小島健輔の最新論文

繊研新聞2020年08月06日付掲載
『販売員は使い捨てなのか コロナ禍を契機にデジタルスキルの多能専門職へ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ禍の長期休業や客数減で売上が激減したアパレル業界では大量閉店やブランド廃止、事業整理や破綻が相次いでいるが、その中でいの一番に切り捨てられているのが「販売職」であることは否めない。コロナが無くても給与が低くキャリアアップも限界があって「使い捨て」が指摘されてきたが、コロナ禍で追い詰められたアパレルが次々に「販売職」を切り捨てる現実を見るにつけ、POSが「販売職」のスキルを損ない、生産性を伸ばせない単能職に退化させた経緯が悔やまれる。

 

■店を閉めれば「販売職」は不要になる

 我が国デザイナーアパレルの頂点に立つイッセイミヤケが「販売職」中心に新卒の内定を取り消したというニュースは業界のみならず世間一般に衝撃を与え、「販売職」に就く業界人や「販売職」を目指す学生を『やはり販売職は使い捨てなのか』と悲嘆させた。ジャパンイマジネーションが「セシルマクビー」全43店を含む92店を閉店して全従業員570人中の500人を解雇するというニュースも続き、コロナ禍で職を失う「販売職」が続出するという不安が広がっている。

コロナ禍のダメージは店舗展開が都心部に集中しECでの拡販にも限界があるファッション性の高いブランドほど大きく、とりわけ長期休業で余剰となった在庫の処分も難しかったデザイナーアパレルは打つ手もなく追い詰められ、破綻を回避するには閉店と解雇が避けられない情勢だ。それに続いてダメージが大きかったのが館の一斉休業期間が長く営業再開後の回復も鈍い百貨店アパレルや駅ビルアパレルで、数十店〜数百店単位の閉店が相次いで発表されているから、「販売職」の解雇も広がっていく。

もとよりアパレルは需要に倍する過剰供給でセールが日常化し、人口対比アパレル店舗数も英国の1.82倍、米国の2.52倍と増えすぎていたから、ECの急拡大もあって、コロナ禍が無くても何れ大量閉店は避けられなかった。店舗を閉めれば「販売職」は不要となるから、解雇が広がるのも必然だ。

 

■不足から過剰へ一変した「販売職」の雇用情勢

 アパレル業界は壁に当たっていても、コロナ禍の前は若年労働力が不足して、アパレルの「販売職」も慢性的な人手不足に陥っていた。売上が伸び悩んでも「販売職」が不足するのは、営業時間が長く二交代制で売場を保守する必要があるためで、週休二日制では一人を貼り付けるのに2.5人の雇用を要し、小さな店舗では「店番」状態になっていた。

 そんな実情では販売員の頭数を揃えるのが精一杯で、接客や店舗運営のスキルを問うどころではないアパレルが大半だったのではないか。だからなのか、「販売職」をイメージアップして現職を動機づけ、新規の採用を広げるべく、商業施設やアパレルチェーンによるロールプレイングコンテストが盛んに行われていた。実際の接客スキルとはかけ離れたスタンドプレイだから「スキルを競う」という建前は怪しく、動機づけと採用支援の祭り事だったのだろう。

 「販売職」の生産性を高め長期の雇用を成り立たせるには実務スキルの向上が不可欠だが、アパレル業界が真剣に取り組んだ形跡はほとんど見られない。かつては先輩たちが磨き上げたスキルをマニュアル化して定期的に研修するアパレルもあったが、近年はそのスキル自体が散逸して先輩たちが教えられる状況ではなく、研修体系も崩れてOJT(仕事中に自分で学んでね)に依存するアパレルが多くなっていた。

 スキルが伴わなければ生産性も伸びないから、報酬もすぐに頭打ちになる。ファッション業界専門の転職支援サービス「クリーデンス」が毎年、集計している「職種別平均年収」を見ても、それは明らかだ。もとより低い報酬が伸びず、試着販売に要する服を定期的に社販割引で購入する負担もあり(外資ブランドはほとんどが貸与で負担がない)、先が見えなくなれば意欲も潰える。

企画やプレスなど本社勤務へのキャリアアップも謳われるが、そんなシンデレラストーリーはレアケースで、結構な学歴やキャリアのある人も売場に埋もれ、やがて失望して業界を去っていく。そんな使い捨てがアパレル業界を空虚なものにしていたのは否定できない。

 

■「販売職」はどうして使い捨てになったのか

 一体、どうしてこんな使い捨てが広がってしまったのだろうか。その原因は二つ挙げられる。

1)POS依存の値引き販売で現場スキルが退化

 90年代から導入が進んだPOSが定着してアルゴリズムで販売消化を予測するようになり、近年はAIがそれを高度化し、本部が売場を見ないで販売消化の鈍い商品を値引き指示するようになった。

それ以前のアパレル店舗では、各店舗の責任者が売れない商品も売れるように工夫する編集陳列スキルを競い、それが売上や利益を多少なりとも左右していたから「販売職」に生産性があったが、POS依存の本部集中化とともに店舗が端末化して編集陳列スキルが失われ、「販売職」は生産性を伸ばせない単能職に退化していった。

 POS依存の値引き販売はロスと残品を肥大させ、それを埋めるべく調達ロットの拡大とコストの切り下げが進むという悪循環がお値打ちと消化歩留まりを低下させ、需要に倍する過剰供給と値引き販売の日常化という惨状を招いた。科学技術の進化が人的スキルの退化を招く、という典型的な事例だったのではないか。

 

2)売場の増加と営業時間延長で「販売職」が「店番」に

 00年には様々な分野で規制緩和が進んだが、アパレル業界を一変させたのが3月1日施行の改正借地借家法と6月1日施行の大店立地法だった。

 改正借地借家法で定期借家契約が導入され、それまでの普通借家契約では営業権が保証されるものの、基準家賃の50ヶ月分もの差し入れ保証金を要して出店コストが大きかったのに対し、定期借家契約では営業権がなくなるものの、基準家賃の10ヶ月分ほどの敷金で出店できるようになった。加えて、大店立地法では商業施設の開発規制が大幅に緩和され営業時間も自由化され、郊外SC中心に商業施設が急増してアパレル店舗も急ピッチで増えたから、売場増と営業時間延長で販売員の需要が急増し、慢性的な販売員不足に陥った。

 アパレル業界は急増する売場を保守すべく、接客や店舗運営のスキルのない未経験者を大量に採用するしかなく、販売員のスキルが低くても店舗が運営できるPOS依存の本部集中体制に流れ、個別店舗に対応する運営スキルが損なわれていった。こうして、かつては生産性を伸ばせる多能専門職だった「販売職」が、「店番」と大差ない販売単能職に退化していったのだ。

 

■「販売職」生き残りはデジタルシフトと多能職化

 コロナ禍でアパレル業界は壊滅的な打撃を受け多くの「販売職」が職を失ったが、ウイズ・コロナが避けられないこれから、店舗販売は根本的に変わらざるを得ない。

感染を恐れて人々のライフスタイルも購買行動も一変し、アパレルの購入もECや近隣店舗に流れ、売場での接客も濃厚接触回避でソーシャルディスタンスが求められるから、ECと一体のデジタル化とリモート化が必然的に進む。販売員のフィッティングスキルに依存して来たワコールが、顧客がセルフで3D採寸してAIが推奨しタブレットで商品を選ぶ「3Dスマート&トライ」接客システムの導入を加速するのも必然だった。

SNSのスタイリング投稿やECのスタッフレビュー、チャットやビデオアプリでのリモート接客など、ECに積極的に加わるのはもちろん、店舗でもタブレットでECと連携して接客したり、AI仕掛けのバーチャルフィッティングをサポートしたり、「販売職」の業務は急速にデジタル化していく。その一方、C&CでECと店舗の連係が深まれば、EC注文品の店渡しや店から出荷など物流業務も増え、VMDもECやSNSと連携した機動的な編集運用が求められるから、編集陳列や物流管理の職能も必要になる。

旧来の「販売職」は一部の高級ブランドやクリエイティブなブランドに限定されていくだろうが、新たな職能も加わって「店舗運営の多能専門職」として再確立されるなら熟練と多能化によって生産性が高まり、使い捨てから脱却できるのではないか。

 

※3.C&C(Click & Collect):EC注文品を店舗で試したり受け取ったり店舗から出荷したりして顧客利便を高め、物流費を抑えて在庫効率を高めるOMO(ECと店舗の融合)手法。

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