小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ファストリとハニーズの大幅上方修正の
要因はどこが違うのか』
(2023年07月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 5月8日にコロナが5類に移行して行動規制がなくなって以降、人出が急回復して売上が伸び、決算見通しを上方修正するアパレルが相次いでいるが、回復の鈍いアパレルもあって明暗が開いている。ファストリを引き合いにハニーズの上方修正要因を探ってみた。

 

■ファストリ大幅上方修正の主要因は外部環境だった

 ファーストリテイリングは7月13日の第3四半期決算発表と合わせて、4月13日の第2四半期決算段階で開示していた8月本決算の上方修正を発表したが、売上収益で500億円(1.9%)、営業利益で100億円(2.8%)、税引き前利益で284億円(7.7%)、親会社帰属当期利益で200億円(8.3%)の上積みをもたらした要因の大半は外部要因だった。

 第3四半期(3〜5月)は売上収益38.0%増、営業利益89.5%増の海外ユニクロが牽引。北米、欧州が大幅な増収増益、東南アジア・インド・豪州が大幅増収、グレイターチャイナが大幅な増収増益で、特に中国大陸の既存店が4割超の増収と報告しているが、これは我が国同様、「コロナ規制解除効果」が大きい。国内ユニクロも既存店売上が5.5%増となって8.1%の増収だったが、営業利益は5.7%の減収だった。3〜6月の累計売上7.3%増は10.0%増の客単価が押し上げた「値上げ効果」であり、客数は2.5%減っている。

 結果、第3四半期(3ヶ月)の売上貢献は海外ユニクロ50.63%に対して国内ユニクロ31.73%、営業利益貢献は海外ユニクロ55.67%に対して国内ユニクロは29.19%と大差が開いた。第3四半期累計(9ヶ月)でも海外ユニクロが売上貢献で前年同期の47.66%から51.21%、営業利益貢献で48.97%から55.70%と伸ばしたのに対し、国内ユニクロは売上貢献で36.31%から33.11%、営業利益貢献では37.86%から30.14%へと大きく落としている。

 海外事業の業績貢献はこれだけではない。23年8月期本決算では円安効果で海外事業の売上収益が1256億円押し上げられ、海外ユニクロからのロイヤルティ収入が国内ユニクロの粗利益に推計425億円上乗せされ、為替差益などの金融収益で税引き前利益が286億3000万円、3Q累計売上収益比1.34%も押し上げられる。為替によってはその逆もあり得ることも指摘しておきたい。

 今回のファーストリテイリングの大幅な業績上方修正は「コロナ規制終了効果」「値上げ効果」「為替差益効果」によるものだと言ったら、あまりに他力本願な結果に聞こえるかもしれないが、大きく振れることなく着実に改善を積み上げて来たマーチャンダイジングとサプライチェーン、幾度も挫折を繰り返しながら挫けず築き上げた海外事業があってこその結実で、そのどちらも持たないアパレルチェーンは今回の外部環境要因を享受出来ず、逆に円安などによるコストインフレに圧迫されている。

 

■ハニーズの大幅増益修正をもたらした3つの要因

 売上規模はファーストリテイリングと比較にならないが(約50分の1)、23年5月期決算を1月6日予想値から大幅上方修正したのがハニーズホールディングス(以下ハニーズHD)だ。ミャンマーでの自社工場生産でファーストリテイリングよりSPAに踏み込む一方、逆に中国事業から撤退して損益構造を再構築している。

 上方修正は売上では28億8800万円(5.6%)と小幅だが、営業利益では16億7000万円(27.8%)、経常利益では19億2100万円(31.5%)、純利益では14億3600万円(36.8%)と振れが大きく、前期比では売上の15.1%増に対して営業利益は53.6%増、経常利益は58.6%増、純利益は64.0%増と利益の伸びが著しい。

 利益上方修正の要因は1)第4四半期(3〜5月)の売上がコロナ規制の終了で予想外に伸びたこと、2)それにより固定費率の高い販管費の比率が下がったこと、3)ミャンマー子会社の自社生産を中核とするアセアン生産で調達コストが抑制され高い粗利益率を確保出来たこと、の3点が指摘される。

 既存店売上の伸びは通期で13.1%だったが12.3%は単価上昇(客単価は10.8%増)によるもので、客数の伸びは2.0%にとどまる。それは下期も同様で、既存店売上の13.5%増に対して客単価が12.1%増で客数は1.3%増にとどまったが、国内ユニクロの3〜6月累計売上7.3%増が10.0%増の客単価に押し上げられ客数は2.5%減ったのに比べれば一段好調と言えよう。平米当たり販売効率も、国内ユニクロがコロナ前19年8月期上期の575千円から23年8月期上期は503千円と87.5%の水準に留まったのに対し、ハニーズは19年5月期の257千円から23年5月期は279千円と8.7%超えている。

 商社やOEM業者を通した間接調達主体のアパレルチェーンが調達コスト増に直撃されるのに対し、商社や素材メーカーとの製販同盟でサプライチェーンを運用するユニクロ、92.9%(ミャンマー子会社生産は23.9%)をアセアンの工場から直接調達するハニーズHDは調達コスト増を抑制できるはずで、実際、22年の衣料品輸入単価が前年から22.6%もインフレしたのと比べれば両社とも抑制出来ている。

23年1〜5月の衣料品輸入単価は前年同期間比9.9%高に沈静化しており、秋冬物も10%を大きく超える値上げをすればコスト転嫁どころか便乗値上げになってしまうが、単価アップが売上を押し上げる旨みを知ったアパレルチェーンの多くは全面コスト転嫁あるいは積極的な便乗値上げ政策に流れるのは必定だろう。それにマーケットがどう応えるかは経済学より心理学の領域になるのではないか。

 

■ハニーズに大幅増益をもたらした構図と空白の12年

ハニーズに大幅増益をもたらした構図はファーストリテイリングとは大きく異なる。マーケットサイドと販売サイド、サプライサイドから、その違いを解き明かしたいが、その前に中国事業に翻弄された12年間に触れなければならない。

ハニーズは07年5月期の中国進出から19年5月期の中国撤退まで損益構造が激変し、15年5月期には中国事業の業績悪化で販管費率が54.8%に肥大して営業利益率が3.7%まで落ち込み、16年5月期には中国事業の減損特損に為替予約のデリバティブ評価損も加わって上場来の純損失に陥った。

17年5月期以降は国内に集中して損益構造の再構築に努め、コロナ前19年5月期は販管費率を48.6%まで圧縮して営業利益率を9.1%まで回復していたが、20年5月期、21年5月期はコロナ下で業績が低迷。22年5月期から回復に転じて23年5月期では売上の上昇で販管費率が08年5月期以来の46.9%まで低下する一方、調達コストの抑制もあって粗利益率が60.9%の上場来最高値に達し、営業利益率も14.0%と07年5月期の15.7%以来、営業利益額も76億7080万円と同85億2700万円以来の好業績を記録した。

 業績だけ見れば中国進出から撤退まで12年間の戦力分散が悔やまれるが、中国事業も12年3月期(中国法人は3月決算)までは相応の利益を計上し、15年3月期には589店に達して営業赤字ながら133億5900万円を売り上げていた。中国市場の競争環境が人民の所得と感性の向上で一変し、収益回復の目処が立たなくなったことが撤退の背景だ。中国市場の変化に取り残されかねないのは「ユニクロ」とて同様で、かつての「ジョルダーノ」や「メーターズボンウィ」、外資でも「フォーエバー21」や「GAP」のように凋落しないとは言い切れない。

減損特損を重ねて撤退したとは言え中国事業の累計損失は限定的で、純資産は進出前07年5月期末の200億6600万円から中国事業の撤退特損を計上した18年5月期末の300億4800万円、そして今期末の407億5400万円と順調に増えており、財務へのダメージが限られたことが撤退後の再構築を容易にしたと思われる。中国事業は全くの骨折り損で終わったわけではなく、所得水準と感性の急激な上昇を見て生産地としての中国に見切りを付け、2012年のミャンマー工場開設以降の生産のアセアンシフトが今日の収益基盤を築いたことは間違いない。

 

1)マーケットサイドの要因

ハニーズは「GLACIER」「CINEMA CLUB」「COLZA」の3ブランドを店舗ごとの客層に合わせてミックスしているが、「GLACIER」は大人フェミニンなお出かけ・通勤服、「CINEMA CLUB」はイージーフェミニンな普段着、「COLZA」はちょいトレンドなフェミニンカジュアルと(骨格診断の「ストレート」「ウェーブ」「ナチュラル」に相当するという見方も出来る)、いずれも万人受けするフェミニン系安心服で、ボーイズライクなアメカジや尖ったストリート系は「アベイル」に在っても「ハニーズ」ではまず見かけない。コンサバなJK/JDから40代ミッシー/キャリアまでカバーするイメージで、ミセス中心の「しまむら」より格段に若い。「しまむら」と大差ない大衆価格だが、96.6%が自社企画(23.9%が自社工場生産)でパターンや仕様が整っており、サイズや品質の安心感から顧客化する女性が多い。

ライバルになりそうなのは生活圏では「パシオス」(田原屋、関東〜関西に173店舗、「しまむら」よりやや若向きでSPA志向)、駅ビルやモールでは「coca」(アダプトリテイリングのフェミニンモードSPA、86店舗)あたりだろうか。大商圏の駅ビルや大型モールから生活圏のコミュニティセンターやパワーセンターまで、どこでも成り立つ顧客間口の広さはABCマートに似ている。

こだわりも尖りもない商品政策はトレンドに左右されにくく、生活圏にも広がる多様な立地もあってコロナの打撃も軽くて済み、回復も早かった。万人受けするフェミニン系で間口が広く顧客の定着率も高いから立地対応の幅も広く、コロナ明けの人出回復とリベンジ消費に値上げが重なって売上も利益も大きく伸びた。直近でも回復の鈍いアパレルチェーンもあるが、旧態なこだわりが災いして顧客の間口が狭く、人出の回復を顧客の減少が相殺しているのが辛い。

 

2)販売サイドの要因

 ハニーズの損益構造は中国事業に翻弄されたが、撤退以降はコロナ下の2期間を経て販売効率が回復して販管費率も抑制され、店舗数を増やさず損益優先で店舗資産を入れ替えていく方針もあって収益性の改善が進んだ。

23年5月期の1店平均売上は6302万円と19年5月期の5605万円を12.4%上回り、一人当たり売上も1650万円と同1472万円を12.1%上回ったが、この間に1店平均面積は218.2平米から225.7平米と僅かしか拡大しておらず、運営人員も正社員1.5人+パート2.3人(8時間換算)でコンマの差しか動いていない。ハニーズはフェイシング管理のマテハンやレジ精算など店舗の運営手順が確立していることに加え、ブロック担当スーパーバイザーのサポートも手厚く、売上上昇に伴う店舗の運営人時量増加を抑制出来ているようだ。

一人当たり売上と粗利益率が上昇した分、一人当たり粗利益も18.3%増加したのに、一人当たり人件費は289.9万円から321.5万円と10.9%しか増えておらず、人件費率は19.5%と0.3ポイント低下した。一人当たり人件費はしまむらの528.1万円(23年2月期)、国内ユニクロの408.7万円(大幅賃上げ前の22年8月期)に比べれば大きく見劣りがするから、今期の業績上昇を受けて応分の賃上げがなされるべきだろう。

19年5月期から23年5月期へ平米当たり販売効率が8.7%上昇した一方、損益重視の店舗資産入れ替えも奏功してか坪当たり月額賃料は8,968円から8,842円とわずかながら低下しており、水道光熱費や広告宣伝費、減価償却費も含めた店舗費率は23.6%から21.2%へ2.4ポイントも落ちている。損益優先の店舗資産入れ替えは高集客立地への「上り」を志向せず、さりとて生活圏立地への「下り」とも言えず、店舗布陣のバランスを維持して来たが、損益改善と単価上昇に伴って今期以降は大都市圏の駅ビルやファッションビルへの出店を拡大して「上り」に転ずることを表明している。

この間にEC売上は18.2億円(EC比率3.7%)から55.1億円(10.0%)とスローペースながら拡大しているが、物流費の開示がなく(あってもEC物流費、店舗物流費、調達物流費と仕分けるのは困難)、他社モールの販売手数料の仕分けも不明で、損益は掴みようがない。「店舗受け取り」もFC出荷の店舗決済であり、送料は無料とは言え即日受け取りが可能なわけではなく、OMOも手探りの段階だ。

遅れている分野はあっても損益のフレームが確立して振れが小さく、売上水準の上昇で大きく営業利益が伸びる「固定費率が極めて高い損益体質」が見て取れる。

 

3)サプライサイドの要因

 23年5月期の売上が前期から15.1%増えたのに対して営業利益が53.6%、経常利益が58.6%も増えたのは前述した固定費率が極めて高い損益体質に加え、調達コストの上昇を抑制出来たことが大きい。自社企画・調達比率が96.6%と極めて高く、生産コストの低いバングラデシュとアセアンからの調達が92.9%と大半を占めることに加え、23.9%を占めるHGI(ミャンマーの生産子会社)の生産効率向上も貢献した。

HGIが生産機能に留まるのか、INDITEXの本社コンビナートのようなアセアン生産圏のハブ機能(素資材調達・加工・裁断・供給、製品回収・仕上げ・検品、物流加工・仕分け・出荷)を担うのか、これからの戦略次第だが、カントリーリスクを配慮するならハブ機能はマレーシアの方が適しているかも知れない。リードタイム45〜60日の小ロット短サイクル生産が需給ギャップを圧縮して粗利益率の歩留まりを下支えしているサプライの精度と速度を一段と高めるためにも、アセアン生産の中核ハブ確立は喫緊の課題だと思われる。

ハニーズの自社開発・調達体制は一朝一夕にできたものではなく、相応に試行錯誤を重ねて到達したものだ。まだ50店にも届かなかった85年に企画・製造子会社ハニーズクラブを設立してSPA化に着手し、100店に近づいた91年には海外生産をスタートしている。01年以降は中国生産にシフトし、最盛期の12年5月期には中国生産が91.7%を占めていた(23年5月期は7.1%まで落ちている)。

04年5月期には57.5%を占める海外生産の大半が企画仕入れのODMで自社企画は4.9%に過ぎなかったが、以降は急速に自社企画・仕様書発注調達の比率を高め、それとともに粗利益率も上昇して行った。途中、幾度も足踏みながらも粗利益率は02年5月期の49.4%が04年5月期には53.6%、10年5月期には58.0%と上昇し、以降はコロナ前まで足踏んで19年5月期は57.7%にとどまったが、22年5月期は60.3%、23年5月期は60.9%と過去最高値を更新している。

 

■中国事業のチャンスとカントリーリスク

 ファーストリテイリングの今期業績は中国事業の急回復と為替差益効果で大きく押し上げられたが、それらが業績の足を引っ張った時期もあった。成長チャンスも大きいとは言え、海外事業、とりわけ中国のカントリーリスクと為替に大きく左右される損益構造には課題が残る。カントリーリスクの大きい中国での販売から撤退し生産も圧縮したハニーズHDは国内事業とアセアン生産に集中して安定した損益構造を確立したが、成長チャンスは限定された。

 どちらが正解か時間の物差しで異なるし、経営者の世界観や人生観でも違って来るが、私はグローバル展開には賛成でも共産党支配の専制国家である中国のカントリーリスクは私企業には大き過ぎると考える。ロシア撤退で生じた損失とは比較にならないほど大きな損失が生じる中国撤退が現実になるとすれば、中国事業に依存する企業は屋台骨が折れてしまう。虎穴に入らずんば虎子を得ずだが、戦前の満州に重なって見えるのは老人の杞憂だろうか。

 

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