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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『無在庫商売って成り立つの?』 (2018年04月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 売上げを追えば在庫が積み上がり不振在庫に四苦八苦するのが小売業の宿命だとお思いかもしれないが、世の中、無在庫商売でたっぷり甘い汁を吸っている奴らは五万といる。それも怪しげなマイナー商売ではなくビッグビジネス、店舗小売業からECまで枚挙に暇がないのが現実だ。

手数料商売はプラットフォームが要

 無在庫商売の古典的な代表は百貨店だ。中には自主MDとか言って在庫リスクを抱えるケースもあるがせいぜい売上げの数%で、大半はノーリスクの手数料商売だ。「消化仕入れ」あるいは「売上仕入れ」と言われるもので、かつての「委託仕入れ」と違って在庫管理責任もない(減耗ロスを負担する必要もない)。それでいて衣料品では30%〜40%もピンハネするのだから旨味のある商売だ。

 それは人気ECモールとて同様で、こちらは「消化仕入れ」ではなく「販売手数料」という形で徴収するが、ノーリスクのピンハネであることに違いはない。その手数料率も「フルフィル型」(在庫を預かってEC業務の大半を代行する)では黎明期の25%前後から近年は30%以上に高騰し、35%〜40%という声も聞くから、百貨店の歩率と大差ない。在庫を預からずテナント側が出荷する「マーケットプレイス型」は「フルフィル型」より10ポイント弱、手数料率が低いが、その分、自社で倉庫管理して出荷し宅配料金も負担するから、実質的な差は5ポイント弱だ。

 そんな旨い商売がなんで成立するかだが、多くの顧客を集めて巨大な売上げが生じる「プラットフォーム」の利権(魅力)と言ったら分かるだろうか。百貨店なら不動産投資がもたらす一等立地、ECモールならさまざまな仕掛けでアクセスが殺到するネット上の一等立地ということになる。プラットフォームを確立するには少なからぬ投資と営業努力の積み上げが必要だから、やらずぶったくりという訳ではないが、ひとたび一等立地を築き上げれば長く甘い汁を吸い続けることができる。

 ECの黎明期は自社調達商品を競ってどんぐりの背比べだったが、多数の人気ブランドから商品を預かって販売するファッションモールにいち早く転換したスタートトゥデイが覇権を確立した。自社コンテンツにこだわったライバルが伸び悩む中、外部コンテンツを乗せるプラットフォームに賭けた者が勝利を手にしたわけだ。それは百貨店業界でも同様だったのではないか。

無在庫販売のD2Cビジネス

 店舗販売でもECでも注文を先に取ってから商品を仕入れたり作ったりすればノーリスクの無在庫販売が成り立つが、そんなに珍しいやり方ではない。ランドセル業界等、実需の半年以上前、最近はほとんど一年前から受注を取って計画生産し、売れ残りは不良品だけという商売だから、プロパー消化率は100%に近く不振在庫も残らない。ゆえに会社が儲かっているのはもちろん、社員の年収水準はアパレル業界などの比ではないと聞く。

 ランドセル業界ならずとも受注先行で計画生産すれば在庫は不要だし、倉庫代もピッキングコストもかからない。スーツやワイシャツのオーダービジネスも受注先行の無在庫ビジネスだが、多くは何週間も顧客を待たせるプロダクトアウト体質のままで広がりが限られる。採寸情報をマーキングに落とすCADの自動化や縫製プロセスの効率化、B2C物流のパッケージ化などサプライチェーンをトータルで構築して既製服のお直し期間(裾はともかく袖や腰を直すと一週間前後を要する)に収めないとメジャーな広がりは望めない。「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」に注目する所以はそこにある(「カシヤマ・ザ・スマートテーラーに学べ」参照)。同社はメンズのスーツに続いて6〜7月にはワイシャツやレディスのスーツ、先ではワンピースにも広げるそうだから、一度システム(プラットフォームです!)を確立してしまえばアイテムの拡大は容易なようだ。

 そんな大仕掛けをしなくてもMakuake型クラウドファンディング(事実上の受注先行型EC)に載せれば容易に無在庫販売が成り立つし、コートやダウンアウターなどのシーズンアイテム、鞄や靴など、生産プロセスを再構築して納期を短縮できれば、通常のECや店舗販売でも無在庫販売が実現する。全商品はともかく先行受注が成り立つ季節商材や定番品だけでも無在庫販売のスキームに乗せれば、その分だけでも倉庫代やピッキングコストはもちろん、在庫も売場スペース(=家賃)も節約できる。ひとたびおいしい商売を体感して味をしめれば、あとは工夫を積み上げて広げていくだけだ。

ショールーム販売こそ究極の無在庫流通だ

 無在庫流通の究極はショールーム販売であることは言うまでもない。サンプルだけで注文を取って顧客に直送すれば、陳列スペース(=家賃)はミニマムで済むし、マテハン(=人件費)も店舗物流もミニマムに抑えられる。全店共通の各1サンプルだけだから、DB(各店配分・補給)も在庫コントロールも店内ストックも不要で、POSシステムさえ不要になるかもしれない。

 陳列スペースを圧縮できた分、接客空間をゆったり取れ、マテハン作業がなくなる分、従業員は接客に集中できるから、買い上げ率も客単価も跳ね上がる。B2C物流費はかさむが、家賃や人件費、店舗物流費が圧縮された分でお釣りがくる。何より多店舗への在庫の偏在が解消され値下げロスが格段に圧縮されるご利益が大きい。

 お届けまでお客さまを待たせる時間をミニマムにできないと広がらないが、スーツやシャツ、ワンピースなどのイージーオーダー、既製服でもスーツやパンツなど修理加工を要するアイテムは成り立ちやすい。既製服では店舗サンプル試着によるお直しデータに基づいてDCや工場で修理加工した商品を直送するメリット(修理職人の集中配備/二重物流の回避)も大きいのではないか。値上げもあって負担がかさむ宅配料金も、ウォルマートのように店舗受け取り割引を訴求して店舗に一括物流したり、テザリング(地域母店からの物流)を活用すれば容易に軽減できる。

 サンプルだけのショールーム販売に抵抗があるなら青山商事の「デジタルラボ」のように、体型・サイズ・色柄の最大公約数的ミニマム組み合わせ在庫(マルイのオリジナル婦人靴「フィットスタジオ」のサンプル構成がうまい)をデジタルカタログで補完して小型店で大型店の品揃えを実現するという折衷型(品揃え拡張型ショールーム販売)なら手掛けやすいのではないか。

 精算業務だけ無人化するために膨大な投資を費やすレジレス店舗より、在庫とマテハンという小売業の2大負担を解決する無在庫販売にチャレンジする方がよほど、ご利益が大きく投資効率がよいと思う。

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