小島健輔の最新論文

販売革新2013年12月号掲載
『米国アパレルチェーンの最新動向』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

米国アパレルチェーン業界の近況

  米国アパレルチェーン業界の12年度(13年1月末締め)の売上規模は上位25社で前年比7.4%増の667億ドルと米国アパレル専門店市場(1783億ドル)の37%強を占め、この10年間で約1.7倍に拡大している。合計店舗数は384店増の26455店と、売上/店舗数とも日本の上位25社計(2兆50億円/9638店)の約2.4倍に達する。
 03〜06年の成長期の後、減速しリーマンショックで08年09年と二年連続して売上が減少したが、10年以降、三期連続して回復しており、12年度も107.4と好調を維持した。平均既存店前年比も102.3と消費者物価前年比(102.1)と大差なく、前期の101.5から若干加速した。平均営業利益率も05年に10.9%に達した後、減速してリーマンショックで08年には5.2%まで急落したが、各社が大規模な店舗閉鎖に踏み切った09年から徐々に回復に向かい、ここ三期は7%台を上下している。
 トップのギャップ社から5位のアセナリテイル社までSPA企業が占め、セレクトSPAは6位のアーバンアウトフィッターズ社、15位のバックル社、20位のパシフィックサンウェア社など規模が限られる。2位のLブランズ社(旧リミテッドブランズ社)はアパレルから撤退してランジェリー(「ビクトリアズ・シークレット」)とHBC(「バス&ボディワークス」)に特化しているため、実質2位はアバークロンビー&フィッチ社となるが、売上規模はトップのギャップ社の3掛け以下で、米国内売上だけだと4分の1に留まる。
 13年上半期は米国景気の後退とともに上位25社の売上前年比も102.4と減速し(買収効果で急拡大したアセナリテイル社を除く)、平均既存店前年比は98.5と失速。平均営業利益率も6.5%と前年同期から0.8ポイント低下した。ギャップ社が売上前年比107.6、既存店前年比104.0、営業利益率13.8%(前年同期比+2.2)、Lブランズ社が売上前年比105.1、既存店前年比102.0、営業利益率14.0%(前年同期比+0.9)と堅調を維持する一方、アバークロンビー&フィッチ社は売上前年比95.3、既存店前年比87.5、営業利益率0.3%、アメリカンイーグルアウトフィッターズ社は売上前年比97.1、既存店前年比94.0、営業利益率5.3%(前年同期比−3.4)と低迷を深めている。

高収益高成長注目業態

 12年度で最も売上を伸ばしたのは前期に続いてヨガ&アスレチックウェアのルルレモン・アスレティカ社で136.9と突出。既存店売上も116.0、営業利益率も前期より1.2ポイント低下したとは言え27.5%と突出しているが、商品回転が4.05回と前期より0.46回低下したのは勢いの陰りを感じさせる。13年上半期も売上が121.5、既存店売上が107.0と好調だが減速は否めず、営業利益率も21.0%と前年同期より4.2ポイント低下している。同社をベンチマークするギャップ社の「アスリータ」が12年1月末の10店から13年7月末は46店舗と伸ばした事も立地が重なるだけに影響しているのかも知れない。
 12年度、129.4とルルレモン・アスレティカ社に次いで伸ばしたのがJクルー社で、既存店売上も112.6と二桁増、営業利益率も11.4%と前期より5.3ポイント向上した。03年にギャップ社のCEOから転じたミッキー・ドレクスラーCEOがSPAの域を超えてアフォーダブル・ラグジュアリーまでブランド価値を高め、オバマ大統領夫妻御用達ブランドとなって不動の人気を確立し、就任以来の10年間で売上を三倍にして赤字企業を二桁営業利益率の高収益企業に変貌させたサクセスストーリーは米国アパレル業界の新たな神話となった。13年度上半期は米国景気の減速もあって売上が109.2、既存店売上が102.4、営業利益率も11.5%(前年同期比−1.8)と減速しているが人気は不動のようだ。
 ミセスSPAのチコス・ファス社も売上が117.5、既存店売上も107.2と好調で営業利益率も11.1%と前期から1.0ポイント伸ばしたが、13年上半期は102.1、既存店売上は98.7と失速。営業利益率も11.5%と前年同期比1.8ポイント低下しているが依然、水準は高い。ミセスLサイズSPAなどのアセナリテイル社は売上が115.1、既存店売上も105.0と伸ばしたものの営業利益率は8.7%と前期から1.2ポイント低下し、13年上半期は既存店売上が100.0と減速し、営業利益率も5.6%と前年同期比3.1ポイント低下している。
 不調が目立つのが営業赤字のウェットシール社やパシフィックサンウェア社、前年割れのエアロポスタル社やシティ・トレンズ社など低年齢・低価格のカジュアルチェーンで、高価格政策が壁に当たったアバークロンビー&フィッチ社と再建中のコールドウォーター・クリーク社を除けば、総じて高年齢・高価格・コレクションMDあるいはライフスタイルMDの企業ほど堅調〜好調、低年齢・低価格・短サイクル単品MDの企業ほど苦戦という構図は日本と大差ない。

新業態開発の挫折

 リーマンショックによる三期間の落ち込みがあったものの上位25社の合計売上がこの10年間で約1.7倍に拡大する等、底堅い成長力を見せる米国アパレルチェーンだが、決して順風満帆という訳ではない。Lブランズ社はとうに不安定なアパレル事業に見切りを付けてランジェリーとHBCに特化してしまったし、ギャップ社の「ギャップ&ギャップキッズ」北米店舗数は11期連続して減少して13年1月末は990店とピークの6掛け強にまで萎縮してしまった。「アバークロンビー&フィッチ」の店舗数も06年1月をピークに7期連続で減少し、13年1月末は285店とピークの8掛け以下に落ち込んでいる。ティーンズ業態では全米最大店舗数の「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」も13年1月末は893店とピークの09年1月末から61店減少している。
 基幹業態の頭打ちをカバーすべく00年代中頃から新業態開発が活発化したが、04年にスタートしたアバークロンビー&フィッチ社の「RUEHL No.925」は09年に廃止、05年にスタートしたギャップ社の「フォース&タウン」は07年に廃止、06年にスタートしたアメリカンイーグルアウトフィッターズ社の「マーチン&オサ」は10年に廃止、08年にスタートした同社の「77キッズ」も12年に投資会社に売却されている。アパレルメーカーのストア業態でも05年にスタートしたポロ・ラルフローレン社の「ラグビー」は13年に廃止。08年にスタートしたアバークロンビー&フィッチ社の「ギリーヒックス」も14年中の廃止が決定と、新業態は悉く市場に受け入れられず離陸出来なかった。
 海外から米国に進出した業態も89年に進出したインディテックス社の「ZARA」が13年1月末段階で45店に留まり、05年に進出した「UNIQLO」も積極投資にも拘らず未だ黒字化していないなど米国市場の競争はあまりに苛烈で、00年に進出して268店舗(13年5月末)に達している「H&M」など例外的な成功例と言うべきだ。

海外市場の拡大

 新業態開発に挫折した米国アパレルチェーンは新たな成長機会を開くべく09年以降、海外市場とEコマースという2つのチャネル開拓に注力していった。
 ギャップ社では米国内店舗売上が09年1月期の122.7億ドルから13年1月期は104.4億ドルと15%も減少したのに対して同期間に海外店舗売上は25.9億ドルから32.9億ドルと26.9%増加し、海外売上比率は16.4%から21.0%まで上昇している。13年1月期末時点でカナダ、英国、フランス、アイルランド、イタリア、日本、中国の7カ国に進出して438店(カナダ除く)の直営店を展開する一方、東欧、中近東、アジア、ラテンアメリカ等に312店のFC店を布石。推定900億円前後を売り上げる日本では三業態合わせて183店を展開し(13年1月末)、12年7月に1号店を出店した「オールドネイビー」は今11月末時点で早くも18店となっている。10年秋に進出した中国の「ギャップ&ギャップキッズ」も13年1月期で推定137億円を売り上げ、14年1月期には60店に迫ると見られる。
 ギャップ社以上に急ピッチで海外市場を開拓しているのがアバークロンビー&フィッチ社だ。米国内店舗売上が09年1月期の23.8億ドルから13年1月期は26.2億ドルと10%の増加に留まったのに対して海外店舗売上は2.6億ドルから12.0億ドルと約4.7倍に拡大し、海外売上比率は8.8%から26.5%まで上昇。13年3月時点でカナダ、欧州12カ国、アジア4カ国の計17カ国に「ホリスターCo.」を主体に141店を布石している。09年に「アバークロンビー&フィッチ」を出店した日本でも13年9月、ららぽーと横浜に「ホリスターCo.」を初出店。本国の2倍という法外な価格設定で失敗した「アバークロンビー&フィッチ」の反省から1.1〜1.2倍の価格に抑えて爆発的な人気を獲得し、急速な多店化が予想されている。
 米国アパレルチェーンが海外市場拡大に本気になったのはリーマンショックで米国内市場がマイナス成長に陥った09年以降で、海外展開を加速するギャップ社でも未だ売上の85.9%が北米(米国とカナダ)に集中し、日本が7.5%、欧州が5.4%、日本を除くアジアはまだ1.1%を占めるに過ぎない。海外展開で先行するH&M社は本国外売上が94.4%を占めるが、欧州に81.9%が集中しており、北中米が11.3%、日本は1.8%、日本を除くアジアは5.0%を占めるに過ぎない。インディテックス社は本国スペインの21.0%を含む欧州が66.0%を占め、南北米州が14.0%、アジア/アフリカ/中東が18.3%、日本は1.7%程度と推定される。
 海外展開で先行するH&M社やインディテックス社でも欧州市場外の開拓は遅れ、最も拡大が速いとされるH&M社でも一国の市場で1000億円の壁を超えるのに最速でも10年を要している(日本は10年かからないと見られるが)。米国アパレルチェーンの海外進出は両社に較べればようやく本格化したばかりであり、ローカル対応のノウハウも確立されておらず、試行錯誤と紆余曲折が予想される。

Eコマースとオムニチャネル戦略

 日本に先行してスマホが普及した(ブロードバンドは韓国、日本の後塵を拝しているが)米国ではEC売上も先行して急拡大し、米国商務省「商業センサス」に拠れば12年の全米EC売上高は2247億ドルと前年から15.9%拡大してEC化率(小売総売上に占めるEC売上比率)は前年の5.8%から6.5%に上昇。経済産業省の「電子商取引に関する市場調査(13年9月発表)」では12年の日本の物販系EC売上は前年比11.2%増の4兆9980億円でEC化率3.6%に留まるから、米国の方が一歩も二歩も先行している。
 米国アパレルチェーンでEC売上が突出しているのがギャップ社で、13年1月期は前期比23.5%増の19.3億ドル。09年1月期以降の4期間で2倍以上に拡大し、EC化率は5.7%から12.3%まで上昇している。スケールこそギャップ社に及ばないが、アバークロンビー&フィッチ社のEC売上も10年1月期の2.9億ドルから13年1月期は7.0億ドルと3期間で2.4倍に拡大。米国店舗売上が3.5%の減収に終わった13年1月期ではEC売上が27%も拡大し、店舗売上の落ち込みを埋めている。EC化率は10年1月期の9.9%から15.5%に上昇し、ギャップ社よりも高い。
 EC売上を公表している主要アパレルチェーンではエクスプレス社が2.8億ドル(EC化率13.0%)、エアロポステイル社が2.2億ドル(同9.1%)、ルルレモン・アスレティカ社が1.9億ドル(同13.5%)、パシフィックサンウェア社が5600万ドル(同7.0%)で、ギャップ社、アバークロンビー&フィッチ社を加えた6社の平均EC化率は11.7%と、米国物販総体のEC化率(6.5%)を大きく超えている。
 アパレルチェーンがEコマースを強化しているのは店舗売上の頭打ちを補う事だけが目的ではない。ギャップ社はオンライン事業の営業利益率も公表しているが13年1月期は前期比0.5ポイント上昇して22.5%に達しており、店舗事業の11.0%の倍を超えている。オンライン事業の営業利益は全社の22.3%を占めており、売上のみならず収益でも寄与が大きい。
Eコマース売上に加え、オンラインショップやSNSから発信される商品情報や店舗情報はスマホのローカル誘導(GPSやWi-Fiを活用)も寄与して店舗売上を嵩上げしている。当社の主催するSPAC研究会メンバー企業の平均ではO2OによってEコマースに12.0%、実店舗に9.4%の売上増効果があると回答されているから、ショールーミングによる価格比較が売上流出をもたらさないアパレル商品では最大計21.4%の売上増効果が期待される。
 ショールーミングとウェブルーミングの双方向で顧客を囲い込んで利便とブランド価値を高めるオムニチャネル戦略は大きな投資を要さず売上/利益とも確実に押し上げるから、市場開拓に巨額な投資と長い時間を要する海外市場より投資回収が遥かに速い。米国アパレルチェーンの拡大戦略は海外市場開拓とオムニチャネル戦略の投資効果を両睨みしながら進む事になりそうだ。

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