小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「ザラ」最新決算にみる強さの本質 驚異的効率化の背景』
(2024年03月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

INDITEX業績推移 202403141350

 「ザラ(ZARA)」を運営するスペインのインディテックス(INDITEX)が3月13日に発表した24年1月期決算は売上高から純利益まで過去最高という絶好調で、H&Mやファーストリテイリングを引き離して圧倒的な強さを見せつけたが、決算報告を仔細に読んで過去の業績と比較すれば「揺るぎない強さ」の秘訣と限界が見えてくる。

 

増収増益でリードを広げた24年1月期決算

 

 インディテックスの24年1月期決算は売上高が10.4%増(現地通貨ベースでは14.1%増)の359億4700万ユーロ(5兆4618億円※)、営業利益(EBIT)が23.4%増の68億900万ユーロ(1兆346億円)、営業利益率は2.0ポイント上昇して18.9%、当期純利益は30.3%増の53億9500万ユーロ(8197億円)、純利益率は2.3ポイント上昇して15.0%と、圧倒的な強さを見せつけた。

 23年11月期のH&Mの売上高は5.6%増の2360億3500万SEK(3兆1256億円)、営業利益は102.8%増の145億3700万SEK(1925億円)、営業利益率は3.0ポイント上昇しても6.2%、当期純利益は145%増の87億2300万SEK(1155億円)、純利益率は2.1ポイント回復しても3.7%と、ようやくコロナから回復した病み上がりは否めない。売上高はコロナ前をようやく超えても収益力は戻らず、インディテックスの背中はさらに遠くなった。

 23年8月期のファーストリテイリングにしても、売上高が20.2%増の2兆7666億円、営業利益が28.2%増の3811億円、営業利益率は0.9ポイント上昇して13.8%、当期純利益は10.7%増の3152億円、純利益率は1.0ポイント低下しても11.4%と、全ての指標がコロナ前を大きく超えて再拡大に転じているが、国内ユニクロ事業が足を引っ張っている。売上高の差は多少縮まっても収益力の格差は依然大きく、容易に縮まらないままだ。

※為替レートは23年平均で統一し、ユーロは151.94円、SEKは13.242円で計算

 

損益構造もリードを広げた

 

 粗利益率は57.8%と0.8ポイント上昇してH&Mの51.2%(前期比0.5ポイント上昇)、ファーストリテイリングの50.9%(前期比0.5ポイント低下)との格差はさらに開いた。後述するようにメーカー発祥のインディテックスのモノ作りは小売発祥のSPAとは次元を画して生産プロセスに踏み込んだもので、コスパよりタイパを優先するロジスティクスもあってロスも限定されから粗利益率が高い。小売系SPAとも競合するアジア生産のカジュアル単品はともかく、パーツ供給して工賃払いするミルクラン圏※1.生産のテーラード/ドレスアイテムは60%を超えていると思われる。

販管費率も38.8%(おそらく上場来最低記録)と1.1ポイント低下して、単品セルフ販売のファーストリテイリングの38.1%(前期比1.0ポイント低下)と大差なく、1.5ポイント改善されても45.9%と運営コストのかさむH&Mを突き放している。両社と比較しての商品単価の高さに加え、売上の25.3%を占めるオンライン販売をFC※2.(フルフィルセンター)出荷でなく店舗在庫引き当ての店舗受け取り・店舗出荷に徹していることも販管費率を抑制している。

インディテックスの営業利益率は18.9%と2.0ポイントも上昇して13年1月期の19.5%に迫り、6.2%に回復したH&M、0.9%上昇して13.8%となったファーストリテイリングを依然、大きく引き離している。メーカー系と小売系のモノ作り体制の格差、オンライン販売の店舗在庫引き当てとFC在庫引き当ての格差がある限り、収益力の格差は縮まらないのではないか。

※1.ミルクラン圏…裁断パーツ・副資材を供給して完成品を回収するルート便が1日で回れる範囲で、スペイン、ポルトガルに加えてジブラルタル海峡をフェリーで渡るモロッコも含まれる

※2.DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)…入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず自動仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FCは通販の出荷用DC

 

さらに強固になった財務体質

 

 好調な営業業績に加えてのマネジメント精度向上でインディテックスの財務体質はさらに強化され、ROE経営※3.で元よりキャッシュフローがタイトなH&Mとの格差が広がる一方、ROA経営で財務の健全性が高まるファーストリテイリングに対するリードはやや縮まった。

 インディテックスの純資産は186億7200万ユーロ(2兆8370億円)と前期から9.6%増加して自己資本比率も57.0%と0.22ポイント上昇し、純資産が476億100万SEK(6303億円)と6.2%減少して自己資本比率が26.3%と1.62ポイント低下したH&Mとは格差が開いた。純資産が1兆8734億円と16.0%増加して自己資本比率が55.1%と6.08ポイントも上昇したファーストリテイリングとは多少、格差が縮まったが、純資産規模は1.51倍の格差がある。

 インディテックスの売掛債権回転は10.5日と1.0日延びたが棚資産回転が71.3日と11.8日も短縮され、買掛債務回転が179.5日と8.6日延びてCCC(Cash Conversion Cycle)は−97.6日と19.4日もマイナスが大きくなり、計算上の回転差資金は96億1600万ユーロ(1兆4610億円)と37.7%も増加した。期末のワーキングキャピタル(運転資金)も−34億6300万ユーロ(5262億円)と開示しているから、アパレル企業としては例外的な回転差資金経営が成り立っている。

 ちなみに、H&Mは棚資産回転が118.4日と前期から22.3日も短縮されてCCCも56.9日と19.0日短縮され、計算上の運転資金も367億7600万SEKと20.8%圧縮されて純資産対比も77.3%と前期(91.5%)のような危険水域は脱しているが、タイトなことに変わりない。ファーストリテイリングも棚資産回転が123.3日と38.8日も短縮され、CCCも39.1日と15.8日も短縮され、計算上の運転資金も2964億円と14.3%減少して純資産対比も15.8%と5.6ポイント改善されている。両社ともコロナ禍からの回復が資金回転に鮮明に現れたが、インディテックスの背中は依然として遠い。

※3.ROE経営とROA経営…ROE(Return On Equity)は自己資本利益率、ROA(Return On Assets)は総資産利益率。ROEを志向すると配当性向を高め自社株を買い入れて自己資本を抑制し、借入金などでレバレッジを掛けて自己資本効率を追求する。ROAを志向すると配当や自社株買いなどの資本流出を抑制し、自己資本を蓄積して財務の安全性と経営のフリーハンドを高める

 

選択的集中とローカライズの否定

 

 増収増益と言ってもインディテックスは戦線を拡大しているわけではない。むしろ効率重視で戦線を選択的に集約し続けている。

 総店舗数は前期末の5815店から5692店へ123店舗減少しており、コロナ前20年1月期末の7469店からは実に1777店、23.8%も絞っている。最も減店数が多いのは331店の「ザラ」だが、減店率では100%減(89店がゼロになった)の「ウテルケ(UTERQUE)」、35.2%(238店)減の「オイショ(OYSHO)」、31.2%(186店)減の「ザラホーム(ZARA HOME)」、27.9%(210店)減の「マッシモドゥッティ(MASSIMO DUTTI)」、22.7%(251店)減の「ベルシュカ(BERSHKA)」の順で、「プル&ベア(PULL&BEAR)」は18.5%(179店)減、「ストラディヴァリウス(STRADIVARIUS)」Sは16.4%(165店)減、「ザラ」は15.5%(331店)減と削減率は低い方だ。20年1月期末から増えたコンセプト(業態)はなく、前期末からは「プル&ベア」が2店増えたのみだ。

 地域別に見ると、20年1月期末から最も減店したのが中国本土で570店から192店に66.3%も減少しており、香港も30店から15店に半減している。ついで大きく減店したのは何とわが国で、145店から75店にほぼ半減している。中国本土のような政治的な不買運動があった訳でもないのにこれほど減店したのは、マーケットとのすれ違いが大きかったのではないか。

ユーロモードやラテンフェミニンに発してローカル対応に消極的なインディテックスを日本市場の貧困化とモード離れが直撃したのかもしれないが、ローカルフィットの導入や骨格タイプ別スタイリング提案(異なるタイプへの補正も含む)など相応のローカルマーケティングに注力すれば平均的な減店率にとどまり、「ベルシュカ」も撤退しないで済んだのではないかと悔やまれる。減店こそしていないが「ザラ」のみ展開して99店から増えていないのが米国市場で、人種のるつぼと言われてアングロサクソンやネグロイドからヒスパニックやモンゴロイドまで多様な人種とライフスタイルやカルチャーが渦巻くマーケットに斬り込めないでいるのも、ユーロモードの文法を出られない企業文化に加え、ローカルマーケティングの意欲もスキルも欠いているからだろう。その体質が変わらない限り、日本に限らずアジアのモンゴロイド市場で生き残るのは難しいと思う。

 

ライバルを突き離した飛躍的効率化

 

 店舗数が激減すれば総店舗面積も減少するが、インディテックスの総店舗面積は20年1月期末から10.4%減、「ザラ」(「ザラホーム」含む、以下同)に限れば8.0%減と店舗数ほど減少しておらず、平均店舗面積は681平方メートルから801平方メートルに17.6%、「ザラ」に限れば1222平方メートルから1386平方メートルに13.4%拡大している。平均店舗売上高も378万7120ユーロ(5億7542万円)から631万5535ユーロ(9億5958万円)へ66.8%、「ザラ」に限れば714万5362ユーロ(10億8567万円)から1172万8951ユーロ(17億8210万円)へ64.2%も激増し、販売効率も平米あたり5561ユーロ(278.8万円/坪)から7888ユーロ(395.5万円/坪)へ41.8%、「ザラ」に限れば5848ユーロ(293.2万円/坪)から8462ユーロ(424.3万円/坪)へ44.7%も上昇している。

 カジュアルSPAとしては販売効率が安定して高い国内ユニクロとて坪当たり売上高は23年8月期で300.3万円と19年8月期からは10.9%低下しているから、インディテックスの店舗集約による効率化は飛躍的と言うしかない。   

ちなみに、この間に国内ユニクロの店舗数は817店から800店に減少する一方、平均店舗面積は955平方メートルから1030平方メートルへ7.9%拡大しても、平均店舗売上高は9億6627万円から9億3621万円に3.1%減少している。全世界のユニクロ事業はこの間に2196店から2434店に10.7%増加し、平均店舗売上高も8億6475万円から9億5628万円に10.6%拡大しているが、平均店舗面積も相応に拡大していると推察されるから販売効率は「ザラ」のようには伸びていないはずだ(海外ユニクロの店舗面積開示がないので販売効率の推移はつかめない)。

この間のユーロに対する円安進行(24.5%)を割り引いても、「ザラ」に対する「ユニクロ(国内)」の販売効率は15%のリードから88%に落ち込み、全世界平均店舗売上高も78%から67%に格差が開いたから、販売力という点でも大きく引き離されたことになる。それほどコロナという大禍を経たインディテックスの構造改革は圧倒的なものだったのだ。

 

店舗軸OMO体制の成果

 

 販売の効率化が飛躍的に進んだ背景は、「展開地域の選択的集中と店舗網の集約再配置」に加え、コスパよりタイパと品質を優先する企業文化の再構築が大きかったと思われる。その一翼がコロナ直前の19年から取り掛かった「店舗軸OMO体制」であり、もう一翼がコロナ禍からの回復過程で急進した「サプライチェーンの欧州回帰」だったのではないか。

 「店舗軸OMO体制」はEC拡大に伴う各国へのFC(出荷倉庫)布陣を排して店舗を出荷と受け取りの拠点とするもので、もとより本国にも各国にもDC(保管型出荷倉庫)を持たず、本国のTC(仕分け通過型倉庫)から世界中の店舗に直送するディストリビューション体制でタイパを追求してきたインディテックスにとっては必然の決断だった。各国にEC用のFCを配しては在庫が寝てしまい、世界で生産した商品を全て本国のTCに集めて検品と仕上げ(プレスなど)、物流加工(防犯ICタグ付け)を施して即日、店舗に直送するディストリビューションのメリットを損なってしまうからだ。

 インディテックスは店舗に在庫の100%を集中する撒き切り型(しまむらと同じ)だが、H&Mは店舗に4割/DCに6割、「ユニクロ」や「無印良品」は店舗に3割/DCに7割というバランスに近い売り減らし型で、在庫回転もインディテックスの4.93回(しまむらは7.6回)に対してH&Mは2.88回、ファーストリテイリングは2.85回と格段に遅い。倉庫に寝かせる商品が無いことで在庫回転が速く、値引きロスも抑制できて粗利益率の歩留まりも高くなる。

 店舗在庫引き当ての店舗渡しだと宅配外注費(出荷単価によるが取扱高対比6〜10%)も出荷倉庫運営費(同3〜5%)も不要だし、店舗出荷のローカル宅配だとFC出荷の全国宅配の半額程度に収まる。加えて、EC注文品の受け取り(BOPIS※4.)来店客による客数増や追加購入も売り上げを押し上げるから、「店舗軸OMO体制」の成果は期待以上だったのではないか。

※4.BOPIS…Buy Online Pick-up In Storeの略称で、ECで発注して店舗で受け取るショッピングスタイル

 

タイパと完成度を追求してサプライチェーンの欧州回帰

 

 一般に、SPAの商品調達は「製品仕入れ」と素資材供給しての「工賃払い」、「仕様書発注」「CAD発注」「パーツ供給発注」の6方式があり(23年11月1日掲載の「SPAの多様な調達方法と究極のDXサプライ」を参照されたい★リンク張るhttps://www.wwdjapan.com/articles/1674287★)、小売系SPAでは専門商社やOEM業者を通すケースも多いが、メーカー発祥で90年代からCAD/CAMを軸としたPLM※5.を導入していたインディテックスでは「遠隔地のCAD発注製品仕入れ」「ミルクラン圏のパーツ供給発注工賃払い」のデジタル/アナログ2方式を使い分けていると推察される。

 インディテックスは世界で生産した商品を全て本国のTCに集めて検品・仕上げ・物流加工して世界の店舗に直送しているが、完成度の肝になるのがプレス仕上げで、「パーツ供給発注工賃払い」のテーラードアイテムやドレスアイテムが対象になっていると推察される。モノ作りの玄人ならずともアパレル製品にこだわる人なら、店頭で見れば砂に埋もれたダイヤモンドのように輝くから即、それと分かる。「ザラ」で買うなら、ライバルと大きくは違わない「CAD発注製品仕入れ」カジュアル単品より、「お、値段以上」の完成度の「パーツ供給発注工賃払い」テーラードアイテム/ドレスアイテムがお買い得だ。

 店舗が世界中に広がり欧州の生産地が高コスト化する中でインディテックスも「CAD発注製品仕入れ」が主流となっていったが、アジア圏とりわけ中国のコスト上昇とカントリーリスク、コロナ禍とその回復過程のサプライチェーン混乱で「サプライチェーンの欧州回帰」を決断したと思われる。

 私がそれに気付いたのは23年の春物で、高完成度テーラードアイテム/ドレスアイテムの生産地を点検していると、スペイン/ポルトガル生産に見える商品の多くがモロッコ生産で大半を占めていた。それを数値検証するのは容易ではないが、リザルトリポートに遅れてアニュアルリポートで開示される「インベントリー(INVENTRY、在庫)」の詳細を見れば推察できる。

 24年1月期の開示は遅れるが、製品在庫に対する仕掛かり品と材料の比率が20年1月期の6.6%から21年1月期は8.4%、22年1月期は9.3%、23年1月期は10.1%と年々上昇している。生産原価に占める素資材と工賃の割合を大雑把に半々と見れば、「パーツ供給発注工賃払い」調達の割合は20年1月期の13.2%から23年1月期は20.2%に上昇したことになる。「パーツ供給発注工賃払い」商品の拡大は単価上昇にもつながり、販売効率の押し上げに寄与したと思われる。

 「パーツ供給発注工賃払い」調達が可能なミルクラン圏はスペイン・ポルトガル・モロッコまでだろうが、距離に制約されない「CAD発注製品仕入れ」調達も東・南アジア圏から東欧圏や西アジア圏(トルコ)への移行が進んでいると推察される。製品回収段階のタイパとリードタイム短縮によるロスの圧縮で東アジアや南アジアとのコスト差は吸収できるという判断に加え、素材背景や文化の共通性も評価したのではないか。

※5.PLM(Product Lifecycle Management)…商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通、廃棄までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するマネジメント体系

 

グローバルSPAの頂上戦は棲み分けへ

 

 こうして見るとインディテックスのリードは広がるばかりで順位逆転はあり得そうもないが、ローカル対応に消極的なインディテックスはユーロモードやラテンフェミニンが受け入れられるマーケットに限定されるから、長いスパンで見れば「メイド・フォー・オールな汎用ライフウエア」の「ユニクロ」にはチャンスがあると思う。とりわけインディテックスが長年かけて攻めあぐねる巨大市場たる北米市場で大きく伸ばせば流れは変わるが、それにはサプライチェーンの多極化(ローカル分散)が不可欠だ。

トヨタもニッサンもホンダもパナソニックもダイキンも世界の消費圏に生産拠点を分散し、サプライチェーンを構築してきた。北米市場を制覇するには中米圏(メキシコやグァテマラなど)のサプライチェーンが必須だし、欧州市場も同様に西アジア圏や北アフリカ圏のサプライチェーンが必要になる。世界をアジアのサプライチェーンだけでカバーするのは、タイパはもちろんコスパも限界があるし、関税や政治的・環境政策的規制も障害になる。「ユニクロ」はカジュアルには強くてもテーラードアイテム/ドレスアイテムが得意とは言えないが、インディテックスの調達システムに学べば壁を越えられるかもしれない。

サプライチェーンの多極化や調達システムの再構築で未来の覇権は動くかもしれないが、資本力にもヒューマンリソースにも限界があるから、コロナ後のインディテックスが動いたように、それぞれの得意分野、得意地域に棲み分けて集約化し、規模より経営効率を競っていくことになるのではないか。

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