小島健輔の最新論文

マネー現代
『アパレル業界、「叩き売られるブランド」と「ずっと売れるブランド」の大違い』
(2020年12月11日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「持ち越したい」アパレル事業者の本音

シーズン中に売り切ろうとすると3割引、5割引と値引きを繰り返し、コロナ禍の過剰在庫は6割引とか7割引まで叩き売られるケースもあったが、翌シーズンに持ち越せば知らぬ顔で定価販売も可能だから、できることなら持ち越したいのがアパレル事業者の本音だ。

コロナ禍の今シーズンに限らず、これまでもアパレル事業者は調達数量の10〜30%を持ち越して来たし、アパレル事業者に委託されて商品を開発・調達しているOEM(受託生産)業者や商社もアパレル事業者の未引取在庫を大なり小なり持ち越している。

私は15年以降、年間に消費者が購入する数量より業界が持ち越す売れ残り数量のほうが多い過剰供給の実態を幾度も指摘してきたが業界の体質は改まらず、コロナ禍で業界まるごと破滅の瀬戸際に追い詰められている。

8月6日に本サイトに寄稿した『アパレルの「売れ残り」、実は「大量廃棄」されてなかった』で詳しく説明したように、売れ残り在庫は翌シーズンに持ち越され、それでも売れ残った在庫が処分業者に放出されるのが一般的だ。

アパレル商品の再販賞味期限は「3年間」

処分業者の引取り値は今シーズン品でも調達原価の半分以下、持ち越せばその半分になってしまうから、自分でセール処分する方が手取りは確実に多く、ついつい持ち越し続けるアパレル事業者も少なくない。

何年も持ち越して市場性を失い色褪せなど物理的にも劣化して「商品」にならなくなった在庫は処分業者も引き取らないから、「産業廃棄物」として処理費用まで払って廃棄することになる。すっかり儲からなくなったアパレル業界でそんな余裕がある事業者は稀だから、そこまで劣化する前に処分業者に放出する。

消費者相手の中古衣料買い取り業者でもそうだが、一般にアパレル商品の再販賞味期限は新作投入から3年間とされる(未開封の化粧品も薬事法で3年を使用期限の目安としている)。

処分業者への放出も、それを超えるとパッキン幾ら、キロ幾らの再生原料扱いになりかねない。

一般には3年が賞味期限でも、中にはそれ以上の賞味期間が評価されるアパレル商品もある。そんなアパレル商品は処分業者に放出されることなく持ち越され続け、格別のブランド商品では十年以上も“熟成”されることがある。

叩き売られるブランドと持ち越されるブランド

叩き売られるブランドと持ち越されるブランドを分けるのは商品の性格や完成度だけでなく、アパレル事業者の資金繰りにも左右される。

トレンドを追ったりデザインを遊びすぎた商品は翌シーズンに持ち越しても売れる見込みは薄いから、値引きして今シーズン中に売り切るしかないが、定番的な商品は翌シーズンに持ち越せば「正価」で売れるから、当然に持ち越すことになる。

「10年継続供給」を謳うワークマンのプロ向け商品などシーズン末に残っても(VMIという仕組みでほとんど残らないが)当然に持ち越され、値引き処分はごく一部の季節商品に限られるから、値引きロスはチェーン全店売上の1.2%でしかない。

コロナ禍の過剰在庫でも、デザイン性の強い商品が多かったTSIやユナイテッドアローズは大半をシーズン中に値引き処分したが、定番商品がほとんどで在庫もコントロール出来ていたユニクロ(ファーストリテイリング)は例年と大差ない値引き処分に抑えて大半を持ち越し、コロナ前から過剰在庫だった無印良品(良品計画)も値引き処分は嵩んだものの多くを持ち越した。

定番的な商品は持ち越せると言っても、資金繰りが苦しく換金を急ぐようなら背に腹は変えられない。コロナ禍の20年8月期でも純資産対比必要運転資金率が47.1%に収まったファーストリテイリングは余裕で持ち越せたが、過剰在庫に米国子会社の破綻など海外事業の損失が嵩んで純資産対比必要運転資金率が99.2%まで逼迫した良品計画は値引き処分を急がざるを得なかった。

ましてや、資金繰りが綱渡りのアパレル事業者はデザイン品、定番品を問わずシーズン中の換金処分を強いられたのではないか。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに補給と在庫管理を委任する取引形態。
※TSI・・・サンエー・インターナショナル、東京スタイル、スピック・インターナショナル、ナノ・ユニバース、ローズバット、アングローバルなどアパレル事業会社を傘下に持つ持株会社。

「アーカイブミックス」という可能性

アパレル商品はデザインや色もともかくフィット(サイジング)の変化が大きく賞味期限は通常3年程度だが、完成度が頭抜けて高い高品質なブランド商品やトレンドを超えたクリエイティブなブランド商品は、物理的に劣化しない限り“熟成”して賞味期限という概念を超越することがある。

ラグジュアリーブランドのバッグや時計など装身具は何年経っても再販価値があるし、欧米ではシャネルやディオール、サンローランなど著名メゾンのヴィンテージアパレル品はアーカイブ価値が評価されて一定のマーケットを形成している。

我が国のアパレルブランドでも三陽商会の旧バーバリー製品(ブルーレーベルなど派生ブランドも含む)は中古市場で人気が高く、デッドストックのコートやチェックアイテムを探す人も多い。三陽商会の国内自社工場生産品は完成度が高く、現行のマッキントッシュ・ロンドンやサンヨーコートもコロナ禍の過剰在庫を叩き売るのは勿体無い。

三陽商会はバーバリーを失って以来、業績の悪化が止まらないが、20年3〜8月期でも純資産対比必要運転資金率は61.3%、純資産対比負債比率も41.4%と大手アパレルの中ではまだ余裕があるから、叩き売らずに持ち越して「正価」で売り続ければ新たな“神話”も生まれるのではないか。

昨秋冬物は暖冬と消費増税で30%も売れ残り、今秋冬は新作品60%/持ち越しの旧作品40%の構成になると開示しているから、三陽商会にとってアーカイブミックスは必然の選択となるかも知れない。

売れ残りを“熟成”させる

フランスでは20年2月に衣類、化粧品、家電などを対象とする「廃棄対策・循環型経済に関する法律」が施行されて売れ残り在庫の廃棄(焼却や埋め立て)が禁止され、寄付またはリサイクルが義務付けられた。

これまでブランドイメージを守るべく売れ残り在庫を廃棄してきたフランスの高級ブランドは、おそらく売れ残り在庫を保管して“熟成”させるヴィンテージ商品を志向するだろう。

高級ブランド資本はワインやシャンパンなどの事業も抱えているから超スローなヴィンテージ商品に違和感を持たず、新作品と合わせて販売するアーカイブミックスが広がると思われる。

※ヴィンテージアパレル品のアーカイブ価値……『〇〇ブランドの××年秋冬コレクションのコート』のようにブランドとシーズンが確認できる著名ブランドのヴィンテージアパレル品にはアーカイブ(記録保管)価値があり、ヴィンテージワインのように扱われることがある。

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