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WWD 小島健輔リポート
『三陽商会、オンワード、ワールド 大手アパレルは百貨店に戻ってくるか』
(2024年04月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 円安を背景にインバウンドの本格復活や株価の高騰で百貨店が高額消費に沸いているが、衣料品の回復は鈍いのが実情だ。EC(ネット通販)やSC(ショッピングセンター)に販路をシフトした大手アパレルが百貨店に戻る日は来るのだろうか。戻るべきか決別すべきか、「ものづくり」を背景とした販路戦略を検証してみた。

 

高額消費の陰で回復が鈍い百貨店衣料品

 

 日銀が8年続いたマイナス金利を解除しても日米金利差は縮まらず円安が続き、株価は34年ぶりにバブル期の高値を抜いて高騰し、外国人観光客に株高で潤った富裕層も加わって百貨店の高額消費は沸きに沸いているが、恩恵を受けているのは欧米ラグジュアリーブランドばかりで衣料品の回復は鈍い。都心の百貨店は軒並みコロナ前の売り上げを超え、三越伊勢丹や阪急阪神百貨店は23年10月以降、19年比2ケタ超えが定着した感があるが、インバウンドの恩恵が薄い地方百貨店はまだコロナ前は遠いし、東京地区百貨店とて一部の好調店を除いて衣料品はコロナ前に届いていない。

 23年計で東京地区百貨店総額は100.6と19年を超えたが、衣料品は91.8と9掛けにとどまり、全国百貨店総額は同94.2、衣料品は86.6と9掛けに届かなかった。消費税増税前の18年と比較すれば、23年の全国百貨店売上高総額は92.1、衣料品は82.3、化粧品も78.8にとどまる一方、ラグジュアリーブランド雑貨を含む身の回り品は113.1、美術・宝飾・貴金属は137.8と突出しているが、デパ地下人気が衰えない食料品とて91.4と来店客数の減少が響いている。衣料品の中身も婦人服・洋品の87.7はまだマシだが、紳士服・洋品は76.8、子供服・洋品は65.8と回復は遠く、この水準が定着しかねない。22年来の単価上昇を考慮すれば、百貨店衣料品の国内客数は18年の7掛けを割り込んだのではないか。

90年代は売上総額の40%を超えていた衣料品シェアも年々低下してコロナ前19年には29.3%と30%を割り込み、コロナに直撃された20年は27.0%、21年は25.3%に落ち込み、23年も26.9%とほとんど回復していない。

 衣料品の回復が鈍いのは百貨店だけではない。商業動態統計の23年計は、小売業全体は19年を12.4%上回ったが、衣服・身の回り品は79.7と8掛けに届かず、1月も小売業全体は19年を11.1%上回っても衣服・身の回り品は75.1にとどまった。名目は1.1%増でもインフレで実質は2.6%減少した23年の家計消費支出(2人以上世帯)も19年比は100.9とわずかに超えたが被服及び履物は85.3にとどまり、24年の1月も84.7と停滞したままだ。

24年に入って1月は足踏んだが、2月はインバウンド(過去2番目の売り上げで10.9%を占めた)にうるう年効果(休日1日増)も加わって全国百貨店総額は19年比106.3(国内客売上は102.8)、同衣料品は96.5と回復が進み、東京地区百貨店総額は19年比113.1、同衣料品は109.1とコロナ前を大きく超えたが、閏年効果(5〜6%)やインバウンドを差し引けば、全国百貨店衣料品は9掛けに届かず、東京地区百貨店衣料品とて93%程度にとどまる。東京地区百貨店の3月18日までのペースは19年比117.3と加速しているが、この勢いは続くのだろうか。

春闘は33年ぶりの5%超えと賃上げに勢いがついているが、インフレに収入が追い付かず1月で22カ月連続して実質賃金が減少するわが国では、食料品の値上げもあってエンゲル係数の上昇が顕著で(20年の25.7が23年は29.4)衣料消費が抑制され、値上げを上回る客数減で既存店売上を落とすアパレルチェーンも少なくない。人気のスーパーブランドを除いてはラグジュアリーの勢いも陰り始めており(コロナ明けインフレも収束も先行した米国では失速が著しい)、ベター〜ミドルゾーン(百貨店価格)からボリュームゾーン(SC価格)、ボリュームゾーンからポピュラーゾーン(量販価格)へのダウンサイジングも加速している。

 明暗が交錯する中で百貨店衣料品、とりわけ大手アパレルが担うベターゾーン〜ミドルゾーンの回復は鈍いが、かといって駅ビルやSC、ECへのシフトを加速すればボリュームゾーンに偏り、アパレルチェーンとの価格競争に巻き込まれて収益力を損なってしまう。ボリュームゾーンに偏れば平均単価も低下して販管費率が上昇し、開発体制を維持できなくなってアパレルチェーンと同質化してしまい、さらに追い込まれることになりかねない。ECやSCをさらに拡大するか衣料品の回復が鈍くても百貨店に回帰するか、大手アパレルは販路戦略を問われている。

 

大手アパレル3社の販路構成

 

 大手アパレル(メーカー)と言うとオンワードホールディングスとワールドが挙げられるが、両社とも今日では百貨店主力ではなくなっており、「大手百貨店アパレル」と言えるのは三陽商会ぐらいなものだ。百貨店が繁栄していた前世紀にはオンワード、レナウン、三陽商会、東京スタイル(継承した今日のTSIは百貨店アパレルとは言えない)、ルック、専門店や直営店と百貨店にまたがるワールドやイトキンなど、多彩なプレイヤーがひしめいていたことを思えば隔世の感がある。

フロアが減少してすっかりコンパクトになり、服飾雑貨やビューティ関連、ライフスタイル商品やカフェとのスクランブル構成も珍しくなくなった百貨店の衣料品フロアには、D2CブランドやSPAブランドも加わって昔ながらの百貨店ブランドの影は薄くなったが、大手アパレルはどうするつもりなのだろうか。オンワード樫山(国内百貨店展開は単体が大半を占める)、三陽商会、ワールド(ブランド事業)の販路構成を検証してみた。

 

最も百貨店売上高が大きいのがワールド(ミドルアッパーブランド)の480億円(23年3月期)だが、ブランド事業売上高の26.5%を占めるに過ぎず、販路の一分野でしかない。オンワード樫山が398億円(23年2月期)で続くが、売上高に占める比率は39.4%とコロナ前20年2月期の62.3%(799億円)とは比較すべくもなく、コロナを経て「百貨店アパレル」を放棄してOMO※アパレルに変貌している。唯一「百貨店アパレル」を放棄していないのが三陽商会で262億円(23年2月期を旧会計基準に換算)と売上高の56.8%を占めるが、80%前後だったバーバリー時代とは比較すべくもない。三陽商会の百貨店売上高262億円は旧会計基準で、新会計基準だと383億4600万円(百貨店売上比率65.8%)とオンワードの百貨店売上高に迫る。

大手アパレルの百貨店売上高と同比率を語るときに注意しなければならないのが「新会計基準」で、旧会計基準では卸売上高で計上されていた百貨店売上高が新会計基準では小売売上高計上になり、百貨店の手数料(いわゆる歩率賃料)が売上高に乗る。歩率がどれほどかで上乗せは変わるが、三陽商会の場合は22年2月期決算で旧会計と新会計を併記したから歩率は31.7%(21年2月期は32.8%)と推計できた。歩率が31.7%なら新会計基準の百貨店売上高は旧会計基準の1.464倍になり、逆は68.3%になる。ワールドは90年代に小売売上計上に転換、オンワードと三陽商会も22年2月期から新会計基準に移行したが、バーバリー時代との比較も含めて数値の連続性を図るべく三陽商会のみ旧会計基準で統一した(新会計基準による数値は図表中に[赤字]で表記)。

オンワードはECを拡大し百貨店売上比率を下げてマルチ販路OMOアパレルへの変貌を果たし、ワールドもECを拡大してSCその他と百貨店のバランスの取れたマルチ販路化を推し進める一方、三陽商会だけはECや直営店を拡大できず百貨店売上比率が高いまま取り残されているように見えるが、果たしてそうだろうか。

 

※OMO(Online Merges with Offline)…ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による取り寄せ試着や店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略

 

売上単価は収益構造を左右するか

 

3社は平均売上単価を開示していないが、売上単価は百貨店>駅ビル>SCの順に低くなるから、百貨店比率が高いほど売上単価は高くなり、駅ビルやSCの比率が高いほど売上単価は低くなる。ECは量販品からラグジュアリーまで幅があるが、同一ブランドなら店舗販売より単価が低く、低単価の単品に偏りがちだから、EC比率が高まると売上単価は低下すると見て良いだろう。

オンワードは短期間で百貨店を撤収してECシフトし、OMOストア(「オンワード・クローゼット」はSCや地方・郊外百貨店が大半)を拡大しているから、売上単価はコロナ前より相当に低下していると思われる。ワールドの主力はSCや駅ビルの直営店で百貨店は3割未満にとどまり、コロナ下でECが拡大した分、どちらもシェアは若干低下したから、百貨店主体アパレルに比べれば元から低かった売上単価がECの拡大につれ若干の低下傾向にあると推察される。三陽商会は百貨店売上比率が高く、かつベターゾーンに集中しているから、ワールドはもちろんオンワードより格段に売上単価が高く、付加価値政策で上昇方向にある。3社の売上単価の格差、上昇方向か低下方向かの違いは収益構造にどう影響するのだろうか。

3社とも卸売上高は限られ、新会計基準では百貨店も小売計上になったから、同じ小売計上なら売上単価の差が粗利益率の差につながりやすい。最も単価の高い三陽商会の粗利益率が62.0%(新会計基準)に対し、ワールドは57.8%(連結)、オンワードは54.9%(連結)と差がある。ワールドはブランド事業、オンワードは単体の粗利益率で比較するのが正確だが開示がないため連結で比較したが、大きくは違わないと思われる。

販管費率はワールドの51.5%、オンワードの52.0%に対して三陽商会は58.1%(新会計基準)と高いが、小売売上対比31.7%と推計した百貨店の歩率賃料が経費に回るためで、販管費率の高さが粗利益率の高さを相殺している。ちなみにワールドの賃料負担率は百貨店の歩率賃料を含んで連結で15.6%(EC売上高を除く)と推計できるが、百貨店の歩率は開示情報から33.5%と計算できるから、百貨店とSCなどの賃料負担率は3倍近い差があるようだ(注)。オンワードの賃料負担率は連結で13.9%だが、新会計と旧会計の比較もなく歩率賃料の開示もないため百貨店の歩率は推計できない。

 3社を比較すると、百貨店売上比率が高いほど粗利益率は高いが販管費率も高くなり、結果としての営業利益率は三陽商会3.8%(新会計基準)、オンワード3.0%、ワールド4.7%と大差ない。収益力は販路構成にスライドするわけではなく、商品の魅力と在庫消化の歩留まりで決まるのが現実のようだが、ならば商品開発体制と在庫運用体制が問われる。在庫運用体制については本連載で幾度も詳説しているので、今回は商品開発体制、とりわけ「作り方」に言及したい。

 

(注)百貨店の歩率賃料にはキャッシュレス売上高の手数料や光熱費、百貨店が負担する内装費の減価償却費も含まれるから、SCや駅ビルの賃料と同列に比較する事はできない。

 

商品開発体制と品質パフォーマンス

 

  アパレル製品の価格と品質の関係は調達コストと流通・販売コスト、消化歩留まりの三次元関数を基本としながら、鮮度や完成度、時代のライフスタイルやフィット、ブランディングの巧拙など流動的な定性要件に左右されるが、品質そのものは「仕様」と「作り方」で大枠は決まる。トラッドにもエレガンスにもモードにもアメリカンカジュアルにも「文法」とも言うべき「仕様」があって、時代の価値観やブランドの思想、フィットのトレンドやコストでどこまで崩すか拘るか匙加減が問われるが、「仕様」の着地点が決まれば完成度は「作り方」が左右する。

 素材の開発は別として、アパレル既製品の「作り方」には概ね、以下の7方式がある。

(A)少量生産の完成度を追求するアトリエ生産

(B)裁断からプレス仕上げまで一貫する自社工場生産

(C)裁断パーツと付属を自社工場で用意して外注生産し、自社工場でプレス仕上げするパーツ供給外注生産(工賃払い)

(D)CADデータと素材を供給して外注生産するCAD発注外注生産(工賃払い)

(E)仕様書と素材を供給して外注生産する仕様書発注外注生産(工賃払い/製品買い上げ)

(F)外注先「仕様」のOEM調達製品仕入れ

(G)外注先「企画」「仕様」のODM調達製品仕入れ

 (A)や(B)はラグジュアリーブランドやハイブランドに必定の作り方。一時は(D)や(E)でアジア生産する欧州ブランドもあったが、多くは価値を問われてEU内の(D)や(E)、一部は(B)に回帰している。日本の大手アパレルは三陽商会を除いて自社工場を持たないファブレスメーカーで(D)や(E)で調達しているが、駅ビル・SCブランドは(F)や(G)も使っていると思われる。

「仕様」の完成度は(A)を頂点に(B)(C)まではほぼ担保されるが、(D)(E)は工場側の生産仕様の色が付き、(F)(G)は専門商社など受託事業者の生産仕様に依存することになる。欧州のデザイナーアパレルなどEU内ファクトリーの生産仕様で味を出しているケースも多く、必ずしも否定するものではない。カジュアルチェーンなど社内に開発チームを持たない場合は受託事業者の生産仕様に頼るしかないし、下手に仕様を内製するより手慣れた商社や専門商社の生産仕様の方が完成度が高い場合が多い。

百貨店ブランドでもボリュームゾーンのNB(ナショナルブランド)は(D)や(E)で良いとしても、ベターゾーンのブランドにはハイブランド並みの完成度が期待されるから(B)か(C)が望ましいが、それには生産ラインと職人への投資が欠かせない。ファブレスメーカーとは異なって生産サイドにも投資を要するから在庫回転も資本回転もスローになり、外注生産のアパレルとは異なるラグジュアリーブランドに近い財務体質になる。

高単価・高粗利益率で完成度が高く賞味期限も長い(必ずしもシーズン毎に売り切る必要がない)製品を丁寧に売っていく販路として、駅ビルやSCは無理でECも補助的な役割を出ないから、「百貨店」という今や富裕層に特化した販路を主体とせざるを得ない。小売SPA的なファブレスアパレルを志向するならSCやECを伸ばして百貨店販路を縮小していくのが正解でも、ハイブランドアパレルあるいはそれ以上のラグジュアリービジネスを志向するなら百貨店販路から一歩も引かず、イメージも運営効率も損益も優位なビジネスモデルに再構築するのが正解ではないか。

そのように喝破するなら、三陽商会は(B)や(C)による国内生産で商品の完成度を高めて百貨店販路を拡大すべきであり、オンワードやワールドも一定比率の百貨店販路を残すなら「作り方」を変えて完成度を高め、ベターゾーン主力にシフトすべきと思われる。

百貨店にとっても、欧米ラグジュアリーブランドより収益性も柔軟性も期待できるから、大手アパレルの回帰とハイブランド志向は歓迎されるに違いない。コロナを経て百貨店の衣料品は一段と萎縮したが富裕層に特化し、その他の販路とは二極化したことを直視するべきだろう。

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