小島健輔の最新論文

販売革新2016年5月号掲載
『空港型免税店でどう変わる? インバウンド消費のこれから』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アベノミクス以降の円安で訪日外国人が急増し、中国人観光客を中心とした‘爆買い’が過熱して冷え込む一方の国内消費を補うという‘棚ぼた’の恩恵に流通業界は救われた感があるが、果たして‘爆買い’の勢いは何時まで続くのだろうか。空港型免税店の相次ぐ市中進出や越境ECの急拡大は訪日外国人の市中消費にどう影響するのだろうか。

‘爆買い’も一巡か

 15年度の訪日外国人数は前年比47%増の1973.7万人に達して3年間で2.36倍に増加し、大阪万博の1970年以来45年振りに最高記録を更新。訪日外国人の支出も15年は3兆4771億円と3年間で3.2倍に膨張し、うち買物支出額も1兆4539億円と同4.26倍に急増した。2020年の訪日外国人数2000万人を目標としていた政府も目標の前倒し達成で、2020年の訪日外国人数を4000万人、支出総額を8兆円、2030年の訪日外国人数を6000万人、支出総額を15兆円と大きく目標を上方修正したが、直近では円高が進み‘爆買い’にも陰りが見られる。果たして政府の目論み通りに事は進むのだろうか。
 訪日外国人数が過去最高を更新したと言っても、フランスには年間8000万人、中国には5500万人、香港には2770万人が訪れているから、4000万人はともかく3000万人は無理な数字ではないが、現状でも東京や京都の観光名所や繁華街には外国人が溢れ、宿泊施設の稼働率は限界寸前まで逼迫している。地方への分散や宿泊施設の拡充が急がれるが、訪日外国人急増の契機となった円安が怪しくなる中、過度な期待はリスクが大きい。
 円高反転による訪日外国人数の伸び率鈍化が危ぶまれるのに加え、リピーターが増えるに連れ高額ブランドなどの‘爆買い’から化粧品や日用品などの消耗品購入に移行し、支出が本来の観光消費に向かう事も懸念される。事実、ビザ発給要件の緩和や14年10月の消費税免税対象品目の拡大で急増した免税売上の伸びは15年2〜8月がピークで、9月以降は月を追って冷却している。
 百貨店協会は主要店舗の免税売上を集計して店舗調整後の伸び率を発表しており、15年10月以降は「一般物品」(高額ブランド品/衣料品/家電製品など)と「消耗品」(化粧品/食料品など)を分けているが、直近の2月では「消耗品」こそ225%とまだ二倍以上の伸び率を維持しているものの「一般物品」は101%と伸び止まっている。銀座地区2百貨店平均の免税売上比率もピークの8月の31%から直近の3月は22.5%まで落ちている。
 訪日外国人数はまだ伸びるにしても高額ブランド消費は一巡して前年を割り込むようになり、「消耗品」に移って行く事は避けられないだろう。そんな情況に冷水を浴びせるのが「空港型免税店」の相次ぐ市中進出だ。

空港型免税店ビジネスとは

 1月27日に三越銀座店8Fに開業した「JAPAN DutyFree GINZA」に続き3月31日には銀座東急プラザ8〜9Fに「ロッテ免税店」が開業。三越伊勢丹は4月1日には福岡三越にも空港型免税店を開設し、新宿でも開設を計画している。高島屋もサムスングループのホテル新羅などと合弁で新宿店11Fに17年春の開業を計画し、続く大阪店も計画している。ロッテ免税店は銀座に続いて新宿や大阪市内など4〜5店舗を計画しており、10年後の1000億円体制を構想している。インバウンド消費の主役は市中免税店(TaxFree)から空港型免税店(DutyFree)へ移行してしまうのだろうか。
 「市中免税店」が消費税しか免税出来ないのに対し、「空港型(保税)免税店」は出国手続き後に受け取る事を条件に酒税・たばこ税や関税まで免税出来るもので、酒やたばこはもちろん関税率の高い皮革製品や化粧品・香水を20〜25%程度安く購入出来る。
 これは日本国の免税であって、日本を出て他国に入国する時は当該国の規定に基づき税関が限度額を超える持ち込みに課税する事がある。昨年9月の中国政府による入国時の課税厳格化で5000元までの無税持ち込み枠を一転して厳格に適用する方針に転じ、不申告が発覚すれば高額の罰金が課される事もあって差益目的の業者買いは成り立たなくなった。80年代バブル期円高局面での日本人の欧米での‘爆買い’でも、入国時の税関審査にひやひやした方も少なくなかったと思う。要は日本で安く買えても自国に持ち込める免税枠を絞ったり適用を厳格化すれば、為政者は‘爆買い’を容易に押さえ込めるという事だ。
 それはともかく、本来は空港内の出国エリアに限定されて来た「空港型(保税)免税店」が市中に進出するのは訪日外国人の購買便宜を図ってお金を落としてもらおうという企業側と国側の利害の一致が背景で、地域の税関が認可して空港内の引き渡しスペースを確保出来れば営業が出来る。韓国では空港に加えてソウル市内や釜山市内にロッテや新羅、パラダイス(新世界デパート)などが多数の保税免税店を営業しているが、かつての10年契約自動更新が5年契約の再承認制に変わって、ロッテが3000億ウォンを投資して移設拡充したばかりのワールドタワー店(15年売上6000億ウォン)の更新がならず、SKのウォーカーヒル店も同じ憂き目を見るなど許認可リスクに加え、13年まで年々20%の勢いで伸びて60億ドルに達した韓国保税免税店市場が14年以降は円安に転じた日本に流れて急縮小するなど浮き沈みの大きいビジネスでもある。
 韓国の保税免税店市場ではロッテが55%、ホテル新羅が32%を占めるが、訪韓外国人数の減少に加えて蚕室ワールドタワー店の更新が出来無かった事がロッテの日本市場開拓を後押ししたと言われている。
 ボストンコンサルティンググループは2015年の世界免税店市場規模を600億ドルと推計しており、買収で首位に躍り出たデュフリー(スイス)の7674億円を筆頭にLVMH傘下のDFSが4910億円で続き、ロッテは4630億円で3位、ホテル新羅は2460億円で6位に位置する。保税免税店のブランド商品はローカル流通と異なってブランド本社の特販部からの買取りが主流で、掛け率やエクスクルーシブ、別注など販売規模による優劣が大きく、旅行会社とのネッワークも問われるから日本国内の単独店舗では世界規模のチェーンに対抗が難しい。空港内の物流や引き渡し便宜を考えれば空港会社の協力も必要で、外資大手チェーンや空港会社との合弁が志向される事になる。地方都市などではクルーズ船の寄港も急増しており、空港会社を港湾会社と置き換えても良い。

空港型免税店の市中進出で何が起こるか

 空港型免税店の市中進出が広がれば免税店市場はどう変わるのだろうか。これまでTaxFreeで訪日外国人を惹き付けていた市中免税店は値引き巾が格段に大きいDutyFreeの空港型免税店に客を奪われて窮地に陥りそうだが、必ずしもそうはならない。なぜなら日本人が欧米で‘爆買い’に走った80年代のバブル期とは異なり、関税の引き下げや無税化で市場開放が進んだ今日の日本では関税率の高い品目は限られ、酒類の多くは市中のディスカウント店の方が安いし、関税がかからない時計などではTaxFreeとDutyFreeの価格差がないからだ。
 加えて高級ブランドでは市中の直営店や百貨店内ブティックの売上を守るため新作品や主力品は空港型免税店には流さず、供給を定番品や手軽な小物雑貨、専用企画商品に限定する事が多い。それはプロパー店とアウトレット店の棲み分けにも似ている。お土産物は空港型免税店で買っても自分のお洒落品は新作品も揃った直営店や百貨店内ブティックでTaxFree購入するという使い分けになると思われる。それは日本人が欧米で免税購入する事情と大差ないのではないか。
 団体客で混雑する空港型免税店で購入したくないという富裕層も少なからず、結局は品揃えの魅力と店舗空間も含めた接客サービスが顧客を惹き付ける事になる。ただし、買っても手ぶらで観光が楽しめ出国時に空港で受け取れるという利便性だけは市中免税店は及ばない。ならば到着地の空港や港から購入品を抱えて帰宅しなければならないという限界を超える「越境EC」は空港型免税店以上の脅威になるのではないか。

市場開放・内外価格差解消と越境ECが‘爆買い’の幕を引く

 経済産業省の調査に拠れば米国中国居住者による日本のECからの購入額はこの二年間で64.6%も伸びて15年には免税買物支出(1兆4539億円)と大差ない1兆3540億円に達し、18年には2兆1746億円まで伸びると推計している。うち中国居住者による購入は二年間で倍増して8000億円を超え免税買物支出(8088億円)にほぼ並び、18年には1兆3943億円まで伸びると推計している。
 その背景に在るのが中国政府の経済政策の輸出ドライブ型から内需ドライブ型への転換で、輸入や流通の規制を緩和したり関税などの負担を軽減して内外価格差を是正し、国内消費を伸ばして‘爆買い’など海外へ流失している消費を呼び戻そうというものだ。その一貫として13年8月から政府主導で設置された越境EC試験区が現在は13都市に拡大しており、保税スキームを活用した物流で配送時間が短縮されている。
 その制度の定着へ向けて中国政府は4月8日から課税方式を一新する。その骨子は課税を逃れる直送や代理購入を排除して越境ECすべてに課税する一方、大幅な減税措置を講じて利用を促進せんとするものと解釈される。行郵税を廃止する一方、増値税を30%減額して適用、消費税対象品目も30%減税して適用するなどの改訂により、250元以上のアパレルや家電製品についてはこれまでより約8%、100元以上の化粧品などについては約17%減税となる。これらは日本国内での免税購入の主力商品であり、今回の改訂でかなりの部分が越境ECに転じて行くと推察される。
 この改訂に前後するように日中のEC業者や宅配業者が連携する越境ECプラットフォームが次々と構築されており、海外旅行で買物に時間を取られ空港や港から自宅まで荷物を抱えて帰らなくても、日常生活の中で欲しい日本商品や欧米商品をこれまでよりかなり圧縮された内外価格差で購入出来るようになる。
 80年代に欧米で‘爆買い’した日本人が90年代以降、市場開放と内外価格差圧縮が進むにつれて海外旅行で‘爆買い’しなくなり本来の観光を楽しむようになったと同じく、中国の人々も遠からず‘爆買い’を卒業して観光を楽しむようになり、海外商品の購入は旅行とは分離して越境ECや国内購入に依存するようになるだろう。
 10〜13年の訪韓中国人の急増で潤った韓国が14年以降一転しての急減に苦しんでいるように、今の日本を潤わせている‘爆買い’も遠からず潮が引くように減少する時が来る。かつての日本と同じように、中国も輸出型経済が行き詰まれば内需型経済への転換は必然だ。‘爆買い’は一時の棚ぼたと喝破して国内消費の取り込みに注力するのが賢明ではないか。


 

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