小島健輔の最新論文

ファッション販売2008年10月号掲載
『「H&M」って何ですか』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 いよいよ9月13日、あの「H&M」日本第1号店が銀座7丁目に開店します。場所は銀座通りの松坂屋並び「ギンザジーキューブ」ビルのB1〜3F。続いて11月には原宿明治通り沿いに第2号店、来秋には渋谷にフルラインの第3号店のオープンが決まっているそうです。原宿店はフォレットの跡地に建築中のビルで1500平米規模、渋谷店はブックファースト跡地に建築中のビルで2,800平米のフルライン店になるとか。マストレンドなグローバルSPAの日本進出という事で、何故か業界雀が盛り上がっているようなのです。

H&Mってなーに

 H&M(ヘネス・アンド・マウリッツと読みます)はスウェーデン発のグローバルSPA企業で、世界25ヶ国に「H&M」1510店、「COS」12店を展開して約1兆4100億円を売り上げています(07年11月決算)。既に日本に進出している「ZARA」(スペインのインディテックス社、全3691店)は約1兆5850億円、「GAP」(米国のギャップ社、全3167店)は約1兆6870億円を売り上げていますから、H&M社は世界第3位のSPA企業と言う事になります。ギャップ社は伸び悩んでいますから2〜3年もすれば順位が逆転し、インディテックス社と首位を争う事になるのかも。アジアでは日本に先行して今春、中国(上海)に進出。来年はロシアにも進出します。
 「H&M」と言うと、“カール・ラガーフェルドやステラ・マッカートニーとコラボしてる”“マドンナが世界ツアーで着用した”など話題が豊富で“トレンドカジュアルが安く手に入るファストなSPA”というイメージでしょう。誰もがそんなイメージを抱いていると思いますが、デザイナーとのコラボ商品を除けばベーシックモードな商品も多く、トップトレンドを追うと言うよりトレンドをマスにこなしたお手頃商品をスピーディに提供するという性格が本質のようです。レディスでは程よくトレンドを取り入れたデザインものが目立ちますが、メンズではやや大人しいベーシックモードな単品が主流です。それでもトレンディなイメージが強いのはコラボなどの仕掛けとプロモーションが卓越しているからでしょう。
 価格はアパーポピュラーからデザイン物でもロワーモデレートですから(デザイナーコラボ商品はやや上)確かに安く、“ユニクロ価格でモードトレンド商品が買える”感覚は生活防衛下の日本でも人気を呼びそう。オリジナルの服飾雑貨やコスメ、ランジェリーもお手頃価格で揃いますから、宝探し感覚でショッピングが楽しめます。トレンディとは言えませんが、手頃でカジュアルな子供服も展開しています。
 スウェーデン本社のデザインチームによる企画から店頭投入まで最速3週間という射程は巨大SPAとしてはクイックで(「ZARA」はもっと速いが)、“旨い速い安い”を地で行っています。とは言っても決算書上の商品回転は年4回とスローで、投入はクイックでも当たり外れが否めず、滞貨する商品も少なくないようです。日本のニッチなファストSPAのように毎週企画毎週投入で年間十数回転もしている生鮮感覚には遠いのではないでしょうか。
 商品の生産は欧州やアジアの工場に外部委託していますが約800社と分散しており、フェアトレードなどのコンプライアンスは徹底しているようですが、「ユニクロ」ほど緻密な品質管理は期待出来そうもありません。実際、サンプル買いした商品を検証して見ても縫製始末などには粗さが目立ちます。「ユニクロ」品質を期待する向きには失望ものかも知れませんが、旬のトレンドをワンシーズンで着捨てるには十分なのではないでしょうか(トレンドのストレートなトレード・オフが多く、来年着るには勇気がいるかも)。そんなファスト感覚は米国の「フォーエバー21」に通ずるものがあります。
 コラボ商品を手に入れて話題にしたり旬のモードトレンド単品を着回しに取り込んだりするのは楽しいと思いますが、スタイリングの味や質を左右するキーアイテムとしては少々難在り、というのが私の「H&M」商品に対する実感です。翳り行く日本市場はトレンドを積極的に消費する気分ではなく、ちょっとKYな感じがしないでもありません。キャラもライフスタイル感も質感も欠く「H&M」が本当に日本市場に定着するのか、正直言って疑問符を感じます。

ライバルSPAと較べたら

 「H&M」を他のグローバルSPAと比較すると、その性格が浮き彫りになります。よく比較されるのが同じ欧州発(スペイン)の「ZARA」ですが、価格も品質もワンランク以上違いますし、素材から自社開発するクロージングの圧倒的強さは「H&M」には求めるべくもありません。「H&M」はお手軽なモードカジュアル単品に留まりますが、「ZARA」はオン・クロージングやスタイリングのキーとなるアウターやボトムがしっかり揃います。
 モードトレンドを追う点では両者は似ていますが、「H&M」がコラボ商品を除けば単品のトレード・オフ(お手軽なコピー)に留まるのに対し、「ZARA」はスタイリングとして捉えコレクショントレンドを反映したワードローブを提供しています。それを可能としているのがコレクションブランドと同時進行する素材開発で、巨大なロットでモード素材を安価に調達し、自社の染色整理ラインを駆使して直近のトレンド変化に即応しています。このような開発体制がなく外注工場に依存する「H&M」には質感を伴ったモードスタイリングは期待すべくもないのです。
 同じ欧州発でデザイナーコラボも定着している「トップショップ」(英国のアルカディアグループ)はストリートトレンドからヴィンテージや古着までミックスするセレクトSPAで、店舗展開も300店強で海外進出もこれからという英国ローカルな存在ですが、最大公約数的トレード・オフの「H&M」には望めない濃い味なミックス感やテイスト感が楽しめます。大衆向けモードカジュアルの「H&M」に対して通人向けストリートカジュアルと位置付けられるでしょう。
 「GAP」はジーニングカジュアルからアメリカン・ライフスタイルカジュアルに進化したチェーンストアSPAで、ロジスティクスやVMDの仕組みがしっかりしていますが、あまりにマス化して薄味になりマーケットへのインパクトが弱まっています。最大公約数的MDという点では「H&M」と共通していますが、爽やかなカジュアルライフスタイルとモードトレンドという対極のカルチャーに立脚していますから競合は考えられません。
 加工に凝ったアメカジアイテムのレイヤードとブルース・ウェーバーのフォトをフィーチャーしたブランディング戦略で独自のWASPライフスタイルカジュアルを確立した「アバークロンビー&フィッチ」は世界的なアメカジ復権の火付け役となった感があります。「バナナリパブリック」クラスのアパーカジュアルSPAですが日本にもファンが多く、来年上陸すれば人気爆発は確実。「H&M」とは立脚するカルチャーも商品も対極に在り、無縁の存在と言うべきでしょう。
 最後に日本発のバリュープライスSPA「ユニクロ」ですが、価格帯や大衆性は近似するとは言え、バリューベーシックをテーゼとして機能性や品質を追求する「ユニクロ」と機能性や品質は多少犠牲にしてもモードトレンドのトレード・オフを追求する「H&M」では商品がまったく異なります。グローバル化してモードトレンドも加味するようになった「ユニクロ」ですが、消費者は両者を上手く使い分けると思われます。

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 結局、「H&M」に食われるのはキャラもライフスタイル感も欠くトレード・オフに依存する量販チェーンだけだと思います。ローカル化が加速する日本市場はグローバルなモードトレンドからは乖離が激しく、濃い味なストリート系や癖の在るローカル系、ミックス感を売るセレクト系はもちろん、109系もOL系もローカルなウェアリングが顕著で、競合はまったく考えられません。日本市場ではもはや例外的な存在となった最大公約数的トレード・オフ商品市場に強大なグローバルSPAが参入してナショナルな量販チェーンが食われるものの、ローカルなキャラやライフスタイルに立脚する大多数のファッション店は蚊屋の外。そんな構図となるのでしょうか。

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