小島健輔の最新論文

ファション販売2011年1月号掲載
2011年度 ファッション業界の大胆予測
『2011年ファッションビジネスのすべてが反転する』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

水平分業から垂直統合へ

 90年代以降、生産が中国を中心としたアジアに移るにつれ企画・開発が生産と乖離し、OEM/ODM依存が蔓延して同質化と値崩れが進み、マーケットは縮小の一途を辿って来た。それとともに国内産地の衰退も加速してアジア依存が極まり、OEM/ODM依存に堕したブランドメーカーは企画・開発組織を圧縮して小売業化していった。ブランドメーカーから放出されたデザイナーやパターンナー、生産管理やテキスタイル開発のスタッフは低付加価値なOEM/ODM業者に流れ、給与水準も低下の一途を辿った。ファッションビジネスが低付加価値化するとともにマーケットも低価格商品に流れ、08年のリーマンショック以降は低価格SPAやファストファッションがブームとなって、さらに低価格化、低付加価値化するという悪循環が極まった。
 そんな衰退の流れが10年夏を分岐点に、一気に逆転し始めた。その契機となったのは、低価格衣料品の生産を一手に引き受けて来た中国産地の状況一変であった。
 急速に発展する中国では労働力が逼迫して低賃金の衣料製造業に人が集まらなくなり、貧富差の急拡大で不満が鬱積した労働者の待遇改善が急務となって中国政府が所得倍増政策を推進したため人件費も急騰。小ロットで納期が短く工賃を値切る割りに品質にうるさい日本向け生産は疎まれ、急速に逼迫する事態となった。納期遅れがあたりまえになるばかりか、はじめから注文を受け付けてもらえないという状況が一気に広がったのだ。これまでOEM/ODM業者に中国生産を任せて来た業界は状況の一変に震撼し、自ら生産現場に関わらざるを得なくなった。こうして、20年近く浸透して来た水平分業から垂直統合へ、アパレル生産は一気に逆転し始めたのだ。

ファストからリアルへ

 開発・生産体制が一変するのと前後してマーケットも急変し始めた。あれほど過熱していたファストファッションの店頭が魅力を失い、人だかりも潮が引くように減少しているのだ。事実、H&M社の決算に見る日本店舗の販売効率は多店化も加わって急ピッチで低下している。速い安い可愛いファストファッションはその分、安易に作られたトレード・オフ(デザイン優先で品質や完成度を犠牲にした)商品であり、キャラや味わいは望むべくもなかったが、過熱から醒めて日本の消費者にもその欠点が見えて来たのであろう。
 二年ばかり続いたファストファッションブームは国内ブランドも巻き込み、ファストな物作りが蔓延してアパレルマーケット全体を値崩れに追い込んだ。ファストファッションの売れ筋後追いに堕落して独自性を失った渋谷109など、値崩れの果てに館売上が減少し続けているではないか。「フォーエバー21」や「キットソン」のヒットで火がついたLAカジュアルなど、ファストな物作りが同質化を招いて値崩れが激しく、追従したブランドは誰も利益を得られなかった。一方で、ユナイテッドアローズやナノ・ユニヴァースなどのセレクトショップが再評価され売上が上向いているのは、マーケットがファストな商品に飽きて味わいや完成度のあるリアルな商品を志向し始めたからではないか。

デフレからインフレへ

 止め処なく低価格化してきたアパレル商品も、11年春物以降は多くが値上げに転ずる事になる。衣料生産の大半を占める中国産地のコスト急騰に加え、ファストからリアルへとマーケットの志向も急変しているからだ。
 中国よりコストの低いバングラデシュやベトナムの産地はロットがさらに大きく品質もまだ安定していないから、高騰する中国製品に交代するには時間がかかる。ユニクロのような大ロットの大手は時間をかけてもアジアシフトを進めるだろうが、ロットの限られる中小ブランドはそれも適わず、中国産地のコスト高騰を価格に転嫁せざるを得ない。中高価格帯のブランドは国内産地回帰に走るだろうが、価格の上昇は避けられない。価格が通るバリューを創造するしか突破口はなく、業界は低価格訴求から付加価値訴求へと一斉に動き出している。サンエー・インターナショナルと東京スタイルの事業統合、ポイントの垂直統合生産への大転換など、その潮流を象徴するものだ。
 20年ぶりにアパレル商品が値上がりに転ずる中、消費者もこれまでのファストな使い捨てを反省し、味わいのあるリアルな商品を大切に使うようになるのかも知れない。ファストファッションは勢いを失い、セレクトショッブや自社開発のキャラクターブランドが売上を伸ばす事になるのだろう。

本命はファクトリーブランドとライフスタイルブランドだ

 OEM/ODM依存が低価格化を招いたのなら、高付加価値化はそれらを否定した自社開発・生産管理によって実現するはずだが、形だけの自社開発・生産管理では必ずしも高付加価値は実現しない。企画と生産技術が一体化してこそ高付加価値が実現するのであり、両者を繋ぐ熱意と技術的経験、そして額に汗する労働が不可欠だからだ。
 永らく続いたOEM/ODM依存時代にそれらを担う人材は多くが散逸し、先進国病に深く冒された日本人は額に汗して働く事を忘れてしまった。国内産地は既に崩壊の最終局面に在り、何処の産地でも糸から製品までの生産チェーンはズタズタになっている。そんな状況でも、わずかに頑張っている産地や工場がないでもない。そんな工場発のファクトリーブランドが新たな高付加価値時代の寵児になると思われる。  ファクトリーとブランドメーカーや小売業者がスクラムを組めば、新たなビジネスモデルが台頭して行く。すでにメーカーズシャツ鎌倉やバリュープランニング(「B3」)が急成長しているではないか。ファクトリーは国内産地とは限らない。ファクトリーブランド発祥の地、欧州発の「モンクレール」や「デュベティカ」「インコテックス」が再評価され、ルックの手掛ける「イルビゾンテ」は堅実に成長しているし、欧州ブランドの受託生産で技術とセンスを習得した中国の工場も次々とファクトリーブランドを立ち上げている。大は大なりに小は小なりに組む相手は必ず在る。ファクトリーとブランドメーカーや小売業者がスクラムを組むファクトリーブランドこそ、高付加価値時代の主役となるのではないか。
 高付加価値時代のもうひとつの主役となるのがライフスタイルブランドだ。表層的なトレンドとは一線を画して多様なカテゴリーでライフスタイルを提案するブランドは独自の固定客を捉え、着々と売上を伸ばしている。「スタディオ・クリップ」やそれを買収したトリニティ・アーツの「ニコアンド」などのナチュラルライフスタイル提案雑貨複合ブランド、ミセスの旅行ライフスタイルを捉えた「ハヴァ・ナイストリップ」など、その好例と言えよう。若い女性向けでもルームライフスタイルの「ジェラートピケ」は大人気を博して多くの追従ブランドを生んだし、サンエー・インターナショナルのインティメイト複合ブランド「ビァンチェリ・チュチュ」も注目される。
 このライフスタイルブランドにファクトリーブランド的物作りを加えたのがオンワード樫山のアダルト向けウィークエンドカジュアル「ウッドランドクラブ」や大人の女性向けディリーリッチブランド「ザ・パーラー」なのかも知れない。オンワード樫山は長く続いたOEM/ODM依存時代にも自社開発を守った数少ない大手アパレルであり、新たな時代にも先んじた手を打っている。

低価格ブランドは真贋が分かれる

 ファストからリアルへ、低価格訴求から付加価値訴求へと流れが一変する中、低価格ブランドはどうなるのだろうか。中国の生産コストが急騰する中、品質を維持出来るか否かで真贋が分かれる事になるのではないか。
 かつても急成長した低価格ブランドは幾つも在ったが、今日もなお好業績を保っているブランドはごく限られる。前者に共通していたのはOEM/ODMに依存する水平分業調達であったし、後者に共通しているのは多少なりとも生産現場に踏み込んだ垂直統合生産であった。後者を代表する「ユニクロ」にしても、コストが急騰する中国からコストの低いベトナムやバングラデシュに生産を移管する過程で品質に不安を生じており、低価格を維持して品質を守れるか微妙な段階に在る。ましてや「ユニクロ」ほど体制が整わないブランドが中国産地のコスト急騰局面を乗り切って低価格と品質を両立出来るか、極めて疑わしい。結局は、値上げして品質を維持するか、品質を落として価格を維持するか、苦渋の選択を迫られると思われる。
 この難局を乗り切った本物のバリューブランドだけが、国内市場でもグローバル市場でも真の勝者となるのだろう。衣料品では「ZARA」や「ユニクロ」、インテリア関連では「IKEA」や「ニトリ」が勝ち残ると期待される。

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