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WWD 小島健輔リポート
『“テロワール”こそアパレルの生命線 ワークマン、ライトオンの根本的課題』
(2024年03月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 転機となった「ワークマンプラス」に続く「#ワークマン女子」による拡大が壁に当たったワークマンと、長らく低迷が続くライトオンの「マーケットとのすれ違いの構図」が共通している、と言ったら意外だろうか。アパレルビジネスとテロワール(生育環境)という根本的な課題に切り込んでみたい。

 

ローカル感覚とメトロ感覚のすれ違い

 

 「#ワークマン女子」による都市圏一般客の取り込みにかげりが見えたワークマンは成長の鈍化を回避すべく、全方位狙いの「ワークマンプラスII」によるローカル小商圏市場の再開拓や子供服への本格参入、シニア強化などを打ち出しているが、ワークマンの試行錯誤にはローカル感覚とメトロ感覚のすれ違いが指摘される。

 ローカル生活圏の職人向けワークウエア&用品専門店のFC展開で成功したワークマンの商品は、繰り返して購入しやすい低価格と機能性・耐久性を兼ね備えた優れ物だが、ローカル職人層の求める機能と嗜好を反映して確立されたものだけに、多少のファッション性を加えても都市圏一般生活者のライフスタイルや嗜好とは乖離があった。ツーリング、トレッキング、キャンピングなどのアウトドア愛好者に評価されて一般客にも広がり、「ワークマンプラス」の開発につながったが、アウトドアな機能とお値打ちな価格が評価されたのであって、都市圏の一般客にファッション性が評価されたわけでも日常のライフスタイルに定着したわけでもなかったから、コロナが明けてアウトドアブームが沈静化するとともに勢いにかげりが見えてきた。それはニトリにもどこか共通するギャップではなかろうか。

 都市圏の一般客、とりわけ女性層(「女子」というにはアラフォー以上と高齢だが)の取り込みを狙った「#ワークマン女子」は女性ウケするファッション性を意図したが、ワークウエアやアウトドアウエアをカラフルにしたり目立つディティールを付加しただけで、メトロなライフスタイル※とは乖離が大きかった。人口密度が高く他人との距離感に神経を使うメトロ生活者は人混みになじむクールなカラリングやスマートなウエアリングを好むから、異様にカラフルで目立つディティールを加えた「#ワークマン女子」の商品には腰が引けた人も多かったと思われる。山野や田園ではともかく都市の日常生活では周囲の環境から浮いて見えそうだからだ。「#ワークマン女子」が開店初年度は繁盛しても次年度の落ち込みが大きかった(23年3月期では13%減)のは、自分の嗜好やライフスタイルとは違うと失望した顧客が多かったのではないか。

 本格参入を発表した子供服にしても、ワーク&アウトドア感覚の大人用を素材もカラリングもそのままにサイズダウンしたもので(その方がコストもサプライも好都合)、機能性や耐久性はともかく、はっきり言って全然かわいくない。同じアウトドアコンセプトでも、昨秋デビューしたナルミヤの「ミニマル(MINIMAL)」の方が断然にかわいいのではないか。似たようなアイテムなのに、小粋なフレンチカラーやちょいストリートなウエアリング(パターンが違うんです!)がかわいく見えてしまう。ローカル感覚とメトロ感覚の違いと言っては語弊があるかもしれないが、大人向けの服とも共通したギャップが指摘される。そんなすれ違いはジーンズの世界でもみられる。

※メトロライフスタイル…地下鉄や私鉄などの公共交通機関が発達した大都市圏をメトロエリアと言い、人口密度も利便性も高い都市圏のライフスタイルを人口密度も利便性も低いローカルのライフスタイルと対比する概念

 

カントリージーニングとメトロジーニング

 

 23年4月25日に本サイトに掲載した「『ライトオン』は『バックル』の何を学ぶべきだったのか」(https://www.wwdjapan.com/articles/1549081)で詳説したので読み返していただけば理解が深まると思うが、米国のジーニングにはワークウエアから発した従来の「カントリージーニング」、近年のメトロライフスタイルから発したアスレジャー感覚の「メトロジーニング」がある。

 「カントリージーニング」はワークウエアらしい加工感や汚れ感が色濃く(かつて、リーバイス社のトップは「ジーンズは洗濯するものではない」と豪語した)、オンスも重めなデニムをジャストサイズで腰ばくというイメージが強いが、「メトロジーニング」はオンスも軽めなデニム(ストレッチや合繊混もあり)をきれいめな加工感でトラックパンツのように抜けてはくもので(タイトフイットもあるが)、スエットアイテムのように洗濯して清潔に着るイメージだ。

 ライススタイルも両極で、カリカチュアすればこんなものだろう。「カントリージーニング」を愛好するのはローカルやカントリーに住む第一次、第二次産業従事者(いわゆるブルーカラー)で、ジーンズにウェスタンブーツとカウボーイハットを合わせて大排気量のピックアップトラックに乗る。「メトロジーニング」を愛好するのはメトロエリアに住む第三次、第四次産業従事者(技術職や専門職のグレーカラーやサービス業従事者も含むいわゆるホワイトカラー)で、ジーンズにスニーカーとスウェットを合わせてテスラかプリウスに乗る。

 後者はともかく前者は今時レアなのではと思われるかもしれないが、米国のローカルでの売れ筋自動車は未だ大排気量のピックアップトラックだし(トヨタやダットサンも米国専用のピックアップトラックで稼いでいる)、ウェスタンブーツとカウボーイハット(とジーンズ)を売る「ブートバーン(BOOT BARN)」というチェーンが全米44州に1000平方メートル近い大型店舗(ほとんどがロードサイドの独立店舗)を345店(前期末から45店も増えている)も展開して、16億5762万ドル(約2490億円)を売り上げ、粗利益率63.2%、営業利益率22.9%という繁盛ぶりだから(23年3月期)、決してマイナーではない。

 伝統的なカントリージーニングを売る「バックル(BUCKLE)」はアスレジャーが広がる中、「ギャップ(GAP)」などメトロジーニングのチェーンに圧されてメトロエリアのショッピングモールから次々に撤退し、「ブートバーン」があるようなローカルやカントリーのシティモールやタウンセンター、ストリップセンターに活路を見出した。成長力は失ったが、23年3月期も42州に441店を展開して13億4520万ドル(約2020億円)を売り上げ、粗利益率59.4%、営業利益率24.4%と抜群の高収益を維持している。

 残念ながら、わが国には軽トラとワークウエアというカントリースタイルはあっても(「ワークマン」やホームセンターの背景)米国のように大規模なカントリー文明が存在しないから、カントリージーニングのマーケットはアスレジャーやメトロジーニングに圧されて縮小の一途をたどり、メトロエリアの店舗が販売不振で次々に閉店してもローカルやカントリーに新たな店舗網を広げることがあたわず、ライトオンは減収減益の坂を転げ落ちるしかなかった。

 メトロジーニング(+アスレジャー)に転換してメトロエリアのモールに活路を見出すという選択肢はあったが、それにはジーンズブランドに頼らず自社でメトロなジーンズを開発するというSPA化が必定で、幾度か挑戦しては在庫を抱えて撤退するうちに「ユニクロ(UNIQLO)」や「ジーユー(GU)」、「アズール バイ マウジー(AZUL BY MOUSSY)」などSPAがその機会を奪ってしまった。「メード・フォー・オール」をうたう「ユニクロ」は最大公約数的な商品企画だから、カントリージーニングともメトロジーニングともつかない中途半端は否めず、まだチャンスは残されているが、ジーンズメーカー並みの開発力がないともはや無理だろう。

 

アパレルマーケットとテロワール

 

 ワークマンとライトオンを例にとったカントリーマーケットとメトロマーケットの違いは極端で分かりやすいが、アパレルのマーケティングはもっとニッチでデリケートなセンスが問われることが多い。それはワインやコーヒーの生育で問われるテロワールに近いのではないか。

 テロワールとは地形・地勢や気候条件(ミクロクリマ)など生育環境を言うが、同じ村の隣り合わせの畑であっても日当たりや土壌で収穫の質やキャラが極端に異なるケースがある。アパレル販売でそれを実感させるのが新宿駅の「ルミネ村」だろう。

 同じ新宿のターミナルにあっても、ルミネ1はオーセンティックなセレクトショップを中心に構成してクオリティーとセンスにこだわる大人たち(アラ40中心か)を捉える一方、ルミネ2の2階は女性目線でオシャレを追求するブランドやストアをそろえて自立する女性たち(アラ30中心か)を捉え、ルミネエストはフェミニン/ガーリーからマスキュリン/ボーイッシュ、エレガンスからモードまで多様なキャラクターのブランドやストアを揃えて学生層からキャリアガール/ボーイまで若者(アラ20中心か)を捉えている。

ルミネ2でも上層階はそれぞれが固有の顧客を捉えるブランドやセレクトショップで構成して特定の世代やライフスタイルを想定しない一方、新南口のニュウマンは個性的なライフスタイルを提案するブランドやセレクトショップで構成して生き様を主張する大人たち(アラ40中心か?)を捉えている。客単価はルミネエスト<ルミネ2の2F<ルミネ1<ニュウマンの順に高くなり、客数はその逆に少なくなる(ルミネ1とニュウマンの客単価は大差ないと思われる)。

 長年、毎月のように品ぞろえやトレンドの変化を観察しに一周している私のマーケティング視点であって個々のブランドやストアのクリエイションにまで踏み込むものではないが、そんなバーズアイだからこそテロワールの違いが見えるのだと思う。

 原宿・表参道地区だって、表参道軸と明治通り軸、それぞれの表通りと裏通りでテロワールは随分と違う。表参道はラグジュアリー系、明治通りはファッションに限らないグローバルブランド系、キャットストリートの渋谷側はアウトドア系、千駄ヶ谷側はリユース系、竹下通りはスクール系、原宿通り(竹下通りのキャットストリート側)はローカル系(旧裏原系と韓国・台湾系)、プロペラ通りはスニーカー系というのが漠然とした認識だが、通行客の大半が外国人となった今日ではローカル客(日本人)の棲み分けも曖昧になってきた。そんな中でもスクール客(JC/JK)だけは竹下通り以外では見かけないから、外国人が氾濫する中もテロワールは変わっていないようだ。

どの通りが裏原以来の「原宿ファッション」の系譜が色濃いかと問われれば、やはりプロペラ通り(通称スニーカー通り)が突出しているが、スニーカーブームも峠を越えた今となっては原宿通りと一体化し、東アジアのローカル客(関東・韓国・台湾)が行き交う様はSF的異世界感さえ漂う。

そんな原宿・表参道の複雑なテロワールとすれ違っているのが明治通りの原宿交差点近辺に点在するファッションビルで、往年の成功体験や投資回収の論理が災いして人気が離散し、テナントの撤退や入れ替わりの果てに催事場化しているビルも見られる。原宿交差点の「オモカド」の斜向かいに4月17日に東急不動産が開業する「ハラカド」はそんな原宿の裏通りカルチャーをダイジェストしたようなコンセプトを掲げているが、それぞれのテロワールに自生した裏通りカルチャーがファッションビルに根付くのか、半世紀に渡って原宿・表参道地区のテロワールの変化を見てきた私には無理押しに見える。

 

郊外SCやターミナルのテロワールも様々で移ろうもの

 

 郊外のショッピングモールというとどこも似たようなイメージを持たれるかもしれないが、沿線や地域の特性、デベロッパーの開発方針や開発の年次によって結構、テロワールは異なる。

 動かし難いのが沿線や地域の特性で、高台や台地の山の手と谷筋や川筋の川の手ではなぜか所得水準がくっきり分かれるし(グーグルマップで住宅区画の大きさを比べると一目瞭然だ)、阪神間の阪急と阪神・JR、港北の田園都市線と横浜市営地下鉄線のように、距離は離れていないのに沿線で極端に所得水準やライフスタイルが異なることがある。

 似たような郊外にあっても、イオンモールとららぽーと(三井不動産)のように開発の方針が異なれば、選定する立地もテナント構成も集まる客層も結構、違ってくる。イオンモールは住宅密集地や市街地から離れた道路交通の要衝に低コストで広大な敷地を確保し、容積制限100%でも使い残して平面駐車場や緑地を広く取るが、ららぽーとは住宅密集地や市街地に近い交通の便が良いところにコストの高い必要最小限の敷地を確保し、商業棟と立体駐車場で容積制限150%を使い切って平面駐車場や緑地はほとんど残さない。

イオンモールは地味だが地域のニーズに合わせて業種業態をバランス良くそろえるのに対し、ららぽーとは開発時点の時流に合わせて意図して偏ったり背伸びしたテナントをそろえるから、華やかだが業種業態のバランスは偏る。地味に地域に合わせる感覚と背伸びする感覚はフードコートの単価設定を比べれば一目瞭然だろう。

 開発された時期でテナント構成のトレンドは異なるから、定期借家契約期間の2サイクル(10年または12年)を経ないとアップデートされず、時代ずれした構成を引きずる商業施設もある。定期借家契約導入(00年3月)以前の前世紀に開発された古い商業施設では普通借家契約のテナントが残ってアップデートが進まず、周辺の新しい商業施設に客を奪われて地盤沈下が止まらないケースも見られる。

 開業から時を経た商業施設は商圏顧客とともに高齢化するケース、商圏顧客の世代交代に置いていかれるケースがしばしば見られる。郊外のベッドタウンのように世帯流動性が限られる場合は、開業から時を経ると共に商圏顧客の世代が上昇して商業施設まで老いてしまうケースがある一方(開業時にニューファミリーだった家庭が、子供が巣立って空の巣世帯になるなど)、世帯流動性の高いアーバン(都市部住宅地)では一戸建て世代が抜けてマンション世代に入れ替わるケースも多い(文京区が典型だが郊外でも吉祥寺はそうなった)。

 日本橋の高島屋がリニューアルでアラフォーなマンション世代を取り込んで売り上げを伸ばしたのに対し、三越は古くからのお帳場客に固執してマンション世代を取り込めず明暗を分けたのは記憶に新しいが、前世紀には伊勢丹、東急、近鉄(2001年に閉店して三越吉祥寺店となるも06年閉店)と3つも百貨店があった吉祥寺が一戸建て世代が去ってマンション世代に入れ替わった結果、東急しか残らなかった(それも時間の問題だが)ことも忘れてはなるまい。

そんな世代交代がファッションブランドの勢いを失わせた例も多々見られる。テンセル感覚の柔潤なフィット感を好んだ団塊世代が上に抜けたのに、スタイリッシュ(ソリッド)なフィット感を好むアラファイブ、アラフォー世代に対応せずに業績が悪化したパンツブランドの「ビースリー(B-THREE)」は典型的な事例だ。90年代末から00年代にモテ志向のY世代女子大生/OLに支持されてブレイクした赤文字ブランドがストリート志向のZ世代(青文字系)に対応できず落ち込んで行ったのも同様なケースで、「サマンサタバサ」もその例にもれない。

テロワールはアパレルのマーケティングや出店政策に不可欠の視点であり、世代や地域のライフスタイルやカルチャーとすれ違えば、手練手管を尽くしても業績の悪化は避けられない。目先の動向に執われて近視眼や視野狭窄に陥ることがないよう、常にバーズアイなアンテナを立てておくべきだ。

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