小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『マッシュホールディングスのM&Aの深謀遠慮』
(2022年11月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

316830695_2035297993332909_2987800111977321868_n

 マッシュホールディングス(以下、マッシュHD)が米国の独立系PE(プライベート・エクイティ)ファンド、ベインキャピタルに全株式を2000億円で売却する(うち40%程度を近藤広幸社長が再出資して経営を継続)という11月16日の発表以来、業界は「身売り」の戦略的真意を推し量る話題で盛り上がったが、同社の状況を冷静に俯瞰すれば先を見据えた「深慮遠謀」も見えてくるのではないか。

 

■秘密のベールの向こうに垣間見えるファム・ファタール

 米国PE(未公開企業投資)ファンドによる2000億円の買収という規模感(売上高4470億円のそごう・西武が2500億円ですよ!)、コロナで青息吐息のファッション業界で大規模M&Aという意外感に加え、今どうしてマッシュHDなのかという穴馬感もあり、業界メディアのみならず経済メディアまで注目するイベントとなった。どうしてマッシュHDが「穴馬」なのか、それには二つの理由がある。

 ひとつは同社の非公開体質だ。都合の良いときは業績を開示しても都合が悪くなると非開示を決め込んでしまうというこれまでの経緯で、秘密のベールの向こうに見え隠れして業界人でも実態を掴みかねている。今日まで開示された情報を総ざらえしてみても、全社売上高以外は意図した欠落(非公開)が多く、表面的な数字もともかく、経営効率や財務状態まで推察することは困難だ(専門機関のデータで一部は補足できるが、その部分はメディアに開示できない)。

マッシュHD設立直後の14年8月期までは売上高と営業利益、ブランド別店舗数などの外景数値は開示していたが、15年7月にマッシュライフラボをマッシュスタイルラボに吸収合併して以降、19年8月期に開示するまで空白期間が続き、継続して開示すると思われた矢先にコロナ禍に襲われた。駅ビル/ファッションビルへの依存度が極端に高い(バロックの「アズールbyマウジー」ような郊外SC向け業態を持たない)同社は大きなダメージを受けて20年8月期業績の開示を控えてしまい、21年8月期にようやく開示を再開したが、営業利益や効率指標、財務内容まで開示したわけではない。それは今回の22年8月期も同様で、外景数値さえも部分的に欠落しており、過去の業績との連続性も確認できないのが実情だ。

もうひとつは、業績の非開示とも関係して、見る立場によってまるで異なる姿に見えてしまうミステリアスさだ。フェミニンな女性イメージもあって、ファム・ファタールのように秘密めいている。顧客から見ればファッションビジネスを体現したような華やかさに魅かれるが、内輪の従業者からは体育会体質の上下関係や属人的な人事考課、給与の低さと試着販売品購入の負担、創業社長が優秀過ぎる故に幹部が育っていないワンマン経営やカルトめいたブランド神話など、あたかも80年代のDCアパレルのような時代錯誤な姿も聞こえてくる。CGクリエイションからファッションやビューティに広がったデジタルネイティブなイメージとは裏腹に、往年のCG業界やDC業界のようなアナログ体質を引きずっているのかも知れない。

さまざまな姿が伝えられるだけに、どれが本当の姿なのか予断はできないが、株式公開を見据える企業に秘密のベールは百害あって一理ない。ガバナンスとコンプライアンスにディスクロージャーは不可欠だからだ。

※ベインキャピタル・・・米国マサチューセッツ州ボストンに本社を置く独立系PE(プライベート・エクイティ=未公開企業投資)ファンド。06年に日本オフィスを開設してスカイラーク、ジュピターショップチャンネル、大江戸温泉ホールディングス、キオクシア、アサツー・ディ・ケイ、昭和飛行機工業など多くの買収案件を手掛けた、我が国で活動する最大規模のPEファンド(ウィキペディアから抜粋)。PEファンド大手には米国のカーライルやKKR、我が国ではアドバンテッジパートナーズやインテグラルなどがある。

 

 

■三つの壁を越えるべく苦渋の決断 

 そんな秘密のベールを何とか潜ってマッシュHDの実態を掴み、ベインキャピタル傘下に入る決断に至った事情と戦略的意図を推察してみた。近藤社長が答えて言うようにゴールは3〜5年後のIPOであり、それまでに現在一割にとどまる海外売上を五割に高めて3000億円の売上スケールに達するには三つの課題をクリアしなければならない。

 第一は壁に当たっている海外事業を再び成長軌道に乗せることであり、それには世界1030社の買収・投資実績のあるベインキャピタルのサポートと人材の確保が不可欠だった。

 海外事業の売上は20年8月期以降しか開示されていないが、店舗数から見て18年8月期は110億円超、コロナ前19年8月期も減速したとは言え90億円前後の売上があったはずで、21年8月期は19年8月期の水準を回復したに過ぎず、22年8月期も18年8月期の水準まで回復していない。店舗数は18年8月期の182店が20年8月期には139店まで減少しており、21年8月期には143店まで回復しているが22年8月期は開示しておらず、落ち込みを回復させるのが精一杯という状況が伺える。社内リソースでは限界が見えており、外部の強力なサポートを必要としていたのではないか。

 第二は駅ビル/ファッションビル依存ゆえの高コスト体質がもたらした収益性の低さであり、コロナ下では長期間の営業規制も加わって大きなダメージを受け、リスク分散のためにも立地の多様化が急がれた。同様に駅ビル/ファッションビル依存が強かったバロックジャパンが「アズールbyマウジー」で郊外SCシェアを拡大して(22年2月期で43.7%)売上を伸ばし、販管費とりわけ地代家賃や販売人件費を圧縮して収益力を回復したことと比較される。コロナ下ではモールサイトへの販売委託手数料や販売代行の最低保証が嵩み、商業施設家賃の圧縮を相殺してしまったが、コロナ前20年2月期まではその効果が発揮されていた。

 マッシュHDには手頃価格で運営コストの低い郊外SC向け大型業態が無く、「ミラ・オーウェン」の一部を郊外モールに出店するのみで、本格的拡大にはストア業態と低価格サプライチェーンの開発、運営ノウハウの獲得が急務となっていた。

第三は社内組織、とりわけ近藤社長をサポートする執行幹部の人材確保・育成によるワンマン経営からの離脱とガバナンスの確立、それに続く人事考課/キャリアアップ体系の確立と販売現場の労働環境・待遇の改善が急務だった。いくつもの転職サイトに吐露される従業者や離職者の本音や平均給与を見る限り、放置すれば成長の足枷となるのは目に見えていた。

神格的なワンマンリーダーとして君臨する近藤社長にとって、それは到底、自らの手でできる改革ではなかった。だからこそ、過半の株式を持って経営権を握り導いてくれる超越的な第三者を必要としていた。オーナーシップという絶対支配権は失っても、実質的な経営執行権さえ継続できれば背に腹を替えられる、と英断したのではないか。皇帝から大統領へ降りるという禅譲を、寝首を掻かれぬよう仕組むのは至難のわざと思われるが、おそらくは相応のエキスパートを得て虎穴に入ったに違いない。

 

■オーナーシップからガバナンスへの深慮遠謀

 株式会社におけるオーナーシップは株式(普通株式)の過半を握ることによって担保されるが(絶対支配権は特別決議が出来る3分の2以上)、運命を分かち合う一族やパートナー、あるいは長年の信頼関係に基づく戦略同盟パートナー企業と併せて過半、或いは3分の2以上を握るという選択もある。その場合でも個人・法人を含めて頭抜けた筆頭株主でなければ、いつ何時、身内やパートナーに裏切られるとも限らない。 

そんなことになれば、臨時株主総会の委任状合戦に発展してしまうが、よほど圧倒的な格差に追い込まない限り権力闘争は尾を引き、企業のガバナンスは崩壊してしまう。どこかの家具屋の父娘の例もあるから、娘息子と言えども押さえが効くよう仕組んでおくべきだろう。

ファーストリテイリングでは創業者の柳井正氏の21.57%とおそらくはその信託口の22.42%を筆頭に、二人の息子と妻、一族の持ち株会社などで70%以上を所有していると推察されるし、アダストリアでも創業者一族の持ち株会社フクゾウが37.53%、創業者の福田三千雄氏2.32%、従業員持株会1.42%など身内で過半(信託口を含む)を所有していると推察される。もっと盤石なのがワークマンで、ベイシア興業の28.23%を筆頭に土屋裕雅氏の14.70%、カインズの9.67%が続き、上位7者が全てグループ会社か一族で計74.40%を所有している。ここまで来れば特別決議も出来る3分の2を超え、流動株も限られてしまうから、買い占めなどの心配も不要になる。

オーナーシップが明快でなく株主が分散し、創業者一族や経営者が所有する株式が過半に届かない場合、上場企業は常に買収の危機に晒される。

ユナイテッドアローズなど、創業者の重松理氏が今や8.73%しか所有せず前澤友作氏が8.44%で迫り、創業出資者のワールドも株式を手放して久しい今日、株価が低迷すればいつ何時、誰が買い占めに入るか油断ならない。事実、これまでABCマートの買い占め株の回収に107億円など、計296億4300万円もの資金流失を招いている。コロナ禍からの回復が遅れて株価が低迷すれば新たな買い占めリスクは避けられず、ホワイトナイトかブラックナイトか見分けの付かぬ紳士たちが跋扈する事態となりかねない(それを期待して買っている株主もありそうだ)。

アウトドアブームで業績盤石に見えるゴールドウインとて、創業一族関連の所有は7.31%に過ぎず、2012年に19.12%まで買い占めた韓国のヨンウォンホールディングス(韓国でのパートナー企業でザ・ノースフェイスの韓国商標権所有者)が今も11.56%と筆頭株主になっている(コリア・セキュリティーズ・デポジトリー・サムスン信託口と推察)。

過半の株式を押さえられないでも、議決権優先の劣後株式と配当優先の優先株式を組み合わせて議決権の過半を確保したり、譲渡制限株式、新株予約権、果は拒否権付株式(黄金株)まで買収防衛作は様々だが、事が起こる前に定款変更で備える必要があり、上場企業では種類株の発行も制限される。株主総会では出席議決権の過半を要する普通決議事項と3分の2以上を要する特別決議事項があり、特別決議では定款で定足数を3分の1以上としたり、評決数を3分の2を上回る割合とすることも出来るなど、その道のエキスパートが付いていないと戦えない世界のようだ。

 

■社外取締役は怖いかも

釈迦に説法の話はそこそこに切り上げて、最後にちょっと怖いお話で締め括ろう。それは社外取締役の裏切りだ。

2015年から金融庁と東京証券取引所によるコーポレートガバナンスコードの適用により、上場企業では2名以上の社外取締役設置が義務付けられている。中にはファーストリテイリングのように社外取締役を過半(社内4名/社外5名)にする企業も見られるが、ガバナンスや経営方針が割れた場合、彼らがどちらに着くかで意外な結果となることがある。いわゆる「なぜだ〜!!」の修羅場だが、それを狙って社外取締役の抱き込み工作をすることもあり、予見するのは極めて困難だ。

そんな不安もあるのか、社外取締役は無難な選定となることが多く、コンプライアンス問題など目を瞑ってしまい、いざという時に役に立たないという弊害もあるようだが、何らかの利害が絡んで悪意で結託されてはたまったものではない。実際、アパレル業界でも外部取締役が絡んで経営権が奪取された事件もあったと聞く。社外取締役が不正を見逃した責任を銀行や出資者に追及されるケースもあった。そんな話を聞くにつけ、取締役の権限と責任は重過ぎて、安易に引き受けるものではないと考えさせられる。

マッシュHDのM&Aから話が広がってしまったが、オーナーシップとガバナンス、ガバナンスとコンプライアンスは表裏一体であり、経営の根幹と言っても良い。そこを誤れば人心が離れ、経営は地滑り的に崩れ始める。業界経営者は近藤広幸社長の未来を見据えた深慮遠謀と決断の重さを受け止めるべきだろう。

 

論文バックナンバーリスト