小島健輔の最新論文

ファッション販売2019年02月号掲載
『2020年代に取り組みべき5つの経営課題』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

FA1902表紙

 

 世界の政治も経済もファッションも08年来のグローバル化から一転してローカル回帰が加速する中、急進する少子高齢化による社会負担がライフスタイルも経済も歪めていく斜陽の日本でファッションとファッション販売はどう変貌していくのだろうか。2020年代へのトレンドを予測してみた。

 

予測1)ソーシャルトレンドとライフスタイルトレンド

 少子高齢化が加速して労働人口が減少し現役世代の社会負担増がずっしりと重くなっていく中、女性も老人も勤労に駆り出す国民総労働力化政策、高度技能人材から単純労働者まで歯止めなく広がっていく外国人労働者移入(移民)政策が日本の社会とライフスタイルをどう変えていくのか、空恐ろしいばかりだ。
 少子高齢化と国民総労働力化で大正期から百年続いた勤労世帯の核家族が崩壊し、00年には31.9%を占めていた夫婦と子供の典型的「核家族」は15年段階で全世帯の26.9%まで減り、20年には26.1%まで減ると予測されている。代わって増えているのが「単身世帯」で、00年の27.6%から15年には34.6%と最大タイプとなり、20年には35.7%まで増えると予測されている。
 13年以降、女性就業率は急激に上昇して16年には米国を抜き、17年8月には70.0%に達して上昇を続けている。女性が労働戦力化するにつれ時間に追われて家事分担も崩れ、買い物やお洒落に時間を浪費することも疎まれて消費が止め処なくECに流れ、レンタルやリースなど時間節約なサブスクリプション消費も広がっている。
 当然、買い回りにも行き帰りにも時間消費を強いられる広域大型商業施設からは足が遠のき、日常生活のついで買いで済ませられる近隣の手頃な施設に買い物が偏っていく。広域大型施設はシーズンに一度か二度、ECでは得られないお試しや非日常的体験を求めて意を決して出かける“特別な場所”にならざるを得ない。
 国民総労働力化で時間に追われる生活では家事も負担になるから、家事ロボットや家事サービスが当たり前になり、家庭調理による団欒の食事も稀になって手軽な外食や中食が一段と増加する。シンガポールのようになると言えば分かり易いかも知れない。そんな家事代行サービスやフードサービスを外国人労働者が担う一方、家事ロボットは人工知能が高度化してアンドロイドに近づき、家事面でもコミュニケーション面でも損なわれた核家族を補うに違いない。

 

予測2)店舗はショールームかC&C拠点になる

 時間に追われて店舗購入が疎まれ大半の分野でECがメジャーな購入チャネルとなる中、初期投資も運営コストも嵩んで損益分岐点が高い店舗は淘汰され減少していく。大都市の旗艦店以外はコストが高く在庫が寝る常設店舗を避けてポップアップストアを巡回するブランドも増え、商業施設側もポップアップストアを受け入れるスペースを広げていくだろう。
 AIとG5でスマホの機能と使い勝手が一段と高まり、ネットで調べて店舗で買うウェブルーミングや店舗の商品に付けられた二次元コードからECへ飛ぶショールーミングは誰もが日常的に行う購買慣習となり、ECで注文して店舗で受け取ったり取り寄せて試すクリック&コレクト(C&C)はもちろん、店舗在庫をEC受注に引き当てたり店舗から宅配便で出荷するのも当たり前になる。その作業負担が店舗運営にのしかかり売れ筋を抜かれて売上が落ちるなど弊害も指摘されるが、EC専業者やライバルチェーンと顧客利便を競う中、背に腹は変えられないというのが本音だろう。 
 常設店舗は近隣利便立地と広域集積立地に二極化し、前者ではC&Cとサンプルだけのショールーム店舗が多くなり、後者ではショールーム店舗と在庫を揃えた地域母店が併存することになる。ECフロントと店舗との連携はもちろん、店舗物流と宅配物流、母店からのテザリング物流を組み合わせ、顧客利便と物流効率や在庫効率を両立させる仕組みが競われるに違いない。
 ECが主導して店舗の役割が一変する中、店舗は接客販売のショールームサロン、受け渡しや店出荷を担うC&C物流拠点、のどちらを重視するかで性格が分かれ、立地や店舗規模でレイアウトも運営体制も二極化していくと思われる。

 

予測3)販売の中枢はAIが担う

 ショールームサロンにしてもC&C拠点にしても店頭ではタブレット接客が必須となり、販売員にはデジタルなスキルが求められる一方、エントリーや在庫検索、サイズのマッチングにはAIが活躍することになる。
 IDログインで顧客情報に即応するECフロントではAIがエントリーとレコメンドを担って接客するのはもちろん、ECフロントと連携する店舗でもIDログイン(近接通信読み取りで自動ログインも可能)してタッチパネルで要望を選択すればAIがエントリーとレコメンドを済ませて販売スタッフに繋ぐというプロセスが定着し、IDに紐つけたカードや銀行口座から半自動でキャッシュレス決済されるのがフツーになるだろう。採寸やサイズのマッチングでもAIが使われるだろうが、衣服や靴と身体のデリケートなフィッティングは人が人に行うアナログな接客として残るに違いない。
 AIエントリーが定着すれば「声かけアプローチ」が不要になり、不得手な性格の人も販売が勤まって採用の幅が広がり、接客とフィッティングに人手を集中することができる。ICタグも定着し映像解析AIと連携してセキュリテイも自動化されるから「店番」にも在庫管理にも人手を取られず、アイドルタイムにはSNS投稿で誘客を図ったりもできる。
 店舗スタッフの採用難は今以上に深刻化するから、EC一体のAIエントリーやレコメンド、ICタグによる店舗運営の効率化はショールーム化と並んで必要不可欠な進化となるだろう。

 

予測4)お洒落需要はさらに減っていく

 萎縮が続く衣料品市場だが、20年代に向かっても再拡大に転ずる要素は皆無と言って良い。少子高齢化で国民総労働力化が強いられる中、誰もが時間に追われて衣服をケアしたりお洒落を楽しんだりショッピングに時間を割く余裕がなく、衣服の役割は一段と限定されざるを得ないが、労働力化以前の低年齢層については化粧品業界のようなアプローチが期待される。
 男女とも仕事着・通勤着としての衣服は機能性・活動性とイージーケアが必須で、業界が抱いてきたお洒落の概念からはどんどん掛け離れ、低価格化も一段と進むだろう。オフの衣服は機能性の高いスポーツウエアと楽チンなドームウエア(ルームウエア〜ワンマイルウエア)を組み合す“アスレジャー”(ジャージルック)が定着してTPOレス化が一段と進み、安直な着まわしで何処へでも出かける人が増え、低価格化もさらに進む。そんな中で風合いや着心地にこだわるのが自分ライフスタイルを楽しむ衣服だが、それとて安直な着まわしで済まされて広がりが限られ、低価格化の例外にもならないだろう。そんな止め難い潮流に、これまで業界が抱いてきた衣服の構造やものづくりのこだわり、TPOもお洒落哲学もあっけなく押し崩されていく。
 機能的な仕事着・通勤着と安直でTPOレスなジャージルック、ささやかに拘る自分ライフスタイル服に圧されて「お洒落服」市場は衰退が避けられそうもないが、衣料品販売にはさらなる脅威が迫る。

 

予測5)流通在庫とタンス在庫が新品市場を追い詰める

 需要に倍する異常な過剰供給が慢性化しバーゲンしてもファミリーセールで叩き売っても過半が売れ残るアパレル商品は、焼却処分しても中古衣料や工業原料として海外に輸出しても流通在庫が積み上がるのは止めようがない。それとともに消費者のタンス在庫も積み上がり、メルカリやフリマなどC2Cはもちろん、中古衣料チェーンなどB2Cにも大量に放出されて新品の販売と価格を圧迫している。
 リセール衣料の流通規模はブランド服飾品も含めて17年で6000億円強と衣料・服飾市場総体の4.1%に過ぎないが、多くは新品時正価の3〜4掛け程度で売られているから実質は一割強を占め、しかも17年は23.3%増と急拡大している。米国では流通規模で200億ドルと衣料・服飾市場の6%に達するから、実質では15%近くを占めるのではないか。
 現在は焼却されたり中古衣料として海外に輸出されている在庫処分品とて米国のようにオフプライスストアでメジャーに再販されるようになるのも時間の問題で、米国では6兆円市場を形成して衣料・服飾市場の15%、実質30%近くを占めている。オフプライス商品(放出処分された在庫品)がドンキやホームセンター、しまむらの店頭でじわじわと広がっているのをお気づきだろうか。
 流通在庫もタンス在庫も年々積み上がり、リセールに抵抗感のない消費者が増えて放出も購入も拡大し、購入と売却の差額で回す使用料感覚のサブスクリプション消費が蔓延する状況は20年代にはさらに一般化し、オフプライス流通も急増して新品流通を圧迫するのは避けられない。その窮状は『流通在庫11年分、タンス在庫百年分』と言われるキモノ業界に近づいており、先では新品流通よりリセール/オフプライス流通の方が主流となりかねない。

 

経営課題 2020年代へ解決すべき課題

 売り切れないほど大量に調達してPOS依存の機械的な値引きで叩き売る狂気を脱し、値引きと残品のロスを上乗せしないお値打ち価格で適正量を丁寧に売り切っていく仕組みとスキルを確立しない限り、ファッション販売の未来は明るいものとはならない。ファッションビジネスが解決すべき課題は以下の5点に尽きるのではないか。

1)リセール/オフプライス品と競えるお値打ち感を実現する

 リセール/オフプライス品と比較購買される現実を直視し、値引きと残品のロスを上乗せしないお値打ち価格を実現する。それには予算編成からマーチャンダイジングと調達、在庫運用と販売消化を連携する仕組みとスキルが不可欠で、出来ないのならリセール/オフプライス品の販売に転じる、あるいは部分的にでも取り入れるという選択もある。

2)顧客の現実を直視しローカル&テロワールに対応する

 グローバルトレンドやギョーカイの空気に流されては同質化と過剰供給の罠に嵌り、値引きと残品の泥沼を抜けられなくなる。全ての災いは需給のギャップから生じており、自分の顧客だけを直視してきめ細かく顧客ローカル、個店テロワールに対応すれば需給ギャップを最小化できる。

3)プロフィットセンターを現場において知恵とスキルを最大化する

 POSに依存するCMIで個店対応力と売り切るスキルを損なった反省もなくAIに依存すれば益々顧客と売場が見えなくなり、値引きと残品が肥大するばかりだ。顧客に密着する店舗に部分的にでも品揃えの権限を委譲してローカル&テロワール対応力を高め、達成意欲と創意工夫を引き出して組織の知恵とスキルを最大化し、店舗をプロフィットセンターとする組織ガバナンスを構築すべきだ。

4)売り切る編集陳列スキルと二次展開で値引きロスを徹底圧縮する

 店舗をプロフィットセンターとするには店舗に品揃えの権限を部分的にでも委譲してローカル対応力と達成意欲を高めるとともに、売れ行きの鈍い商品も売り切る編集陳列スキルと二次展開店舗/ECサイトへの不振SKU移動によって値引きロスを徹底圧縮するという“結果”が必要だ。経験則では、この二つを組み合わせると値引きロスをほぼ半減できる。

5)無在庫・省在庫サプライチェーンを確立する

 EC軸のC&Cやショールームストアで顧客利便と在庫効率・運営効率の両立を図っても、一括大量発注の売り減らしでは円滑な在庫消化は望めない。「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」のような受注先行の高速パターンオーダー生産か、「メーカーズシャツ鎌倉」のようなミニマムなフェイス在庫をウィークリーに補正補充する看板生産のサプライチェーンを構築するのが理想だ。扱うアイテムか素材を絞って生産ラインを固定すればあり得ないマジックも成立する。

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 1)〜5)は密接に絡む課題だから、小売チェーンならまずは手を付けやすい2)〜4)を実行して1)の実現に近づき、生産プロセスに踏み込むなら5)にチャレンジするという手順が適切だろう。アパレルメーカーなら、最初から5)に挑戦するという選択もありだ。2)〜4)とて手は付けやすくとも実行には膨大なエネルギーを要するから、経営者が腹を決めてかかる必要がある。2020年代は今の延長上には存在しない。ゼロから再構築する決意が不可欠ではないか。

 

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