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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『インバウンド消費に陰りの兆し』 (2018年10月29日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 訪日外国人観光客の増加に伴って拡大するインバウンド売上げは減少する国内客売上げを補って百貨店の売上げを支えているが、果たしてこの勢いがオリンピックまで続くのだろうか。直近の7〜9月期ではインバウンド消費に陰りの兆候が広がった……

百貨店売上の6.0%を占めるインバウンド

 来日外国人観光客数は為替や外交関係に左右され、08〜12年の停滞の後は急加速して17年には2870万人と底だった11年の4.6倍を超え、18年も1〜8月までは前年同期比12.6%増の2131万人と勢いに陰りは見られなかった。

 16年末以降は百貨店にインバウンド消費の恩恵が広がり、18年1〜8月には百貨店売上げの6.0%を占めるまで拡大。18年8月までの1年間のインバウンド売上げは前年から1047.5億円増えて3317.4億円に達するが、この間に国内客売上げは1213.8億円減少しており、国内客売上げの減少をインバウンド売上げの増加分で埋め切れず、百貨店売上総額は0.3ポイント減少している。

 そのインバウンド売上げが失速する兆候が8月、9月、10月と広がりだしたのだから、棚ぼたに依存してきた百貨店業界は内心、穏やかではあるまい。

天変地変を契機とした7〜9月期の失速

 7月以来、酷暑や集中豪雨、度重なる巨大台風の襲来と異常気象が続き、9月には北海道胆振東部地震が発生して北海道全域が停電するなど、日本の安全が疑われる事態が続いて来日観光客のキャンセルが広がったが、天災地変による一時的なもので済むのだろうか。

 観光庁発表の7〜9月期速報によると、訪日外国人旅行者数は757万人と前年同期の744万人から1.7%の伸びに減速し、旅行消費額は同88.4%に失速。1人当たり旅行支出は16.5万円から15.6万円と5.5%減少し、買物代は前年同期の4204億円から3546億円と15.7%も減少している。中でもインバウンド売上げの過半を支える中国人客の買物額は前年同期の2392億円から1889億円と21.2%も減少。1人当たりも10%近く減少している。

 9月には訪日外国人旅行者数も前年同月比94.7%とマイナスに転じ、百貨店のインバウンド売上げも106.3%と17年2月以来の一桁増に減速。毎月のインバウンド売上げ伸び率を公表している髙島屋の9月は97.3%、10月も14日時点で94.3%と前年を割っている。

 髙島屋の3〜8月期は7.6%、阪急本店の4〜6月期は15%、新宿伊勢丹本店の18年3月期は10.5%、三越銀座店の同27.2%も占めるインバウンド売上げが失速するとなれば、国内客売上げの減少をカバーしてきた“下駄”が折れることになる。

インバウンド売上げはピークを打った

 訪日外国人旅行者数の減少は天変地変による一時的なものとしても、その買物支出(インバウンド売上げ)はピークを打ったと見るべきだ。なぜなら、その兆候や要因が山ほどあるからだ。

(1)訪日購入から越境EC購入へ

 経済産業省のレポートによれば、日本から中国への越境EC総額は17年で前年から25.2%増の1兆2978億円と訪日買物消費額(17年で1兆6398億円)の8掛けに迫り、21年には2兆8487億円まで伸びると試算している。同じく米国から中国は26.8%増の1兆4578億円で、21年には3兆2000億円に伸びると試算している。越境ECサービスも加速度的に拡充されており、アマゾンは国内でFBA(フル・フルフィルメントサービス)に商品登録すれば通関や宅配まで一貫代行する体制を整えている。

 日本人とて80年代バブル期の欧米旅行での爆買いの後、90年代前半には越境カタログ通販がブームとなったことを思い起こせば、中国などアジアの人々が越境ECにシフトしていくのも必然と思われる。

(2)訪日購入から現地購入へ

 日本製化粧品の輸出額は6年連続で過去最高を更新し、18年1〜8月も前年同期比48.6%増の3433億円と急激な伸びを見せているが、訪日で体験した顧客が国内でも継続的に購入するようになっていることが背景と思われる。消費が海外に流出する一方で貿易摩擦に晒される中国は関税など輸入規制を取り除いて国内消費の拡大を急いでおり、資生堂やコーセーなど日本の化粧品メーカーも現地販路を拡充してインバウンドから現地販売への切り替えを進めている。

 為替や外交関係に大きく左右される訪日買物消費より現地販売で安定した拡大を図るのは合理的な選択であり、化粧品に限らず衣料品や装飾品でも広がっていけば訪日買物消費は収束していくことになる。

(3)経済成長の鈍化とコト消費への移行

 発展著しい途上国とてやがては経済も世代構成も成熟して勢いが落ち着き、モノへの渇望も一巡してコト志向に転じていく。訪日旅行消費に占める買物代の比率も15年の41.8%が16年は38.1%、17年は37.1%、17年7〜9月期の34.2%から18年同期は32.6%へと年々低下しており、その分、宿泊費や飲食費、娯楽サービスに流れている。

 日本人の海外旅行消費とて経済の成熟と国内市場のグローバル化とともに買物(モノ)から体験(コト)へと変質していった経緯を振り返れば(海外旅行費用中の買物支出比率はデータがさかのぼれる96年の26.6%から17年には13.9%へほぼ半減)、訪日外国人の消費もモノからコトへ流れていくのは必然と思われる。20年のオリンピックへ向けて訪日外国人旅行者数は回復してもコト消費へ流れ、買物消費は伸びないのではないか。

棚ぼたの下駄があるうちに抜本改革を

 百貨店業界は個店帳合の消化仕入れや非効率な運営体制、過剰な管理職というレガシーコストを引きずって「お値打ち競争力」を失い、駅ビルやSC、近年はECにも顧客を奪われてきたが、幾度も改革の機会がありながら時々の“棚ぼた”に救われて先送りにしてきた。不採算店を次々と切り捨てることや不動産業化することが“抜本改革”であるわけもなく、調達から運営まで一貫した効率化はもちろん、管理層が肥大した上意下達の組織体質を現場主権のボトムアップ型に“革命”しない限りジリ貧から抜けられない。

 EC主導の流通に転ずる中、次々と店を閉めてきた百貨店業界が今更チェーン運営で浮上するとも思えず、個店と現場の活性化で再生を図るしかない。ならば『真の企業力は従業員が考える知恵の総量だ』というドン・キホーテの爪の垢を煎じて飲んでみてはどうか。現場の創意工夫で「知恵ミックス」「調達ミックス」「粗利ミックス」が実現すれば、百貨店は戦前昭和期の賑わいを取り戻せるかもしれない。

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