小島健輔の最新論文

マネー現代
『「落日」の日本、ここへきて「優しいアニメ」ばかりが“大人気”になるワケ』
(2021年06月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「勧善懲悪」ではない

週刊少年ジャンプの連載に発してコミックの単行本が電子版も含め累計で1億5000万部を突破し、20年10月に公開された劇場版「『鬼滅の刃』無限列車編」は日本歴代興行収入第一位、海外でも20年の興行収入第一位を獲得する爆発的ヒットとなり、老若男女を問わずコロナ禍の国民感情に刺さったとされる。

大正時代の寒村の悲劇に発して、鬼となった妹を人間に戻すべく、主人公が同じ志の仲間たちとともに鬼と修羅の戦いを繰り返す救いのないストーリーで、家族愛や友情、戦いと勝利と言った共感要素はあるものの、痛快な勧善懲悪の決着に至るわけでもなく、夢幻能にも通ずるやるせない弱者の共感を指摘する識者もある。

吸血鬼やゾンビといった西欧的ホラー要素もあるが、曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」、上田秋成の「雨月物語」などにも通ずる、日本の風土が生んだ長編伝奇小説と見ることもできよう。

痛快さや華やかさというより、苦難と修羅が繰り返される重いストーリーがこれほどの共感を得たという「時代の空気」は、日本が太平洋戦争に突き進んだ1930年代にも見られなかったものだろう。

「鬼滅の刃」の爆発的ヒットは、斜陽の果てにコロナ禍で無為無策が続く今の日本に鬱積する“負け感”を象徴しているのかもしれない。

「スーパーカブ」に「ゆるキャン△」に

そんな「鬼滅の刃」のヒットと期を一にするように、現状をありのまま受け止めて心穏やかな日常を過ごす若い人たちを描いたゆるいコミックやアニメがまたヒットしているのは何かの“偶然”だろうか。

親も金も友達もなく将来の目標も見えない、奨学金で質素に暮らす田舎の地味な女子高生が中古のカブを手に入れ、少しづつ周囲が開けていく穏やかな日常を描いた「スーパーカブ」はそんな一つで、同じ山梨のアウトドア好き女子高生たちの緩やかな日常を描いた「ゆるキャン△」とも通じるものがある。

どちらも女の子同士の緩やかな友情と日常を描いたもので、教室ヒエラルキーのマウンティングも恋愛沙汰の駆け引きも出てこない。友達やその家族、愛顧する「もの」とのふれあいが穏やかに描かれるだけで、激動の“ドラマ”を期待してはいけない。それでも毎回の放送を楽しみに待つ人が増えているのは一つには癒されるからだろう。

「スーパーカブ」はトネ・コーケンのライトノベルがコミックやTVアニメに広がったもので、今年4月から始まったTVアニメは「ホンダ・スーパーカブ総生産一億台記念作品」という性格もあるが、カブは主人公にとって周囲との関わりや行動を広げる“触媒”という役割を担い、カブ好きのマニアックなウンチクは最小限に控えられている。

「スーパーカブ」のTVアニメで目につくのが、なけなしの奨学金を節約して本当に必要なものだけ最低価格で購入する主人公の消費生活で、地元スーパーのシーンではレトルト食品の「59円(税別)」という激安価格、ホームセンターでセフティゴーグルを購入するシーンでは「1,100円(税込)」というお手頃価格がフォーカスされ、バイク用品店で雨中走行に不可欠なレインスーツを購入するシーンでは「5,980円(税別)」という価格に主人公が暫くたじろぐ姿が描かれる。

バイク用品のほとんどは人伝にもらうか「アップガレージ」や「ハードオフ」などリユース店で購入しており、新品に手を出すシーンは稀だ。そんな節約生活に共感したり、身につまされる人も少なくないのではないか。

“戦後”青春映画へのオマージュが感じられるアニメと言えば、下田を舞台に仲良し4人組女子中学生の一夏を描いたTVアニメ「夏色キセキ」(2012年放映)が思い出される。

今風に言えば“ゆるゆり系”のカテゴリーなのだろうが、「お石様」の奇跡を信じたりアイドルを夢見たりの無邪気な可愛らしさが記憶に残る。その第一話の4人が高台の坂道を駆け下りるシーンに、同じく下田を舞台とした今井正監督による「青い山脈」(1949年)の溌剌とした“青春”へのオマージュを見た人もいるに違いない。

昭和へ、地方へ、下町へ…

津軽三味線の名手だった亡祖父の“音”を求めて津軽三味線に青春をかける若者と仲間を描く「ましろのおと」も、津軽の山里と東京の下町を舞台に津軽弁となぜか関西弁、様々な流派の津軽三味線の音が交錯するが、現代の若者の姿とは俄かには見えない。

2010年に「月刊少年マガジン」の連載で始まり、コミックの単行本は21年4月時点で累計450万部に達しているから、マニアックな人気という枠はとっくに超えている。21年4月から始まったTVアニメでは脈動感ある、それでいて津軽の情念が通底する津軽三味線を存分に楽しめるが、高校生の若者が夢中になる世界とは思えない。それが若い人の人気を得てコミックが売れTVアニメまで放映されるのも、自分に流れる血脈やルーツを探したい今の時代の気分を反映しているのだろう。

これらのコミックやアニメ作品に共通するのは、経済成長期のような華やかな都会や海外への憧れ、リーマン前までのセレブ願望などとは真逆で、背伸びせず自らの境遇を悟り、身近な人々や愛顧する「もの」と温かく触れ合うささやかな日常を慈しみ、自分の本質やルーツを追求する直向きな生き方だ。それは「昭和へ 地方へ 下町へ」と回帰する日本人の心と言っても良いだろう。

落日の日本

太平洋戦争の焦土から奇跡の経済成長を遂げてバブルの頂点を極め、グローバル化とデジタル化の奔流に乗り遅れて競争力を失い、少子高齢化とともに斜陽の坂を下っていく“敗戦国”日本の現実がコロナ禍でひしひしと痛感される今、日本人の心と世相もその現実を受け入れる境地に至ろうとしているのだろうか。

2021年の東京オリンピック&パラリンピックは、奇跡の戦後復活と経済成長を誇った1964年の東京オリンピックとは真逆に、落日の“敗戦国”日本のレクイエムとなるのかも知れない。

 

 

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