小島健輔の最新論文

繊研新聞2020年12月03日付掲載
『ショールーミングストアとウェブルーミングサロン
ローカルOMOとテザリングの勧め』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ECと店舗を連携するOMOは在庫と顧客購買履歴の一元運用から始まってC&Cとテザリングのローカルマーケティングへと発展していくが、その起点となる消費者行動がショールーミングとウェブルーミングというO2Oだ。横文字用語が続くから、最初にまとめて解説しておこう。

OMO(Online Merges with Offline)とはオンライン(ECやSNS)とオフライン(店舗)を融合する事業戦略で、顧客コミュニケーションや販売、決済から物流まで広範囲に及ぶ。C&C(Click & Collect)とはECで注文したり取り置いた商品を店舗で試したり受け取ったりする購買利便で、コロナ禍の米国ではカーブサイド・ピックアップ(駐車場受け取り)も広がっている。テザリング(tethering)とは一般にはモバイル端末をWi-Fiルーター替わりにインターネットを中継する通信方法だが、流通の世界では店舗を中継基地とするローカル物流・補給方式を言う。ショールーミング(Showrooming)とは店舗で商品を見てネットで情報を調べたりECで購入する購買行動、ウェブルーミング(Webrooming)とはネットで店舗や商品を選んで取り置いたりしてから店舗に行く購買行動、両方を行き来する購買行動をO2O(Online to Offline)と言う。ではショールーミングストアとウェブルーミングストア(サロン)ってどう違うのだろうか。

 

■ショールーミングストアとは

 「ショールーミングストア」はサンプルを見て触って試し、商品情報や購入者レビュー、在庫情報の閲覧や注文・決済はECサイトでして、自宅など指定場所か指定店舗で受け取る販売方式だ。販売と物流を分けるから店舗に在庫を積む必要がなく、在庫にスペースを取られないから家賃負担が軽く、ゆったりと接客や試着のスペースが取れるから買い上げ率や客単価が高く三密も避けられ、在庫が多店舗に分散せず出荷倉庫や基幹母店に集中できるから在庫の偏在ロスも避けられる。

 いいことずくめに聞こえるけれど、お試し用サンプルの取り回しに人手がかかり、同じSKU(デザイン・色・サイズ)を誰かがお試し中だと他の顧客は待たされるし、気に入ったからといっても原則、持ち帰ることはできない。個々の顧客に宅配すれば、一括配送の店舗物流に比べ何倍もの物流費がかかることは言うまでもない。

 ショールーミングストアと似て非なるのが「ショールーム陳列ストア」で、高級バッグブランドなどでは珍しく無い。陳列されている商品はお試し用のサンプルで販売員が手袋をして取り扱い、購入を決めると後方ストックから手垢のつかない新品を出して顧客に渡す。ECは関係ないから「ショールーミング」ではなく「ショールーム陳列」の店舗販売で、在庫は店舗後方に積まれるから家賃負担は軽減されず、各店舗に在庫が分散する。

 色・柄、サイズがあるアパレルや靴のショールーミングストアは、サンプルの陳列方式で二つに分かれる。デザイン毎にワンサイズ・ワンカラーだけ陳列する方式では、専用アプリでタグの二次元コードから試着用カタログサイト(ECサイトのアレンジ)に飛んでサイズやカラーを選べば、スタッフがストックヤードからピックアップして試着室に商品を用意し、試着後は検品して綺麗にしストックヤードに戻す。専用アプリを使わず、サンプル陳列型の靴売場のようにスタッフが顧客の要望を聞いて試着サンプルを用意しても良い。

もう一つの方法はデザイン毎に全サイズ・全カラーを陳列するもので、顧客が自分でピックアップして試着室に持ち込むからスタッフの手間はかからない。とは言っても、顧客が戻すと迷い子になるから、試着後はスタッフが検品して元の陳列位置に戻す必要がある。

 どちらの方法でも顧客は店舗のタブレットか自分のデバイスからECで注文し、倉庫から指定場所や指定店舗に発送するから、サンプル以外の在庫負担はないし、店舗での精算も原則として発生しない(取り寄せお試し品の受け取り、期末のサンプル販売では発生する)。誰かが試着中は同じSKUのサンプルは試着できないから、人気商品は一般店舗同様に複数を用意したくなるが、それではショールーミングストアのメリットが損なわれる。

ワンサイズ・ワンカラー型は「ZARA」(六本木ヒルズと英ストラットフォードシティの期間店舗)、全サイズ・全カラー型は「GUスタイルスタジオ」(表参道の常設店舗)で実験されたが、前者は期間終了後、新たに展開されていないし、後者も2店目が出る気配はない。どちらもお試しサンプルの運用が予想外に手間取る一方で期待したほどの売上にならず、在庫を積む通常店舗の方が格段に効率が良いという実験結果だったと推察される。

 

■品揃え拡張型ショールーミングストアの「デジタル・ラボ」

 ではショールーミングストアは広がらないかというと、そうでもない。突破口となる運営方式が二つ、確立されているからだ。ショールーミングストアの二つの実験が良い結果をもたらさなかったのは『試着サンプルを揃える』という中途半端な運用が意外に手間取り、顧客にとっても便利でなかったからで、サンプル無しでデジタル化に徹するか、顧客利便優先でミニマム在庫を置いて通常店舗に近づければ上手くいく可能性がある。

 通常店舗の様に在庫も置くが計算づくでミニマムに抑え、売れても店舗の商品を渡さず倉庫から顧客に直送するか指定の店舗に送るのが青山商事の「デジタル・ラボ」で、16年の秋葉原店開設から20年9月段階で「洋服の青山」全785店中の41店まで広がっている。

 紳士服専門店はシルエットやサイズ、素材など品揃えのバラエティが必要で、「洋服の青山」の郊外店では500平米の売場に1400着を揃えるが、家賃が高いターミナル商業施設などでは200平米未満の店舗が多く、500着ほどしか置くことができない。そこで考えられたのが500着でも全てのシルエットとサイズをゲージサンプルの様に揃え、全ての素材をカバーするという最小公倍数的商品構成だった。選択した素材は別のシルエットやサイズでしか見れなくても、近似した素材を好みのシルエットと自分のサイズで試着してお直しもできるわけで、修理加工データをオンラインで倉庫に送り、倉庫在庫を加工して店舗やご自宅に送るから、倉庫から店舗への補充物流と品出し業務も回避できる。

このゲージサンプル的品揃えはマルイのオリジナル婦人靴業態「フィットスタジオ」でも行われており、店舗で試着して備え付けのタブレットから発注し、倉庫から指定の場所や店舗に届くが、在庫があれば持ち帰りもできる。青山商事の「デジタル・ラボ」でも、修理しない場合は在庫があれば持ち帰れる。

「デジタル・ラボ」は自社ECサイトをデジタルカタログとして、販売員がタブレット操作し大型ディスプレイに映し出して接客するというデジアナなOMOで、全店舗と倉庫の在庫検索はもちろん、フレーム入力で修理加工指示を送信できる。もとより「洋服の青山」のECサイトは店舗接客のオンライン支援ツールとして開発されたもので、ECが店舗接客を支援する「デジタル・ラボ」に発展したのは必然だった。

 リアル店舗の品揃えをECで拡張してリアル店舗の接客で売り、倉庫在庫を引き当てて補充物流と店舗作業の負荷を軽減し、修理スタッフの倉庫集中で店舗の修理人件費負担を回避するという仕組みだから、1500平米級の大型店がある郊外エリアでは大型店に修理スタッフを集中して周辺標準店(500平米級)のお直しを引き受け、大型店在庫を加工して周辺店や顧客に届けるという「修理加工型テザリング」に発展するのは必定だ。

 

■デジタルカタログストアの「Argos」

 「デジタル・ラボ」は通常店舗の品揃えをECで補完するという「品揃え拡張型ショールーミングストア」だが、逆にお試しサンプル無しのデジタルカタログに徹し、自前のテザリングと宅配を組み合わせて突出した受け取り利便を実現しているのが、カタログショールームストアをデジタル化した英国の「Argos」だ。

 「Argos」は73年創業のカタログショールームストアで、分厚いカタログを見て注文用紙に書き込み、注文カウンター奥の倉庫に在庫があればその場で受け取れるし、無ければ倉庫から自宅や指定店舗に届くという古典的なビジネスモデルだったが、2012年ごろからカタログをタブレットに替えてアップルストアの様なモダンなデジタルストアに変身。それに注目した大手SM(スーパーマーケット)チェーンのセインズベリーが12年に親会社のホーム・リテール・グループごと買収してデジタルストアへの切り替えを加速し、自社SMに隣接して多店化している。

 後方在庫を抱えない小型の衛星店に後方在庫を抱える大型の地域母店から注文商品を供給する「Argos」特有のテザリングも、デジタル化で在庫引き当てが迅速化し利便と効率が格段に高まった。店舗のタブレット端末あるいは顧客のデバイスで商品を選び、受け取り場所(自宅や受け取り所、店舗)を選ぶと瞬時に受け取り時間が表示され、在庫が近隣母店にあれば翌日には受け取れる。店舗で受け取れば送料は無料だから、8割以上の人が店舗受け取りを選択する。店舗での受け取りは「ファスト・トラック(精算済み)」と「ペイ&コレクト(未精算)」でカウンターが分かれ、「精算済み」なら1分以内に受け取れる。

宅配が何日も要して料金も我が国に倍する英国では「Argos」の速くて無料の店舗受け取りは大きなアドバンテージで、それを支えるのがテザリングと宅配を組み合わせた自前の物流体制だ。受注に最短距離の倉庫併設大型店(平均して周辺5店をカバーする)の在庫を引き当てて顧客が指定する店舗にルート便で届け、宅配も自前で届ける仕組みは我が国のヨドバシカメラに極めて近似しており、繁忙期には全英で3300人のドライバーを雇用して900台のバンを運用している(17年段階)。

「Argos」のデジタルストアでは全てデジタルカタログを見て選択・発注するから、サンプル商品の取り回しに人手を取られることはないが、家電製品や住関連商品中心で衣料品は肌着や日用衣料の域を出ない。ファッション性アパレルには試着やコーディネイトが必須だから、サンプルは置かなくても取り寄せて試着しスタイリストがアドバイスしてフィッティングする仕組みが必要と思われる。そこに着目したのが「ノードストロム・ローカル」だ。

 

■お取り寄せお試しサロンに徹する「ノードストロム・ローカル」

 ウェブルーミングで選んでお取り寄せして試着し修理加工までカバーする「ノードストロム・ローカル」は、どう位置付けるべきだろうか。在庫も試着サンプルも持たないからショールーミングストアではなく、ECカタログを見るタブレットが並んでいるわけでもないからデジタルカタログストアでもない。

EC(Nordstrom.com/Trunk Club)で選んで取り寄せた衣料品や服飾雑貨を試着したり、決済済み商品を受け取ったり返品もする顧客サービス拠点だから「ウェブルーミング・サロン」と定義したい。ゆったり快適なフィッティングブースを備え、スタイリストが常駐してコーディネイトをアドバイスし、必要なら近隣店舗から新たな商品を取り寄せ、フィッティングではお直しのピンも打つ。テーラーサービス(修理加工)のカウンターやネイルサロン、カフェも併設されている。

 ECで選んでも取り寄せるのは近隣の実店舗「ノードストロム」(セレクトショップ複合型スペシャルティデパートメントストア、平均店舗面積1万7000平米)だから店在庫引き当てのテザリングでもあり、17年に3店舗(各々280平米前後)を布陣したロサンゼルスでは市内9店舗から取り寄せて日に数回、ルート便が立ち寄るから、地域店舗間のテザリングも担っているのだろう。「ノードストロム・ローカル」での受け取りはロサンゼルス市内ECオーダーピックアップの30%を占めており、顧客にとっての利便も大きいようだ。決済済み商品の受け取りだけならカーブサイド・ピックアップ(駐車場受け取り)も行なっているから、コロナ禍で利便は一段と高まったのではないか。

お取り寄せお試しの顧客利便の一方、返品処理の迅速化というメリットも大きいとジェイミー・ノードストロム、ストア部門プレジデントは説明している。スタイリストが立ち会っての試着だから返品のコンディションも管理でき、再販率も高まる。

「ノードストロム・ローカル」は高級住宅地の顧客対応サテライトという性格もあり、平均購入額はフルライン百貨店来店客の2.5倍に達するから、「ウェブルーミング型サテライトサロン」と位置付けることも出来よう。19年10月にウィメンズ旗艦店(3万平米、向かいに18年4月に開業したメンズ館は4300平米)を開設したマンハッタンでも旗艦店の開店に先駆け、9月にアッパーイーストサイド(167平米)とウエストビレッジ(205平米)に「ノードストロム・ローカル」を開設している。

「ノードストロム・ローカル」のウェブルーミング・サロン方式は、我が国でも百貨店の閉店やブランドの退店でブランド難民化した地方顧客の利便に応え、地方百貨店や郊外百貨店のブランド揃えを補完するOMO販売として期待される。その要は全国区のEC物流ではなく、博多や広島、仙台や札幌など地方大都市(旧支店経済都市)の旗艦店を母店としたテザリングとローカル宅配にある。全国区のEC物流よりコストも時間も半減し、地方旗艦店の品揃えも拡充する打ち出の小槌になるのではないか。

 

■現実的「正解」とプラットフォーム化

 これらの事例から学ぶべきは「顧客利便」「品揃えの拡張」「運営効率」「在庫効率」「物流効率」といった複数のリテール要素を同時成立させる仕組みであり、その実現にはデジタルだけでなくアナログなスキルも駆使する必要がある。D2CとかRaaSとかコンセプトに踊らされ、デジタル先行でアナログスキルを軽視しては効率も利便も突出できず、顧客や取引先を惹きつけて事業を拡大・継続することは望めない。

 8月に有楽町と新宿に進出した米国の「b8ta」(世界で25店舗)はRaaS型マーケティングサービスとして注目されているが、前世紀の「The Sharper Image」をデジタル化したサブスクリプションビジネスの域を出ず、「Argos」のようにデジタルとアナログを連携したC&C顧客利便には遠いし、アパレルのフィッティング機能も持たない。受注販売型クラウドファンディング同様、スタートアップを支援するサービスビジネスであって、継続するリテールビジネスとは次元が異なる。そのようなRaaS機能はOMOで巨大ショールームストアへと変貌する家電量販店や百貨店にいずれ吸収されてしまうだろう。

アパレルや服飾雑貨の販売には特有のスキルが必要だが、OMOやDXは全ての分野で急進しており、家電量販店やディスカウントストア、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなど異分野の事例にも学ぶことが多い。その上で自社の商品特性と顧客、競争環境に適した現実的「正解」を見出すべきだが、成功している事例は悉く自らの仕組みをプラットフォーム化しているし、アマゾンとホールフーズマーケット(日本ではライフ)、楽天と西友、アリババと銀泰百貨店など、買収や提携によるネットとリアルの相互乗り入れも急進している。

誰かの掌に乗ったままでは様々なしがらみに縛られ、OMOで突出することも十分な利益を得ることも難しいが、店舗小売事業者が自らのアナログスキルをDXでプラットフォーム化すれば無限の可能性が開く。前述した事例をそんな視点で読み返して欲しい。

※RaaS(Retail as a Service)・・・DXやOMOが実現する購買体験や顧客利便、マーケティングサービスを自社の顧客やサプライヤー、あるいは外部のサプライヤーに提供する行為で、「小売のサービス化」と定義される。

※The Sharper Image・・・77年設立のカタログ発オムニチャネルリテイラーで、家電や趣味ガジェットなどハイテクなライフスタイル製品を扱うショールームストアを最盛期には全米38週に187店舗、展開していた。08年の破産を経て、現在の米国のカタログとウェブサイトはキャメロット・ベンチャーグループが運営している。

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