小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「LVMH」と「H&M」の
決算にみる天界と地上の格差』
(2022年02月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ラグジュアリー帝国「LVMH」の21年12月決算とファストSPA「H&M」の21年11月決算が発表されたが、コロナ禍を経た両者の業績はまさしく天界と地上の格差を見せつけるものだった。グローバルSPA3社の業績比較は「INDITEX」の1月決算発表を待つとして、天界と地上の両社がコロナ禍をどう切り抜けたのか比較してみたい。

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■コロナ前を大きく超えたLVMHの2021決算

 LVMHの21年12月期決算は売上が642億1500万ユーロ(8兆3600億円)と前期から43.8%、19年からも19.6%伸び、営業利益は171億5100万ユーロ(2兆2330億円)と前期から2.07倍、19年からも1.5倍と急増した。粗利益率が68.3%と前期から3.8ポイント上昇して19年の66.2%も超えた一方、販管費率が41.6%と前期から4.3ポイント抑制され19年の44.8%からも3.2ポイント下がり、営業利益率は26.7%と前期の18.6%はもちろんコロナ前19年の21.4%も大きく超えた。

 最も伸びたのが前期末に158億ドルで買収したティファニーの売上が押し上げたウォッチ&ジュエリー部門で、89億6400万ユーロと前期から2.67倍、19年からも2.03倍に増大し、営業利益は16億7900万ユーロと前期の5.56倍、19年からも2.28倍に急増し、営業利益率は18.7%と19年の16.7%も超えた。

308億9600万ユーロと全社売上の半分近くを占めた最大部門のファッション&レザーグッズ部門は前期から45.7%、19年からも38.9%拡大し、営業利益は128億4200万ユーロと前期の1.79倍、19年からも1.75倍に伸び、営業利益率は41.6%と前期の33.9%から7.7ポイントも高まった。19年も全社売上の41.4%、全社営業利益の63.8%を占めていたが、コロナ禍を経て21年は48.1%、74.9%と集中度が一段と高まった。

コロナ下の店舗休業などが足を引っ張ったセレクティブ・リテイリング部門(免税店・百貨店・化粧品店)は117億5400万ユーロと前期から15.7%伸びたが19年比では79.5%にとどまり、営業利益も5億3400万ユーロと前期の2億300万ユーロの赤字からは脱却したが19年比では38.3%と回復は遠い。営業利益率も4.5%と19年の9.4%には遠く、売上は全社の18.3%を占めても営業利益は3.1%を占めるに過ぎず、仕入れに依存する店舗小売業の高コスト・低収益体質はLVMHの中では異質で、いずれ分離を余儀なくされるのかも知れない。

※ユーロの2021年1〜12月の月平均為替レート130.2円

 

■病み上がりを否めないH&Mの2021決算

 H&Mの21年11月期決算は売上が1989億6700万SEK(2兆5470億円)と前期から6.4%回復したが、19年比では85.5%にとどまった。営業利益も152億5500万SEK(1953億円)と前期から4.92倍と大きく回復したが、19年比では88%にとどまった。

粗利益率が52.8%と前期から2.8ポイント回復して19年の52.6%も超えた一方、販管費率が45.1%と前期から3.4ポイント抑制されて19年の45.2%とほぼ並び、営業利益率は7.7%と前期の1.7%から大きく戻しコロナ前19年の7.5%もわずかに超えた。とは言えコロナ禍のダメージから回復しただけで、ピークだった07年の23.5%からは三分の一以下に落ち込み、12年にはINDITEX、18年にはファーストリテイリングにも抜かれている。この辺りで有料シフトしては

販管費の抑制にしてもパートタイマーなど従業員のシフト圧縮や雇用契約終了によるところが大きく、従業員数は19年から売上減少(14.5%)にスライドして15.0%も減少している。人件費を売上スライドの変動費としてしまう経営感覚はサステナブルとは遠いのではないか。

粗利益率が52.8%とラグジュアリーのLVMHより15.5ポイントも低いのは当然と言え(ピークの10年は62.9%と同年のLVMHの64.6%と大差なかった)、販管費率が45.1%とLVMHより3.5ポイントも高いのは生み出す価値とコストが見合っておらず、ビジネスモデルは行き詰まっている。

「ファスト」と言いながら棚資産回転は150日に迫り、在庫回転は2.52回と19年の2.92回にも届かない。買掛債務回転日数を19年の25.9日から20年は37.2日、21年は79.2日と伸ばして運転資金を確保している状況で、もはや在庫回転も資金回転も「ファスト」から遥かに遠のいている。詳しくはINDITEXの1月決算発表、H&Mのアニュアルレポート発表を待って検証したい。

※SEKの2020年12月〜2021年11月の月平均為替レート12.8円

 

■絶大な収益力に裏付けられたLVMHの盤石の財務体質

  LVMHの純資産はコロナ禍の20年は388億2900万ユーロと19年から僅かな増加にとどまったが、21年は収益力の急回復で489億900万ユーロと26%も増加し、17年からは61%も増えた。コロナ禍の20年が例外でLVMHの収益力は極めて安定しており、年々、純資産が着実に積み上がっている。

158億ドル(141億8300万ユーロ)ものティファニー買収資金で20年末は347億2300万ユーロと19年末から118億9500万ユーロ増加した借入金も、21年期末には333億9400万ドルと13億2900万ユーロ減少し、純資産に対する借入金比率も20年期末の89.4%から21年期末は68.3%と大きく下がり、巨額投資を順調に吸収しつつある。ティファニー買収が無ければ20年末の純資産対借入金比率は推定52.9%と19年末の59.5%より改善されていたほどで、コロナ下でもLVMHの財務は微塵も揺るがなかった。

売上債権回転日数は19年の23.5日からコロナ禍の20年も22.6日、21年は21.5日と着実に短縮されているが、棚資産回転日数は流石に20年は299.3日と19年から23日、長期化した。21年は296.7日と2.6日短縮されたが回転数は1.23回と20年から横ばいで、19年の1.32回には戻っていない。仕掛かり在庫・エイジング在庫から推計されるワイン&スピリッツの回転日数は千日近く(2.66年)、コレクション受注生産主体のファッション&レザーグッズも2回転を超えることはないから、自社生産で品質にこだわるラグジュアリービジネスの宿命なのかも知れない。

買掛債務回転日数はコロナ禍の20年も117.2日と19年の117.1日から全く延びておらず、21年も127.1日と19年から10日の延びに収まっており、19年から20年は11.3日、21年はさらに42日も延ばして運転資金を確保したH&Mとは対極的だ。企業にも貧富差があるのだと痛感させられる。

結果、必要運転資金はコロナ禍の20年も249億7200万ユーロと19年から7%圧縮され、21年は44%もの売上の急増で必要運転資金も336億4200万ユーロと35%近く増加したが、純資産に対する必要運転資金の比率は19年が67.0%、20年が64.3%、21年も68.8%と極めて安定している。

全てについて揺るぎのない財務体質は、自社生産に徹して磨き上げた商品が稼ぎ出すスローだが分厚いキャッシュフローとその蓄積がもたらすもので、成り上がり者とは比較すべくもない生粋の貴族を思わせる。

 

■タイトロープが続くH&Mの財務体質

 H&Mの純資産はコロナ禍の20年に546億2300万SEKと19年から4.3%減少した後、21年は600億1800万SEKと9.9%増えて19年からも5.2%増加したが、売上規模の30.1%とLVMHの76.2%に比べれば資本蓄積の薄さは否めない。

売上債権回転日数は19年の9.2日から20年の6.0日、21年の5.6日とコロナ下で短縮が進んだが、他の大手チェーンを見てもこれが限界だろう。棚資産回転日数は19年の125.0日が20年は149.6日と150日に迫った後、21年は144.9日(20.7週)と僅かに短縮されたが、ファストな鮮度を維持できる限界の8週回転(6.5回転)より88.7日(12.7週)も長く、SHEINなど無在庫に近い越境ECファストアパレルが鮮度と低価格で世界を席巻する中、もはや競争力は望めず、売上も頭打ちになっていくリスクが指摘される。

19年は25.9日とまだファストだった買掛債務回転日数もコロナ禍の20年は37.2日と11.3日延び、21年は運転資金を圧縮すべく79.2日とさらに42日も延び、もはや仕入れ支払いもファストから遠のいた。その成果で必要運転資金は19年の690億4800万SEKから売上が19.6%も減少した20年は605億2400万SEKと12.3%圧縮され、売上が6.4%回復した21年も388億7200万SEKと64.2%に圧縮された。純資産に対する必要運転資金の比率もコロナ前の19年は121.0%とタイトだったが、20年は110.8%、21年は64.8%と健全水準まで圧縮されたが、サプライチェーンの機動性は一段と損なわれたのではないか。

生産投資(設備と人材)と手間をかけて商品の完成度を高め高価格でスローに回すインベスティメントビジネスやラグジュアリービジネスならともかく、鮮度と低価格が売りのファブレスなファストSPAがここまでスローに減速しては存在価値を問われざるを得ない。すでにファストSPAとしてのビジネスモデルは崩れており、越境EC無在庫ファストアパレルに対抗できる全く異次元のビジネスモデルを再構築するしか突破口は見当たらない。

 

■カントリーリスクをどう見る

 LVMHもH&Mも近年は中国を主体としたアジア(日本を除く)で売上を伸ばして来たが、中国共産党の覇権主義と西欧民主主義の価値観は相容れず、SDGsが追求される中、政経分離が難しくなって来た。

 LVMHの売上に占める日本と日本を除くアジア(中華圏が大半と思われる)のシェアは、公表データが遡れる最古の04年には共に15%だったが、その後の日本の没落と中華圏の繁栄でコロナ前の19年には7%対30%、21年には7%対35%まで開いている。おそらくは中国・香港の売上シェアは30%近くまで高まっており、LVMHの抱えるカントリーリスクは危険水準を大きく超えているが、強かな貴族はSDGsを謳いながらも洗練された外交センスで虎の尾を踏むようなアクションや発言を慎重に避けている。加えて、覇権国家の支配層は北朝鮮しかりでラグジュアリー製品が必需だから、寛容にならざるを得ないという一面もあるのかも知れない。

  H&Mの売上に占める日本と中国のシェアは、11年の1.2%対2.8%からコロナ前の19年には2.1%対5.2%と中国が伸びたが、21年は3.7%に急落している(日本は圏外シェアで未公表)。中国売上のピークは19年の120億5900万SEKで、21年は73億SEKまで落ちたものと推計されるが(3rd Qのみ圏外売上で未公表)、原因はコロナより新疆綿問題による不買運動であることは明らかだ。

LVMHに比べればH&Mの中国シェアはピークでも5.2%止まりでリスクは限定的だが、LVMHのような慎重さや貴族的外交センスを欠いていると見るのは酷だろうか。それとも5.2%は捨てても良いと腹を括っているのだろうか。INDITEXは16年度末(17年1月末)で中国・香港に655店舗を展開していたが17年度から撤収に入り、20年度末(21年1月末)には361店舗とほぼ半減させているから、全面撤退の腹を括っているのだろう。

欧米企業にとって覇権主義で膨張する中国のカントリーリスクはあまりに大きく、売上シェアが15%未満なら撤退を選択する企業も多いと思われるが、グレーターチャイナ(中国・香港・台湾)が売上の24.98%、営業利益の39.61%を占めるファーストリテイリング、東アジア事業(中国・香港・台湾・韓国・タイ)が売上の27.67%、営業利益の54.01%を占める良品計画はどう腹を括っているのだろうか(両社とも21年8月期)。

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