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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『若者ファッション復活の意外な理由』 (2019年07月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 販売不振によるセールの乱発や閉店ラッシュ、相次ぐ経営破綻などアパレル業界の状況は苦渋に満ちているが、明るい兆しがないわけでもない。その1つが若者ブランドの復調だ。

ヤングファッションが急浮上

img_8c1183cfb5b20c264f9c7f4e6e8a2923814624渋谷109のB2に新設されたMOG MOG STAND

 昨年秋口から一部ブランドで見られた復調が今春以降は広範なヤングブランドに広がり、09年以降、長期にわたって低迷していた渋谷109の売上げも今春2月以降は連続して前年を超えている。首都圏や関西圏の駅ビル/ファッションビルの売上げも2月以降、好調を継続しており、伸び率が加速する施設も見られる。その中身を見ると、化粧品や服飾雑貨、飲食関連が先行して衣料品はいまひとつだが、低迷を続けるブランドの一方で復調するブランドも確実に広がっている。

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 当社(小島ファッションマーケティング)で集計している全国主要100商業施設・百貨店のレディスブランド売上げの推移をゾーン別に見ると、今春以降、プレタやミセス、トランスキャリアなど大人ブランドが低迷を深める一方、ワーキングガール(OL)は依然、最下位ながら上向き始め、長期にわたって低迷してきたセクシーガール(ギャルカジュアル)やヤングマインドカジュアルが急浮上し、先行して浮上していたヤングカジュアルは勢いを増している。メンズブランドでも類似した傾向が広がっており、世代を問わずビジネスが低迷を深めアダルトカジュアルが失速する一方、ヤングマインドなストリートカジュアルが急加速している。

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 少子高齢化が進行して若年世代人口がジリジリと減少していく中、非正規比率も高まって若年世代への所得移転が進まず、世代人口が厚く所得水準も高い大人マーケット(40〜50代)では堅調を維持するブランドも少なくなかったのに対し、若年世代マーケットは縮小の一途だった。それが一転して復調している背景はいったい何なのか。

復調の背景はデジタル世代への所得移転?

 ブランド売上げと経済指標/社会指標を照合すると、興味深い推測が成り立つ。それは社会負担増と景気の失速で大人層の実質所得が目減りする一方、若年労働力の逼迫で若者層の所得が上昇しているという見方だ。事実、16年以降、労働需給の逼迫でパート&バイト時給はジリジリと上昇しており、若年層中心のアパレル販売職など今年に入って有効求人倍率が2.7倍に達して平均時給も1030円台まで上昇している。

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 平均時給が上昇しているといっても、この3年間で10%弱にすぎないから、若者のファッション消費が復活するほどの勢いとは思えない。そこで考えられるのが以下の2点だ。

 ビットコインが急騰した17年秋冬など、若者好みの高価なデザイナー/クリエーターブランドの売上げが跳ね上がったりもしたから、デジタル世代への所得移転が進んでいるという見方で、長年停滞してきた初任給もIT系などで急上昇している。

 マイナビが毎年、発表している年収調査ではITエンジニアの平均年収が急騰して1396万円と全職種平均の2.55倍に達しているが、20代の年収水準は過去3年間、ほぼ横ばいだ。それはデューダの調査にも共通している(どちらも18年)。初任給の上昇も厚生労働省調査では13年対比で4.4(学卒)〜5.8(高卒)%程度だから、大幅な上昇はIT系に限定されたもので、若者世代全体の収入は消費を変えるほど上がっていない。

スマホ通信料金値下げが真犯人?

 もう1つが政府が強力に推し進めている通信料金の値下げで、19年(20年3月期)はNTTドコモだけで2000億円の減収になると覚悟するほどだ。

 総務庁の家計調査によれば、18年の「移動電話通信料」支出は29歳以下世帯で平均14万247円と消費支出の5.46%も占めて他の消費支出を圧迫しており、「被服履物」支出は11万6346円と「移動電話通信料」支出の83%に留まっている。ガラケー時代の00年では「移動電話通信料」支出は6万9661円と同2.28%に留まって「被服履物」支出は14万6527円と4.80%を占めていたから、この18年間で「移動電話通信料」支出が7万586円も増えて「被服履物」支出は3万181円(20.6%)減少している。

 スマホ依存度の高い若年世代が「移動電話通信料」負担で「被服履物」支出を抑制してきたと見るなら、通信料金が値下げされれば「被服履物」支出が上向いてもおかしくない。事実、19年2〜4月の「移動電話通信料」支出は前年同期より2454円(6%)減少しており、格安スマホの普及と大手キャリアの値下げが、ようやく浸透し始めたと見られる。今期の通信料値下げが波及する6月以降は一段と負担が軽くなるはずで、その分、衣料消費などに回す余裕が広がるのではないか。

 デジタル世代への所得移転は一部に留まるとしても若年労働力逼迫による時給の上昇は広範な若者を潤しているはずで、スマホの通信料金値下げが本格化すれば若者向けファッションブランドの復活がさらに広がると期待される。長期にわたって萎縮してきた衣料消費だが、若者マーケットの復活が立ち直りの契機となれば幸いだ。

 

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