小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『売り上げを伸ばすMDとサプライの秘訣』
(2022年03月15日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

コロナ禍が長引いて売り上げの回復が遅れるアパレル事業をどうしたら浮上させられるか。テクニカルにはいくつも手があるが、効果と弊害が一長一短でどれも決定打にならないまま、世界から押し寄せるコストインフレに圧されて出口が見えなくなっている事業者が少なくないと思われる。マーチャンダイジングやマーケティングのスキルを駆使しても思うように数字が上がらないときは、顧客との根本的な関係やサプライシステムの根幹から見直す必要があるかもしれない。

 

売り上げの分母を決めるのは顧客の間口

 

 店舗販売にせよネット販売にせよ、売り上げは客単価×客数、客単価は商品単価×買上点数、客数は顧客の間口×占拠率×購買頻度という図式になるのだろうが、CPO(新規顧客獲得費用)とかLTV(顧客生涯価値)とか煙に巻くようなデジタルマーケティングの論理はさておいて、直感的なアナログマーケティングで考えてみよう。

 客数は顧客の間口×占拠率×購買頻度だから、この各々が増えれば客数は増加する。「顧客の間口」とは世代や性別、品揃えと価格帯を基本に感性も加わった顧客のパイ(母数)で、ここから商品のバリューや購入利便、親しみや共感などでブランドが選択され「占拠率」(特定ブランドの取り分)が決まる。

 少子高齢化が急進するわが国では50代を除いて現役世代人口の拡大は望めず、とりわけ若年層の人口と消費力の減退は著しいものがあるが、かといって世代や感性の間口を無節操に広げてはコア顧客の離脱を招く恐れがある。顧客のパイ(母数)を不用意に広げればコア顧客層がライバルブランドに流れて占拠率が低下し、流動客が増えてもコア顧客の減少を補えずかえって売り上げが減少することもあるからだ。間口の拡大はコア顧客が流失しない方向と手法で慎重に仕組む必要がある。

 「顧客の間口」を広げる確実な方法はデフレ政策かラインロビング(カテゴリーの拡充)だが、世界的なインフレと円の購買力低下が進む現局面ではデフレ政策は普通に考えれば困難だし、ラインロビングには長い時間と投資が必要で即効性は期待できない。

 

日本の人口構成推移
プリント

 

デフレ政策かインフレ政策か

 

 少子高齢化と経済の停滞による貧困化でデフレを脱却できないわが国では、何らかの方法で間口を広げない限り、年々売り上げは減っていく。デフレからインフレに転じても、買えなくなった顧客が離れたり購入頻度が落ちるから売り上げの減少は止まらない。長らく中産階級から脱落する「大衆」を受け止めるポジションにあった「ユニクロ」などは漁夫の利を得てきたが、もはや「大衆」は「ユニクロ(UNIQLO)」を通り過ぎて「ワークマン(WORKMAN)」や「シーイン(SHEIN)」など、その下に雪崩打っている。「大衆」の手が届かなくなった「ユニクロ」が値上げなどすれば客数の激減は避けられないだろう。

 世界的なインフレと円の購買力低下が進む現局面ではデフレ政策は不可能に見えるが、遠隔地での見込み生産で積み上げた在庫を売り減らす固定観念を捨て、DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆使した多頻度小ロット生産のオンデマンドサプライや生産地からの消費者直送D2Cなど次元を画したビジネスモデルを確立すれば、まだまだ価格は下げられる。「ワークマンプラス」の成功はもちろん、「シーイン」が日本語サイト開設からわずか1年で1000億円以上のマーケットを獲得した事実を見過ごしてはなるまい。

 「ユニクロ」以下の「大衆」市場ではデフレ政策の有効性は疑う余地もないが、ベタープライス以上の「富裕層」市場では逆にインフレ政策が効果的だ。ラグジュアリーブランドに見るまでもなく、年々、価格がインフレしていくなら手頃なうちに購入したいという心理が働き、単価と客数が共に伸びるからだ。それには絶え間ざる開発・生産投資による品質の高度化に加え、ブランドワイン・スピリットや高級ブランド時計のように持ち越してより高く売るエイジング商法が不可欠だが、豊富な資金力で異次元のCCC(Cash Conversion Cycle)感覚を備える必要がある。

 ラグジュアリーはともかくベタープライスのアパレルでは難しいという見方もあるかも知れないが、2000年前後のインフレ局面で米国のチコス(富裕層ミセス向けデザイナーミックスSPA)が値上げを繰り返して売り上げを拡大させたインフレ政策を思い出すべきだろう。

 

ワークマンは圧倒的な低価格で支持を集める

 

顧客占拠率を高める

 

 LTVを重視すれば、顧客の間口を広げるより「占拠率」を高める方が確実だ。ひとつは購入の利便性を高めハードルを下げることで、ECならサムネイル編集の使いやすさ、容易で確実なサイズ選択アプリ、豊富な購入者レビューと投稿ポイント付与、店在庫取り置きや店受け取り、送料無料となる購入金額の切り下げやクーポン発行などさまざまな方法がある。

 店舗販売なら鮮度の高い出前陳列とフェイシング管理が行き届いた元番地の明確なVMD、ECのささげ情報と遜色ないタグ情報(キーワード/色・サイズ構成/各サイズの寸法/素材構成と洗濯表記/QRコード)、EC並みに使いやすいバーチャルフィッティング、修理加工品の無料宅配サービスなど、いくらでもある。OMO(オフラインとオンラインの融合)の仕組みが確立されアプリが普及しているなら、購買履歴や検索履歴に基づくネット上のアプローチに加え、位置情報に基づく店舗接近時の誘導広告やクーポン配信も効果的と思われる。

 もうひとつは購買頻度を高めライバルへの流出を阻止する囲い込みMDで、季節の必須アイテムや話題アイテムを欠落なくそろえる必要がある。もう一歩踏み込むなら、MDが跛行するライバルの弱点を突く特定アイテムをインパクトある価格設定でぶつけ、顧客を奪取する力技も有効だ。

 在庫回転や消化率などMDの効率化を図ると素材や品番が集約され、非効率に見えるバラエテイが削られて一部の顧客を切り捨てる結果となるが、繰り返すと顧客の間口が狭まって縮小均衡のスパイラルに陥るリスクが指摘される。鈴木敏文体制下の93年以降、POSを過信した売れ筋への絞り込みで縮小均衡のスパイラルに陥り、稼ぎ頭からお荷物部門に転落したイトーヨーカ堂衣料部門の悲劇を忘れてはなるまい。

 

MDで購買頻度を高め顧客を囲い込む

 

ファーストリテイリングの「ユニクロ」

 

 「顧客」といってもいつも自社で購入してくれるわけではないし、いつまでも「顧客」でいてくれる保証もない。MD展開や購入方法の利便、個々の商品の魅力と価格のバランスをライバルと比較されているわけで、顧客やライバルが見えなくなるとジリジリと顧客を奪われてしまう。

 顧客を失う契機となるのが季節の必須アイテムの欠落で、商品政策が跛行(はこう)して蓄積して来たMDが崩れ顧客が離反するケース、逆にMDも商品政策も長年変わらずに変化する顧客とズレてしまうケースがある。後者もないではないがディケード(10年)単位の乖離であり、シーズンごとのMDでは前者が災いするケースが大半だ。季節アイテムを的確に揃えれば購買頻度が高まって売り上げが伸びるだけでなく、ライバルに顧客が流れるリスクを抑制できる。

 実際、類似した客層を狙うブランドでも年間の月指数構成(年間売り上げを100とした月売り上げ比率)は少なからず異なるが、月度のアイテム売上構成を見るとなるほどとうなずける。各ブランドの得意不得意や経験則でアイテム構成が左右され、需要があるのに供給が限られるアイテムや需要が落ちているのに前年踏襲をやめられないアイテムがあったりして、需給ギャップが大きくなってしまうのだ。

 どこのブランドでも月度のアイテム構成は自社の実績しか見えていないが、類似他社のデータと比較すれば売上改善のネタはいくらでもある。国内ユニクロの14年から18年の年間月指数構成の変化を検証すれば、自社の経験則によるアイテム構成を戦略的に変えていったことが見て取れる。

 トレンドに目を奪われるとアイテム構成が跛行して実需期のMDでミスを犯しがちだが、売り上げも利益も実需期のMD構成が決める。その要となるのがクラスター管理だ。

 

クラスター管理が要になる

 

 POSが定着した今日では単品管理は当たり前(バーコードを人力でスキャンするかRFIDを自動スキャンするかの差は大きい)だが、カテゴリー→アイテム→クラスター→品番→SKUの構成体系、とりわけ経年しても区分けの変化がほとんどない(数量バランスは変わる)「クラスター」の設定が定まっていないと前年、前々年のデータと有意の比較ができず、52週の在庫と売り上げのフローをつかんで翌シーズンの予算を組んだり、消化進行を管理したりが的確にできなくなる。

 品番単位の管理だけでクラスター管理が曖昧だと、少なからぬ売り上げを作るクラスターを丸ごと欠落させてしまうという大失策も起こり得る(各社の店頭を毎月巡回していると、結構な確率で発生している)。シーズンあるいは毎月の売上はクラスター毎の売上の合計で成り立つ訳だから、クラスターの欠落や偏りは売り上げと収益をダイレクトに左右する。

 クラスターごとの予算設定に加え、クラスターを構成する品番とSKUを政策的にどう構成するかも販売の成否を分ける。クラスター予算を平均単価で除して販売数量を算出し、平均調達ロットで割って品番数を決めるのが定石だが、コストを抑制するには調達ロットを大きくして素材や品番数をまとめ(その分、色・サイズなどでSKU数を広げる)、鮮度を上げるには意図して調達ロットを抑え、品番を増やしてリレー回転させる。

 

※クラスターの区分例…「スカート」アイテムの「長丈プリーツスカート」「ミニ丈プリーツスカート」、「シャツ」の「長袖薄地柄シャツ」「長袖ネル柄シャツ」など

 

集約サプライと分散リレーサプライ

 

インディテックスの「ザラ」

 

 集約サプライと分散リレーサプライは正反対のMD手法だが、一つのブランド事業の同じシーズンの中でもクラスターの性格によって使い分ける。

 集約サプライではロットをまとめて遠隔地で低コストに計画生産し、期中にSKU在庫バランスを補正すべく近接地に同一素材を積んで小ロットで多頻度追加生産することが多いが、計画生産分の在庫リスクまで回避できるわけではない。実績のある定番的クラスターを色・サイズの欠品なく長期間、継続販売するサプライ手法で、売場展開は元番地陳列フェイスを維持する「台帳陳列」になる。

 分散リレーサプライは同一クラスターを色・柄や素材、ディティールを意図して変えた小ロット調達で短サイクルに切り替えていくファストなサプライ手法で、生産地にも消費地にも倉庫在庫を持たず一撒きで売り切っていく。売り場展開は鮮度訴求の出前陳列に投入し、新たなリレー商品が投入されて溢れたら近接壁面の元番地に移動して心太陳列で売り切っていく。

 「ファストな」と断ったが、定番品を「顧客」に買い足してもらうにも有効なサプライ手法で、メーカーズシャツ鎌倉では定番シャツの週サイクルの色・サイズバランス補正生産を意図して柄を変えた生地で行っていた(現在も継続されているかは不明)。固定客比率の高い鎌倉シャツでは「顧客」が買い足してくれないと売り上げが伸びないから、同じ色・サイズでも柄を変えて訴求しているのだ。同様な手法はワンピースのECでも見られ、同一パターンのワンピースを柄・色・素材・ディティールを切り替えて鮮度訴求している。

 

勘違いや視野狭窄による空間識失調に注意

 

 顧客の間口を広げ占拠率と購買頻度を高めるべくマーケティングやマーチャンダイジングのさまざまな施策を積み重ねても期待通りの効果が得られないとき、自社の状況認識が現実と乖離した思い込みであったり、有効と確信してきた手法が逆効果だったりするリスクが指摘される。

 飛行機事故の原因に空間識失調というのがあるが、パイロットが機体の位置や姿勢を錯覚するもので、立て直そうとするほどコントロールを失い、ついには失速・墜落してしまう。経営も同様で、自社の限られた情報と経験則で判断して空間識失調に陥り、自社の限られたスキルで立て直そうとして迷走逆走の果てに行き詰まってしまう。外野の識者からは危ない迷走や逆走が見えていても、当事者は最後まで良かれと思って突っ走ってしまう訳で、どうにもならなくなるまで誰も止められない。

 そんな悲劇を幾度も見てきた識者としては、経営陣も空間識失調に陥ることがあるというリスクを伝えておきたい。そんなリスクを回避すべく外部取締役制度があるわけだが、執行経営陣に異を唱えるケースは稀だし、そんな面倒な人物が外部取締役に選ばれることもない。外部取締役が形骸化している企業が大半なのが現実で、執行経営陣の空間識失調を回避する術が限られるのは残念だ。

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