小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「無印良品」神話の崩壊と二つの選択』
(2022年05月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ファーストリテイリングと良品計画が4月に発表した22年8月期の中間決算(21年9月〜22年2月)では、国内外の明暗はあるもののファーストリテイリングが増収増益で中間決算としては過去最高の業績となった一方、良品計画は国内事業の衣料・雑貨が不調で増収減益となり、22年8月期通期連結業績の下方修正に追い込まれた。両社とも国内事業は不調で海外事業も地域で明暗が分かれたが、国内事業の先行き不安に加えてカントリーリスクも指摘される今後、遠い海外の生産地で大量計画生産してダム型サプライで売り減らす古典的なSPAたる両社の業績はいったいどうなるのだろうか。

 

■国内の不振を海外が補って増収増益となったファーストリテイリング

 ファーストリテイリングの22年8月期中間連結決算は、売上収益(以下、売上)が1.3%増の1兆2190億円、営業利益は12.7%増の1893億円、純利益は41.3%増の1544億円と、中間期としては過去最高の業績となった。

 国内(売上10.2%減/既存店売上9.0%減/営業利益17.3%減)とグレーターチャイナ(売上1.3%減/営業減益)のユニクロ事業、ジーユー事業(売上7.4%減/営業利益50.9%減)が苦戦したが、北米・欧州(売上48.1%増/北米黒字化で大幅増益)、その他アジア・オセアニア(売上24.4%増/大幅増益)のユニクロ事業が好調で、全社では増収増益となった。

 国内では脱コロナのハレ回帰と値上げへの抵抗感、中国本土ではコロナの再拡大と“国潮”高揚でユニクロの復調は望み難く、ジーユーはベーシックな計画MDとトレンディなファストMDの間を揺れ動いてビジネスモデルが定まらないままだ。北米・欧州が好調と言ってもコロナ禍の反動回復の域を大きくは出ず(20年8月期中間期売上対比10.4%増)、ローカルギャップの壁が消えるわけもなく、このまま好調が続くと楽観は出来ない。

歴史的な円安とグローバルなコストインフレで国内消費の冷え込みは避けられず、東西分断が加速するローカル回帰でグローバル展開は一段と難しくなり、ロシアや中国など専制諸国ではカントリーリスクが避けられない。22年8月期通期では売上は3.1%増の2兆2000億円、営業利益は8.4%増の2700億円、親会社帰属当期利益は11.9%増の1900億円を見込んでいるが、その先は霧の中だ。

※両社とも金額は千万円の桁を四捨五入して億円単位、比率は小数点以下二桁目を四捨五入して小数点以下一桁まで表記した。

 

■国内事業の衣料・雑貨不振で増収減益となった良品計画

  良品計画の22年8月期中間連結決算は、営業収益(以下、売上)が7.1%増の2445億円、営業利益は19.4%減の189億円、純利益は27.2%減の148億円と増収減益だった。

 売上は新規出店と海外事業の伸びで中間期としては過去最高となったが、営業利益は国内事業の衣料・雑貨の苦戦で粗利益率が47.9%と1.5ポイント低下し、海外事業も欧米事業の赤字が減少しただけで東アジア事業(3.5%減)も東南アジア・オセアニア事業(1.6%減)も増益せず(海外事業合計では10.7%増益)、連結決算が減益となった。

 国内事業の売上はヘルス&ビューティやインテリア・ファブリックなど生活雑貨が5.2%伸びて1506億円と2.3%増加したが衣料・雑貨の不振(2.6%減/既存店売上8.4%減)が足を引っ張り、セグメント利益は91億円と40.3%も減少した。衣料・雑貨の不振は前中間期(3.6%減)から継続しており、国内売上に占める比率は2期で37.8%から32.3%に減少している。

 東アジア事業の売上は714億円と8.9%伸びたが、大半を占める中国大陸で店頭販売が伸び悩み(EC含む既存店売上6.6%減)、営業利益は91億円と3.5%減少。東南アジア・オセアニア事業の売上は94億円と28.5%も伸びたが、営業利益は9億円と横ばい(1.6%減)だった。欧米事業はコロナ禍からの回復で売上が130億円と57.2%も伸びたがコロナ前の前々中間期(19年9月〜20年2月)の161億円には遠く、営業赤字を24分の1に削減したにとどまった。

 下方修正した22年8月期通期では売上を3.6%増の4700億円、営業利益を10.5%減の380億円、親会社帰属当期利益を20.4%減の270億円と見込んでいるが、課題の在庫圧縮も運転資金圧縮も進んでおらず、コストインフレに圧されてお値打ち感がさらに劣化するようだと再び下方修正に追い込まれるやも知れない。海外事業依存も売上で35.6%から38.4%へ、セグメント利益では48.4%から66.4%へと前中間期から加速しており、中国がその中核を占めるカントリーリスクは否めない。

 

■財務格差も一段と開いた

 今中間期の財務状態を見ても両社の格差は大きく、一段と開いた。その根本要因は棚資産回転の格差にあり、改善が進まない良品計画のサプライチェーンは疲弊が伺える。

 ファーストリテイリングの棚資産回転は前中間期の118.6日から今中間期は107.5日と11.1日も短縮され、売上債権回転が8.3日と0.7日延びて買掛債務回転が63.8日と2.3日短縮され、CCCは52.0日と8.2日も短縮された。結果、運転資金は3500億円と12.4%圧縮されて純資産対比運転資金率も26.5%と7.9ポイントも改善され、交叉比率は175.5と21.7ポイントも上向いた。

 対して良品計画の棚資産回転は前中間期の166.1日から今中間期は161.1日と4.9日の短縮にとどまり、売上債権回転が6.7日と0.3日短縮され買掛債務回転が34.5日と 5.4日短縮され、CCCは133.2日(+0.2日)とほとんど変わらなかった。結果、運転資金は1800億円と7.2%肥大して純資産対比運転資金率は79.3%と1.2ポイント悪化し、交叉比率は108.4(−0.1P)とほとんど変わらなかった。

 ファーストリテイリングが着実に商品財務を改善したのに対し良品計画はほとんど改善できず、CCCや純資産対比運転資金率など財務指標の格差は一段と開いた。

 その背景にあるのが両者のサプライチェーンの違いで、ファーストリテイリングが大手商社との製販同盟でスキルとリスクを上手く分担しているのに対し、良品計画は調達子会社に依存してスキルもリスクも分担できず抱え込み、コロナ禍など想定外の事態が起きると直撃を受けてしまう。SPAの対極にあるしまむらの好調も、サプライヤーのスキルとリスク分担をフルに活用する事実上のVMI体制に起因しており、何もかも自社で抱え込むサプライチェーンは低価格衣料品事業には無理があるように思える(高価格ブランドビジネスでは必定)。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

 

■“無印”アイロニーの神通力が崩れた 

 良品計画の衣料・雑貨売上は今中間期で923億円とファーストリテイリングのユニクロ事業売上1兆358億円の8.9%に過ぎず、各アイテムの調達ロットはユニクロを一桁下回ると推察される。それで価格と品質を競うのは無理があり、価格か品質かの二択を迫られるから、良品計画としては独自の「コンセプト」を追求せざるを得ない。それが創業以来の“無印”アイロニーだ。

 メーカーブランドでなく小売業の“無印”PB(プライベートブランド)だから宣伝費や包装費、デザイン料などが省かれて安く出来るという『わけあって安い』のプロパガンダは前世紀に“無印神話”(“無印”というブランド!)を実現したが、SPAが一般化して競合する低価格品が溢れるに連れ、『わけあって安い』は“トレードオフ”に堕して行った嫌いがある。

“トレードオフ”とはコスト落とすために何かを犠牲にして別の何かを活かす商品開発の手法で、元々が西友ストアのPBから発祥しているから食品や生活雑貨ではそれなりの開発努力が成果をもたらしたが、こと衣料品や服飾雑貨については開発方針が定まらず迷走を繰り返してきた。衣料品の素材や工業パターンを見ると、こんなトレード・オフで良いのだろうかと思わせる商品が少なからずあった。

 時には民族的なナチュラル感を主張してエスニック衣料のようになり、時には機能性を追って合繊が使われナチュラル感が薄れたりしたが、近年は原点に帰ってナチュラルなベーシック衣料に収斂されつつあり、それゆえ時流に埋没した感がある。世の中が競ってサステナブルを謳いエコナチュラルを志向する中、“無印”のコンセプトは独自性を失って貧相さばかりが目立つようになったのではないか。

 独自性を失って“神話”が崩れ、価格と品質でシビアに比較選択される立場になれば、ユニクロより一桁少ないロット、自社開発調達に拘ったゆえのスキルと機動性の限界が露呈し、価格の改定(切り下げ)や値引き販売が常套化していった。コロナ下ではエッセンシャルな無印良品のコンセプトが支持され、エコナチュラルな衣料・雑貨はしまむらやワークマンのようにブレイクしても良かったはずなのに、現実は逆だった。コンセプトやプロパガンダでは補えないほど、無印良品の衣料品は“お値打ち”競争力を失っていたのだ。

 

■衣料品撤退を回避する二つの選択

 競争力を失った無印良品の衣料・雑貨はカテゴリーシェア(良品計画国内売上内)を落としたが、長期的に見れば盛衰を繰り返している。リーマン前までは35%以上あったのが11年2月期には32.8%まで落ち、以降は徐々に回復して19年2月期には37.2%とピークを打ち、20年8月期は33.7%、21年8月期は31.6%まで落としている。中間期で見ても前々期の37.8%が前期は33.9%、今期は32.3%と釣瓶落としに落ち込んでいるが、コンセプトと開発方針が時流に合致すれば再び上昇する可能性はある。

それでもサプライチェーンを抜本革命しない限り、いずれ在庫回転が行き詰ってカテゴリーシェアが落ち、衣料品から撤退する事態もあり得る。生産コストの安い遠隔地で何ヶ月も半年以上も前から作り溜め、生産地と消費地の倉庫に積んで売り減らすという前世紀の化石化したビジネスモデルが、DX無在庫サプライ時代に生き残れるはずもない。

 良品計画衣料品のサプライチェーン戦略の選択肢は二つある。ひとつは生産ラインをDXでオンデマンド・コントロール出来るパワーサプライヤーと製販同盟を組み、事実上のVMIサプライを確立することだ。もうひとつは自らDX武装して生産ラインに踏み込み、生産工程をコントロールしてオンデマンド・サプライを実現することだ。

 前者では多額の投資は必要なく短期に転換が進むが、後者ではCAD・CAM機器から各縫製工程の専用ミシンとガイドパーツ、ゲージ別の最新鋭編機(ホールガーメント含む)、プレス仕上げ機器まで少なからぬ投資と工場運営スキルが必要になり、体制が確立するまで短からぬ時間を要する。DXを頭で判っていても、それらの生産機器がどれほど高価で効率がいまひとつか、稼働率と生産効率を両立する工場運営が如何に難しいか、取り組んでみれば絶句するに違いない。

そこまで踏み込んで資本と人材を投ずるか、最適なパワーサプライヤーと取り組むか、小売業から発祥した良品計画にとって自ずから選択肢は定まるのではないか。

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