小島健輔の最新論文

繊研新聞2009年11月5日付掲載
コラム“FBへの提案”
『退化する消費』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 H&Mが上陸して早1年。続いて上陸したフォーエバー21ともどもレジ前の行列が切れない人気を見せつけている。H&Mは今秋から矢継ぎ早な多店化に移り、迎え撃つ国内系ファストSPA(製造小売業)のフリーズマートも好調にスタートした。ファストファッションがこれほどのブームとなった要因をどう見るべきなのか。リーマンショック以降の深刻な消費不況もともかく、もっと本質的な変化を読み取るべきだと考える。

退化する消費

 ファストファッションに限らず、最近はユニクロやしまむら、ニトリなど低価格ビジネスが人気を集めているが、その背景は消費の‘ボリュームゾーン’化にあると考えられる。‘ボリュームゾーン’とは経済産業省が言うところの成長途上国における中産階級の急速な形成がもたらす大衆消費市場であり、先進国で求められる過剰な機能や付加価値を乗せた高価格品ではなく、それらを削ぎ落としたシンプルな低価格商品が求められているということだ。インドのタタ・モーターズが売り出した27万円の「ナノ」はその典型で、日本のメーカーも途上国市場を拡大するには‘ボリュームゾーン’商品の開発が不可欠だとされる。
 ファストSPAの商品はトレンドデザインに特化して(品質を圧縮して)低価格を実現したものだし、ユニクロやニトリの商品は品質と機能に特化して余分な付加価値を削いだもので、どちらも典型的な‘ボリュームゾーン’商品だ。このような‘ボリュームゾーン’商品が急速に市場を拡大しているのは、経済の衰退と下層社会の拡大、デジタルな感性圧縮によってエコ低温体質(少ない消費と付加価値で生きて行ける)に退化したデジタル世代がメジャー化し、消費の付加価値が削げ落ちて市場が途上国化しつつあるからではないか。
 デジタル世代とはおおむねアンダー37才のデジタルに圧縮された音楽や映像、ファストフードで育った若年層で、CDやアイポッドで音楽を聞き、デジカメやケータイの写メで映像を見るアナログ文明を体験せずに育った感性圧縮世代と定義される。‘感性を圧縮された世代’と言われる方は不愉快だろうが、情報を圧縮して伝達を容易にするのがデジタル技術の本質だから、言下に否定する訳にはいかない。ケータイで手軽にファッション商品を買えるのもデジタルに感性圧縮されたゆえと見れば納得がいく。
 考えてみれば、昭和30年代の日本でもスバル360やミゼットは「ナノ」と大差ないシンプルな仕様と価格だったし、洗濯機や冷蔵庫などの白もの家電も機能限定のシンプルなものだった。それがいつの間にか機能や付加価値を満載した高価なものに化けて行ったのは時代のマーケティングがなせる業だったのだろう。経済の衰退と資源の限界を実感したデジタル世代が本能的に途上時代体質に退化していったのはごく自然なことと思われる。  これまでの日本市場では衣料品に過剰な品質や機能を求めるのが当然と考えられてきたが、ファストファッションブームはその常識を根底から覆した。トレンドデザインに特化して不要な品質や機能を削ぎ落とした外資ファストSPAのトレードオフ商品を体感したデジタル世代は、『衣料品はシーズン毎に使い捨てる消耗品なのだから過剰な品質や機能は不要で、季節の消耗品にふさわしい鮮度と手頃価格が当然』という認識が急速に広まったのではないか。
 アパレル関係者の多くは今もなお、衣料品は何年も着れる‘耐久消費材’と考えているようだが、エコ低温消費体質のデジタル世代はもう衣料品を‘耐久消費材’とは見ていない。業界はこの現実を直視し、デジタル世代に向けたトレンド商品では過剰な品質や機能を削ぎ落とした‘消耗品’の開発を決意すべきであろう。

総力あげ開発急げ

 シンプルな低価格商品が日本国内でも求められる傾向は無印良品が一世を風靡した頃からあったが、これからは自動車も家電もファッションも急速に‘ボリュームゾーン’化して途上国と同質化していくに違いない。マーケットがグローバル化して行く中で、日本だけが突出した先進国で、高機能高付加価値な商品が求められていると考えるのは無理がある。
 ファストファッションのブームは一過性のものではなく、途上国的に退化して行く日本市場で急速に拡大していく本流と見るべきだ。ファッションビジネスはマーケットの退化を直視し、過剰な付加価値を削ぎ落として‘消耗品’に割り切った‘ボリュームゾーン’商品とファストSPA業態の開発に総力を投ずるべきであろう。それは途上国を含めてグローバルに通用するものゆえ海外進出の武器ともなり、急成長していくネット市場にもマッチしてマルチチャネル展開の武器ともなるのではないかと考える。

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