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商業界オンライン 小島健輔が指摘
『SPAの在庫回転は怪しい』(2019年10月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_04ea9456291f44c4850ac42a25d6b126714181(左)ユニクロの有明倉庫

      
 ユニクロや無印からH&Mなど外資まで、SPAといわれる企業の在庫回転は結構怪しいものがある。売上げを原価在庫で割って回転を水増しするのはご愛嬌として、在庫の計上方法そのものが恣意的となると「怪しい」では済まされなくなるが、そこには小売業の商品開発の実態が垣間見える。

SPAの在庫計上は怪しい

 在庫回転の実態は期間の売上原価を期初期末平均の棚卸資産(在庫原価)で除して捉えるべきだが、利幅が厚く売上売価と売上原価が倍以上も違うSPAでは売上売価を在庫原価で除して回転を高く見せようとすることがある。決算説明会などで使われ、決算報道記事でも発表をうのみにして掲載されるのはどうかと思う。実務が分かっている玄人目にはご愛嬌だが、素人投資家などは惑わされるのではないか。

 そんな目眩しは問題外だが、国内ユニクロの18年8月期在庫回転が計上基準の変更で5.2回から2.17回に急落したのはもちろん、良品計画の19年2月期商品回転が単体では4.95回転なのに連結では2.44回に落ちるのは玄人でも実態が見え難い。ユニクロの場合は商社に管理させていた国内倉庫在庫を自社計上に改めたという事情、良品計画の場合はソーシングを担う連結子会社が補給在庫を倉庫に積み上げている事情(海外店舗の在庫なども絡んでいるかもしれない)だと推察される。

 どちらも小売業としての「販売在庫」と製造業としての「製品在庫」をどう計上するかの課題で、製造業なら「仕掛り在庫」や「原材料」もBSに計上されてしかるべきだが、どこの決算報告書(有価証券報告書)も在庫計上の基準や詳細分類は明記していない。ファーストリテイリングとて「棚卸資産」と一括表記しているだけだ。SPAといわれる企業でBSに「仕掛り在庫」や「原材料」を計上しているのは私が知る限りINDITEXだけだ。

 

img_e726f4a426a76fdf5b99b156ddba3f3e7743872018年8月期の決済説明会にて
       

img_fc6a1a69201f9c650b5bc94cebfad7ee144990INDITEXの決算書に見る在庫項目

SPAは小売業か製造業か

 SPAの商品調達方法はさまざまだが、大きくは「製品仕入れ」「工賃払い調達」「自社工場生産」に分けられる。「製品仕入れ」ならBSには製品在庫しか計上されないが、「工賃払い調達」や「自社工場生産」なら「仕掛り在庫」や「原材料」が計上されるはずだ。「仕掛り在庫」や「原材料」が計上されないSPAは「製品仕入れ」に依存している“小売業”ということになる。

 ひと昔以上前から生産地の工場に「匠」を張り付けて品質と工程を管理させ「情報製造小売業」を標榜するユニクロが「製品仕入れ」というのは納得しにくいが、おそらくは工場から国内倉庫までの物流と在庫負担を商社に依存しているからなのだろう。店頭では年間に5.2回転していても製品在庫は2.17回転しかしていないのは、物流段階や倉庫にある在庫は商社の管理下にあったとしか説明できない。

 ユニクロは素材から開発して工場に供給しているのだから、本来なら「工賃払い調達」でBSには「仕掛り在庫」や「原材料」を計上すべきだが、小売業として販売在庫の最適補給に徹したいゆえ、商社に補給在庫を抱えさせ販売進行に応じて「製品仕入れ」していると思われる。実際、ユニクロは18年8月期決算の説明会資料で『低コストな生産国の倉庫に商品を留め置き、販売国倉庫には販売に必要な商品のみ保管』と明記しており、18年8月期第4四半期から国内倉庫在庫はユニクロの資産に計上したが、生産国倉庫の在庫は商社に抱えさせたままということになる。

 それ自体は小売りチェーンの商品開発では一般的なことで非難すべきものではないが、商社など外部に依存したプロセスについては目が届かなくなり、サプライチェーンの分断を招きかねない。実際、『素材備蓄による短リードタイム生産』をうたっていても生産地倉庫には店頭投入の半年以上も前から製品在庫が積み上がっているし、有明プロジェクトでは商社が管轄する生産地からの店舗物流とEC物流の一元化を果たせず、有明自動倉庫がC&Cの足かせとなる事態を招いている。
      

img_43321d93a91775e6b85fa69b029615f11236283ファーストリテイリングの決算説明会資料

     
 ユニクロは「情報製造物流小売業」を標榜しながらも、生産工場から国内倉庫までの物流と在庫管理を外部依存して「ものづくりにも踏み込む小売業」という枠にとどまり、生産〜物流〜販売のサプライチェーンを一貫するマネジメントには眼をつむっている。

INDITEXはメーカー直販に近い

 それに対してINDITEXはアパレルメーカーとして創業した経緯もあってか「工賃払い調達」も行って決算書に「製品在庫」とは別に「仕掛り在庫」と「原材料」を計上し、物流の直接管理を徹底しているから、“製造小売業”というより“メーカー直販”という性格が強い。

 正確にいえばINDITEXは1)H&Mなどと同様な仕様書発注の「製品仕入れ」、2)素材を供給して生産管理する「製品仕入れ」、3)自社工場でマーキング・裁断までして素資材を供給し自社工場でプレス仕上げまで行う「工賃払い調達」の3つの調達手法を組み合わせている。

 1)は低コストの量産を要するベーシック単品で、アジアや中近東で調達されている。2)は品質感やシルエットが問われるドレスアイテムで、工程間物流が容易で管理も行き届くEU圏で調達されており、クロージングアイテムについては自社工場でプレス仕上げするものもあると推察される。3)はモードトレンドを競うコレクションラインで、本社からトラックのルート便でミルクラン可能なスペイン国内とポルトガルの工場から調達されている。その比率は流動的で推察の域を出ないが、店頭の商品と決算書の「仕掛り在庫」「原材料」金額から1)と2)で87〜89%、3)が11〜13%と思われる。

 1)、2)、3)とも生産地工場から直接に消費地へ運ばれることはなく、全て本社のTC(物流加工だけで倉庫機能はない)に運ばれ検品・ICタグ付けして店舗向けに自動仕分けされ、EU圏など近隣市場へはトラックで、アジアや南北アメリカなど遠隔地へは専用航空機で運ばれていく(一部、船便もあるようだ)。物流は本社TCをハブに生産地から各国の店舗まで直接管理されており、商社などに依存してはいない。

 INDITEXは素資材は備蓄しても製品在庫はどこにも滞留させないで店舗まで運ぶ「清流型物流」で、EC向け消費地倉庫在庫の滞留が課題となって店在庫引当型のC&Cに踏み切り、既存店売上げが上向くという確かな成果を手にしている。生産地倉庫や消費地倉庫に大量の製品在庫を積み置く「ダム型物流」のユニクロはC&Cでも遅れをとっており、物流の外部依存と合わせてサプライチェーンの非効率性が指摘される。

SPAの在庫計上はどうあるべきか

 かつての小売業のオリジナル商品開発はメーカーやベンダーが間に入り、仕様開発や素資材調達、生産管理や物流ばかりか、在庫を抱えて販売分だけ分納するという“開発型VMI”が実態だった。量販店など、そんな取り組みを「チームMD」と称していたように記憶している。

 今日では小売業側が開発チームを抱えて仕様書発注する「製品仕入れ」が主流となったが、ベンダーやメーカーが果たしていた機能を商社が担うようになっただけで根本的な枠組みは変わっておらず、ロット生産した大量の製品在庫を商社が倉庫に抱え、物流も担うケースが少なくない。“商流”は直貿化しても“物流”は商社依存というケースが多いのではないか。「情報製造物流小売業」をうたうユニクロまで、そんな商社依存を抜け出せていないのは意外というしかないが、“小売業”のSPA化では一般的な姿だ。

 商社に依存しないで場合でも良品計画のMuji Global Sourcingや愛姆吉斯貿易、イオンリテールのアイク(現イオントップバリュ)など、ソーシング子会社や商社との合弁会社に担わせるケースがあるから、在庫は連結決算で見なければならない。

 自社単体で在庫が回転しているように装っても、商社やソーシング子会社が抱えた在庫はどこかで足を引っ張ることになるし、それらがブラックボックス化すればサプライを制御できなくなる。外部の商社やソーシング子会社に担わせるにしろ本体で完結するにせよ、会計的にはともかく、SPAの製品在庫は工場が出荷した瞬間から店頭販売やEC受注で物理的に手が離れるまで一貫して管理すべきで、工場出荷段階でICタグを付ければ仕組み的にはトレースできる。

 ICタグやAIによるサプライチェーンの効率化も、商社やソーシング子会社が抱えた在庫をブラックボックス化したままでは成果が限られる。デジタル化以前にサプライチェーン全体の“見える化”が先決ではないか。

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