小島健輔の最新論文

ファッション販売2004年12月号掲載
売上向上大作戦 【下】
『売上向上への店頭在庫運用術』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 [上]ではケース別の売上回復/向上策を現場対応から抜本改善まで巾広く提示したが、[下]では店舗で行える具体的な在庫運用/陳列による売上向上策を提示したい。

在庫積み上げによる売上循環

  『売上向上への一番単純で効果的な対策は在庫を積み上げる事』と言えば山ほどの反論が来るだろうが、上場/公開専門店の決算書を洗えば事実に近い事が理解されよう。もちろん、放慢に積み上げれば回転が悪化して身動きが取れなくなる。売筋や手堅い実績定番の在庫を積み増して販売機会を増やし、売上拡大に繋げる手法と理解すべきであろう。
 積み増しの方法は、単純に同一品を積むばかりではない。カラー/サイズ/ディティールなどでMD巾を拡げたり、それらのMD軸を組み換えたり素材/後加工を変えたりして鮮度を確保し投入していく、といった技が不可欠だ。これらの技を駆使しても次第にインパクトが低下し、だいたい3周目で売上拡大が在庫積み上げを下回るようになり、4周目に入ると在庫回転が大きく低下して行き詰まる。これが『在庫積み上げによる売上循環』で、当たった商品政策の追い掛けも3年が限度とされる由縁である。
 もちろん、誰もがこの手法に頼って売上循環を繰り返している訳ではない。在庫を圧縮しながら販売効率を上昇させたポイントのように突出した事例も見られる。
 そのような事例では、必ず以下の3点が平行して行われている。第1は販売員の質と量の積み上げ、第2は雑誌タイアップなどのプロモーション強化や一流アーチストによる店舗改装などのストア・ブランディング、第3が情報/物流体制改善による補給効率の向上だ。情報/物流体制改善による補給効率の向上は在庫削減と裏表の施策だから当然だが、販売員の質と量の積み上げも在庫圧縮時には不可欠な施策で、これを欠く在庫圧縮は必ずと言ってよいほど売上の減少を招いている。
 『在庫積み上げによる売上循環』のどのサイクルにあるのか、あるいはそういった在庫政策を意識しないまでも情況を認識した上で、在庫運用/陳列のテクニックに入るべきだと思う。

‘売れる’在庫の見せ方

 在庫の見せ方の基本は鮮度と編成の訴求であり、実際の在庫より如何に高鮮度/好編成に見せるかのテクニックが問われる。鮮度を左右するのはシーズン性とトレンドだが、実際の売場運用ではシーズン性の方がインパクトが大きい。編成では両者に営業政策とポジショニングの視点が加わってくる。
 鮮度を訴求するテクニックは多様だが、手軽な順に1)新鮮商品の強調陳列、2)新鮮/好調商品をキーとしたユニット陳列、3)陳腐化商品の引き下げ/新鮮カンフル商品の投入、が挙げられる。
 1)新鮮商品の強調陳列では、ウインドやディスプレイの活用、什器の通路側エンド/前面/上面への陳列、店頭やフォーカルウォールへの陳列を行う。新鮮商品の中でも特定のアイテム、とりわけ高鮮度色/柄の強調がポイントで、より目立つ位置に目立つ形状で訴求する必要がある。
 まず強調したいアイテムと色/柄を特定。コーディネイト陳列では平板さを避け、色や面、シルエットにコントラストをつける(強調アイテムと色/面が近似した商品と合わせない)。棚陳列では無地/柄、明暗色、寒暖色を交互配置したり、大畳みでフェイスを拡げたり、色や面のコントラストをつけて上下/左右にコーディネイト棚置きしたりする。ハンガー陳列ではアイテム陳列/ルック陳列に拘わらず、強調アイテム/色/柄を分散してコントラストを出し、不鮮度商品はサイズを間引いてフェイス量のバランスをとる。
 新鮮商品をまとめて、しかも単純に全色並べるとコントラストを失って訴求力が落ちるし、残った不鮮度商品もまとまって鮮度の低さを強調してしまう。コーディネイトが効く、あるいはテイストが揃う不鮮度商品は新鮮商品の陳列に分散して組み込み、コントラストをつけて賞味期限を伸ばすべきだ。そうすると生き返る商品も多いから、マークダウン・ロスも削減される事になる。経験則だが、店頭でマークダウンされている商品の2〜3割は新鮮商品との組み合わせで生き返るものだ。
 2)新鮮/好調商品をキーとしたユニット陳列は、そのような再生効果を活用したもので、新鮮/好調商品が在庫の3分の1以上あれば決定的な効果が期待できる。
 新鮮/好調商品のキーアイテム/キーカラーを軸にルック・ユニットや単品ユニットを幾つか作ってフェイスを構成すれば、売場の鮮度が高まるのはもちろん、組み合わされた不鮮度商品にも販売チャンスが蘇る。キーアイテム/キーカラーにパワーがある場合はひとつの売場で何回使っても良く、色組みを変えたり相手を変えたりして複数のユニットで展開する。これがマルチミックスとかマジックミックスとか呼ばれる技法だ。
 3)陳腐化商品の引き下げ/新鮮カンフル商品の投入を使えば、新鮮/好調商品が3分の1に満たなくても、店頭フェィス上ではそれを超えられる。陳腐化商品の一部を後方ストックに引き下げて残りを圧縮陳列し、新鮮/好調商品と合わせたユニットに組み換えれば、フェイスに占める割合は激減して売場総体の鮮度がアップする。これに新鮮カンフル商品(服飾アイテムも効果的)の投入を加えれば、売場は一気に蘇る。
 シーズン感が大きくずれたアイテムやカラー、新鮮キーアイテムと役割が重なるアイテムは丸ごと後方に引き下げ、その他はサイズの重複分のみ引き下げる、あるいは中心サイズだけ各1出しにする。さすれば売場はグンと軽くなり、見た目の鮮度を回復できるはずだ。
 このような運用を行うには売場後方に引き下げのためのストックスペースが必要で、何時も不思議と鮮度を保っているセレクトショップなどは店舗面積の15%ものストックスペースを持っている。限度を超えれば本部DCやアウトレットストアを活用する事になるが、麻薬に手を出すようなリスクは否めず、自ずと限界はある。店舗後方ストックスペースもロジスティクスを改善して圧縮するのが本道だが、適度な在庫運用を可能にするスペースは残したいものだ。

ユニットの編成替え/売場全体の編成替え

 ルック・ユニットでも単品ユニットでも、投入された時の編成がそのままマーケットに受け入れられるとは限らない。当たるユニットもあれば外れるユニットもあり、そのまま放置しておくと売上が低下し、売場の鮮度も落ちていく。ゆえに、ユニット再編という運用が避けられない。
 外れたユニットは類似したものを統合して圧縮陳列し、あるいは当たりそうな切り口に再編して再度チャレンジする。ユニットを解体し、新規投入ユニットや当たりユニットに組み込んでもよい。当たったユニットには外れユニットから組み込める商品を加え、フェイスを拡大する。
 再編する切り口は、ルック・ユニットでは1)キーアイテム替え、2)コントラスト・アイテム替え、3)カラー組み換えなど、部分的な組み換えが多い。単品ユニットでは複数ユニットの解体再編を伴い、期初から期末へと『素材ユニット⇒カラー・ユニット/売筋型ユニット⇒サイズ・ユニット⇒価格ユニット』『アイテム・ユニット⇒カラー・ユニット/素材ユニット⇒価格ユニット』のように再編を繰り返していく。最盛期のイトーヨーカ堂や鈴屋など、小気味良いほど上手にユニット再編をこなしていたものだが、今日でも有力セレクトショップに近似した手法を見る事ができる。
 売場全体の編成替えは売上不振時、在庫過剰時、シーズンピーク前など、渾身の力で一晩かけて行うもの。マーケットの流れを見据えた上で手持ち在庫と投入可能なカンフル商品を冷静に掴み、再編のシナリオを創って一気にやり切る。
 シーンやテイスト/面のグルーピングと配置、コーディネイト・ユニット/ルック・ユニット/アイテム・ユニットのバランスと配置、各ユニットの商品構成と陳列、ウインド・ディスプレイからIPまでのVPストーリー構成、接客プロセスと空間配置など、新店を開くかのように徹底して詰め切らなければならない。理想に近付けるには不鮮度商品の引き下げも必要で、神経と体力を消耗する大仕事になるが、やれば瞬間風速でも1〜2割の売上増が見込めるし、何より売場が蘇って販売に勢いがつく。
 以上のような在庫再編運用を適確に行っていく店とそうでない店、再編運用自体を行わない店では、消化率も売上も大きな格差がついてしまう。売上対比人件費率や在庫のダラー管理だけで売場を運営していく体質では、永遠に再編運用ノウハウは育たない。売場在庫運用の文化がある企業とない企業の体質の差はあまりにも大きく、小売業に勤める以上、そんな技術と文化が息づく店で学びたいものだ。
 ※本稿で提示した各種再編テクニックのビジュアルや詳細は著者の近著『ブランディングへの解る見えるマーチャンダイジング』を参照されたい。

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