小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が予見する
『2020年のアパレル流通』(2019年12月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_f20ecfc3f7f64bd8447fa67e79c52bf4929772写真は、渋谷パルコB1での『AKIRA』の展示

 19年はECや無人店舗からキャッシュレス決済までDX(デジタルトランスフォーメーション)を軸とした革新と混乱が交錯して飛躍する企業と脱落する企業の明暗が開く一方、企業論理で顧客を見失って壁に当たる企業も目立った。革新と原点という両極が要となった19年に続く20年はどんな年となるのだろうか。

オリンピックは開催されるのか?

 20年は東京オリンピックがメインイベントとなってインバウンド景気が頂点に達すると予想されているが、それはオリンピックが開催されての話で、『AKIRA』(大友克洋のSFコミック)の予言に基づけば日本は大戦後の復興を果たしたものの政治も経済も行き詰まり、「ネオ東京」は再び徹底的に破壊されてしまう。SF話とはいえ、38年前の1982年に2020年の東京オリンピック開催を予見したインパクトは大きく、いまだオリンピックの開催を疑う若者も少なくない。

 世界は08年来のグローバル化から16年のブレグジット決定とトランプ当選を契機にローカル化と対立分断の構図に逆転し、マクロからミクロまでさまざまな対立が激化する今日は何が起こっても不思議はない。冒頭から『AKIRA』を持ち出した意図もそこにある。

 国家や企業から個人まで貧富差が限界を超えては協調して繁栄を享受するという幻想は崩壊するしかなく、法の統治を蔑ろにする独裁が米国やわが国まで波及するに至っては対立と騒乱は避けられない。そんな20年を19年の延長上に見るべきか疑念は残るが、東京は破壊されずオリンピックは開催されるという仮定のもとに20年の流通をアパレル中心に占ってみたい。

1.インバウンドは継続するもモノからコトへ

 国内消費の落ち込みを穴埋めしてきたインバウンド消費も19年は対立と分断の日韓関係などを反映して7月以降は伸びが鈍化し、百貨店免税売上げは10月が13.8%減、11月が5.3%減と失速。11月までの累計でも2.2%増と減速しており、年間でも3445億円前後と18年の3396億円から1.5%前後の伸びにとどまると見られる。20年の国際情勢や為替レートは予測が困難だが、オリンピックの集客があっても高額な観戦チケットや高騰するホテル代の負担で物品購入の伸びは限られるから19年の水準から大きく伸びるとは期待できず、オリンピックが終われば大きく落ち込むだろう。

 ただし、長期的に見れば少子高齢化と社会負担増で日本は世界の中で相対的に貧乏になっていくから物価水準は低位にとどまり、為替も国家財政が最終的に破綻する時までは円安基調から大きく外れることはないから、来日客にとっては買物天国であり続ける。だからといって「ジャパンメイド」が評価されているとは限らず、海外に進出して割高になればそっぽを向かれるケースが多い。加えて、生活が豊かになり幾度も来日すれば物品購入は一巡し滞在型・体験型になっていくから、小売業のインバウンド特需はオリンピックでピークを打つと見るべきだ。

2.止まらぬ低価格化要求への回答はC2MとVMI

 少子高齢化の社会負担増で経済と消費が停滞する日本では政府がどう旗を振ってもデフレ体質から脱却するのは難しく、遠い先には財政破綻によるハイパーインフレという最終局面が訪れるにしても、当面はデフレと手取り給与の停滞というスパイラルが続く。

 そんな中で単価アップ政策を採ればそれによる売上増を帳消しにする客数減が必定で、無理押しを続ければ顧客基盤を失ってしまう。「無印良品」が年々、売上げを伸ばしているのは単価切り下げ効果が大きく(18年春に2400品目、19年秋に1100品目)、単価アップに固執する「しまむら」や「ライトオン」は何をやっても客数減で売上げが落ちていく。顧客は同じ品質なら、より低価格、同じ価格なら、より高品質を希求しており、それに逆らえば離反が避けられない。

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 低価格を実現すべく広がったSPA流通が過剰供給を慢性化させ、その需給ギャップがもたらす膨大なロスが価格に転嫁され、あるいは原価を切り詰めてお値打ちを損なったのが現実で、値引き販売と残品処分のロスを圧縮できれば、もっと低価格あるいはお値打ちな商品を提供できる。ポストSPAのキーテクノロジーはメーカースタンスなら無在庫C2M、小売業スタンスならVMIであることは明らかだ。

 世界最大の小売業にしてC&Cでアマゾンを押し返すウォルマートはVMIをベースにSMIも活用して低コスト/低ロスなリテールシステムを確立しているし、ポスト「ユニクロ」の本命とされるワークマンが原価率65%でお値打ち品を提供できるのもオンラインでコラボするVMI体制の賜物だ。

※VMI(Vendor Managed Inventory):シーズンごとに小売りチェーンとベンダーが棚割りを協議して設定しEOSでベンダーが補給するもの。ベンダーは消化進行に即して生産ラインまで制御する。

3.黒歴史の果てに百貨店流通は崩壊する

 デフレ要求が高まる中、逆にコストも売価も切り上げ、お値打ちを半減させて顧客の離反を招き、売上げと売場の萎縮スパイラルで業界ごと絶滅の危機に瀕しているのが百貨店業界だ。

 ピークの99年には331店もあった百貨店も00年のそごうの経営破たんを契機に減少に転じ、リーマンショック以降は閉店が加速して17年は8店、18年は7店、19年も9店が閉店して212店まで減っている。20年も公表されているだけで7店、21年も2月末にそごう川口店の閉店が決まっており、21年中には200店舗を割り込むのは確実だ。閉店しないまでも「ハイブリッド化」と称してテナント導入し、自営の売場を圧縮する百貨店が増えており、地方店や郊外店にとどまらず都心店まで広がっている。

 百貨店総売上高はピークの91年から18年は60.6%に減少しているが、衣料品トータルは45.1%に、紳士服・洋品は38.7%に、ピークが98年だった婦人服・洋品もピークから49.7%に減少している。百貨店売上高に占める衣料品シェアもピークの98年の41.2%から18年は30.1%まで落ち、19年も11月までで29.8%とさらに落ちている。ほんの数年前まで婦人服関連で3層、紳士服とスポーツも合わせれば4層を割いていた都心店も衣料品の売上減少に耐え切れず、リニューアルのたびに化粧品&美容サービスや食品&イートインを拡大して衣料品のフロアを3層に圧縮している。

 店舗数が減りハイブリッド化で自営の売場が圧縮され、販売不振で衣料品売場が削減されれば、百貨店を主戦場とするアパレルは販路が急速に狭まっていく。販路が萎縮して本部の固定費も補えなくなればブランドの廃止と人員整理が必至となり、その繰り返しの果てに破綻する企業も出てくる。もはや、そんな末期段階を迎えている百貨店流通だが、その原因は業界ぐるみで顧客を裏切ってきた黒歴史にある。

 百貨店は84年頃の買取から委託へのシフトと92〜98年の12ポイントもの納入掛け率切り下げで原価率を半減させてお値打ちも半減させ、顧客も取引先も不動産コストの低い駅ビルやSC、近年はさらにコストが低いECに逃げ出している。駅ビルやSC、ECとのコスト差は不動産費率で倍近く、人件費率はECの十倍もかさむ。

 これでは顧客にお値打ちな商品を提供するのは不可能で、売場が減少して損益が悪化すれば百貨店アパレルは事業の継続も困難になる。毎年のように赤字を計上して希望退職を繰り返し、たけのこ生活を続けるのも限界があり、座して死を待つか百貨店と決別するか、最後の決断が問われている。

 そんな百貨店アパレルが活路を見いだしているのがECと在庫を抱えないC2M事業だが、前者には暗雲が漂っている。

4.店舗販売の復権でECは再編へ

 自社運営ECは店舗販売より運営コストが格段に低いが、モール出店では手数料負担が重く、「無料で届く」「速く届く」「試せる返せる」という顧客の三大要求に応えようとするとコストが肥大していく。宅配料金の大幅値上げ以降は物流コストやモールの手数料率がかさんで収益が悪化し、収益を確保せんと顧客に送料負担を求めると売上げの伸びがてきめんに鈍化するというジレンマに陥っている。

 そんな壁を越えるのが店舗をECのお試し・受け取り・出荷拠点とするC&Cだが、それにはECサイトから店舗在庫を検索できて取り置きや注文に引き当てられるシステムと店舗網が必要で、ECだけの事業者やモール出店だけの小売業者には手が届かない。自社運営ECで在庫の一元運用を実現した小売事業者が断然、有利になる。

 その好例が米国のウォルマートやターゲットで、ネット注文品の即日店受け取りや店出荷の即日近隣配送が奏功してECの伸び率はアマゾンを凌駕し、店舗売上げも押し上げて業績を伸ばしている。アパレルではインディテックス社(ZARA)がECを倉庫出荷から店舗出荷と店受け取りに切り替え、顧客利便と在庫効率を高め、店舗販売も伸ばしているのが好例だ。

 オムニ展開する小売業者にとってC&Cは決定的なアドバンテージとなるが、モール店舗に依存する小売業者では在庫の一元運用も店舗在庫の引き当ても難しい。自社運営への切り替えやシステム構築のコストとリスクに戸惑っている事業者が大多数だが、最優先で超えねばならない壁と認識すべきだ。

 物流費の高騰とテナントのC&Cシフトに直面するECプラットフォーマーはコストと時間を圧縮すべく、ローカルデポを布陣してローカルの宅配業社や自営運送業者の組織化を急いでいるが、アマゾンのホールフーズ・マーケット買収のような小売りチェーンの買収がもう一つの決定打となる。わが国でも楽天やアマゾンが全国展開する生活圏衣料チェーンの買収や提携に動くのではないか。

5.マーケットは集中から分散へ

 世界の趨勢がローカル化と対立分断を深める中、消費もローカル化/パーソナル化の方向に動き、グローバル展開のアパレルチェーンが販売不振で閉店したり撤退する一方、グローバルチェーンに圧されて業績が悪化していたローカルチェーンが各国で復活している。 

 米国ではアメカジ御三家のうち生き残ったアメリカンイーグルが「エアリ」人気にも押し上げられて好調を継続し、アバークロンビー&フィッチも何とか息を吹き返している。わが国でも渋谷109が10年ぶりに復活し、ローカルのファストファッションが勢い付いている。

 もとよりアパレルはローカルなもので、欧米ではエスニックマーケティングが定着しており、アングロサクソン系、ラテン&ヒスパニック系、ネグロイド系、モンゴロイド系でトレンドもフィットも大きく異なる。それゆえ、異なるマーケットに出る場合はローカルフィット対応が必須となるが、コストを抑えるにはロットが必要で、それが参入障壁となる。独資日本法人や正規代理店のインポートブランドはジャパンフィットになっている場合が多いが、売上規模の小さいブランドやセレクト調達のブランドはオリジナルフィットのままで、売上げを伸ばすのは難しい。

 国内でも地域や客層によるローカル化が加速しており、同じ街でも通りによって客層が異なるテロワール化も顕著に見られる。そんな流れはグローバルチェーンはもちろん、「ユニクロ」など国内の大手SPAチェーンにも逆風となるのではないか。

 国内ユニクロの直営既存店売上伸び率は18年8月期上期の+8.4%、同下期の+3.3%、19年8月期上期の-0.9%、同下期の+3.5%、20年8月期第1四半期の-4.1%と波行しながらペースを落としているように見えるが、循環的なものかマーケットの分散による業績下降局面なのか予断できる段階にない。20年8月期上期の数字を待って判断すべきだろうが、そのリスクは確実にある。逆にいえばローカル/マイナーなアパレル事業者にチャンスが巡ってくるのではないか。

6.生産のデジタル化でC2Mが広がる

 ローカル化の究極はパーソナル化であり、過剰供給の反省もあって既製服からC2Mなパターンオーダーへのシフトが加速しており、生産のデジタル化で採寸から納品まで1週間という短納期も実現している。

 C2Mなパターンオーダーは売り手にとっては受注生産が成り立って在庫の負担やロスがないこと、顧客にとっては素材やデザインも選べて自分にフィットした商品が在庫ロスを上乗せしないお値打ち価格で手に入ることだ。既製服をお直しするのと大差ない納期で届き、お直し代もいらないのなら、既製服から乗り換える顧客も少なくないだろう。

 既製服からパターンオーダーへの転換が進むのは、品揃えと在庫ロスの相克が限界を超えているからだ。紳士服チェーンの既製紳士スーツを例にとれば、コンチネンタルとかブリティッシュとかクラシコイタリアとかテイストによる基本シルエット、Y体/A体/B体といったドロップサイズと身長サイズ、ベーシックなサージからヘリンボンやツイード、チェックやストライプなどの素材バリエーションを最低限そろえるのに1400着を要するという。そんなバリエーションが消化回転するはずもなく、紳士服チェーンの既製スーツは年間1.6回転ほどにとどまり、前期の売れ残りに新たな商品を加えて品揃えのバランスを取り直すという継ぎ足し運用が定着している。

 現実には1400着も置ける大型店は例外的だから、基本シルエットとサイズをそろえて素材は見比べてもらうか、青山商事の「デジタルラボ」のようにバーチャルビジュアルで補完するセミ・ショールーム販売になる。消化回転を高めようと品揃えを絞ると選択肢が狭まって妥協やお直しがかさむから限界があり、顧客の選択肢を限定しないで効率化しようとすればパターンオーダーという解にたどり着く。

 振り返ってみれば戦前はあつらえ(オーダーメイド)が一般的だったし、戦後も60年代半ばまでは婦人服も洋装店でのオーダーが主流だった。既製スーツが主流になったのは経済成長でホワイトカラーが急増した東京オリンピック以降で、まだ半世紀ちょっとしか経っていない。

 少子高齢化で労働年齢人口が減り、カジュアルな服装での勤務が奨励されて既製スーツ需要が品揃えと在庫ロスの限界を割り込めば、再びオーダーの時代に戻ってもおかしくはない。デジタル生産によって短納期が可能になった今日、既製服からパターンオーダーへの転換が進むのはむしろ必然ではないか。

7.過剰供給からオンデマンド供給へ

 遠い昔の卸流通時代には需給調整が成り立って過剰供給は一過性にとどまっていたが、90年代以降の四半世紀でSPA流通が主流になるにつれ、生産地の遠隔化とロットの拡大もあって過剰供給が慢性化し、今やアパレル業界が供給する総量の半分も最終消化できない泥沼に陥っている。その直接的元凶は「在庫」だから、需給ギャップを解消して在庫を圧縮すれば泥沼から脱出することができる。

 需給ギャップは企画〜生産のリードタイムと生産ロットに比例するから、企画〜生産をデジタル化して前工程を短縮し、生産ロットを小口化して生産期間を圧縮すれば、オンデマンド供給に近付いて需給ギャップを圧縮できる。DX(デジタルトランスフォーメーション)が急がれるのは必然なのだ。その究極が受注先行のC2Mで、省在庫どころか無在庫販売が成立する。

 アパレル事業者が直販するD2Cならオンデマンド供給やC2Mが可能だが、企画〜生産工程を直接運用するわけでない小売りチェーンや製品買い上げのSPAでは「ロット買いの売り減らし」という需給ギャップ体質の解消は難しい。一人勝ちしているかに見える国内ユニクロや無印良品の在庫回転が商社やソーシング子会社が抱える在庫まで合わせれば限りなく2回転に近い、という現実もそれを暗示している。 

 その壁を越える仕掛けがオンライン連携によるVMIに他ならない。棚割りから週次の販売予測までAIも駆使して補給と追加生産の精度を高め、原材料や仕掛り在庫まで情報を共有してサプライ効率とオンデマンド供給の両立を図れば、製品買いのVMIでは見えなかった世界が開ける。小売業者と納入業者という図式を脱してオンデマンド供給のイコールパートナーという関係を確立できれば、超えられなかった壁も越えられるのではないか。2020年には立場を超えたオープンなサプライ同盟に挑戦してほしい。

 

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