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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『夢に終わった「ランドロイド」』 (2019年05月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_d1272c3e88a9a0986ae43ab9018785ce302508セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(株)のホームページより

        

 以前にZOZOSUITの失敗を『リープフロッグの罠』と指摘したが、ハイテク投資には罠がつきもので、今度は家事負担を軽減する185万円の全自動衣類折り畳み機という触れ込みで100億円超を集めたセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズが破綻した。

100億円を集めて3年で破綻

 全自動衣類仕分け畳み機「laundroid」(ランドロイド)の発売を目指して開発していた(株)セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズが開発に行き詰まって製品化の目処が立たなくなり、4月23日に東京地裁に自己破産を申請して同日、破産手続開始の決定を受けた。負債は22億5000万円で、子会社のセブン・ドリーマーズ・ランドロイド(株)も同日、負債9億3000万円で破産手続きの開始決定を受けている。譲渡先が決まるまで事業は継続するとしているが先行きは不透明で、解散になるようだ。
 セブンドリーマーズは2011年に創業してカーボン製ゴルフシャフトなどを販売していたが16年4月、「ランドロイド」の開発・販売を意図してパナソニック(10%出資)、大和ハウス工業(10%出資)と合弁でセブン・ドリーマーズ・ランドロイド(株)を設立。資本金7億5000万円、資本準備金7億5000万円でスタートしている。その後、16年11月にパナソニックと大和ハウス工業、SBIインベスティメントが運用するファンド等を引受先とする第三者割り当てを実施し、60億円を調達している。さらに17年6月には米投資ファンドKKRの創業者ら個人投資家や滋賀銀行、大和企業投資から25億円(研究開発助成金を含み全てが資本に組み入れられたわけではない)を調達しているから、計100億円余を調達したことになる。
 それだけの資本を集めても製品開発は進まず、17年発売の予定がどんどんずれ込んで売上げが成り立たず、18年3月期決算公告では売上高7億4100万円に対して売上原価と販売費及び一般管理費が30億1800万円とかさんで営業損失22億7700万円、当期純損失17億2400万円を計上。累積損失が54億3300万円に達し、株主資本は25億3500万円まですり減っていた。
 その後、今回の自己破産申請に至るまでどのような経緯があったのか知る由もないが、調達した資金を使い果たしたということなのだろう。100億円をわずか3年で使いつぶしたと非難する見方もあるが、国民の血税をINCJ(旧・産業革新機構)が4000億円も注ぎ込んだ挙句800億円で外資に売り捨てるJDI(ジャパンディスプレイ)のことを思えば、作り手のロマンが市場ニーズとすれ違った悲劇と冷静に見るべきだろう。

家庭向けの市場がなかった「ランドロイド」

 ロボティクスとAIを駆使した画期的な便利製品として2030年に売上高3500億円、経常利益700億円を目論んだベンチャーが100億円の投資を使い果たして行き詰まった根本的要因は、肝心の「ランドロイド」の市場性と技術的難度を見誤ったことに尽きる。
「ランドロイド」は画像認識AIとロボティクスを組み合わせた自動衣類仕分け畳み機で、1)衣類を投入→2)ロボットアームがピックアップして広げる→3)画像認識AIがアイテムを認識→4)ロボットアームが最適サイズに畳む→5)ロボットアームが畳まれた衣類を仕分けて積む。
 蓄積されたデータをAIが学習して精度を上げていくとしていたが、正しく認識して正しく畳むようになるまで投入された衣類はどんな運命になるのか、コピー機の紙詰まりを想起すると怖くなる。
     

img_be4721a2de78b1b5e25f88762609ee7c255952セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(株)のTwitterより

     

 その処理能力は実用性を疑わせるに十分で、Tシャツやポロシャツ、パンツやタオルなどプレス仕上げを要さない軽衣料に限られ(布帛シャツやスカートは端から除外)、一度に最大30枚を投入できるが1枚の処理に5〜12分もかかる。それでは人がやった方が遥かに速くて確実だし、カジュアルシャツやパジャマなどは人手に頼らざるを得ない。家事労働の軽減効果はほとんどないのが現実だった(同社公式ツィッター@laundroid_0を参照されたい)。
 洗濯物の仕上げで手間がかかるのはプレス仕上げを要するワイシャツやスラックス、コートやアウターなどクリーニング屋に出すアイテムで、それらはクリーニングした後、アイテム別の専用マシンでピシッとプレス仕上げされて帰ってくる。日用の下着や軽衣料(それもカットソーなどに限定)を家庭の全自動洗濯乾燥機から取り出して日陰干しした後、畳み仕分けするだけの機能に200万円近くを払うのもともかく、幅87cm×高さ220cm×奥行き63cm、150kgもの大型冷蔵庫並みのバカでかいマシンをリネンルーム(そもそもリネンルームがある家も限られるが)に置ける邸宅は極めて限られよう。一般家庭向けとしての市場性は端から疑わしかった。

業務用としても市場性はなかった

 畳み直し作業に翻弄されるユニクロなどアパレル小売店や縫製工場の仕上げラインならもっと高くてもかさ張っても購入したかもしれないが、それには桁違いの速度と精度が要求されたはずだ。実際、縫製工場ではシャツやカットソーなどアイテム別の畳み仕上げマシンが多数、活用されている。
 それぞれデザインや仕様の異なる商品を傷めずきれいに畳むには全自動とは行かず、1枚ごと人がセッティングする半自動だが分速数枚と「ランドロイド」より格段に速い。業務用畳み仕上げ機はフィニッシュ品質や処理速度の要求に応えるためアイテム別に設計されており、Tシャツもパンツも同じ機械で折り畳もうという「ランドロイド」は元より無理があり過ぎた。
 店頭での畳み直しには大型の装置を持ち込む訳にもいかず、アマゾンでは軽量で収納しやすい手動の折り畳み機が千円ちょっとで幾つも売られている。そんな手軽なものでもTシャツ、ポロシャツからニットやカジュアルシャツまで結構素早くきれいに畳めるから、高価でかさ張り処理速度が極端に遅くアイテムが限定される「ランドロイド」に出番はなかった。
 さすがにドレスシャツは熟練の技が必要で、工場に戻して専用畳み仕上げ機に任せることもあるが、鎌倉シャツの娘たちはびっくりするほどサクサク上手に畳む。教育のレヴェルが違うのだろう。とまれ、「ランドロイド」は縫製工場や小売店舗向けの業務用としても市場性はなかったと思われる。

「人真似」ロボティクスが致命傷

「ランドロイド」は製品化へのキーテクノロジーにロボットアームを選択した段階で離陸する可能性が閉ざされていた。
 ロボティクスは人体工学に置き換えたくなるもののようだが、生体維持と生殖、愛玩の機能を必要としない以上は人体から発想するメリットは皆無で、不要に背の高いガンダムは狙撃目標にしかならないし、アンドロイドの最大需要は愛玩であることは言うまでもない。ロボットアームでつかんで畳むという「人真似」発想は致命的で、安価で使い勝手の良い手動折り畳み機を見ると自動織機から発想するのが正解だったと分かる。
 アイテムを見分け寸法や縫い立てをつかむのに画像認識AIは有効だが(厚みや番手、編み地や織り地も認識可能だが、そんな発想はなかったようだ)、人より速く正確に判断できない限り実用性はないし、それを学習するまでの失敗をエンドユーザーに負担させる訳にもいかない。人より速く正確に認識する日が来るとしても、ロボットアームの処理速度が追い付くことはなかっただろう。
 多くの工業用ロボットが熟練職人の動きをトレースしてAI制御しているが、それでは1人力を大きく超えるのは難しい。歩兵をアンドロイドに、戦車を戦闘ロボットに置き換えるようなもので、戦術的メリットは限られる。その点、AIで編隊制御するドローン群は画期的な低コストで戦術的効果を発揮する。ロボティクスが陥る「人真似」の隘路は視野狭窄による思い込みの典型で、生産ラインでも物流プロセスでも店舗運営でも、もがき続けるだけで隘路は抜けられない。

成否は使い勝手と普及が決める

 新たな技術や製品がマーケットを獲得して離陸できるか否かは技術の革新性や製品の優秀さとはほとんど関係がない。それは作り手論理の押し付けであって、使い手の利便に応えているわけではないからだ。

 マーケットを獲得する製品はバーコードやQRコードなど、意外に古典的な技術やニーズに立脚していることが多い。その理由は1)完成され汎用化された技術は使い勝手がよく、2)開発費が回収済みで安価あるいは無料でリソースが公開されており、それゆえ3)リソースを活用した周辺技術やパーツがそろっているから、4)使い手にとって安価で使い勝手が良くメンテも容易で、5)急速に普及して一段と手軽になる。逆に、開発費が高く未回収で信頼性も未確立でリソースが公開されておらず、それゆえ周辺技術/ソフト/パーツもそろわず、使い勝手もコスパもメンテも悪い技術と製品はマーケットを獲得できず競争から脱落していく。ベータがVHSに追い落とされたように、人真似ロボティクスもAI制御でチームアクションするドローンや高速ソーターなど専用機器に追い落とされていくに違いない。

空気に煽られず冷静な判断を

 作り手、売り手が“強み”と思い込んでいても、顧客にとってはニーズに合わなかったり使い勝手が悪かったりして実態は“弱み”に転じていることも少なくない。マーケットに受け入れられるか否かは使い勝手とニーズが決めるのであり、技術の斬新性や話題性が決めるわけではない。周囲やメディアに煽られることなく、広い視野で鳥瞰して冷静に判断するべきだ。
 実際、「ランドロイド」は家電やITの業界のみならず大学や経済産業省、内外のメディアがこぞって囃し立て、経営者を舞い上がらせて冷静な判断力を損なったきらいは否めない。起業直後から注目されて17年には「日本ベンチャー大賞技術革新賞」を安倍首相から手渡され、スタートアップワールドカップ2018の日本代表に選出され、18年には「ものづくり日本大賞優秀賞」を受賞。経済産業省はJ-Startup企業に認定して後押しし、アカデミーもメディアもこぞって持ち上げた経緯は冷静な検証を欠いたフィーバーでしかなかった。
 周囲やメディアに煽られて冷静な判断を損ない破綻に至った「ランドロイド」のケースは過熱するベンチャーブームに冷水を浴びせた。斬新な技術もものづくりのこだわりも市場性や事業の成功とは直結しない。アイデアやロマンをギャンブルに終わらせないためにも、技術の実用性と汎用性、商品の市場性や競争環境、量産体制や素資材背景を冷静に検証し、生産プラットフォームと提供プラットフォーム(販売・決済・物流)の優位確立に注力すべきだ。

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