残念な事に家電業界ではデルやアップルを例外として衣料品業界のような直販戦略(SPA化)が進まず、量販専門店の寡占が高まるばかりで家電メーカーの収益性は急激に圧迫されて行きました。
 食品業界でも90年代以降の市場解放で安価な輸入食品が急増して値崩れが進む一方、供給の細る生鮮食品や原材料が高騰した一部の加工食品はインフレするなど市況の変化が激しく、遅々として革新の進まない既存流通に見切りを付けた一部の生産者はネット直販に活路を見い出して行きました。食品業界では流通の隙間を突いたゲリラ的ディスカウンターは登場しても、生産者のネット直販を除き衣料品業界におけるSPAのようなダイレクトなビジネスモデルが台頭せず、ようやく拡がったネットスーパーも調達面の革新を欠き、アマゾンのようなフルフィルメント構築にもほど遠いのが実情です。
 深刻な不況下で大手量販店やSMチェーンではODM的手法によるPB開発が盛んですが、価格だけが先行して商品開発やブランディングを欠き、古典的なスーパーマーケット流通の枠内に留まっています。かつてもそうだったように、景気が回復すればPBブームは潮が引いて行くでしょう。  アパレルSPAのようにカテゴリーやフォーカスを絞り、供給背景の変化をマーケットニーズにダイレクトに繋ぐビジネスモデルを構築すれば、新たな流通体系を構築出来るかも知れません。かつて「無印良品」がその糸口を掴みながらもブランド信仰に溺れ、中途半端な商品開発と新味のない流通で勢いを失って行ったのは返す返すも残念な事でした。もっとフォーカスを絞って信念を貫徹し、本気で生産から消費者までダイレクトに繋げば(流通はアマゾン的フルフィルメントでネット主軸に実店舗を併用)、「ユニクロ」に匹敵する革新が実現出来たのではないでしょうか。
 衣料品にせよ食品にせよ流通は元来、天候や時流、嗜好に左右されるローカルなものです。固定観念やイデオロギーに固執する事なく、柔軟に顧客ニーズと供給背景を繋いで行くべきだと思います。

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