小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・オンライン
『イトーヨーカ堂とギャップがハマった現場弱体化の「落とし穴」とは』
(2024年03月27日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 世はDXだAIだとデータマイニングに突っ走っているが、デジタルのコマンドはフィジカルのアクションに落ちない限り実効性はない。現場の実態と乖離したデータマイニングは却って業務効率を低下させるばかりか、現場を思考停止に追い込み顧客から乖離して事業の失速さえ招きかねない。ブームが加熱する中、ちょっと立ち止まって頭を冷やし、デジタルとフィジカルを一致させて現場の活力を高めるべきではないか。

 

■デジタルはフィジカルとイコールではない

 インターネットが黎明期にあった前世紀には通信インフラも脆弱で、パソコンのリターンキーを押しても本当にコマンドが実行されて相手に電送され、現実の手続きや発注が済んだのか不安に思ったものだが、今日ではオンラインにせよローカルネットワークにせよ、「デジタルでコマンドアクション=フィジカルでも実行」と誰もが信じて疑わなくなっている。だが、もしかすると、それは錯覚かもしれない。

 インターネットでもローカルネットワークでもコマンドアクションの電子信号は即時に相手側に伝わり、フィジカルでも間髪入れず実行されると錯覚しがちだが、回線やサーバーにトラブルが生じたりセキュリティ設定に引っ掛かったりプロトコルが食い違えばエラーになり得るし、即時に伝わってもフィジカルの実行が遅れたりパスされたりするリスクもゼロとは言えない。ましてや相手と信じて疑わないサイトやメアドが「なりすまし」であれば、こちらの意図とは異なるコマンドが実行されてしまう。

 テジタルな伝達プロセスでもエラーやトラップがあり得るが、フィジカルの複雑なプロセスでは勘違いや行き違いが容易に生じる。DXを推進する側がフィジカルの工程を正確に掴まないままデジタルの工程を組めばトラブルの発生は必定で、下手すればフィジカルのラインが止まりかねない。実際に、ECシステムのリプレースでは数週間から数ヶ月間もシステムが停止し、その間の売上が無くなってしまうという事件も度々発生しているし、物流システムの組み替えでも予期せぬトラブルや遅滞が発生するケースが少なくない。

 

■フィジカルには「未必の錯覚」が潜む

 デジタルではコードのプログラミングをミスなく積み上げないとコマンドは作動せず(近年は中身の工程を見ないノーコードが拡大しているが)、連携するアプリ間でプロトコルやセキュリテイの食い違いがあればバグってしまうから、何度もテストを繰り返してデバックするのは常識だ。ところが、フィジカルでは本部や上司が指示命令すれば現場や部下は忠実に履行するという「未必の錯覚」が横行しており、実行段階のプロセスやスキルの検証が等閑にされる事が多い。

 本部や上司が指示命令(コマンド)の細かい手順と個々の作業スキルを現場や部下にプログラミング(マニュアル化と研修)するのは稀で、現場に定着している手順とスキルで何とか執行するだろうという「未必の錯覚」(判っているけど目を瞑る)で誤魔化すケースが大半だから、実行の精度やスピードがバラついたりミス(バグ)が頻発するのは必定だ。そんな初期の混乱は現場対応で解決していけば済むという感覚なのだろうが、デジタルの世界なら徹夜の修正作業の果てに責任者の首が飛ぶ。

 本部や上司の「未必の錯覚」には責任回避の保険まで掛かっているから始末が悪い。指示命令を現場なりの解釈で従来の方法に翻訳し混乱を回避してくれるだろうとか、現場が効果的な手順やスキルを編み出してくれるだろうとか、医師が用量・用法を指示しないで投薬するみたいな無責任な指示命令が横行している。それで上手くいけば本部や上司の成果、上手くいかなければ現場のスキル不足と誤魔化されてしまうのだろう。

 こうしてみると、デジタルとフィジカルの不一致より、フィジカルの組織的実行プロセスの方にはるかに大きな問題があるのではないか。

 

■本部集権か現場分権か

 実際問題として、本部や上司の指示命令をどの程度の精度とスピードで実行できる力量が現場にあるかが「企業の基礎体力」として問われることになる。現場の力量が信頼に足るものであれば本部や上司の「未必の錯覚」は最小化され戦略や戦術の成果が読めるのに対し、現場の力量に不安があれば本部や上司は「未必の錯覚」に依存して戦略や戦術の成果が読めなくなってしまう。

 現場の力量を信頼できれば現場に権限が委譲され、現場の力量に不安があれば本部集中が進む。本部集中が進めば現場の権限は圧縮されて運用の力量も一段と劣化し、プロフィットセンターからコストセンターに転落して、さらに本部集中が進む。このスパイラルが進めば企業は頭でっかちになって現場の足腰が弱くなり、戦略・戦術の成果が出なくなって販管費率が上昇し、何をやっても業績の悪化が止まらなくなる。

 小売業、とりわけチェーンストアではこの問題は致命的で、現場不信から本部集中が進めばデータマイニングに流れて経営が現場と顧客から乖離し、現場の力量が加速度的に低下して販管費率が上昇し、「小売の輪」の淘汰される側に転落してしまう。POS依存データマイニングの売れ筋集中で品揃えが縮小均衡のスパイラルに陥ったイトーヨーカ堂衣料品など、その最たる好例と言えよう。

 92年10月に鈴木敏文氏が代表取締役社長に就任して「行革」が始まる以前のイトーヨーカ堂衣料品は稼ぎ頭だったが、POSデータに基づく売れ筋への絞り込みを推し進めた結果、品目数が絞られSKU数が半減して品揃えのバラエティと変化が損なわれ、顧客が離反して売上減少のスパイラルに陥った。

データマイニングを徹底する鈴木氏が衣料部門の好調を支えてきた現場の売場運用(週サイクルの消化促進編集陳列)を否定したことも、現場の士気と販売消化の低下を招いて売上の減少を加速した。経営陣はその結果を方針の過ちではなく徹底の不足と捉え、結果を出せない現場を激しく叱責して一段と絞り込みを徹底したから、現場は萎縮して思考力も遂行力も低下し、売上も消化も加速度的に悪化して02年2月期には赤字に転落してしまった。

06年春に伊勢丹出身の藤巻幸夫氏を招聘して仕掛けた百貨店的変身も顧客を離反させて売上の減少が加速し(顧客が見えなくなっていた)、赤字経営の果てに衣料品の直営から撤退してブランドのコンセやSPAチェーンの商品供給に依存するばかりか、大量閉店と身売りに追い詰められるという結末に至っている。

最盛期にはライバル量販店はもちろんアパレルチェーンも真似のできないほど卓越した現場の売場運用(販売消化促進の編集陳列)スキルで高収益を謳歌していたイトーヨーカ堂衣料品を転落させたのは、データマイニングによる本部集権だったのではないか。

 

■ギャップ社とバックル社の明暗

 本部集権と現場分権を対照する好例が米国のギャップ社とバックル社の明暗だ。メトロジーニング系とカントリージーニング系という違いはあるものの、どちらも米国を代表するジーンズカジュアルチェーンだが、近年の業績は明暗が開いている。

 説明しておくと、米国のジーニングにはワークウエアから発した伝統的な「カントリージーニング」、近年のメトロライフスタイルから発したアスレジャー感覚の「メトロジーニング」がある。「カントリージーニング」は加工感や汚れ感があるオンスも重めなデニムをジャストサイズで腰履くというイメージだが、「メトロジーニング」はきれいめな加工感のオンスも軽めなデニムをトラックパンツのように抜けて履くというイメージだ。前者は洗濯を控えて使用感にこだわるが、後者はこまめに洗濯して清潔に着る、と言えば極端だろうか。

ギャップの23年1月期は156億1600万ドル(オンライン売上比率38%)を売り上げたが、「Yeezy Gap」の閉鎖や値引きロスで営業利益は6900万ドルの赤字に転落。24年1月期は売上は148億8900万ドル(オンライン売上比率37%)と4.7%減少したが、値引きロスを抑制して営業利益は5億6000万ドル(売上対比3.8%)と辛うじて浮上している。米国内の店舗布陣はメトロエリアのショッピングモール中心で、ダウンタウンにも大型店舗を展開している。

対してバックルの23年1月期は13億4520万ドル(オンライン売上比率17%)を売り上げ、営業利益は3億2810万ドル(売上対比24.4%)と高収益を維持。24年1月期は12億6100万ドル(オンライン売上比率16.4%)と6.2%の減収、営業利益は2億7106万ドル(売上対比21.5%)と17.4%の減益だったが、それでも営業利益率はギャップを17.7ポイントも上回る。メトロエリアのショッピングモールからは撤退し、ローカルやカントリーのタウンモールやストリップセンター中心に展開している。

ジーニングスタイルや店舗布陣の違いは別として、両社の業績を分けているのがデータマイニングな中央集権と属人的な現場分権というマネジメントの違いだ。

SPAの草分けたるギャップ社はサンフランシスコの本部に商品企画部/生産部/DB.※部の機能が集中しており、店舗は本部の指令で販売とフェイシング管理、レイバーコントロールと精算管理の店舗運営に専念する。今日の体制は多少変わっているかもしれないが、初期配分も補給も店間移動もデータマイニングのアルゴリズムに基づいて本部のDB.がSKU単位に運用し、売価変更まで決めていたと記憶している(私は往時のギャップ社とコンサル契約してサンフランシスコの本社にも出向いた)。

全商品がPBの元祖SPAでバックルとは桁違いの生産ロットなのに、23年1月期の在庫回転は3.3回と遅く粗利益率は42.5%※にとどまるから、ロス率はバックルより17ポイント以上大きいと推察される。23年1月期は「Yeezy Gap」の閉鎖という特殊事情があるから24年1月期の推計(5月の10-kファイル開示で確定する)で見れば、在庫回転は3.6回、粗利益率は46.9%と、減益した24年1月期のバックルよりロス率は12ポイント以上大きいと推察される。

対してバックル社は商品企画と調達、初期配分と補給はネブラスカ州カーニーの本部が行うが、補給終了後の売り切り消化段階では店間移動・集約や売価変更の権限がリージョナルマネージャーとエリアマネージャーに移る。全店一斉セールはせず在庫を集約して値引きする店舗を限定しているから値引きロスが抑制され、23年1月期では在庫は5.9回転して粗利益率は59.4%もあった。

粗利益率の高さからギャップと同様な開発型のSPAと思われるかもしれないが、ブランド商品の仕入れが57%を占めるセレクト型のジーンズカジュアルチェーンで、機動的な店間移動や値引きする在庫の店舗集約などきめ細かい在庫運用がロスを抑制して高粗利益率を確保している。その肝は売り切り消化段階での在庫運用権限の現場(リージョナルとエリア)移行にあるが、現場の人材に運用スキルがないと却ってロスが肥大しかねない。

バックル社は長年、現場の人材育成に注力しており、カントリージーニングのライフスタイルとウエアリング、シーズンの販売進行に精通した現場人材(プロフィットセンターはエリアマネージャー)が育っているからこそ成り立つ「神業」なのだろう。

 

私はデータマイニングを否定しているのではない。デジタルなアルゴリズムが如何に精密でも、現場のフィジカルな運用が伴わないと結果が出ないと言っているのだ。如何に的確なデータがあっても、総合的な状況から「営業センス」で判断して適切に執行する現場人材がいなければ好結果には繋がらない。

加えて、過度なデータマイニング信仰で本部に権限が集中すれば現場と顧客からの乖離は必至で、現場のスキルも意欲も衰えて組織の遂行力が落ちていく。それこそが最も恐れるべき弊害だと思う。

 

※DB.(Distribution/Distributor)・・・分配/分配者を意味し、チェーンストア運営では調達した商品を多数の店舗に最適配分・補給・移動し、売価変更と合わせて消化を図る在庫運用とその責任者を指す。

※粗利益率・・・ギャップ社もバックル社も商品原価にオキュパンシーエクスペンス(地代家賃)含んで開示しているから、その分、見せかけの粗利益率が低くなる。商品原価からオキュパンシーエクスペンスを差し引いて粗利益率を算出する必要があるが、オキュパンシーエクスペンスはSECの10-kファイルで開示されるまで不明だから粗利益率も推計値になる。

 

 

 

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