小島健輔の最新論文

繊研新聞2020年08月13日付掲載
『過剰供給からどう脱却するか
アパレル流通の主役はSPAからスマートベンダーへ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ禍による長期休業では販売機会を失った在庫の処理に四苦八苦したアパレル業界だが、コロナがなくても需要に倍する過剰供給が慢性化し、値引き販売と来期への持ち越しが常態化していた。積み上がった流通在庫とタンス在庫から放出される安価なオフプライス品やユーズド品がゾンビのようにたちはだかり、割高な新作品の販売が圧迫されるという状況は、「流通在庫十年分、タンス在庫百年分」と揶揄されるキモノ業界に近づいている。人口当たりアパレル店舗数も英国の1.82倍、米国の2.52倍と限界を超えて肥大しているから、理屈をつけて焚きつけなくても、いずれ供給量も店舗数も半減するのは必定だ。

アパレル業界はどうして需要に倍する過剰供給に陥ったのか、どうしてそれを是正できないのか検証し、過剰供給から脱却する方法を提じたい。

 

■需要に倍する過剰供給が常態化

 19年はアパレル業界が28億4600万点の外衣を供給しても13億7300万点しか売れず(当社試算)、14億7300万点(51.8%)が売れ残ったが、供給量の半分前後が売れ残る異常事態は00年以降、常態化している。

80年代までは供給量と消費量がほぼ拮抗して90年もセール後で96.5%消化していたが、以降はデフレと海外生産シフトが相まってロットが肥大し供給量が倍増する一方、消費数量は全く伸びず、00年には消化率が54.3%まで落ち込んだ。その後もデフレ圧力は止まらず、中国から南アジアへの生産地シフトも進んで調達ロットの桁が上がり、15年以降は過半が売れ残る惨状が続いている。

 

■ブティックから「バイイングSPA」のナショナルチェーンへ

 過剰供給に追い込まれた起点は東西冷戦終了に伴うグローバル水平分業とデフレの急進で、90年までは何とか過半を維持してきたアパレルの国内生産も99年には2割を切り今や2%まで落ちたが、コスト切り下げと供給量増大のスパイラルを招いた要因はアパレル流通の激変にもあった。

 80年代までのアパレル販売はブランド商品を仕入れる商店街の生業的ブティックが担っていたが、90年以降は商業施設の開発規制が緩和され、駅ビルやSCなど商業施設が急増して賃料負担の重いテナント店舗が主流となり、利幅の厚いオリジナル商品を売るSPAが主流となって行った。

 90年代のアパレルチェーンは普通借家契約出店で、差し入れ保証金(80年代末は基準家賃の100ヶ月分➡︎90年代末で同50ヶ月分)に運転資金を圧迫され、多くはオリジナル企画の一括ロット調達に踏み切れず、メーカーやODM業者が持ち込む企画を短サイクルに分納調達する「バイイングSPA」に止まっていた。そんな中で台頭したのが、自社企画したオリジナル商品を大量一括調達して突出した高品質・低価格を実現した「自社企画一括調達型SPA」の「ユニクロ」だった。

 

■ユニクロの台頭と定期借家契約導入による世代交代

 「ユニクロ」に対抗すべく多くのアパレルチェーンが「一括調達型SPA」を志向し、多店化を急ぎ調達ロットを増やして高品質・低価格の実現を図ったが、大ロット一括調達した商品の消化と資金繰りに苦しみ、00年以降のパラダイム転換で多くのナショナルチェーンが疲弊し、破綻して行った。90年代に急成長した初期の「ユニクロ」は大半がロードサイド立地のリースバックあるいは定期借地店舗で、普通借家契約のテナント店より資金負担が軽く、大ロット一括調達する運転資金に恵まれていた。

00年3月に改正借地借家法が施行され定期借家契約が導入されて以降、営業継続の保証は失ったが保証金が10ヶ月分程度の敷金に軽減され、アパレルチェーンは運転資金の圧迫から解放された。新たに多店化したカジュアルチェーンやセレクトSPAなど新世代のアパレルチェーンは「自社企画一括調達型SPA」を志向して価格と調達ロットを競ったから、急増した売場(00〜08年でSC面積は4割増)の仮需もあって調達量が急増し、半分近くが売れ残る事態が始まった。その一方、前世紀の普通借家出店の差し入れ補償金で資金繰りが苦しい旧世代のナショナルチェーンは「自社企画一括調達型SPA」に切り替えられず、同質化と価格競争に沈んで急速に衰退して行った。

 

■SPAが過剰供給の主犯だった

「一括調達型SPA」は大ロットで調達原価を切り下げるメリットは大きいが、ロットが大きくなるほどリードタイムが長くなって受給ギャップも大きくなり、値引きや売れ残りのリスクも大きくなる。ブティックの卸取引では受注が入らなければ生産量を落としたり取りやめたり出来たし、短サイクル分納調達の「バイイングSPA」でも販売動向で需給調整が効いたが、「一括調達型SPA」では何ヶ月も半年以上も前の見切り発車になるから受給調整はほとんど効かず、大きなギャンブルになってしまう。

リードタイムの長い大規模SPAでは年に2〜3回しか在庫が回転せず、少なからぬ商品が売れ残って来期に持ち越されている。「ユニクロ」や「ワークマン」のようなベーシック商品ならともかく、トレンド性やデザイン性が高いと持ち越しても消化が難しく、J.クルーのような悲劇も起きる。

実際、W/R比率(小売売上に対する卸売上の比率)はSPA化とともに急落し、90年の2.54が00年には1.84に落ち、10年には0.93と1を割り込み、近年は0.6台まで落ちている。W/R比率は低いほど効率的な流通とされるが、SPA化が進むほど消化率が落ちていったのが現実だ。SPA化は問屋機能を中抜きして利益もリスクも集中しただけで、アパレル流通の需給調整力を損なって過剰供給の主犯となった。ならば、SPA流通が行き詰まった今日、アパレル流通を再生する突破口はスマートベンダーによる需給調整機能の復活ではなかろうか。

 

■消化取引で売れ残りが積み上がる百貨店ブランド

 アパレルチェーンより百貨店ブランドの方が過剰供給は深刻だったかも知れない。84年を境に委託取引が主流になり、90年代後半からは消化取引に切り替わり、00年7月のそごう破綻を契機に消化取引が主流となったが、消化取引には大きな弊害があった。

 委託取引では納入時点で在庫の所有権が百貨店に移るため店舗間の振り替えに手間取るが、販売時点まで在庫の所有権がアパレル側にある消化取引では振り替えが自在で効率的な消化が図れる一方、百貨店側は新商品や売れ筋商品への入れ替えを要求するから、引き揚げた売れ残り品がアパレルの倉庫に積み上がっていく。それを期末セールまで抱えては鮮度も価値も落ちるから期中で値引き処分したいところだが、百貨店取引ではそれも難しく、過剰供給の一因となっていた。

 その在庫負担に耐えきれず、近年は百貨店のセールに先立ってECで値引き販売したりファミリーセールでフライングセールするようになったが、その契機が三越伊勢丹とルミネによる期末セールの無理な後倒しだったことは皮肉というしかない。

 

■過剰供給を止められない三つの悪習

 過剰供給を止められない背景には、アパレル業界に特有の三つの悪習がある。

1)コスト優先で過大ロット調達

 アパレルの調達コストはロットを増やすほど、工場の閑散期に合わせるほど下がるが、それに連れ発注から販売までのリードタイムが長くなり、リスクも増大する。その間にトレンドは変わるし、類似品が氾濫して過剰供給になるリスクもあるから、コストを切り下げた以上に値引きや残品のロスが嵩むことも少なくない。ロットを抑え短サイクル調達で消化歩留まりを高めるのが正解だと思うが、ロットを無理に増やしても調達コストを落とし売上を伸ばしたい、というのが近年のアパレル業界の執念だった。

2)売上優先でロスと残品を予約

 売上に固執すると値引きや残品を抑制できず、調達量が増えてしまう。翌年の予算を組み立てる時、前年の売上/値引き/残品の結果から数字を積み上げ、前年同様の値引きと残品を“予約”してしまうという悪習で、これが繰り返される限り過剰供給の解消は難しい。

 調達を抑えても売上の減少を最小限にするには、売上予算の山谷を抑えて平準化し、実需期に引きつけて短サイクルに投入する。ピークを抑えて売上を平準化すれば値引きや残品のロスが激減して粗利益率が改善され、売上は多少落ちても利益は上向くことが多い。 

3)POSを過信して値引きに依存

 近年のアパレルチェーンはPOSをベースにアルゴリズムで販売消化を予測し、本部のマーチャンダイザーやディストリビューター(在庫運用担当)が売場を見ないで値下げや移動を指示することが多いが、そんな単品最適なやり方では個別店舗の実情に対応できず、値引きと残品のロスが値入れを食い潰す。

 POSが定着する以前は見せ方や組み合わせを変えて消化を図る編集陳列スキルが存在したが、POSによる消化予測が普及するにつれ店舗から失われていった。消化が進まない商品は編集陳列で消化に努めた上で値引きすべきで、週サイクルで編集スキルを駆使すれば値引きも残品も半減する。

 

■サプライチェーン総体が疲弊

近年は店舗やECで値引き販売を繰り返しても期末に小売チェーンで10%弱、直販型のアパレルメーカーで15%前後、紳士既製服では30%前後も残るが、業界供給量の過半が売れ残る計算とは乖離があり、商社やOEM業者など川中が少なからず抱えて翌年に持ち越していると推察される。

コロナ危機では少なからぬ発注がキャンセルされ、今秋冬や来春夏の調達予算も大きく圧縮されたが、平時でも商社やOEM業者がキャンセル品や未引き取り品を抱えて持ち越すのは珍しくなく、翌シーズンに新作として投入されることが多い(行き場がなければ二次流通業者に放出される)。それは取引関係のチームワークだから否定はしないが、川中さらには原材料の川上へと過剰在庫が逆流していけばサプライチェーン総体の血流が詰まり、いずれ壊死してしまう。

過剰在庫はアパレルメーカーやアパレルチェーンだけで終わらず、川中、川上へと逆流してサプライチェーン総体を疲弊させ、開発力も資金力も削いでいる。その解消には川下の発注者はもちろんだが、リスクを被る(共有する)商社やOEM業者が明確な事業方針を持って発注者と向き合う必要がある。

 

■過剰供給解消へのサプライチェーン革命

 過剰供給解消には両極の方法がある。ひとつは受注生産に徹するC2M、ひとつは川中がEOS(オンライン自動発注)でオンデマンド補給を担うVMIで、どちらも生産ラインとアイテムを絞り、企画〜生産〜物流〜販売を一貫するDX(デジタル化)が要となる。

 D2Cも量産先行の売り減らしでは過剰在庫が生じるから、受注先行で在庫を抱えないC2Mに徹するべきだ。パターンオーダーではDXで発注からお届けまで5〜7日が常識になり、メンズからウィメンズ、セットアップからシャツや靴に広がりつつあるが、要となるのは受注即マーキング〜裁断〜縫製〜プレス仕上げ〜物流加工〜出荷のスマートファクトリーだ。

 VMIとて、店頭在庫と倉庫在庫の動きをアルゴリズムで予測して量産型スマートファクトリーを制御するスマートベンダーが主導権を握る。DXな生産プラットフォームこそ過剰供給解消の突破口であり、そこに集中投資できる者がアパレル流通の新たな覇者となる。

 店舗コストの重い小売業者も、在庫預かり型で生産制御ノウハウのないECモール事業者も、生産プラットフォームの主導権は取りようがない。小売軸のSPAが過剰供給の主犯を演じた無理押しの時代は終わり、スマートファクトリーを武器にC2MやVMIを駆使して需給を一致させるスマートベンダーがアパレルの新たな時代を開くことになる。既成のアパレルメーカーやアパレルチェーンは顧客を向いたMDを武器にスマートベンダーとどう組むかが問われよう。

※D2C(Direct to Consumer)・・・ブランドメーカーが店舗やネットの小売業者を通さず、自社のサイトやショールーム、ポップアップストアで直販する販売形態。その意味では「b8ta」はD2Cとは言えない。

※C2M(Customer to Manufactory)・・・ネットやショールームで受注してからデジタル生産や3Dプリンタで素早く生産して“個客”に届けるパーソナル対応の無在庫販売手法。F2C(Factory to Consumer)ともいうが、個客から生産へという方向に意味があるゆえC2Mと捉えたい。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・予め定めた陳列棚割に基づいてベンダーに補給と在庫管理を委任する取引形態。

論文バックナンバーリスト