小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年7月号
『メガ企業に化ける“しまむら”』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

潮流一変でも変わらぬ強さ

  昨春以降、ベーシック志向の流れが一変して前世紀の勝者達が次々と失速していく中、独り変わらぬ強さを見せつける“しまむら”。今2月決算(単体)では既存店売上が前期から2.5ポイントアップの102.7と復調して10.4%増の2422億円を売り上げ、粗利益率の0.3ポイント改善、経費率の0.3ポイント圧縮等によって営業利益率は6.5%と1.0ポイント上昇して2000年2月期の水準に回復。この勢いに乗って2003年2月期は“しまむら”50店、“シャンブル”9店、“バースディ”8店を開設し、7.5%増の2,604億円、営業利益率7%を計画している。
 百%子会社の展開する“アベイル”も15店を出店して43店に達し、54.5%増の108.9億円と百億の大台に乗り、営業利益も一億円強を計上してようやく黒字転換を果たした。2003年2月期は28店を出店して六割増収、営業利益率3%を計画。グループ全体の連結では10.3%増の2,802億円、経常利益180億円を見込んでおり、いささかの翳りも見られない。

追い詰められて化けに転じた“しまむら”

 『変わらぬ強さ』を実証した形の“しまむら”だが、実態は違う。『変らぬ』ではなく『新たな』強さを加えて化けに転じたというのが実態なのだ。“しまむら”は拡張と運用精度のバランスで3年サイクルの小さな業績の波を繰り返して来たが、98年2月期を底とする減速は微修正では乗り切れないマーケット変化によるものであった。
 商品単価が低下するデフレ局面(98年2月期までの五期で14%強)に加えて、店舗の大型化にも拘らず買い上げ客数がジリジリと減少し、坪当り買上客数は五期で三割も減少。この間に坪販売効率は六掛けに低下してしまった。値入れの改善やロスの圧縮努力によってこの間に粗利益率は1.5ポイント向上したものの経費率はそれを上回って2.2ポイント悪化し、営業利益率は0.9ポイント、経常利益率は1.9ポイントも低下してしまった。98年2月期の落ち込みは特に激しく、坪当たり買上客数が8%近くも減少して坪効率が一割も低下。既存店売上が前期から4.3ポイントも急落して97.4まで落ち込み、これまでの対応では減速に歯止めがかけられない所まで追い込まれてしまった。
 五千所帯程度の郊外小商圏の日用衣料消費をほぼ独占して低コストオペレーションで成り立っている“しまむら”にとって、買上客数がこれほどのピッチで急減するというのは存亡の危機以外の何ものでもなかった。結果としては勝ち組の座を維持して来たものの、業態の存在意義を問われるマーケット変化であった事は間違い無い。  “しまむら”を脅かしたマーケット変化とは、1)低価格海外製品の大量流入による大衆衣料のデフレ進行、2)量販店資本を中心とした異常なまでの大型SC開発による衣料品売場面積の急増、3)勤労者階層の所得減少と失業不安による消費の抑制、4)地価の急落による住宅資産の目減りと人口の都心回帰、の四点であったと思われる。これらはいずれも98年2月期から加速度がついていくが、それ以前にも“しまむら”をジリジリと追い詰めていた。逆に言えば、そこで抜本的な対策を打っておかなかったなら、今日の“しまむら”は他の前世紀の勝者同様、敗者に転じていたに違いない。
 そんな情況下で決断されたのが、“しまむら”業態の客数回復と抜本的なコスト構造改善、そして翌99年2月期からの“アベイル”に始る多業態化による新たな市場開発と複合化による集客力向上であった。

多業態化と複合化

 多業態化はまだ収益力に貢献する段階ではないもののグループ売上を嵩上げしており、複合化による集客力の向上も着々と成果を挙げている。
 今2月期で“アベイル”が43店に達してチェーン化の目処が立ったが、“バースディ”は5店を開設して8店と滑走路上に在り、“シャンブル”は2店のままで業態確立には至っていない。それでも複合化による集客効果は大きく、“しまむら”と“アベイル”の複合は既に10ケ所に達し、まだ関東の三ケ所に留まるファッションモール(三業態以上結集)を毎期、5〜6ケ所開設していく計画だ。今春、ファッションモールに改装された東松山店のような多層構成型も、量販店の抱える大量の郊外駅前小型不採算店舗を考えれば今後、増えていくに違いない。
 まだその動きは見られないが、ファッションモールが単なる複合を超えてコンビニエンスモールのコンセプトを追求する段階に至れば、書籍やAVメディア、家庭用品や食品、ペット関連やフードサービス等が加わって新たな購買慣習が確立され、デベロッパーとしての事業拡大やさらなる新業態開発が期待出来る。“しまむら”がこの戦略を決意するなら、市場飽和による成長限界など吹き飛んでしまう。
 新業態の実態を突っ込んで見れば問題山積は否めず、“アベイル”とてカテゴリー構成から調達手法、VMD手法まで大幅な修正が避けられない。それでも“しまむら”のローコスト・オペレーションと情報管理&物流システムに乗せていけば早期の離陸が可能だから、顧客の購買行動を直視して地道に技術を積み上げていけば3〜4期先には収益にも貢献するようになるだろう。“バースディ”はコンセプトはシャープだがカテゴリー構成と提供方法の詰めが甘く、立ち上げ時からの進化が停滞しているのが残念。ニーズは確実にあるのだから、もっと注力して品種品目を拡充し生活必需の業態に進化させて欲しい。“シャンブル”は楽しいし通販マーケットに切り込んだ事も注目されるが、生活の必然が薄い趣味的商品構成に限界を感じる。コンビニエンスモールという戦略視点に立つなら、開発を優先すべき業態は別にあるのではないか。

客数回復への奮闘

 もっと注目すべきは“しまむら”本体の抜本的変革だ。それは切迫する課題である客数回復、将来を見据えた抜本的コスト構造改善という二面から追求された。客数回復は小商圏制圧業態たる“しまむら”にとって危急の課題であり、品揃えから販促までなりふり構わず以下の手が打たれた。
 1)世代やテイスト、サイズや価格の巾を拡げる。
 小商圏のニーズがある以上、“アベイル”の手掛けるようなトレンドカジュアルも“しまむら”価格で取り込むし、カシミヤのコートが流行れば7万〜9万台の商品も取り込む。Lサイズはレディスもメンズも強化したし、今春はスモックや後加工のジーンズも揃えた。これらはすべて足し算であり、98年2月期からの四期で展開SKU数は4万から5万へ25%も増加。SKU数の大幅な増加にも拘わらず値下げ&ロス率は98年2月期の4.1%から2001年2月期には3.69%と逆に改善されており、消化管理能力の高さを見せつけている。
 2)地域や店舗面積、販売効率に応じた品揃えと在庫量、陳列の個店対応。
 これは前期から採用した手法で、ローコスト標準化一遍倒のオペレーションから一歩出たものと評価できる。遅きに失した感がないでもないが効果はてきめんで、売上向上と在庫削減に繋がったと言う。チェーンオペレーションには個店対応のサブシステムが不可欠で、その精度がオペレーション効率を決定してしまう。あのウォルマート等、同じ品揃えの店は二店とないと豪語しているではないか。オペレーションコストの上昇を売上増とロス削減が吸収出来る限り積極的に追求すべきで、今後の“しまむら”にとって利益源となる可能性がある。
 3)シーズンピークの深追い抑制と次サイクル商品の早期投入による売場鮮度と在庫回転の向上。
 これも前期から取り組んだものだが顧客の反応は好調で、売上向上とロス圧縮に繋がったと言う。ただし月指数の変化を見る限り、秋冬期では前倒し効果が顕著なものの、春夏期では逆に4〜6月が落ちて7月のピークに集中する等(8月は圧縮)、現実の手法はまだ未完成のようだ。
 4)毎週のチラシと連動したレジ割り引きの強化。
 これも前期からの導入で、チラシで謳った商品をレジにて半額に値引くというもの。量販店が乱発している手法で、客動員には効果があったものの値下げ&ロス率が2001年2月期の3.69%から2002年3月期には4.97%と1.28ポイントも悪化。なりふり構わぬやり方で、麻薬的に拡がらないかと心配してしまう。
 とまれ、これらの施策によって坪当たり買上客数はこの四期で12%も回復し、坪販売効率の低下も一割強と小幅に留める事が出来た。この間に商品単価が21%も低下したデフレの激しさを考慮すれば、施策は十分な成果を挙げたと評価すべきであろう。また、この間に中国製品の輸入単価が27.5%低下した趨勢を考えれば、大衆衣料を扱う“しまむら”の商品単価下落が21%に留まったのも付加価値政策の成果と評価すべきではないか。
 デフレ下でも勝ち組たり続けたというのが世間一般の“しまむら”に対する評価であろうが、ジェットコースターのような環境変化の中、さすがの“しまむら”も白鳥のごとく水面下でもがいて乗り切ったというのが真実のようだ。 

抜本的なコスト構造改善

 とりあえず客数を回復させ商品単価下落をゆるやかなものに留めたとしても、デフレと衣料売場面積増大、雇用環境の悪化と人口の都心回帰が続く限り“しまむら”の販売効率は低下を続け、やがてはコストが利益を食い潰してしまう。それを回避して長期的な収益力を確保するには、コストの抜本的圧縮と値入れの飛躍的向上が不可欠であった。
 店舗面積の拡大とパート活用、作業プロセスの改善による店舗オペレーションコスト削減はほぼ限界まで来ているから、物流/物流加工/店舗荷受けコストに的は絞られる。そこで仕組まれたのが取り扱い量の八割を超える中国製品の現地物流加工(タグ付けと店舗向けピッキング)とコンテナ統合物流であった。これは百円ショップの大創でも活用されている手法だが、複数のサプライヤーの物流/物流加工を一本化するのは“しまむら”独自の取り組みだ。これと並行してウェッブEDIによる取引のペーパーレス化を推進して事務コスト圧縮と納品精度向上、店舗荷受け効率の向上を実現し、粗利益率の1.9ポイント向上と販管費率の2ポイント圧縮を狙っている。これが思惑通りに行けば、営業利益率は10%を超えることになる。
 これだけで3.9ポイントもの利益率向上を実現できるというのはやや卓上の計算で、現実には値入れそのものを抜本的に厚くしない限り、二桁利益率の実現は難しい。そこでタブーに踏み込んだのがPB開発戦略であった。
 “しまむら”は小商圏における品揃えバラエティを生命線とする業態戦略をとり、SPA化はタブーとして来たが、七百店舗を超えるスケールとなった今日ではサプライヤーの持ち込む企画は“しまむら”専用とならざるを得ず、フェアな完全買い取りという実態もあって事実上、サプライヤー持ち込み企画によるSPAと化していた。にも拘らず当初値入れ率は31.06%(69掛け、2002年2月期)と、遥かに取引姿勢のあくどい量販店の実質値入れ率52%(48掛け)を大きく下回っている。それだけ割安な価格設定が競争力となっているのは確かだが、サプライヤーの収益に寄与していた面も否定出来ない。一応、NBとして他社にも卸される手前、価格設定も制約されざるを得なかったはずだ。 

メガ企業に化ける“しまむら”

 サプライヤー企画の自社ブランドSPAというスタンスに転じたなら、売価設定の制約は解消するし、現行の価格設定でもベーシック商品やカジュアル商品なら当初値入れは最低でも40%を確保出来るはずだ。だからと言って、自社企画による集約MDといったSPAの悪癖を真似ない限り、品揃えが限定される訳でもない。現状の強みを何も損なわないまま、一気に値入れを10ポイント近く嵩上げ出来る可能性を留保しているのが“しまむら”なのだ。
 会社発表を見る限り、SPA化は値入れ率向上というより客層別/テイスト別の品揃え充実とサプライチェーン効率化を目指したものだが、その目的の追求がウォルマート流のEDI武装と物流効率化の成果によって値入れ率向上に繋がっていくのは間違いない。となれば営業利益率の二桁乗せは時間の問題であり、その気になれば15%も可能となる。つまり、化ける意志を実行すれば何時でも化けられるゴールデンポジションに“しまむら”は位置しているのだ。
 もし化ければ、その結実はファーストリテイリングの比ではない。高収益力とウォルマート流の効率的なフルフィルメントを背景に業態開発のラインナップを拡充し、コンビニエンスモールを全国に張り廻らせて難無く一兆円企業になってしまうだろう。しかも、それは一時の人気ではなく生活の必然に支えられた成功だから、長期に渡る安定した成長と収益が期待出来る。ストイックに実力を貯えた“しまむら”という会社は、ウォルマートに準えられるとんでもない化けを演じる事になるだろう。
 郊外大型SCブームは一巡し、大手量販店の破綻等で衣料売場面積の増大にも歯止めが掛かった。大手量販店の大商圏志向は相変わらずだから、郊外小商圏の衣料雑貨分野で“しまむら”の行く手に立ちはだかる者は誰もいない。都道府県別のシェアと売上伸び率の関係を見ても飽和限界が感じられるのは群馬、栃木等のシェア8%以上の数県に過ぎず、全国シェア5%強の4,000億円に達しても飽和限界は表面化しないだろう。コンビニエンスモール戦略と多業態化の進展を考えれば一兆円とて通過点でしかなく、“しまむら”は郊外小商圏を独占するメガ企業となってしまうに違いない。 

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