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『オンワードに「ゾゾへの再出店」を決断させた
想定以上の苦戦と赤字』(2020年07月22日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 オンワードホールディングスとZホールディングス傘下のZOZOはパターンオーダー衣料品の製造・販売で提携すると発表したが、両社の発表は微妙にニュアンスが異なる。オンワードが「ZOZOTOWN」を退店してまだ一年半しか経っていないのに、再び取り組む両社の提携は同床異夢なのか、ウインウインの関係を築けるのか、両社に詳しいファッション流通コンサルタントの小島健輔氏に解説してもらった。

 

■微妙にすれ違う両者の思惑

 オンワードHDの発表では、『子会社のオンワードパーソナルスタイルの短納期パターンオーダーが揃えるジャケット73サイズ、パンツ128サイズの中から、ゾゾスーツで蓄積したサイズデータに基づくZOZOの「マルチサイズ」サービスを使って、身長と体重を選択するだけで最適のサイズをオンラインで簡単に注文できる』、というのが提携の骨子だ。

8月下旬にスタートするメンズ/ウイメンズのイージーケア・セットアップから始まって靴などにアイテムを広げ、5年後に100億円規模の売上を目指すとしているが、商品の企画も生産も、すべてオンワードパーソナルスタイルのプラットフォームによるもので、セットアップスーツも靴もすでに「KASHIYAMA」として展開されている。ZOZOが提供するのはサイズマッチングのITサービスと会員顧客、受注と決済、発送だけで、完成品は大連のパーソナルスタイル自社工場から一着毎のパックランナー(運賃を抑え型崩れを防ぐ独自の圧縮パック)でZOZOの倉庫に届き、顧客に宅配出荷される。

デジタル化された大連の自社工場でスピード生産される「KASHIYAMA」のパターンオーダーは採寸から一週間で顧客に届くが、ZOZOとの取り組みではZOZOの倉庫を経由するため10日〜2週間と、やや時間がかかる。EC業界で言う「ドロップシッピング」(販売者が予め商品をモール事業者の倉庫に預けず、受注してから倉庫に届ける)というスタイルだが、パターンオーダーのモール販売では致し方ないのだろう。

似たようなマルチサイズ選択型パターンオーダーサービスを展開するユニクロの「ジャストサイズ」は“擬似”パターンオーダーで、全サイズのミニマムストックを出荷倉庫に積んでいるから、欠品しない限り注文の翌日か翌々日には届く。

ZOZOの倉庫は経由するものの、倉庫に在庫を預かって注文に応じて出荷するわけではなく、在庫を預かるフルサービスを売ってきたZOZOとしては異例な取り組みだ。オンワードに復帰してもらいたいZOZOと顧客を広げたいパーソナルスタイルが折れ合った取り組みで、遠からず次のステップへ進むと思われる。

セレクトショップ集積からブランドが広がった「ZOZOTOWN」はファッション好きの20〜30代イメージが強く(今年1〜3月間の会員平均年齢は男31.6歳、女33.9歳)、Zホールディングス傘下となってPayPayモールにも出店し、保守的な百貨店客も含めて幅広い世代を取り込みたいZOZOにとってオンワードの復帰は不可欠だった。閉店ラッシュにコロナ休業も加わって百貨店客がECに流れ込む中、オンワードが再出店すれば他の百貨店アパレルも揃い、百貨店客を取り込めるという思惑もあったに違いない。

ZOZO側の発表ではオンワードの「J.PRESS」や「Paul Smith Woman」など11ブランド・13ショップの「ZOZOTOWN」再出店の方が大きくフォーカスされていたから、両社の思惑は微妙にすれ違って見えた。

 

■コロナ危機で躍進したオンワードのEC

 非効率な運営で商品が割高になり若者も大衆も離れていく百貨店に依存していてはオンワードも衰退するばかりだから、00年代には駅ビルやSCなど商業施設に店を広げ、元経産省キャリアの安元道宣氏がオンワードHDの代表取締役に就任した15年以降は着々とデジタル化への布石を進め、18年3月には支店営業軸からEC軸へ営業組織も物流体制も一変させた。その時点でオンワードは百貨店からECへ、引き返せないルビコンを渡ったのだ。 

 EC売上は17年(2月期、以下同)の148億1700万円から18年は36.8%増の202億6800万円、19年は25.8%増の255億円、20年は30.6%増の333億800万円と順調に伸び、売上に占めるEC比率もグループ全体で6.1%から13.4%へ、オンワード樫山単体では9.9%から16.8%まで伸び、ほぼ目論見通りに進んでいたところにコロナ危機が襲った。

 コロナ危機に直撃された20年第1四半期(3〜5月)は売上が前年同期より34.9%も落ち込んで21億1200万円の営業損失、24億1700万円の純損失を計上し、純資産は20年2月期末から127億8700万円も減少するというダメージを受けたが、その窮状を力強く支えたのがECだった。

 3〜5月に百貨店売上が前年同期から71%、SCや駅ビルの売上が40%も落ち込む中、ECは50%も伸びて全社売上の45%に達した。コロナパンデミックでライフスタイルも購買行動も激変し、百貨店や商業施設の一斉休業で店舗売上が激減したという特殊事情とは言え、まだ何年もかかると見ていた『半分はECで売る』という目標がほぼ実現してしまったのだ。

 とは言え、オンワードのEC体制は規模ほどに盤石ではない。18年段階でオンワード樫山単体の自社EC比率は85%と高く、コロナ危機下の3〜5月期では単体で94.8%、全体でも90.0%に達したが、システム改修からささげ(採寸・撮影・原稿書き)まで外注比率が高く、自社ECではあっても自社運営とは言い切れないところが残る。今期はEC売上500億円を計画し、中期的には1000億円を目指して「メーカー機能を持ったデジタル流通企業」と謳うには心許ない。

百貨店顧客の取り込みも一巡し、さらにEC売上を伸ばすには異なる顧客層に広げる必要があったし、ECのシステムにもフルフィルにも通じたZOZOと提携すれば自社EC体制の整備も進むと期待したのではないか。

 

■オンワードもZOZOを必要としていた

 コロナ危機がいつまで続くのか誰も読めないが、アフター・コロナもウイズ・コロナとなってライフスタイルも購買行動も元には戻らない公算が極めて高い。コロナ危機で高まったECの勢いを継続するには店舗からECへ転じる会員数を増やし続ける必要があるが、17年の160万人から18年は28%増の204万人、19年は30%増の265万人と増やしてきた会員数が20年は18.3%増の313万人と、百貨店からECに転じる顧客も一巡しつつあった。保守的な高齢層に偏る百貨店客の取り込みだけでは頭打ちは目に見えており、衣料消費に積極的な若い世代の取り込みが急務となっていた。

 そこに持ち込まれたのが「ZOZOTOWN」への復帰であり、827万人(20年3月期第4四半期)というZOZOの若い会員層はオンワードがEC顧客を広げるのに不可欠と思われた。離反の契機となった「ZOZOARIGATO」は導入後、半年で終了し、導入した前澤友作前社長もすでに会社を去っているから、復帰に何の問題もなかった。

 加えて、オンワードには、もう一つの課題があった。採寸から納品まで一週間という画期的な短納期を実現して好調に離陸した「KASHIYAMA」スマートテーラー事業も、スーツ需要の衰退もあって計画通りには伸びず、顧客層を広げる必要があったのだ。

実質初年度の19年8月期は5万6000着、37億円を売り上げて好調なスタートを切ったスマートテーラー事業だが、大連の第二工場が稼働した20年2月期は60億円を計画しながら43億2900万円にとどまって18億3300万円の営業損失を出し、21年2月期で150億円という計画の実現も危うくなっていた。ZOZOへの再出店を検討する中、若いビジネスマン&ウーマンのスーツ(セットアップ)需要を取り込みたい「KASHIYAMA」スマートテーラーを提携の柱とするに至ったのは必然だった。

オンワードとZOZOで提携の思惑は微妙にすれ違っていても、互いに必要としていたことは間違いなく、結果としてウインウインの関係が成立するのではなかろうか。

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