小島健輔の最新論文

ファッション販売2004年1月号掲載
『2004年の七大潮流』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 小泉政権の国民に痛みを強いる官僚主導のデフレ政策と日銀のインフレ政策が相反して、大企業と中小企業、高所得者と一般勤労者の貧富格差は拡がるばかりである。この情勢下、2004年のファッションビジネスは以下の七潮流に注目すべきであろう。

1)バブル大復活と階級分化の加速
 政府支出は抑制されても日銀のマネー供給は無制限状態で、不良債権の清算や債権放棄への大判振るまいは事実上、銀行経由の公共投資と化している。ダブついたマネーは大手のバブル投資に流れ込み、オフィス供給過剰が言われる中も巨大プロジェクトが次々と進行しているし、全国の工場跡地は悉く巨大商業施設に生まれ変わりつつある。一時は頭を打ったかに見えたラグジュアリー消費も六本木ヒルズがオープンした頃から再燃し、裾野を拡げてバブル当時を上回る勢いを見せている。これがバブル復活でなくて何だと言うのか。
 が、その恩恵に与っているのはごく一部の人々だけで、大部分の勤労者は所得の減少と社会負担増に苦しみ、リストラに怯えている。小泉政権がもたらしたのは雇用も回収も危うい(公共投資の民営化ですから)バブル経済であり、米国的な貧富差と社会不安を増大させてしまった。総務省の家計調査報告を見ても所得格差の拡大は歴然だし、所得階層別の消費支出伸び率にも明暗がはっきり現われている。
 2004年はこの流れが一気に加速するから、強者/富者と弱者/貧者の格差はますます拡がり、社会不安は頂点に達する。才気ある商売人には千載一遇のチャンスとなろうが、平和だった一億総中産階級社会は完膚無きまでに崩壊してしまうだろう。

2)ラグジュアリーブランドも三極化してブーム再燃
 一時は好調ブランドが激減して『生き残るのは上位20ブランド』とまで業界紙に喧伝されたが、バブル復活とセレクトブームに乗って再拡大に転じ、三極化してマーケットが拡がっていくと見られる。
 ラグジュアリーブランドは大衆の手が届かない高級ラインを狙うプレスティッジ戦略組、大衆の手が届く裾野を広げるポピュラー戦略組に分化していき、セレクトショップで力をつけたファクトリー系やクリエイター系のブランドがインショップや直営店を拡げて第3グループを形成するという見方である。
 一時は大衆化路線に走った上位ブランドが新たな高級ラインを打ち出して高単価政策に転じる(ルイ・ヴィトンやブルガリなど)一方、コーチやロンシャンのように大衆化路線に徹して客数増政策を採るブランドも多い。セレクトショップからの移行ブランドでもロロピアーナやキトンのようにプレスティッジ戦略を採るブランドも見られるが、こなれた価格帯でクラス感やこだわりを訴求するクラス・コンサバティブ系(英国系ファクトリーブランドが多い)、先鋭な感性やクラフト感覚を訴求するブリッジ・アドバンス系が主流のようだ。
 ラグジュアリービジネスの定石通り直営店展開を急ぐブランドもあればセレクトショップとの取引も重視するブランドもあるが、そこにセレクト客の取り込みを狙って大手百貨店が割り込んで来たから、主力ブランドの帰趨を巡ってセレクトショップは調達政策の転換を迫られている。

3)セレクトショップは明暗三極化してブーム終焉
 それは踏み絵のようなもので、柱となるセレクトブランドの品揃えを拡充してクラスストア化(高級化/大型化)していくか、セレクトブランドの品揃えを圧縮してオリジナル軸のSPA体質を強めるか、直営店展開に至らない新手ブランドを開拓して現状のポジションを守るか、セレクトショップは三つにひとつの選択に直面している。
 この選択はあくまでバランスの問題であってどれかに徹するという性格のものではないが、顧客は敏感に変質を感じ取ってしまう。ならば明確な戦略を打ち出して顧客にはっきりとしたポジションを訴える方が遥かに有利だ。ユナイテッド・アローズは逸早くクラスストア戦略を打ち出して別格のポジションを固めつつあるが、他の大手セレクトは明確な戦略を打ち出せないでいる。
 既に大手セレクトの業績は明暗が開いており、ユナイテッド・アローズやトゥモローランド、ベイクルーズが業績を伸ばす一方、シップスは売上が伸び悩み、ビームスは急失速して売上首位の座から転落したばかりか身売り話で業界を賑わせている。この明暗情況に前述した選択が迫られるのだから、クラスストアとクリエイティブなセレクトSPAの覇者が固まるにつれ、参加者の拡大という意味でのセレクトブームは終焉を迎えざるを得ない。もちろん、第3の選択によってポジションを守る中小セレクトショップ群は残るが、そこから五摂家に続く新手が台頭する情勢ではなくなるだろう。

4)コラボ効果でパワーSPAが復活
 クリエイティブなオリジナルを中核とするセレクトSPAを選択したにしても、バイヤーによるオリジナル開発には自ずと限界がある。商社のソリューション機能活用では出来合いのスペックを大きく出る事は難しいし、クリエイティブなセレクト商品に遜色ないオリジナルの開発はさらに困難だ。かと言って社内に本格的なクリエイターを抱えるにはリテイラーとしてマネジメント的な限界があるし、開発組織の固定費は価格を押し上げてしまう。そこで突破口となるのが、セレクトで取り込みたいクリエイターとのコラボレーションだ。
 これまでもTシャツやシューズなどの単品レベルではスポット的に取り組まれて来たが、フル・コレクションにしてオリジナルの中核とすれば壁は一気に吹き飛んでしまう。と言えば「無印良品」のワイズとのコラボを思い浮かべる人も多いだろうが、そんな次元の事を指しているのではない。同じワイズでも「Y3」級かそれ以上にクリエイター側が突っ込んだオリジナルでないと突破口にならないからだ。
 大手セレクト各社はそれぞれに意中のクリエイターと四つに組み、それこそ社運を賭けたビッグ・コレクションの開発を争う事になろう。大型ストアを展開するセレクトSPAプでは、カジュアルとドレス、メンズとウィメンズを分けて複数のクリエイターと取り組むかも知れない。  クリエイターとのコラボに賭けるのはセレクトSPAだけではない。前述した「無印良品」の成功を見て「ユニクロ」も必ず動く。「ユニクロ」にとって「セオリー」から取り込めるものは限られており(そもそも資本戦略が目的で商品提携ではない)、より鮮烈なカジュアル・クリエイター/ブランドとのコラボが必要なはずだ。「Y3」など、まさしく「ユニクロ」向きだったのではないか。となれば、クリエイターとメーカーのダブル・コラボの方が現実的かも知れない。

5)メンズ復活で百貨店紳士服が再拡張へ
 80年代初期までは婦人服・洋品の六掛けを売り上げてワンフロアを構えていた百貨店紳士服・洋品も、日本経済の退潮とともに02年にはピークの91年の65掛けまで売上が縮小。この間に2.8%の売上増となった婦人服・洋品がフロアを拡張していったのに対し、スポーツ洋品・用具や子供服などとフロアを分け合う店も増え、世代別構成も組めないほどに縮小されていった。全館売上に占める比率も79年の10.6%から02年には7.7%まで低下し(以上、日本百貨店協会の統計による)、さらなる縮小が危ぶまれ情況にあった。
 そんな紳士服部門が部分的ながら復調を見せ始めたのが、ビジカジ人気が盛り上がった02年秋から。以降、東京地区百貨店では季間前年比で婦人服を上回り、03年秋商戦ではスーツの本格復調に至っている。メンズ復調はまだ全国区に及んでいる訳ではないが、東京地区百貨店と大手セレクトの最新情況から見て時間の問題と思われる。
 百貨店紳士服復活の前兆となったのがセレクトショップにおけるメンズの活況で、大手では3年くらい前からメンズ部門の伸びがレディス部門の伸びを上回るようになり、最近ではその差が企業によって5〜30ポイントまで拡がっている。メンズの伸びがストリート系カジュアルに依存していた02年までは百貨店紳士服に波及するとは誰も予想だにしなかったが、03年春からストリート系カジュアルに替わってビジカジがメンズ部門の牽引役となるに及んで様相は一変した。
 百貨店商財かと見紛うほどのスタイリッシュなキレイ目面商品が売筋の一角を占めるようになり、クラシコイタリア調の三つボタンスーツからブリティッシュ調のスタイリッシュな二つボタンスーツへの買い替えに火が付くに及んで、セレクトショップのメンズ活況はついに百貨店に波及するに至った。スーツの基本ライン変化による買い替えは十年に一度の巨大な購買動機であり、その押し上げ効果は数年に及ぶから、メンズ復活は本物と見るべきだ。
 その背景にはセレクトショップのメジャー化に触発されて業界がメンズ商品の開発に注力した事(ドゥエ・ボットーニやワンピースカラーはその先兵だった)に加え、部分的とは言え30〜40代の高所得勤労者がメンズ消費のリーダー層を形成するに至った事、それと前後してメンズマガジンが活力を取り戻した事(“旬な男向上委員会”キャンペーンなど)が挙げられる。 お荷物扱い寸前だった百貨店紳士服・洋品は売上回復の手応えを得、久方ぶりの改装ラッシュが始まろうとしている。その第一弾たる伊勢丹本店メンズ館リモデルの大成功に触発され、04年の春から秋にかけて全国の百貨店で紳士服部門のリモデルが続きそうだ。惜しむべきはその気運に応える大手アパレルの新ブランドが極めて限られる事で、このままではセレクト系インポートブランドやセレクト志向の自主MD売場が主役の座を占めてしまう。売上に応える補給を考えれば大手アパレルの役割は不可欠で、その奮起が望まれる。

6)百貨店婦人服売場が縮小に転じる
 紳士服部門復活の一方で、これまで拡張を続けて来た婦人服部門に逆風が吹きつける事になる。百貨店婦人服は世代の細分化を繰り返した挙げ句、ヤングキャリアとトランスキャリア、トランタンとキャリア、ニューミセスとミセスといった近似した売場が同質化し、広い割りに効率が上がらなくなっている。これら世代別(マインド別と言いなさい)売場に加えてインターナショナル・キャラクターとかクリエイターズとかがそれらの間をブリッジして顧客の分散が激しく、ここまで売上の低迷が続くとリセットが不可避となってきた。
 大方の方向としては、ヤングキャリアとトランスキャリアを統合してこれに見合うキャラクターブランドも組み込み、浮いたスペースをスタイリッシュ・ジーニングやセレクト感覚の自主売場にあてる。キャラの薄いブランドばかりのトランタンはキャリアの一角に準平場扱いで組み込み、空いたスペースでインポートのブリッジブランドを増強する。ニューミセスと若返ったミセスも統合し、浮いたスペースで自主販売の単品平場を拡充するといったもの。
 これによって効率の低い下位ブランドや平場化して存在価値を失ったブランドは御役御免となってしまうが、その数は半端では済まない。なぜなら、拡がり過ぎたスペースを半フロアほど返上し、そこにラグジュアリーグッズや次世代ラグジュアリーブランドのゾーンを新設したいからだ(第2項参照)。
 伊勢丹本店のようにジュエリー&ウォッチ、バッグ&シューズとカテゴリー別にラグジュアリー系を拡張する手もあるし、ラグジュアリーワールドにワンフロアを割くという思い切ったやり方もある。どちらにせよ、犠牲になるのは婦人服飾か婦人服であって紳士服ではない。
 これまでラグジュアリーブランドの扱いが婦人服、紳士服、特選雑貨、宝飾と分かれていたために有力ラグジュアリーブランドの拡張要求に応えられず、路面への脱出を許して来た経緯があるだけに、再拡大に転じた機会にラグジュアリーワールドを確立したいのは当然だ。販売効率も成長性も大差があるのだから、婦人服/服飾売場の圧縮とラグジュアリー系売場の拡張は必然の流れと言うべきだろう。

7)郊外モールにメガ級ファッションストア誕生
 SC開発ブームは一息ついたとは言え、潤沢な資金供給下で全国の工場跡地や駅上の開発計画は目白押しであり、郊外では二核型のメガモールが地域の購買慣習に定着して売上を伸ばしている。このようなメガモールは数こそまだ限られるものの、圧倒的な占拠率で広域から消費を集中させる力がある。
 が、二核と言っても量販店とカテゴリーキラーだけで百貨店は極めて稀だし、モールにも団塊ジュニアファミリーを狙った手軽なストアが並ぶばかりで、百貨店に見られるようなブランドショップは皆無と言ってよい。モールには広域から様々な世代の人々が訪れるというのに、キャリアやミセス、アダルトの期待に応えるようなクラス感のあるブランドがどうして無いのだろうか。
 もはや郊外メガモールはダウンタウンの商業施設に替わる役割を期待されており、百貨店やブランド商財が無いでは済まされない段階に来ている。にも拘わらず、例外的に優れた一部のローカル百貨店を除いて、百貨店の郊外SC店は採算が取れないままだ。これでは何時までたっても郊外メガモールでブランド商品を買う夢は果たせないから、顧客の成熟につれて不満が増大していく事になる。
 そんな閉塞情況を撃ち破るメガストア構想がワールドから発表されている。04年春以降、奈良、広島、福岡とダイヤモンドシティの新設するSCに、30才前後の女性を対象にした千坪〜二千坪級のファッション・ライフスタイルストア「フラクサス」を展開していくというものだ。同様なメガストア構想はオンワード樫山も検討しており、こちらの方がキャリア〜ミセス、コンテンポラリー〜アダルト向けの有名ブランドが揃っていて対象が巾広い。「23区」「ソニア」「自由区」から「CK」「DKNY」「ラルフローレン」まで揃ったメガストアがモールに登場すれば、郊外メガモールの性格は一変してしまうのではないか。
 オンワード側の出店計画はまだ明らかにされていないが、ワールドの独走を許すとも思えない。両雄のメガストアがメガモールに並ぶ頃には「バーバリー」や同「ブルーレーベル」、「エポカ・ザ・ショップ」といった三陽勢も進出し、「コーチ」や「ロンシャン」「マクスマーラ」といった手頃なインポートブランドも並ぶようになるだろう。それと呼応するかのように、「レリアン」のようなミセスブティックも進出してくるに違いない。名実共に本格的なRSCへ、郊外メガモールは変質していく事になるのだ。

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