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ブログ(アパログ2019年06月07日付)
『ハイヒール強制は公然たるセクハラ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 どこから火がついたか知らないが、職場でのハイヒール強制の可否が論争になっている。厚生労働相がハイヒール強制を容認するかの発言をする一方、スポーツ庁はスニーカー通勤を煽るという行政のマッチポンプにはいつもながら違和感を覚える。
 ハイヒールは「ヒールの高いパンプス」と理解しているが、職場でのきちんと感を保つならフラットパンプスやローファーで十分なはずで、7cm以上のヒールは機能性を欠いて職場にふさわしくない。むしろアフター5やフォーマルシーン向きではないか。それでもハイヒールを強制するなら、フェティッシュな性的表現を要求していると見做されても致し方あるまい。
 確かに80年代のオフィスではハイヒールにパンティストッキングが必須だったが、今それを要求するのは当時のオフィスでガーターストッキングにピンヒールを強制するようなもので、性的表現の要求であることは疑う余地もない。そのパンティストッキングさえ当時の8分の1まで需要が減ってガーターストッキング並みに博物館アイテムとなりつつある今時、ストッキング必須のハイヒールを強制するなど秘密クラブの沙汰だ。
 そもそもハイヒールは姿勢を凛々しくするとは言え、足や腰に無理な負荷がかかるのも事実で、もとより健康に好ましいものではない。実際、勝負服にハイヒールでパーティや商談に臨む女性に聞くと『二時間が我慢の限界よ!』と吐き出すように言うから、勤務時間中ハイヒールを履き続けるよう強制するのは非人道的というべきだろう。
 もとよりハイヒールはフェティシズムから来たセックスシンボルで、クリスチャン・ルブタンやマロノ・ブラニク、ジミー・チューがそんな妖しい美意識に立脚しているのは疑う余地もない。ハイヒールを履くとヒップラインが強調され、服装も必然的に女性らしいボディラインを魅せるものになるから、望むと望まざるを問わず周囲にフェロモンを振り撒いてしまう。今時の禁欲的なオフィスには刺激が強すぎ、周囲があらぬ方向に気を取られて生産性も落ちてしまうのではないか。
 スーツ必須のお堅いビジネスマンとて今時は「見た目革靴」のビジネススニーカーが大勢を占めるし、外回りの多い営業系のビジネスマンではアクティブスーツにビジネススニーカーが定番となった感がある。硬くて重い英国風の本革底ビジネスシューズを通を気取って履くビジネスマンも稀に見かけるが、ショーファー付きの社用車で外出する上級エグゼクティブでもない限り、足腰を痛めて老化が早まるだけだ。
 そんな苦痛や性的サービスを職場の戦友たる女性兵士達に強いるのは論外で、ましてや行政機関の長がそれを容認するような発言が許されるはずもない。
 職場の服務常識は時代とともに変わっていくもので、女性が職場の花だった前世紀はともかく、少子高齢化を支えるべく女性の労働戦力化が急進する今日は戦時動員体制に等しい。タイトスカートやミニスカートにハイヒールでフェロモンを振りまくなど「非国民」なのかもしれない。近年のゆるいパンツスタイルなど、社会の空気が強制する今風の「もんぺ」(昭和17年制定の戦時婦人標準服)なのだろう。ますます禁欲化する今日の職場環境を考えれば、むしろ7cm以上のヒールを禁止するのが時代の空気ではないか。
 『ハイヒール強制は公然たるセクハラ』と結論づけたが、職場以外の場所で個人がハイヒールにフェティッシュな服装をすることを否定しているわけではないし、エロスの美意識はモードの原点だとも思う。70〜80年代のフェティッシュモードを体験しイタロランジェリーのバイヤー経験もあるファッション人間としては、国民総労働力動員の禁欲的な社会風潮がプライベートでのエロスの美意識まで抑圧してしまうのを残念に思う。

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