小島健輔の最新論文

販売革新2008年11月号掲載
『チェーストアは“国民服ブランド”を目指せ』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 米国発の金融恐慌が世界を被って深刻さが増す中、日本の消費者も暗い将来に備えて貯蓄と倹約の生活防衛に懸命で、もはやモードだトレンドだと浮かれる気分は吹き飛んでしまった。衣料消費が冷却する中、ひとり「ユニクロ」だけが人気を集めている様は、まるで米国が不況に喘いでいた91年当時、“国民服”ともてはやされて人気沸騰した「GAP」のようだ。
 恐慌下で生活防衛を強いられる国民は手頃で良質な衣料・服飾品や生活用品を希求しており、第二、第三の「ユニクロ」「無印良品」の登場を待っている。チェーンストアは今こそ“国民服ブランド”の開発に全力を投ずるべきではないか。

4クラスのチャンスが在る

 “国民服”といっても戦時中の統制された制服ではなく『国民的な人気のSPAブランド』といった程度の意味だが、生活防衛を強いられる国民の広範な支持を得るにはどのような条件を満たす必要があるのだろうか。
 まずは『手頃価格で良質』が第一条件となる事は言うまでもないが、その価格対バリュー感は「ユニクロ」がデフェクト・スタンダードとならざるを得ない。実際の価格帯は「ユニクロ」級とそのツーランク上、ワンランク上、ワンランク下の4ランクがそれぞれの生活階級やウェアリング観によって支持されると思われる。
 ユニクロ級は「ユニクロ」が覇権を確立しているとは言え、異なるテイスト/ライフスタイル観のブランドならチャンスは在る。無味無臭なナチュラルモード・ベーシックの「ユニクロ」に対してエコナチュラルなライフスタイル観を持つ「無印良品」は第二の“国民服ブランド”となり得る。そのチープ&シックなライフスタイル世界が再評価され、「ユニクロ」以上にブレイクするかも知れない。
 ワンランク上では無味無臭ではなくテイストやライフスタイル観が問われるから、「グローバルワーク」にもチャンスがある。対品質のバリュー感は「ユニクロ」ほどでなくても、独自のウェアリングや素材感などのテイスト、ライフスタイル観への共感がバリューを上乗せするはずだ。
 ツーランク上では「ユニクロ」を上回る品質とステイタスが求められる。恐らくは百貨店やセレクトショップから流れて来る顧客層であり、欧州ファクトリーブランド的なこだわり付き高質感が志向されるに違いない。その実現に最も近いのがファーストリテイリング社であり、ファクトリーブランドを買収して同社の憲法に従って良質安価の商品化を行なえば“高級国民服”が出来上がってしまう。万一そうなれば、百貨店やセレクトショップの受ける打撃は致命的なものとなるだろう。
 ワンランク下では価格は「gu」級でも「ユニクロ」と大差ない品質が求められるし、ベーシック至上であってトレンドを追う必要はさらさらない。これも実現に一番近いのはファーストリテイリング社だが、「gu」では同社の憲法に反してトレンドを追って品質を軽視し、大空振りとなってしまった。今からでも憲法通りに開発すれば容易に覇権を確立出来るのではないか。

高い原価率、高消化回転でバリュー価格を実現

 どのランクにも共通する条件が価格対のバリュー感で、その実現には「ユニクロ」を凌駕する高い原価率と消化回転が不可欠。ロットが揃わない開発初期では50%以上、百店単位の展開になっても40%以上の原価率が成功の絶対条件だ。遊心クリエイションの「イーブス」など、社運を賭けてその理想を追求しているではないか。
 今時、SPAで原価率35%以下では顧客が納得するバリュー感は不可能で、必然的に顧客を失って行く。ましてや、SCや駅ビルの倍もの歩率を収奪する百貨店が顧客流失に直面するのは当然なのだ。
 同じ原価率でも、丸投げのOEMと素材開発や生産工程管理まで踏み込む開発調達とでは実質は大きく異なる。「ユニクロ」のバリュー感が“国民服”のデフェクト・スタンダードとなる以上、丸投げOEMやメーカータイアップでは“国民服”競争について行けない。素材や仕様にこだわる自社開発型の調達でないと“国民服”は創れないのだ。開発期間は必然的に長くなるから、ファストなSPAとはビジネスモデルが異なる。
 原価率を高く設定してもスムースに消化回転しないと良質安価は維持出来ない。「ユニクロ」式の大量販売仕掛けは後発企業にとって必ずしも最良の選択ではなく、長射程開発であっても月度の売り切り体制で臨み、計画的な店間移動ルーチンと再編集陳列運用で最速の消化回転を仕組むべきであろう。
 原価率が高くても消化回転が良くてもロットがまとまらないとバリュープライスにはならない。初期から3ダース以上の布陣でスタートして短期間に百店単位のロットに持ち込む必要がある。巨大な初期投資ゆえ中小資本の企業には不可能で、既に数百店以上を展開する大手チェーンストア企業が社運を賭けて行なう大事業だ。

“国民服”はグローバルブランドに化ける

 高原価率と高消化回転で良質安価を実現しても、広範な顧客の支持を得ないと急速多店化が出来ず“国民服ブランド”にはなれない。世代や体型を限定したりニッチなテイストを訴求しては顧客を狭めるから、老若男女を引き付けるパワーコンセプトでそれぞれのベーシックをサイズ展開する必要がある。‘それぞれ’とはブランドの提案するライフスタイル観や価値観であり、それへの共感が拡がる事がもうひとつの成立条件になる。多くの人々の共感を呼ぶパワーコンセプトを如何に見つけるか、そこからのスタートにならざるを得ない。
 が、ひとたび大衆の支持を得て“国民服ブランド”となれば、必然的にグローバルブランドとなっていく。「GAP」「ユニクロ」「無印良品」がそうなっていったように、彼等に続く“国民服”もグローバルブランドに飛躍して行くに違いない。

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