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WWD 小島健輔リポート
『「値下げ」を適正化する仕組みとスキル』
(2024年06月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 「値下げ」は限りなくゼロが理想と思われがちだが、計画通りに販売消化が進むはずもなく、在庫を換金して新鮮な在庫に入れ替え「売上」という分母を稼がないと販管費が粗利益を食い潰してしまう。「値下げ」は許容範囲にコントロールできることが重要で、それには商品特性による調達と陳列運用・補給の連携、売り切り運用と売価変更のスキルが問われる。

 

■「値下げ」は必要悪か?

 「値下げ」は粗利益を削り正価信頼感を損なってブランド価値を毀損する諸悪の根源と思われがちだが、商品販売においては計画に対する許容範囲内で販売消化が進行して在庫が換金され、在庫もキャッシュフローも回っていくことが至上命題で、在庫の換金回転を許容範囲に収めるのに必要なら「値下げ」は躊躇されるべきではない。商品特性に適した調達と在庫運用が連携され、「値下げ」のタイミングや手法が適切で許容範囲に収まるなら是とされるべきだろう。

 ざっくりとした仕分けだが、アパレル製品はワンシーズン使い捨ての「ファストアイテム」、何シーズンかの実用に耐える「ランニングアイテム」、長年の愛着使用に耐える「インベスティメントアイテム」があると思う。

「ファストアイテム」の消化が滞ったら早々に「値下げ」して換金し売場の鮮度を保つのが最優先で、粗利益を確保しようと躊躇しては在庫が滞貨して売場が腐ってしまう。生鮮品たる「ファストアイテム」の賞味期限は短く、過ぎて仕舞えば商品価値は急落し、来シーズンに持ち越しては二束三文にしかならないから、「値下げ」による消化が必定なのだ。

「ランニングアイテム」の消化が滞ったからと言って逐一、「値下げ」しては長期間の販売継続が困難になるから、計画との消化進行誤差を解消するに必要なだけ小幅の「一時値下げ」(キックオフ)を行い、期間が過ぎれば正価に戻すのが正解だろう。賞味期限の長い定番品ゆえ、残れば来シーズンに持ち越すという選択もある。

「インベスティメントアイテム」は文字通り資産性のある商品だから、売れ残れば来シーズンに持ち越すのが原則で、通常店舗で表立って「値下げ」すべきではない。持ち越せない性格の商品に限定した期末の顧客向けシークレットセールまでは否定しないが、許容範囲を超える分は僻地?のアウトレットでこっそり換金するべきだろう。

そんな論法が成り立つのは商品の性格に適した調達が行われる場合で、H&Mのように「ファストアイテム」を大ロット調達して各国のDCに積み上げては(ユニクロ並みのDC備蓄比率と聞く)売り減らしになり、在庫を回転させて鮮度を維持するには「値下げ」を繰り返す叩き売りになってしまう。「インベスティメントアイテム」の売れ残りはアウトレットでこっそり換金すれば良いといっても、過ぎればグッチのようにブランド価値を傷つけ、かつてのコーチのようにアウトレット専用品に依存すればブランド価値は崩れてしまう。コーチは改善されて営業利益率も24年6月期3Qで32.8%と上昇しているが、一度付いたイメージはなかなか消えないようだ。

 

■商品性格の3タイプに適した調達と運用

 前述したアパレル商品の3タイプとは仕分けの性格が異なるが、調達と陳列運用・補給の連携からSPAチェーンの商品計画に落とし込むなら、重要(比率の高い)順に以下の3タイプに仕分けるべきだろう。手頃価格のSPAチェーンでは「ランニングアイテム」が長い潜伏期間を経てヴィンテージ評価されることはあっても(往時の「バナナリパブリック」や最盛期の「アバークロンビー&フィッチ」など)、「インベステイメントアイテム」は極めてレアなので、ここでは取り上げない。

A)継続販売の縦売り商品[ランニングアイテムとニアイコール]

B)スポット販売の横売り商品[ファストアイテムに性格は近い]

C)見せ筋のプレゼン商品

 

A)継続販売の縦売り商品

定番のボトムやシャツ、カットソーなどシーズンスタイルのキーとなるアイテムで、サイズやカラー/柄を揃え継続補給して縦売りする。機能や品質に対してお値打ちな価格設定にすべく素材やパターンを開発して大ロットで計画生産し、DCや店舗後方に在庫を積んで補給し売り減らしていく。通常は「竹」※価格に位置付けられるが、量販が期待される場合は「梅」と二段構えに組むこともある。

素材を備蓄してサイズやカラーの在庫バランスを補正する期中の追加生産が行われるケース(ユニクロの「カスタムオーダー」が好例)もあるが限定的で、量的には計画生産の売り減らしを出るものではない。例外なのが定番シャツの短サイクル期中生産がルーティン化しているメーカーズシャツ鎌倉で、国内ファミリー工場に素材を積んで柄替えしてパターンをリレーし、サイズと柄のバランスを週サイクルに補正していく仕組みだったが、代替わりした今日でも機能しているかはボックス陳列フェイスからは読めなくなった。

 サイズやカラーのラインナップを訴求すべく、その配列を棚割りカセットに設計し、店舗のサイズや販売効率でフェイシング量を変えたタイプ分けしてカセット投入するのが原則で、DCに積んだ在庫から自動補給して陳列フェイスを維持するが、補充投入はもちろん迷い子商品の棚戻しや畳み直しも手間取るから人時量が嵩みがちだ。ユニクロはカラー・サイズのSKU配置まで組んだデジタル棚割りだが、メーカーズシャツ鎌倉はサイズ別ボックスの色柄構成が販売動向に則して変化していくアナログなトコロテン運用で、顧客も選び易かったと記憶している。

 週サイクルで販売消化進行を管理し、計画との乖離が広がるようなら小幅のキックオフ(一時値下げ)販促で計画進行に近づける運用が一般的で、シーズン末に大幅値下げするよりトータルの歩留まりは確実に高くなる。販売期間が終了して次のカセットが立ち上がる時期が来れば棚スペースを空けるべくカセットは解体され、残品はサークルハンガーやシングルハンガーに移されるが、地域で販売力がある拠点店舗に集約した方がカラーやサイズの欠落が補われて売り易く、売価変更(通常の値下げ)すれば売り切りが進む。それでも残った商品は持ち越して来シーズンのカセットに組み込んだり、新店舗や改装などの催事で消化していけば良い。

 

B)スポット販売の横売り商品

 継続販売する定番商品にコーディネイトしてスタイルにコントラストやアクセントを付けるデザイン商品やトレンド商品で、軽いトップスやレイヤードアイテムが多い。一蒔きで売り切れる小ロットの短納期調達が原則でA)よりロットは一桁小さく、機動性を重視すればOEM・ODMの製品仕入れも活用される。シーズン立ち上げでは「松」価格もあるが、実需期に向かって急速に「竹」価格、そして「梅」価格に移行していく。

 一蒔きが原則だからDCに補給在庫は残さず、最速消化を図って傾斜配分し、欠品にはエリア内で自動振替して対応する。販売消化力にスライドして各店舗に配分するのが傾斜配分、販売力や店舗規模でフェイシング量はタイプ分けしても見た目が共通する棚割りを組んで投入するのがカセット配分。傾斜配分では配分量に大差が付いて高効率店では陳列し切れない商品がストックに溢れ、低効率店では陳列棚が空いてしまうから上限下限を設定するが、一蒔きのスポット商品は類似品でリレーしてトコロテン運用するから、配分量に大差が付いても運用にさほど無理はない(高効率店ではストックからの補充頻度が高くなるが)。

売れ筋要件が継続する間は素材や柄を替えた類似の短納期調達品でリレーするが、勢いが無くなれば類似品を店内で集約し、そこからルック出前※で売り切っていく。サイズやカラーの展開は限られるから拠点店舗に集約する意味はなく、よほどの偏りがない限り店間移動はせず、ルック出前が一巡したら値下げして売り切っていく。翌シーズンに持ち越せば二束三文になるから、二次値下げしてもシーズン中に売り切る必要があるが、数量が限られるから減耗負担は知れている。

 

C)見せ筋のプレゼン商品

 シーズン提案をリードするコア商品だがコンセプチュアルなだけにサイズもカラーも絞られ、全店舗にひと蒔きするだけで数量も限られる。投入から4週もすれば類似のB)商品群に飲み込まれてしまうから、活躍するのはごく短期間で売上貢献も知れているが、売れ筋の呼び水になる役割は重要だ。シーズンに先駆けて素材やパターンから開発する提案商品で完成度も高く、通常はセットアップや定型ルックに組んで開発される。

「松」価格でシーズン立ち上げのウインドウやメイン打ち出しに登場し、呼び水となって類似のB)商品群が「竹」「梅」価格で追従していく。売れ残れば後追いの類似商品群に合流し、そこから先の消化運用はB)商品と同様だ。

 

 この3タイプの商品が明確に位置付けられて調達予算も販売予算も仕分けられ、調達ロットや価格の設定はもちろん配分・補給も陳列・在庫運用もそれぞれ適切に行われるなら、「値下げ」はアンダーコントロールの許容範囲に収まって必要な粗利益が確保され、販管費に食い潰されずに期待する営業利益が残るはずだ。

 

※「松」「竹」「梅」・・・同一アイテムの3段階ランク付けで、価格も「梅」から「竹」、「松」とワンラインづつ高くなる。

※ルック出前・・・元番地のアイテムラックから持ち出して高鮮度/人気アイテムとルックに組んで消化を促進する。通常、トルソーとT字やショートシングルの小振りな島陳列を組み、相手を変えて多重露出すると消化が加速する。

 

■「値下げ」を最小化する技と仕組み

 「値下げ」を許容限度に収めるには商品タイプ別の調達と在庫運用の連携が鉄則だが、さらに抑制して最小化する技と仕組みにも触れておこう。

 「値下げ」を最小化する技と仕組みはたった二つで、新たなDX投資なども必要としない。実行するにはバーコード管理よりRFID管理の方が手早いが、ピッキングのマテハン作業や物流費はほとんど変わらないから、RFID必須ということにはならない。

 コロンプスの卵になるが、品番単位からSKU単位に消化管理と売価変更をシフトすれば、値引きロスはざっくり半分になる。色柄で売れ行きに大差があったり、売れ残りが特定サイズに偏っていれば、該当品番の色柄やサイズの過剰分だけピッキングしてエリアの集約処分店に移動して値引き処分し、残りは正価販売で消化すれば値引きロスは半減する。特定SKUのピッキング作業は手間取るが、実際に行って成果を得たケースも多々あるから、まずは偏りの大きな品番に絞ってトライしてみるべきだろう。

色柄やサイズの偏りは値引きの前に編集陳列でも解消できる。余剰な色柄とコーディネイトするアイテムと合わせてルック出前を多重露出したり、大小サイズのアイテムを組み合わせてフィット&ルーズのレイヤドルック出前を仕掛けたりすれば、相応に消化が進むのではないか。

 

仕組みの方は売り切りサイクルにおける本部からリージョナルやエリアへの在庫運用権限の移管で、米国を代表する二つのジーンズカジュアルチェーンの収益力を分けている。

ギャップ社の24年1月期売上は148億8900万ドルと4.7%の減収ながら営業利益は5億6000万ドル(売上対比3.8%)と辛うじて黒字に浮上した一方、バックル社の24年1月期売上は12億6100万ドルと6.2%の減収ながら営業利益は2億7106万ドル(売上対比21.5%)と、営業利益率はギャップを17.7ポイントも上回る。メトロジーニングとカントリージーニング、元祖SPAとセレクトSPAの違いはともかく、両社の業績を分けているのがデータマイニングな中央集権と属人的な現場分権というマネジメントの違いだ。

ギャップ社はサンフランシスコの本部にDB.※機能が集中しており、初期配分も補給も店間移動もアルゴリズムに基づいて本部のDB.がSKU単位に運用し、売価変更まで決めていたと記憶している。対してバックル社は初期配分と補給はネブラスカ州カーニーの本部が行うが、売り切り消化段階では店間移動・集約や売価変更の権限がリージョナルマネージャーとエリアマネージャーに移る。在庫を集約して値引きする店舗を限定しているから値引きロスが抑制され、24年1月期では在庫は4.13回転して粗利益率は58.9%に着地している。同期のギャップ社は3.58回転の47.3%にとどまるから、在庫運用効率の格差は歴然だ。

INDITEXのように端から各店発注で各店消化責任(FC店と並行した経緯と推察する)というケースはともかく、店舗を直営するアパレルチェーンでは本部が商品調達・配分・補給しても売り切り段階では在庫運用権限をリージョナルやエリアに移管するのが賢明で、どのタイミングでどのようなルールで移管するかが問われる。各社の調達方法や商品特性、店舗布陣や組織体質で事情は異なるから、自社に最適な方法を模索するべきだろう。

 

※DB.(Distribution/Distributor)・・・分配/分配者を意味し、チェーンストア運営では調達した商品を多数の店舗に最適配分・補給・移動し、売価変更と合わせて消化を図る在庫運用とその責任者を指す。

 

 

 

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